日本レーザー医学会誌
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総説
タラポルフィンナトリウム投与後の皮膚組織中薬物動態:皮膚光線過敏症リスクの検討
小川 恵美悠 相吉 英太郎荒井 恒憲大谷 圭志臼田 実男前原 幸夫今井 健太郎工藤 勇人小野 祥太郎池田 徳彦
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2019 年 40 巻 1 号 p. 1-6

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Abstract

我々は光線力学的治療におけるタラポルフィンナトリウム静注後の皮膚光線過敏症発症リスクを定量評価することを目指し,in silico薬物動態モデルを構築することでヒト皮膚組織中薬剤濃度変化の推定を行なった.光感受性薬剤として臨床応用されているタラポルフィンナトリウムは,投与後2週間500ルクス以下の室内で過ごす遮光が定められている.遮光期間は入院を規定するものではないが,現実には2週間の入院観察を行うことが多い.患者の負担および医療コストを削減するために,退院時期決定および在宅管理に関する科学的エビデンスの構築が必要である.本研究では,皮膚光線過敏症発症リスクの高い時間帯を明らかにし,組織内濃度上昇の前に退院,遮光が必要な期間を自宅で過ごすことで入院期間を短縮することを提案し,がん患者のQuality of Life(QOL)改善を目指す.我々は経皮的薬剤蛍光計測システムを用いて,東京医科大学病院および日本医科大学付属病院において皮膚組織中薬剤蛍光計測の臨床研究を実施した.タラポルフィンナトリウムのSoret帯吸収を青色LED(波長409 ± 16 nm)で励起し,タラポルフィンナトリウム蛍光を計測することで皮膚組織中薬剤濃度を評価した.本研究では臨床結果を説明する薬物動態モデルの構築により連続的に皮膚組織中薬剤濃度を推定し,皮膚光線過敏症発症リスクの高い時間帯を明らかにした.

1.  はじめに

光線力学的治療(Photodynamic therapy)は悪性腫瘍に対する低侵襲な選択的治療として1),本邦では早期肺癌,原発性悪性脳腫瘍,化学放射線療法又は放射線療法後の局所遺残再発食道癌,表在型食道癌,表在型早期胃癌,子宮頸部初期癌及び異形成へ適応されている2-5).光線力学的治療では光感受性薬剤投与後にインターバルを設けて励起光照射を行うことで,光感受性薬剤の腫瘍集積性により腫瘍局所での活性酸素産生により選択的に細胞死を起こす6).光線力学的治療では皮膚に残留した光感受性薬剤によって光線過敏症が生じるリスクがあるため7),一定の遮光期間が設けられている8).この遮光期間は入院を規定するものではないが,現実には入院させて経過観察することが多い.光線過敏症の原因である皮膚組織中薬剤濃度動態に関する科学的エビデンスを得ることで,適切な退院時期決定および在宅管理を行い,患者の負担および医療コストを削減することが期待される.皮膚光線過敏症発症リスクの高い時間帯を明らかにし,組織内濃度上昇の前に退院,遮光が必要な期間を自宅で過ごすことで入院期間短縮することを提案し,がん患者のQOL改善を目指す.

2.  光線力学的治療における光線過敏症

皮膚光線過敏症は,皮膚に残留する光感受性薬剤に環境光が当たることで生じるため,タラポルフィンナトリウムの場合2週間500ルクス以下の室内で過ごす遮光が定められている.悪性腫瘍に対する光感受性薬剤はレザフィリン(物質名:タラポルフィンナトリウム,Meiji Seika Pharma)とフォトフリン(物質名:ポルフィマーナトリウム,ファイザー)の2種類が認可されており,第一世代光感受性薬剤であるフォトフリンでは1ヶ月の遮光期間が定められている9,10).タラポルフィンナトリウムでは従来の光感受性薬剤に比べて排泄性が高いことが報告されており11),第II相臨床試験では光線過敏試験を行った患者の84.8%で遮光が規定されている2週間以内に皮膚光線過敏症が消失することが明らかになっている12).光線過敏症の原因となる皮膚組織中薬剤は通常肝臓から代謝されるが13),代謝速度は個人差が大きく,患者によっては安全を見込んで設定された2週間の遮光期間が冗長である場合がある.患者のQOLおよび医療経済の両方に課題を残している.現在,皮膚光線過敏症リスク判断には,手のひらを日光に5分間曝露し症状の有無を目視により観察する方法が用いられているが4,14),この方法は曝露光量も規定されておらず,侵襲的で信頼度が低いことが問題である.

3.  経皮的薬剤蛍光計測システム

定量的な皮膚組織中薬剤濃度計測,モニタリングを目指し,我々はプラスチック光ファイバー(POF: Plastic optical fiber)製の拡散体2本を搭載した拡散反射光計測による経皮的薬剤蛍光計測システムを開発した15).Fig.1に開発したシステムの構造を示す.厚さ1.0 ± 0.1 mmのウレタンゲル製センサーパッド(5 cm × 15 cm)に,先端5 cmに拡散加工を施した2本のPOFを設置した.一方を励起光照射,もう一方を拡散反射光受光に用いた.励起光照射用POFはタラポルフィンナトリウムのSoret帯を励起するために中心波長409 nmのLED(LLS-405, Ocean Optics, Inc.)に接続し,受光用POFは波長600 nmのロングパスフィルターを介して分光器に接続して計測を行った.

Fig.1 

Schematic illustration of the fluorescence sensing system (longitudinal image and cross-sectional image of the sensing tip at Section A).(参考文献21より引用21)

Fig.2に経皮的薬剤蛍光計測システムの外観図を示す.Fig.2BおよびCに示すようにセンサーパッドをカフ内側に設置し,上腕内側にセンサーパッドが接触するように装着した.静脈圧程度にカフを加圧することでセンサーパッドと皮膚を密着させて保持した.計測に用いるLED光強度は励起光による皮膚への障害が生じないよう,直径1 mm,長さ5 cmの拡散長に対して12 mW以下の強度となるように設定した.皮膚光線過敏症が主に発生する表皮は厚さ65–130 μmであるため16,17),光侵達長が90 μmである波長409 nmの励起光を用いることで18-20),表皮のみの薬剤を検出し,皮膚光線過敏症のリスクを適切に評価することが可能なシステムである.

Fig.2 

(A) External appearance of the fluorescence sensing system. (B) External appearance of the sensing system placed on cuff. (C) Use of the fluorescence sensing system on patient’s upper arm.(参考文献21より引用21)

4.  皮膚組織内薬剤蛍光の時間変化

我々は経皮的薬剤蛍光計測システムを用い,中心型早期肺癌に対する根治治療として光線力学的治療を行った患者に対して東京医科大学病院において8例,日本医科大学付属病院において2例,上腕内側の皮膚組織中薬剤蛍光計測の臨床研究を実施した21).タラポルフィンナトリウムを40 mg/m2で投与し,投与4時間後に局所麻酔または全身麻酔下で光線力学的治療を行なった.薬剤投与前,投与後5分後,投与10分後,投与4–5時間後の光線力学的治療時点,光線力学的治療から2–3日後(退院時),および1–2週間後に経皮的薬剤蛍光計測システムによる計測を行なった.計測された拡散反射スペクトルの一例をFig.3に示す.スペクトルにはPOFの成分であるポリメタクリル酸メチル樹脂(PMMA: Polymethyl methacrylate)の自家蛍光と,中心波長約660 nmのタラポルフィンナトリウム蛍光が計測された.波長604 nmの蛍光強度でスペクトルを正規化することで計測毎の接触状態による誤差を揃えた.薬剤蛍光成分は,薬剤投与後のスペクトルと薬剤投与前のスペクトルの差分を取ることで分離し,皮膚組織中薬剤濃度の評価値として得られた差分スペクトルの積分値を用いた.

Fig.3 

A typical fluorescence spectra measured by the sensing system at different times after the NPe6 administration.(参考文献21より引用21)

Fig.4に皮膚組織中薬剤蛍光強度の薬剤投与後時間変化を示す.皮膚組織中薬剤蛍光は薬剤投与後2–3日にピークを持ち,投与後2週間にかけて減少した.光感受性薬剤投与直後から単調減少するという予想に反して,皮膚組織中薬剤濃度ピークが投与数日後に遅れることが明らかになった.光線過敏症発症リスクが最も高くなる薬剤投与数日後の外出を避け,術後即日退院およびその後の在宅管理により安全な運用が可能であると考えられる.皮膚組織中薬剤蛍光強度ピーク値には最大約50%の個人差が生じ,計算モデルによる患者ごとの代謝予測が可能になれば適切な退院時期を決定することができる.

Fig.4 

Time history of integrated fluorescence intensity in all patients.(参考文献21より引用21)

Each character shows different patient data.

5. in silico薬物動態モデルの構築

連続的に皮膚組織中薬剤濃度を推定するために,臨床研究で得られたデータを説明するin silico薬物動態モデルの構築を行なった.血漿-間質-細胞の3つのコンパートメントから成るモデルを構築し,皮膚組織における各コンパートメントの体積寄与率を定義することで皮膚組織中薬剤濃度を算出した.Fig.5に構築した3-コンパートメントモデルの構造を示す.in silicoモデルによって算出される皮膚組織中薬剤濃度と臨床研究の蛍光計測データとの差が最小となるように,共役勾配法によりコンパートメント間の速度定数k10k32を最適化した.

Fig.5 

Structure of three-compartment pharmacokinetics model of plasma-interstitial space-cell compartment.

最適化された速度定数を用いて皮膚組織中薬剤濃度を推定した結果,薬剤投与直後から濃度が上昇し投与50時間後に皮膚組織中薬剤濃度のピークを持つことが分かった.ピーク後に薬剤濃度は緩やかに減少し,現状の遮光期間である2週間後における皮膚組織中薬剤濃度は薬剤投与50時間後の約1/4であった.薬剤投与10時間後と1週間後の皮膚組織中薬剤濃度が同程度となることが分かった.この結果は,報告されているラット皮膚組織における組織中薬剤濃度ピーク4時間と大きく異なっている22).タラポルフィンナトリウムは血中で主にアルブミンと結合することが報告されているが13,23),アルブミンの構造は動物種によって異なる24).我々はこれまでにアルブミンの構造に起因するタラポルフィンナトリウム結合率の動物種依存性について報告してきた25).本研究の結果からも,皮膚組織中薬剤濃度変化が動物によって異なることが確かめられた.

代謝速度の異なる患者から皮膚組織中薬剤濃度および血中薬剤濃度データを蓄積してモデルを構築することで,患者ごとの代謝予測による退院時期決定が可能になると考えられる.

6.  まとめ

光線力学的治療の副作用である皮膚光線過敏症発症リスクを定量評価することを目指し,皮膚組織中薬剤濃度計測およびin silico薬物動態モデル構築を行なった.薬物動態モデルにより連続的に薬剤濃度を推定することで,皮膚光線過敏症発症リスクの高い時間帯を明らかにした.今後患者ごとの代謝予測が可能なモデルを構築により,遮光期間の予測,光線過敏症予防を行い,さらに退院時期決定および在宅管理により患者の負担および医療コストの削減を目指す.

利益相反の開示

利益相反なし.

参考文献
 
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