2025 年 26 巻 4 号 p. 143-154
固体油脂を含有するエマルション製品においては,油脂の結晶化が品質に顕著な影響を及ぼすことが多い.本研究では,エマルションの安定化手法として知られる高分子複合層による油滴の被覆処理が,室温より高い融点をもつ油脂からなる水中油滴(O/W)エマルションの液滴結晶化に及ぼす影響を調べることを目的とした.まず,膜乳化法によりパーム油を油相とするO/Wエマルションを作製し,得られたエマルション滴の表層にキトサンとカゼインナトリウムからなる高分子複合層(CHI-SC複合層)を形成させた.得られたパーム油含有O/Wエマルションを60°Cで保温した後,20°Cに急冷・保持しながら偏光顕微鏡で油滴の結晶化の様子を観察したところ,時間経過に伴い油滴が部分的に結晶化し,結晶が生成した油滴の個数が徐々に増加していく様子が観察された.油滴表面におけるCHI-SC複合層の有無によるエマルション油滴の結晶化挙動を比較したところ,いずれも時間経過とともに結晶が生成した油滴の個数は増加したが,その増加速度はCHI-SC複合層を形成したO/Wエマルションの方が遅くなっていることがわかった.また,エマルション油滴の結晶化過程を小角X線散乱測定により調べた結果,保温初期にはパーム油の結晶多形であるα型結晶が主に生成し,これがβ′型結晶に転移するとともに徐々にβ′型結晶が増加していくことがわかった.偏光顕微鏡観察と小角X線散乱測定の結果を比較したところ,結晶化の遅延はα型結晶が生成する保温初期において顕著であり,油滴表面におけるCHI-SC複合層の形成がα型結晶の生成を抑制している可能性が示唆された.また,単一脂肪酸から構成されるトリグリセリドであるトリミリスチンを油相とするO/Wエマルションに対しても同様の実験を行った結果,トリミリスチン含有エマルションにおいてもパーム油含有エマルションと同様に,CHI-SC複合層の形成がα型結晶の生成に抑制的に作用していることが示唆された.