貧困格差は,世界全体での貧困の減少傾向とは裏腹に拡大傾向にあるが,洪水はこの要因の一つとして,気候変動による極端気象の増加予測に伴い注目を集めつつある.ここで貧困格差は貧困層と非貧困層という異なる社会階層の間に発生する地域や社会を単位とした現象であり,その拡大は中⻑期的な時間の経過により発現するものであることを考えると,中⻑期的な地域・社会スケールの問題として洪水と貧困格差の関係を扱う必要があるが,そのようなアプローチを取れている研究はほとんど存在しない. そこで本研究では,特に貧困格差が顕著である途上国の洪水常襲地帯において,洪水が中⻑期的に人や地域に与える社会経済的影響への理解度を高め,洪水による貧困格差を緩和することを目的として,以下の二つの目標を掲げる.一つ目の目標では,洪水が住⺠の教育面及び収入面に及ぼす影響を,定量調査・定性調査を用いて明らかにすることを目指す.二つ目の目標では,貧困レベルごとの洪水への応答を踏まえた,人や地域への中⻑期的な社会経済的影響の考察を深めることを目標とする. まず一つ目の目標に関して,はじめにタイのアユタヤを対象地域として過去に実施された大規模なアンケート調査の結果を用いた定量分析により,深刻な洪水被害を経験した地域ほど,世帯の収入レベル及び教育レベルが低い傾向にあることが明らかとなった.次に同地域で筆者も同行し行った詳細なインタビュー調査の回答から,教育に関する上記の傾向は洪水で中断されずに質の高い教育を受けられる学校が都市部に偏在していることにより引き起こされていること,収入に関する傾向は洪水被害の発生場所と生業自体の持つ特性の組み合わせで説明できることが示唆された. 次に二つ目の目標に関して,先の分析・考察とインタビュー調査の回答を用いて洪水による貧困格差拡大の全体像を模式化した.全体は時間スケールに関して短期的影響と中⻑期的応答という二つに分けて整理し,このうち中長期的応答については貧困層と非貧困層の応答の違いを中心に模式化した。
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