本研究は、樹木年輪を用いて観測記録のない歴史洪水のピーク水位を推定する手法を見出すことを目標とし、琵琶湖において史上最大の1896年大洪水による浸水が樹木年輪に与えた影響を分析した。本報で用いた標本は、琵琶湖西岸の神社境内で2002年7月に伐倒された樹齢約120年のエノキで、樹幹の異なる高さから4個の円盤標本を採取した。測量結果から、この樹木は1896年洪水時には9月9日から23日間浸水していたと推定される。 顕微鏡下で木口面を観察したところ、年輪幅が急激に小さくなるとともに、孔圏の導管が異常に小さく疎らになる「洪水輪」が1896年洪水の翌年に認められた。このような特徴は樹幹の低い部位ほど顕著であった。このような洪水輪は、環孔材において孔圏が形成されている春季に浸水した場合に現れることがあることは知られていたが、本研究では秋季の長期にわたる浸水の影響が翌年の年輪に表れる可能性が見出された。