日本食品工学会誌
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解説
高電圧技術の食品工学への応用
谷野 孝徳
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2024 年 25 巻 4 号 p. 67-73

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Abstract

本稿では高電圧技術の食品分野への工学的応用として,筆者らが行った高電圧パルス電界(PEF)技術と大気圧非平衡プラズマ技術を用いた非加熱殺菌技術の開発において得られた知見を紹介する.PEFを用いた液状食品の殺菌においては,電極からの金属溶出を防止する炭素電極,処理液体の高電圧電極への接触を防止する隔膜構造,および処理液の冷却機能を導入した装置を開発し,特性を調査した.本装置を用いると日本酒中の清酒酵母と火落ち菌の低温殺菌が可能であった.また,PEFに対する微生物の感受性,PEFによって生じるストレス応答,損傷菌に影響する因子について調査を行った.大気圧非平衡プラズマを用いた固体食品の殺菌において,プラズマとの接触性,およびヒドロキシラジカル生成を促進する処理雰囲気の加湿が殺菌効率向上に重要であることを示した.そして,プラズマ殺菌コショウの分析結果より,プラズマ殺菌処理による乾燥固体食品の高品質化の可能性を示した.

Translated Abstract

This paper introduces the findings obtained from the development of pasteurization technologies using high voltage pulse electric field (PEF) technology and atmospheric non-equilibrium plasma technology, as engineering applications of high-voltage technology in the food field. In the pasteurization of liquid foods using PEF, we developed and examined the characteristics of a device that incorporates carbon electrodes to prevent metal elution from the electrodes, a membrane structure to prevent the treatment solution from contacting the high-voltage electrodes, and a cooling system for the treatment solution. Using this device, we achieved low-temperature sterilization of sake yeast and Lactobacillus homohiochii in sake. Additionally, we investigated the sensitivity of microorganisms to PEF, the stress responses induced by PEF, and factors affecting sublethally injured cells. In the pasteurization of solid foods using atmospheric non-equilibrium plasma, we demonstrated that contact with plasma and the humidification of the treatment atmosphere to promote the generation of hydroxyl radicals are crucial for improving microbial inactivation efficiency. Furthermore, analysis of plasma-sterilized pepper indicated the potential for high-quality dried solid foods through plasma pasteurization.

1. 緒言

高電圧技術の応用分野には電力機器や送配電系統のように絶縁破壊を生じさせないことが重要となる分野があり,食品関連産業においても,各種製造装置・施設などでその技術が広く用いられている.一方で,高電圧技術の応用分野には静電気応用やプラズマ応用のように絶縁破壊の状態を利用する分野も含まれ,静電気・プラズマ技術は様々な産業に用いられている.食品関連分野においては,静電気技術である電気集塵装置,プラズマ技術であるオゾナイザーなど排気・排水の清浄化のための大型設備に加え,プラズマ技術であるイオナイザも異物の混入防止・稼働率の向上を目的に衣類・包材・コンベア・粉体などの帯電の除電に広く用いられている.また食品への電気技術の応用としては非絶縁状態で生じる電流を積極的に加熱に利用したジュール加熱(オーミックヒーティング,通電加熱)が食品の加工・殺菌に用いられている.ジュール加熱時の印加電圧に高電圧の交流を用いることでジュール熱による熱効果と後述する電界効果の相乗効果により高い殺菌効果を実現した技術が交流高電界殺菌であり,極めて短時間の加熱により食品材料中の熱に弱い香気成分や栄養成分を多く保持した殺菌が可能であることから,従来の加熱殺菌に比べ液状食品を高付加価値化できる優れた殺菌技術として広く実用化されている[1].これらの例のように高電圧技術は食品関連分野における様々な場面で用いられており,迅速なon-off制御が容易であるなどの面に利点を有する.筆者らは,高電圧技術の食品分野への新たな工学的応用として,非加熱殺菌技術の開発を中心に検討を実施した.本稿では筆者らが行った高電圧パルス電界技術と大気圧非平衡プラズマ技術を用いた殺菌技術の開発において得られた知見について解説する.

2. 高電圧パルス電界を用いた液状食品の殺菌

2.1 殺菌メカニズム

高電圧を極めて短時間パルス状に電極間に印加することで生じる瞬間的な高電界を高電圧パルス電界(PEF)と呼称している.瞬間的な消費電力(電圧と電流の積)は大きいが印加時間が短いため消費電力量は小さい.PEFの殺菌メカニズムは電界効果による細胞膜構造の物理的な破壊であるため,化学的な薬剤を用いず発熱量を抑えた非加熱殺菌技術として注目されている.PEFに細胞を曝すと膜破壊が起きる現象は電気穿孔(エレクトロポレーション)として古くから知られており,電界効果による膜破壊メカニズムは膜の電気的圧縮により比較的簡単に説明できる(Fig. 1)[2].

Fig. 1

Schematic of the PEF microbial inactivation mechanism.

細胞膜は弾性的な誘電体で満たされたコンデンサーであると仮定でき,外部電界中では細胞膜の両端に誘導電荷により電位差(膜電位)が生じる.誘導電荷が互いに引き合うことで膜が圧縮され薄くなる.膜の厚さは膜コンデンサー上の荷電密度による圧縮力と,それに対して元に戻ろうとする復元力との平衡関係により決まる.外部印加電圧の増加による膜電位が上昇していくとやがて臨界膜厚さを越え,膜構造が不安定となり破壊すなわち孔の形成が起こる.この時,細胞膜の両端に掛かる電圧を臨界電圧といい,種々の研究により臨界電圧は細胞の種類によらず約1 Vであると計算されている.形成した孔は細胞内部の高い導電率をもつ溶液で満たされ,電気透過率の上昇による膜コンデンサーの急激な放電を招く.このとき形成される孔が全体の膜面積に対して小さいものであれば脂質分子の自由拡散により孔は再び閉じられる(可逆的破壊).強い電界にさらされると,まず極点で臨界電圧に達し孔が形成される.さらに電界強度が上がると臨界電圧を超える膜面積が増大して多数の孔が形成されたり,それらが合一して大きな孔が形成されたりする.これらの孔が脂質分子の自由拡散では修復不能の状態となり(不可逆的破壊),孔を通じた細胞内容物の漏出,細胞外物質の流入などにより細胞内の恒常性を保てなくなると細胞は死滅する.

2.2 牛乳のPEF殺菌

牛乳のように脂質成分がミセルとして系中に分散している溶液では十分な殺菌効果を得るためにはより高い電界強度が必要となる.これは脂質ミセル周辺では電界が歪むことにより低電界領域が形成されること,牛乳の場合は多量に含まれるタンパク質による損傷した微生物細胞の保護などが生じているためと考えられる.牛乳のPEF殺菌実用例は未だ報告されておらず,筆者らは牛乳のPEF殺菌を工業的に利用するためには適切なエンジニアリングが必要と考えて検討を実施した[3].流通型のPEF処理装置を用い,電界強度25 kV/cm,周波数100 Hzにて処理した場合,処理液のPEF処理装置内での滞留時間を20秒とすると,牛乳に懸濁した大腸菌に対し殺菌効果を示したが,より短い滞留時間では殺菌効果は示さなかった.PEFによる殺菌効果は処理温度が高いほど効率が高くなることが報告されていることから[4],PEF処理装置の前後に温調を導入し処理液の温度調整による殺菌効果の向上を試みた.処理液のPEF処理装置内での滞留時間を10秒,PEF処理装置導入前温度60°Cとし,PEF処理後に温度を70°Cで20秒間保持した後に急速冷却することで107以上の殺菌効果が得られた.これは溶液の温度が上昇するにしたがい溶液中の菌の細胞膜を構成する脂質分子の流動性が高まり,PEFにより細胞膜に生じた孔の収束と拡大の両方が促進され,孔の拡大が脂肪膜の不可逆的破壊に必要な閾値に達する割合が向上したためだと考えられる.本手法は60~70°Cで30秒間程度保持する必要があるものの,65°Cで30分間の低温殺菌に比べて短時間であることから,牛乳中の成分の熱による変化は低減可能となる手法を提案できたと考える.しかしながら,PEF処理を実施した牛乳の官能検査では金属臭の増加が確認された.これはPEF処理中に電極として用いたステンレス材料からの金属の溶出に起因しており,PEF殺菌を行った牛乳中の鉄イオンの濃度は超高温殺菌牛乳の2倍に増加していることが確認された.

2.3 金属フリーPEF処理装置の開発

PEF殺菌処理における処理液中の金属イオンの増加はこれまでにも報告されており,電極に金属材料を使用しているかぎり電極からの金属イオンの溶出の懸念は避けられない.そこで金属イオンの溶出を根本的に排除するために,炭素材料の電極使用を検討した[5].炭素材料としてグラファイトカーボンボードとカーボンクロスを電極として用いて,大腸菌のPEF殺菌処理における殺菌効果と温度変化について検討を行った(Fig. 2).

Fig. 2

Influence of electrode materials on the PEF inactivation effect and the temperature of treatment solution. White and gray bars represent the survival ratio and temperature, respectively.

炭素材料を電極とした場合においてステンレスを電極とした場合と同等以上の殺菌効果を示し,とくにカーボンクロスを電極とした場合に高い殺菌効果が示された.これはカーボンクロスの不規則な電極表面で部分的な高電界を伴う不均一な電界が生じているためであると考えられ,カーボンクロス電極を用いた流通型のPEF処理装置においては,不均一電界を発生する電極表面を処理液が通過するように処理液の流れ方向を電極表面と垂直とすることで流れ方向を電極表面と平行とした場合より高い殺菌効果が得られることが確認された.

炭素電極を用いたPEF処理における温度変化では,金属電極と炭素電極を用いた場合で違いは認められなかった.一般的に炭素材料の電気抵抗(10-5 Ω オーダー)は金属材料の電気抵抗(10-8~10-6 Ωオーダー)に比べ高いものの,これらと比較して処理液の電気抵抗(1 mS/cm = 1×10-2 Ω)は非常が高いため,電極材料の電気抵抗差で生じる発熱量はごく僅かであり処理液の温度上昇には大きく影響しなかったと考えられる.

2.4 日本酒のPEF殺菌

カーボンクロス電極を用いた流通型PEF処理装置の液状食品殺菌として,日本酒中の清酒酵母と火落ち菌の殺菌を試みたところ,両菌に対し殺菌効果は確認されたものの完全な殺菌には至らなかった.また,同一装置を殺菌処理に長時間使用すると殺菌効果が低下し,高電圧側カーボンクロス電極表面の日本酒と接触していた部位に変化が生じた.これは日本酒と電極表面との間での電気分解の結果,あるいは不規則なカーボンクロス電極表面の部分的な強電界で生じた熱により日本酒が熱反応を起こした結果,何らかの物質が電極表面に沈着したためだと考えられる.一方で接地電極側のカーボンクロス電極表面には変化は確認されなかったことから,炭素材料を電極素材として用いたPEF殺菌により日本酒の殺菌を実施する場合には,日本酒と高電圧電極の接触を回避する必要があることが明らかとなった.

そこで電極材料として表面が滑らかなカーボンボードを選択し,PEF殺菌処理装置内にイオン交換膜による隔膜を導入することで高電圧電極と接地電極を隔て,殺菌装置内に2つの流路を有する構造のPEF殺菌措置を考案した[6].本装置を用いたPEF殺菌処理では,処理液を接地電極側の流路に流通させることで高電圧電極との接触を回避できることに加え,高電圧側の流路に接地電極側を流れる処理液を冷却するための冷却水を流通できる(Fig. 3).

Fig. 3

Schematic of continuous flow PEF reactor with cooling system by using a membrane.

本装置の特徴を明らかとするため,冷却液の流量・導電率が処理液の温度・殺菌効果に及ぼす影響を調査した.冷却液流量を増加させると処理液の温度は冷却水流量の増加に伴い一定値までは低下したが,冷却水の流量を増加しても,処理液の温度が30°C弱以下まで低下することはなかった(Fig. 4).この原因として膜周辺の熱伝導が律速になっていること考えられ,より低温での処理液の殺菌処理を目指す場合には,熱伝導率の高い膜の選択,ならびに処理液ならびに冷却液の流量を増加による境膜の低減による総括伝熱係数の増大が重要になる.

Fig. 4

Survival ratio of E. coli and temperature of treatment solution after PEF treatment at various cooling solution flow rates. White and gray bars represent the survival ratio and temperature, respectively.

また,冷却水の導電率を増加させると処理液の温度が上昇し微生物に対する殺菌効果が向上した(Fig. 5).これは冷却液中でのジュール熱発生量の増加に伴う冷却効率の低下による処理液の温度上昇に加え,冷却液の導電率が高いほど(抵抗値が低いほど)冷却液中での電圧降下が低減され処理溶液に無駄なく高電界が印加されたためであると考えられる.本装置構造を有するPEF殺菌において高い殺菌効率が得るためには,温度上昇を考慮に入れつつ,処理液の導電率よりも高い導電率の冷却液を選択する事が重要であった.

Fig. 5

Survival ratio of E. coli and temperature of treatment solution after PEF treatment using cooling solution with various electrical conductivities. White and gray bars represent the survival ratio and temperature, respectively.

本装置を用いて,印加電圧15 kV,周波数50 Hz,処理液流量6.5 ml/min,PEF処理装置内での滞留時間1min,冷却液導電率3 mS/cm,冷却液流量130 ml/minの条件で,日本酒(0.8~1 mS/cm)中の清酒酵母と火落ち菌の殺菌を実施した.日本酒中に107CUF/mlとなるように懸濁した清酒酵母を完全に殺菌することに成功し,このときの日本酒温度は40°C以下に保つことができた.また,日本酒中に懸濁した火落ち菌を同条件でPEF処理を行った後,液体培地で1ヶ月以上培養しても増殖は確認されず,火落ち菌も完全に殺菌することに成功した.以上の結果より,日本酒の低温殺菌を可能とするPEF殺菌処理技術の一つのアプローチを提案できたものと考える.

2.5 PEFに対する感受性

殺菌対象とする菌の種類,状態は殺菌効果に大きく影響する.筆者らは長期間冷蔵保存した豆腐から2種類の低温菌,Exiguobacterium属,ならびにPantoea属に属する2種類のバクテリアを分離し,4°Cの低温環境で培養してPEF殺菌を含む種々の殺菌法に対する感受性の調査を行った[7].これらの低温菌は大腸菌に対しては有意な殺菌効果を示さないPEF印加条件で顕著に死滅し,PEFに対し高い感受性を示すことが明らかとなった.微生物は低温環境に適応するため,細胞膜を構成するリン脂質分子中の不飽和脂肪酸の含有量を増やし低温環境でも細胞膜の流動性を維持しているとされている.このような膜構造は室温またはPEF印加による温度上昇によるそれ以上の温度域では脆弱性が高まるため,PEFに対して高い感受性を示すものと考えられ,低温菌の殺菌においてPEF殺菌処理は有用なツールとなり得る.

また,筆者らは大腸菌ファージであるM13mp18ファージならびにλファージと,大腸菌のPEFに対する感情性の比較を行い,これらファージは大腸菌に比べ高い感受性を示すことを明らかとした[8].さらに大腸菌とファージの混合溶液にPEF処理を行うことで,混合液中の大腸菌の生菌数を減少させながらも完全に死滅させることなく,ファージのみを完全に不活性化させ,溶菌による細胞密度の低下を引き起こすことなく大腸菌を培養可能であることを示した.

2.6 PEFによる損傷とそれに対する応答

20世紀末から今世紀初頭にかけて,PEFによる微生物の不活性化は細胞が不活性化される前に亜致死的損傷がほとんど,または全く見受けられないall-or-nothing eventであると主張されていた[9, 10].しかしながら,Gracíaらの研究によりこれが否定され[11-13],PEFによる損傷が蓄積された細胞の存在が実証された.殺菌操作により生じる損傷菌の生死は処理直後には確定しておらず,その後の環境により生死が左右されるため,損傷菌の発生や挙動の把握は食品の殺菌を確実とし安全性や健全性を確保するうえで重要であり,熱殺菌や高圧殺菌において優れた研究がなされている[14-16].PEF殺菌においても損傷菌の把握は重要であり,未だ十分な知見の集約,制御方法などは確立されていないことから,筆者らはPEFで生じた損傷菌が化学成分と培養温度を選択圧とした場合に示す挙動を調査した[17].調査の過程でPEF処理を行う前の遠心分離など汎用的な実験操作や培養過程ですでに損傷を受け,選択圧に影響を受ける損傷菌の存在が確認され,これらの菌の割合を除外しPEF処理によって損傷を受けた菌の最小割合を求めるための式を提案した.提案式を用いて損傷菌に対する各種化学成分の影響を調査し,損傷菌の死滅を促進する化学物質と損傷菌の回復に寄与する化学物質を明らかとした(Table 1).また事前に発生していた損傷菌とPEFで生じた損傷菌とで異なる挙動を示す化学物質が存在することが明らかとなった.0.005%アスコルビン酸による選択では,事前に発生していた損傷菌は弱い感受性を示したのに対し,PEFで生じた損傷菌は強い感受性を示した.また,14%スクロースによる選択圧では,事前に発生していた損傷菌は強い感受性を示したのに対し,PEFで生じた損傷菌に対しては損傷の回復に寄与することが確認された.一方,培養温度を選択圧とした場合には,培養温度の低下は損傷菌の回復に,上昇は損傷菌の死滅を促進することが確認された.

Table 1 Rates of sublethally injured cells detected under various chemical compounds and cultivation temperatures as the selective pressure.

Selective pressure Rate of sublethally injured cells in PEF-untreated cell suspension [%] Rate of all sublethally injured cells after PEF [%] Minimum rate of sublethally injured cells by PEF [%]
3% NaCl 67±12 81±10 14±9.8
3% KCl 55±29 64±25 10±6.6
5% Ethanol 24±28 57±17 33±15
0.005% Ascorbic acid 13±44 77±12 64±34
14% Sucrose 87±2.7 81±6.1 -5.7±4.0
0.1% Peptone -4.4±26 -100±50 -96±45
Low temperature (25°C) 23±10 -10±33 -36±25
High temperature (35°C) -26±30 48±29 74±27

PEFにより生じる損傷が細胞に引き起こすストレス応答について,筆者らは酵母をモデルとして熱ストレスおよび酸化ストレス応答遺伝子群に着目して調査を行っている[18].PEF処理後の酵母細胞に含まれるRNAを逆転写反応によりcDNAとした後,これをテンプレートとして各ストレス応答遺伝子をPCRにより増幅し電気泳動により発現量を比較した.PEF処理により熱ショックタンパク質をコードするHSP104のバンド強度はコントロールと比較して変化がみられないか僅かに増加した.一方で酸化ストレス応答遺伝子として選択したスーパーオキシド除去酵素をコードするSOD1SOD2ならびにグルタチオン還元酵素をコードするGLR1ではバンド強度が明確に増加し,PEFは酵母細胞に酸化ストレス遺伝子の発現を誘導した.またグルタチオン合成酵素をコードする遺伝子でのバンド強度の増加が大きく,グルタチオン合成酵素GSH1を欠損させた酵母欠損株,ならびにL-ブチオニンスルホキシミン処理によりグルタチオン合成を阻害した野生株ではPEFに対し高い感受性を示したことから,グルタチオンが酵母のPEF抵抗性に重要な役割を示していることが明らかとなった.

3. 大気圧非平衡プラズマを用いた個体食品の殺菌

3.1 殺菌メカニズム

非(熱)平衡プラズマとは,電子温度のみが数万度以上の高温であるのに対してイオン温度やガス温度は常温程度となるプラズマをさし,低温プラズマともよばれる.高エネルギー電子が周囲の中性分子を励起・解離することでラジカルを生成する,これら活性種を起点とした化学反応が様々な分野で利用されている.微生物の殺菌においても,プラズマの発生に伴い下記の式で示される反応によって生じる原子状酸素,オゾン,ヒドロキシラジカルなどが殺菌因子として利用される.

  
$\mathrm{O_2 + e \to O(^3P) + O(^3P) + e}$(1)
  
$ \mathrm{O_2 + e \to O(^1D) + O(^3P) + e}$ (2)
  
$ \mathrm{O(^3P) + O_2 + M \to O_3 + M}$ (3)
  
$ \mathrm{H_2O + O(^1D) \to 2OH}$ (4)
  
$ \mathrm{H_2O + e \to OH + H + e}$ (5)
  
$ \mathrm{H_2O + e \to H_2O^+ + 2e}$ (6)
  
$ \mathrm{H_2O^+ + H_2O \to H_3O^+ + OH}$ (7)

これら活性種と微生物を構成するタンパク質や脂質などが反応し酸化されることで,微生物の構造・機能が破壊・阻害されることで殺菌に至る.また活性種の寿命は気中において数十マイクロ秒(ヒドロキシラジカル)〜数時間(オゾン)と短く,有機物が豊富な食品存在下ではその分解速度は著しく増加する.大気圧非平衡プラズマ発生条件を制御し熱の発生を抑え,発生する活性種を活用することで殺菌因子の残留の心配がない非加熱殺菌技術への応用が可能となる.

3.2 大気圧非平衡プラズマ装置によるコショウの殺菌

コショウなどの香辛料には耐熱性芽胞などが付着しており,国内において肉練り製品などの加工食品へ利用するためには1gあたり1000個以下となるよう殺菌処理が法的に義務付けられている.筆者らは香辛料など粒状農産物の殺菌に大気圧非平衡プラズマ技術を応用し,低温殺菌を実現することでこれらの高付加価値化と安心・安全の担保の実現を目指している.粒状農産物の殺菌を実現するためのリアクターの開発として,回転させた円管内壁に大気圧非平衡プラズマの一種である誘電体バリア放電(DBD)を発生させる装置を考案した(Fig. 6).

Fig. 6

Images of the surface DBD reactor. (A) Bright-field image of the reactor containing a whole black pepper without DBD generation and (B) dark-field image of the reactor with DBD generation.

本装置を用いてコショウに付着させたAspergillus niger胞子の殺菌の検討と殺菌処理がコショウ品質に及ぼす影響を調査した[19].装置内にコショウを封入しDBDを発生させることでコショウ表面に付着させたAspergills胞子の殺菌が可能であり,コショウの表面とDBDの接触性が殺菌効率の向上において重要であることが,回転数ならびに充填率に着目した検討から確認された.また,加湿空気を導入することで殺菌効果が向上することが確認された.これは雰囲気中に水分子が増加することで,プラズマの発生に伴う電子と水分子の電子衝突頻度が増加し,(5)(7)式に示す反応で反応性の高いヒドロキシラジカルの生成が促進されたためであると考えられる.DBD殺菌処理コショウと,未処理コショウ,乾熱殺菌(180°C,1時間)処理コショウの品質を比較したところ,辛味成分であるピペリンについてDBD殺菌コショウと乾熱殺菌コショウは未処理コショウに比べてピペリン量が減少し,両者の間で減少割合に明確な差は認められなかった.しかしながら,DBD処理コショウは乾熱殺菌コショウに比べDPPHラジカルを用いた抗酸化活性で高い値を示し,チオバルビツール酸価の上昇も抑えられていた.これらの結果から大気圧非平衡プラズマは香辛料などの品質劣化を抑え高品質化を実現できる殺菌技術となる可能性を示せたものと考える.

4. おわりに

本稿で述べたように,高電圧技術であるPEFと大気圧非平衡プラズマは食品の非加熱殺菌技術として用いることで,食品の品質・安全性の向上に寄与できるポテンシャルを有する.PEFは殺菌以外への応用として,食品に印加することで物質の透過性など性状を改変し有用物質の抽出性,脱水性を向上させることができ,近年ではポテトに印加することで,ポテトチップス・フレンチフライ製造時の油脂取り込み量の減少や,脱水性の向上による揚げ時間の低減・エネルギー消費量の削減などが報告されている.また大気圧非平衡プラズマは農産物輸送時のエチレンガスの分解による品質保持技術などにも応用されている.これらの他にも,植物の発芽制御,担子菌(きのこ類)の子実体形成促進,アニサキスの殺菌など,食品,農業分野において近年目覚ましい展開をみせている.この領域では,先駆的で実用性の高い研究成果は日本の研究者によって行われ日本がアドバンテージをもつ領域であるが,近年は諸外国,とくに中国からの研究報告例が急増している.筆者らも殺菌以外への応用へと研究を展開しており,本領域において今後も日本のアドバンテージ維持に貢献できるように食品への工学的アプローチからの研究活動を活性化していきたい.

謝辞

本研究は筆者が群馬大学大学院理工学府にて行ったものである.ご指導いただいた大嶋孝之先生(現東京家政学院大学)ならびに松井雅義先生(現広島工業大学)をはじめ,多くの諸先生方に厚く御礼申し上げます.また本研究に携わられた学生,共同研究機関の方々をはじめとして,数多くのサポートを頂いたすべての方々に対して御礼申し上げます.

References
 
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