老年歯科医学
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半側無視を伴う脳梗塞患者にみられた義歯取扱いの障害について
中村 広一大仲 功一川邊 裕文出倉 庸子
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1996 年 11 巻 1 号 p. 34-38

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抄録

脳梗塞患者にみられた義歯取扱い能力の障害を脳血管障害の後遺症のひとつである半側無視との関連から検討した。
患者は63歳の主婦で当科受診約4ヵ月前に右中大脳動脈の閉塞により右前頭葉, 側頭葉, 頭頂葉の皮質, 皮質下に広範な脳梗塞を発症し, 左片麻痺 (非利手側) に加え, 左半側無視, 病態失認などの高次脳機能障害を後遺した。入院中の本院理学診療科より紹介され, 補綴治療を希望して1993年7月15日に当科を受診した。左片麻痺のため歩行不能で, 左手 (非利手) 麻痺を認めた。左三叉神経 (第1~3枝) 領域の顔面皮膚および口腔粘膜に知覚麻痺を認めた。意識, 記憶および見当識にとくに問題はなかった。〓部に適合・咬合ともに不良な床義歯を装用していた。
初診の時点で, 患者に義歯装着を命じて装着所要時間を測定したところ, 上顎義歯は12秒でスムーズに装着したが, 下顎義歯の装着には難渋し, 麻痺した左手まで使おうとした (病態失認) 。結局, 180秒で装着を中止させた。当日より新義歯の制作を含めた歯科治療を開始した。
1993年10月5日, 新義歯が完成した時点で装着所要時間を再び測定したところ, 下顎義歯は13秒で装着できたが上顎義歯の装着に難渋したため, 117秒で介助して装着させた。その後, 51砂で自力装着に成功したり, 247秒でも装着できないといった状況が続いた。約1ヵ月後, 装着所要時間は19秒に短縮し, 以後2年間にわたって12~19秒台で安定して経過している。
本患者にみられた義歯装着の失敗は, 劣位 (右) 半球の損傷に後遺した左半側無視のために, 自分の身体の左側に位置する鉤歯 (2) と鉤の間の空間的位置関係がつかめないことに起因したものと考えられた。本症例では義歯完成の1ヵ月後に義歯取扱い能力の改善をみたが, 原病の自然回復に伴う半側無視の改善の結果と考えられた。

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