抄録
患者は 73 歳の女性で,下顎左側臼歯部の腫脹・疼痛を主訴に来院した。既往歴は,高血圧,脂質代謝異常,腎機能不全による左腎摘出と両側下肢静脈瘤の術後であった。 モニタを装着し,浸潤麻酔が奏功していることを確認し,腫脹部を穿刺,排膿させた。その後,疼痛緩和目的に麻酔薬を追加注入したところ,突然の徐脈をきたし,顔面は蒼白となり,眼球は上転し,意識を消失した。呼名反応,呼吸・脈拍はなく,ただちに 119 番通報し,同時に歯科治療用の椅子を水平位とし胸骨圧迫を 1 回行ったところ開眼した。しかし,意識レベルは JCS200 であったので,AED を装着し,酸素を吸入させ,輸液・救急薬品を準備した。その間,少量の嘔吐が 3 回あったが,約 2 分後には意識は清明となった。通報から 7 分後に救急隊が到着し,精査目的に救急病院に搬送したが,頭部 CT 検査,心エコー・心電図検査に異常は認められなかった。 後日,AED から得られた心電図解析では除細動の適応はなく,波形では P 波消失による洞不全と軽度の ST 低下がみられた。排膿のための圧迫が予期しない痛みを与え,さらに追加の局所麻酔薬注入の痛みにより,迷走神経亢進状態に陥った結果と推測された。 自らの予測能力,対応能力の限界を認識し反省すべき事例であった。緊急時対応訓練の重要性を再確認するとともに,常に危機意識をもち,さまざまな場面に対応できる準備を行っておく必要を痛感した。