抄録
環境中の微生物種の大多数は難培養性であり、それらの生理・生態はほとんど未知である。環境中のゲノムDNA を網羅的に配列解析するメタゲノミクスの確立によって、微生物群集全体が持つ遺伝子群を取得可能になったが、一般には個々の微生物種のゲノム再構築は困難であり、各未培養種の機能は不明のままである。ところが最近、全ゲノム増幅法という革新的技術の開発により、個々の培養不能微生物種の少数細胞からの全ゲノム配列解析が可能となった。例えばシロアリ腸内原生生物細胞内に共生する2 種の培養不能細菌種の完全長ゲノム配列が同手法で取得されたことにより、シロアリ腸内で原生生物が木質を分解し、その細胞内共生細菌が空中窒素を固定してアミノ酸やビタミンを供給するという、巧みな3 者共生の実態がはじめて明らかとなった。現在ではさらに技術が進み、細菌1 細胞からゲノム解析を行うシングルセル・ゲノミクスが台頭しており、大きな成果が出はじめている。本稿では、シロアリ腸内微生物群集を題材とした難培養細菌ゲノム研究の実例を紹介するとともに、シングルセル・ゲノミクスの現状を解説し、難培養微生物の遺伝子資源化を含めた今後の展望を述べる。