2026 年 41 巻 1 号 p. 43-48
緒言:高齢者の咀嚼障害は,義歯不適合や口腔機能低下などの身体的要因に加え,加齢に伴う「諦念」や「現状受容傾向」といった心理的要因が影響することがある。本症例では,主訴が下顎義歯の浮き上がりと食物の挟まりに限られ,食に対する意欲が乏しい高齢患者に対し,口腔内スキャナ(intraoral scanner:IOS)による初診時デジタル記録と,デンチャースペース記録(ピエゾグラフィー)を統合した義歯製作を行い,その有効性を検討した。
症例:85歳,男性。下顎右側側切歯のみが残存しており,上下義歯を装着していた。旧義歯に著明な不適合は認めなかったが,咬合力23.6 Nと低値で,咀嚼能率は測定不能であった。自覚的には「噛めない」感覚は乏しく,義歯新製により不快感の改善のみを希望した。
経過:初診時にIOSで上下顎粘膜面および残存歯を記録し,デンチャースペース採得用装置を製作した。2回目来院時に咬合採得とピエゾグラフィーを行い,CAD/CAM義歯を製作,3回目来院時に試適・装着した。
考察:新義歯装着後,咬合力は405.2 N,咀嚼能率は96 mg/dLに改善した。食事時の不快感や食物の詰まりは消失し,「この入れ歯を自慢したい」との発言がみられるなど意欲の変化を認めた。本症例は,従来法より少ない工程・来院回数で高精度な義歯製作が可能であることを示した。本法は高齢者補綴において,機能回復とQOL向上の両立に寄与する可能性がある。