日本レーザー医学会誌
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総説
光線力学的療法(Photodynamic therapy: PDT)の費用対効果~悪性脳腫瘍に関して~
秋元 治朗 田倉 智之
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2022 年 43 巻 2 号 p. 65-73

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Abstract

緒言:限られた医療財源の中で,国民にlow cost-high qualityな医療を提供すべく,国は各種医療行為の費用対効果の評価を始めた.本論文では成人悪性脳腫瘍の代表である膠芽腫に対する各種治療行為の費用対効果の比較を,質調整生存年(quality adjusted life years: QALY)と,標準治療に対する増分費用対効果比(incremental cost-effective ratio: ICER)という二つの尺度にて行なった.対象・方法:成人膠芽腫に対して,可及的摘出に引き続き,放射線療法,Temozolomide併用,維持療法(初回再発まで)を行なった標準治療群に対して,局所療法であるCarmustine wafer留置群,術中PDT施行群,術後にBevacizumab療法を追加した群,術後にTumor-Treating Field(TTF)による電場治療を追加した群を想定した.各種治療のQALYを既報をもとに算出し,標準治療に対する増分QALYを算出,治療を行う上での増分費用も算出した.QALYの算出においては,再発時までKPS80を維持,再発後はKPS 50でbest supportive careとし,死戦期2ヶ月はKPS 20という症例をシミュレートした.PDTの費用に関しては,術前に投与するTalaporfin sodiumの薬剤費,PDT技術料,DPC I,II期の入院加算費,半導体レーザーの減価償却費などを加算している.結果:各治療群のQALY/ICERは,Carmustine wafer留置群0.952(QALY)/468万3258(円/QALY),PDT施行群1.283(QALY)/219万6178(円/QALY),Bevacizumab投与群0.871(QALY)/3371万3971(円/QALY),TTF施行群 0.988(QALY)/3501万9455(円/QALY)などと算出された.結論:中央社会保険医療協議会における費用対効果の分析ガイドラインでは,各種医療行為のICERの閾値として500万円/QALYを提示しており,閾値を下回る治療行為は費用対効果が高い治療として推奨している.今回の分析では各治療における有害事象による増分費用を算出しきれていないが,悪性脳腫瘍に対するPDTは他治療選択肢に比して,費用対効果が高い治療として評価されるべきと思われた.今後,肺癌,再発食道癌などに対しても費用対効果の面からPDTの優位性を検討する報告がなされることを期待する.

Translated Abstract

The aim of the present study was to perform a comparative evaluation of the cost-effectiveness of health insurance-approved additional treatments to the standard Stupp regimen for newly diagnosed glioblastoma. According to the clinical symptoms and disease progression of patients with newly diagnosed glioblastoma, a Markov model was constructed to estimate the quality-adjusted life years (QALYs) and incremental cost-effectiveness ratios (ICERs). Utility parameters were obtained from the data of published phase II or III clinical studies. Additional intraoperative treatment using carmustine wafers and photodynamic therapy (PDT) increased overall costs by 1,035,000 yen and 1,212,290 yen, with a gain in 0.221 and 0.552 QALYs, resulting in ICERs of 4,683,258 yen/QALY and 2,196,178 yen/QALY, respectively. Furthermore, additional postoperative adjuvant treatment using Bevacizumab and Tumor-treating field increased overall costs by 4,719,942 yen and 9,000,000 yen, with a gain in 0.14 and 0.257 QALYs, resulting in ICERs of 33,713,971 yen/QALY and 35,019,455 yen/QALY, respectively. These data suggested that the additional intraoperative PDT was the most cost-effective treatment for patients with newly diagnosed glioblastoma in the context of an ICER of 5,000,000 yen/QALY willingness-to-pay threshold. The main limitation of this study was that the additional costs required for the adverse events that may occur as a result of these treatments were not evaluated, and these should be evaluated in the future using real-world diagnosis procedure combination (DPC) data. In summary, we showed that additional intraoperative PDT is an extremely low-cost and high-quality treatment option for the patients with newly diagnosed glioblastoma, using medico-economical evaluation.

1.  はじめに

1961年に制定された国民皆保険制度とともに,国民の健康・福祉事業は充実,日本は世界に類を見ない経済成長を成し遂げ有数の経済大国となった.2013年9月,当時の安倍晋三首相はLancet誌に歴代首相としては初めて,自身による論文を掲載した1,2).日本が主導する国際保健制度(Universal Health Coverage: UHC)を確立し,日本が世界平和外交の中心となることが,新たなグローバル戦略であると名言した1)のである.その骨子としては,UHCの確立のために世界各国(主としてG7)が健康保険制度に関する共通認識を持つこと,UHCの確立により,貧富の差(国を含め)による医療の不平等を無くし,万人が病態に即した的確な医療を受けられる様な世界にすること.各国に共通する高齢化社会の進行に対しても,UHCの確立による高齢者医療の推進により,高齢者層が社会活動へ復帰することにより各国のGDPが向上,豊かな世界が招来されるであろうというものであった1,2).いわば,世界各国のSDGs(Sustainable and Developmental Goals)の最重要課題として,UHCの確立を呼びかけたのである.

その論文の中に“Japan’s success in achieving universal health-care insurance has improved equity in our health system, expanded coverage for our citizens, and controlled health-care costs.”という一文がある1,2).しかし現実的には,高齢者医療費ばかりか,高額療養費の増加による国民医療費の高騰,医療技術の高度化(個別化医療,分子標的薬,再生医療など)による医療単価の高騰など,本邦の医療市場メカニズムは破綻への階段を下り始め,一番の売りである皆保険制度の存続すら危ぶまれてきた.そこで,「日本再興戦略(2014改訂)」3)においては,費用対効果手法による医療技術評価(Health Technology Assessment: HTA)の導入が閣議決定された.つまり,従来の科学的根拠に基づく医療(Evidence-based Medicine: EBM)ばかりを追い求めているのではなく,医療技術の「価値」に基づく医療(Value-based Medicine: VBM)の選択が必要ではないかという認識が高まってきたのである3-5).つまり,EBMは重視しつつも,少しでも価値の高い医療(VBM)を選択して行くべきとの概念であり,今後の医療イノベーションの評価には,医療経済学的手法の応用に基づくHTAが必須であるという議論が,厚生労働委員会における社会保障制度改革論の中心となったのである4,5)

このHTAの目的は,「安全・有効で患者本位な医療政策の策定についての情報を共有し,最善の価値の実現に務めること」とされる.では,医療における最善の価値とは何か.それは一つ一つの医療行為を,医学的・社会的・経済的・倫理的などの多面から,透明かつ偏りのない頑健な方法で分析し,その遂行において要するコストと,得られる成果の比較を行い,最も費用対効果の高いものを選択することに他ならない4).その方法論こそが医療経済学的手法であり,世界的にもこのHTAに基づく費用対効果の高い医療の選別による医療費の削減が,G7諸国の重要な国家スキームとなりつつある4,5)

早速,本邦では中央社会医療保険協議会(以下,中医協)において費用対効果専門部会が立ち上がった.本会では,まず新たに保険収載される医薬品・医療機器の一部を対象とし,その費用と効果の評価方法論に関する議論を重ね,その結果をどの様な形で価格調整に繋げるかまでの議論を進めている4).その結果,2016年には既収載品のうち,医薬品7品目,医療機器6品目を対象に同評価を実施し,その結果は2018年4月の薬価改定でオプジーボを含む2品目医薬品の価格が引き下げられ,1品目の医療機器が引き上げられることとなった4,5).本邦におけるHTAの議論が初めて市井の医療産業の価格に影響したものとなったのである.2019年1月には「費用対効果の分析ガイドライン」が策定され,いよいよ医療経済的手法を用いたHTA導入の流れが本格化してきた4).そこに昨今のCOVID-19の流行による社会保障費の急激な増長によって,国民医療費の更なる削減を求める声が高まってきており,ウィズ/ポストコロナ時代においては,真に費用対効果の高い治療のみを選択してゆくVBMの時代が本格化することが必然と思われる.

さて,著者が脳腫瘍のレーザー治療の基礎研究を開始したのは2000年であり,臨床応用を始めたのは2006年である.その頃から日本レーザー医学会を始め,光を用いた医療のほぼ全ての医学会に参加してきた.その席で,日本の癌に対するレーザー治療を先導してきた,東京医科大学の加藤治文名誉教授は毎回の様に,「癌に対する光線力学的療法(Photodynamic therapy: PDT)は,費用対効果の高い治療法である」とおっしゃっていた.「コストもかからないし,効果も高い」と発言されるたびに,著者は,いつか脳腫瘍に対するPDTの費用対効果解析を行い,客観的なデータとして,その高さを示したいと考えていた.今回,本邦の医療の費用対効果評価の第一人者であり,前述の中医協専門組織の委員長でもある,東京大学医療経済政策学の田倉智之教授から多くの御指導をいただき,著者の専門分野である悪性脳腫瘍におけるPDTが,VBM時代に生き残れる治療法なのかを知るべく,他の治療法との費用対効果の比較による分析を試みた.

2.  悪性脳腫瘍に対する治療の変遷(Fig.1)
Fig.1 

Timeline of treatment approval for glioblastoma in USA and Japan

脳神経外科領域のPDTの対象は,頭蓋内原発性悪性脳腫瘍であり,そのほとんどは脳実質を構成する膠細胞から発生する悪性神経膠腫である.その代表が臨床的に最悪性の膠芽腫(Glioblastoma: GBM)であり,その頻度は本邦では年間2,400例程度の新規診断であり,近年増加している大腸癌の60分の1程度に過ぎない6).米国CBTRUSのデータでは日本の1.5倍の発生頻度であり,年々増加している7).発症年齢は本邦では平均59歳,米国では64歳と高齢者発症が多い病態である6-8).その治療に関しては,著者が脳神経外科医となった35年程前と大きな変化はない.基本的には開頭手術により,腫瘍を可能な限り摘出すること,そして手術後には放射線治療と化学療法を併用することを原則としてきた.手術,放射線治療,化学療法のそれぞれに歴史的変遷があり,手術に関しては手術顕微鏡による単なる摘出術から,神経生理学的モニタリングや術中ナビゲーションシステム,術中MRI撮影などの出現とともに,脳機能の温存と,繊細で確実な摘出の両方を達成し得る方法論が確立されてきた.術後の放射線治療に関しては,腫瘍本体の周辺2 cmの領域まで拡大する脳局所照射が主流であり,照射線量に関しては多くの試験的臨床研究がなされたものの,60グレイ照射を選択することが妥当とされている.化学療法に関しては血液脳関門を通過し得る,水溶性抗癌剤を探索する時代があったが,2005年にStuppらが国際共同治験でTemozolomide(TMZ)の有用性をN Engl J Medに示す9)と,瞬く間に世界中でTMZが認可された.初発GBMの無増悪生存期間(median progression free survival period: m-PFS)を1.9ヶ月(5.0ヶ月から6.9ヶ月),平均全生存期間(median overall survival period: m-OS)をわずか2.5ヶ月(12.1ヶ月から14.6ヶ月)延長したに過ぎないTMZの使用が世界的な支持を受けた.可及的腫瘍摘出術後に拡大局所放射線治療60グレイを行い,TMZの内服併用治療及び維持療法(Stupp regimen)を行うという方法9)が,GBMの標準治療としての地位を獲得するに至った.

しかしながらm-OS 14.6ヶ月という数字は,GBMが依然として全ての癌種の中で5指に入る悪性度を示していることは間違いなく,多くのGBM研究者は更なる予後改善を目指した基礎,臨床研究を継続している.本邦では,可及的腫瘍摘出後の摘出腔に残存した浸潤腫瘍細胞を傷害すべく,抗癌剤Carmustine(BCNU)を浸透させたwaferを留置する治療10,11)や,光感受性物質を用いたPDT12,13)が認可され,術後の化学療法としてはVascular endothelial growth factor(VEGF)の中和抗体であるBevacizumab14,15),頭皮上に貼付した電極パッドから頭蓋内に交流電場を発生させ,残存腫瘍細胞の増殖を抑制しようというTumor Treating Field(TTF)16,17)といった新規治療が続々と認可されるに至った.更に,腫瘍細胞のみを選択的に攻撃し,その毒性も軽減された変異型ヘルペスウイルスΔG47が,条件つきながら2021年に保険承認を得たのである.一方,米国はGBMの完治を目指し,分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤,腫瘍溶解ウイルスなどを用いた多数の治験を遂行してきたものの,その有効性を示すことができた新規治療法は皆無であり,現在,初発GBMに用いることができるのはStupp regimenにTTFを併用することくらいの選択肢しか無い.つまり,本邦の初発GBMに対する治療手段は,米国のみならず,世界的に見ても非常に豊富であることが理解できる.

3.  医療における費用対効果の評価方法(Fig.2)
Fig.2 

Assessment of QALY (A) and ICER (B)

QALY: Quality-adjusted life year, ICER: Incremental cost-effectiveness ratio.

医療経済学による費用対効果モデルとは,対象治療(新しい治療)と対照治療(旧治療,標準治療)の2群を比較して,新旧医療技術の価値を費用と効果のバランスで評価し,その評価結果に基づいて意思決定を行うものである4).費用対効果の評価の指標としては,世界的にも信頼性が高いと考えられている,質調整生存年(Quality-Adjusted Life Year: QALY)と増分費用効果比(Incremental Cost-Effectiveness Ratio: ICER)が前述のガイドラインにおいても推奨されており,それぞれが中医協の医療技術評価に用いられている4,5)

3.1  QALY

費用対効果を検討する場合,疾患横断的,年齢横断的な指標が必要となる.一般に癌に対する各種治療の費用対効果を比較検討するためには,癌の再発や生活の質の低下,死亡といったイベントを,発病から死亡までの時間軸を加味した病歴として,客観的な尺度(QALY)で示す必要がある.その算出のためには,患者の病歴の推移に伴う生活の質を表す効用値が必要となる.効用値は健康な人を1,死亡した状態を0として,その疾病状態を0から1の間で示す数値であるが,著者らは悪性脳腫瘍の疾病状態を表す効用値として,日常的にKarnofsky Performance Status(KPS)を用いており,生存の期間に応じた効用値のKPSを考慮し,時間軸を加味してQALYが得られる.Fig.2Aに示される様に,AとBの異なる治療法があるとき,それぞれのQALYは Aが1.24,Bが1.54と算出される(A,Bそれぞれの折線下の面積に相当).従って,治療法をAからBに切り替えた場合,得られるQALYの増分は1.54 − 1.24 = 0.3となるのである(Fig.2A)4,5)

3.2  ICER

ICERは新治療が標準治療と比較して,増加した費用と,治療効果の増分を比較した尺度である.ICERは横軸に効果,縦軸に費用をとった二次元平面で一定の傾きを持った直線で表現される.すなわち,対象群(B)と対照群(A)は,効果と費用のペアを用いることにより,平面上の2点で表され,A群に対してB群のICERは2点間の傾きを意味することになる.簡単に言えば,A群の治療に800万円の費用がかかり,1.2のQALYが得られたとする.一方,期待される治療であるB群では費用が1,000万円かかったが,1.6のQALYが得られたとする.ここでQALY増分は1.6 − 1.2の0.4であり,増分費用は1,000 − 800の200万円である.つまり,0.4の効果を得るために200万円の費用増分が必要であったということとなり,ICERは200万を0.4で割った500万円という数字になるのである.つまり,この病態で1QALYを増やすためには500万の費用がかかるわけであり,このICERこそが治療の費用対効果を示す指標と考えられている4,5)(Fig.2B).

3.3  シミュレーションモデル解析(Fig.3
Fig.3 

Markov simulation cohort model for assessment of QALY of patient with newly diagnosed glioblastoma

膠芽腫に対する各種治療法のQALY,ICERを比較するためには,最も標準的と思われる臨床経過をシミュレートできるモデルを設定することが,それらの評価を行う上で有用である.ここでは,患者の年齢,既往歴などには左右されず,膠芽腫と診断された時点で,標準(対照)治療を行った場合と,対象治療を行った場合に関わらず,常に再発,状態悪化,死亡までの期間に同等なKPSの推移を示すという仮定に基づいた,マルコフモデルというものを想定してQALY,ICERを計算する4,5).今回の具体的なモデルとしては,60歳代の男性,初回診断時のKPSは80であり,手術にての可及的摘出と,術後のStupp regimenを行なった症例を想定する.術後もKPSは80を維持していたが,再発後にKPSは50まで低下,再発後には緩和的治療のみを行い,死戦期は2ヶ月間であり,その際のKPSは20であったというコホートを設定した.このKPSの推移を基にカプランマイヤー曲線を引くことで,そのAUC(area under the curve)をQALYとして算出する4,5)

Stuppの報告に従い標準治療によるQALYを算出すると,術後再発までの期間(KPS 80)が6.9ヶ月(m-PFS),死戦期(KPS20)の2.0ヶ月を除いた再発後(KPS 50)の期間が14.6 (m-OS)− 6.9 − 2.0 = 5.7ヶ月となり,0.8 × 6.9 ÷ 12 + 0.5 × 5.7 ÷ 12 + 0.2 × 2 ÷ 12 = 0.731となる.これに対して各種治療オプションのQALYを比較検討することとなる.

4.  初発膠芽腫に対する各治療オプションにおけるQALYとICERの算出

前述した様に本邦では初発膠芽腫に対する豊富な治療オプションがあり,それぞれが保険承認に至ったエビデンスを有している.特徴的なことは,全ての治療オプションは,標準治療であるStupp regimenに上乗せする治療であることであり,この標準治療を対照とした増分効果,増分費用を算出することで,各治療のQALY,ICERが算出可能なのである.つまり,標準治療に要するコストを算出する必要は無く,それぞれの治療成績,増分費用を算出するだけで各治療の費用対効果が評価可能となる.

4.1  Carmustine wafer(Gliadel®

国内で行われた保険承認を目指した臨床試験GBM24例(初発16例,再発8例)の安全性,有効性をもって薬価収載された治療法である.GBMの可及的摘出を終えた腔の壁に理論的に残存する浸潤腫瘍細胞を傷害すべく,Carmustine(BCNU)を含んだwafersを壁に密着する様に敷き詰める治療法である.短時間で薬剤が平均5.5 mmの深度まで浸透し,少しでも浸潤腫瘍細胞を傷害することで,初発GBMのm-PFS,m-OSを改善させようというものであり,現在,国内で年間600例の初発GBMに用いられている.臨床試験をまとめたAokiらの論文10),及び本治療法のmeta-analysisを行ったAshbyらの論文11)によれば,初発GBMの標準治療に,本治療を追加した場合のm-PFSは9.7ヶ月,m-OSは18.24ヶ月と評価された.この結果を,前述のマルコフシミュレーションモデルにおける効用値KPSで評価したQALYを算出すると0.952と算出される.増分費用に関しては,日本における実臨床のデータ(企業ホームページから)によると,1症例あたり平均6.9枚のwafersを使用しており,1枚の費用が150,000円であることから,1手術において1,035,000円の増分費用を要していることがわかる.よって,標準治療のQALY(0.731)に対するQALY増分は0.952 − 0.731 = 0.221であり,この増分を得るために要した増分費用効果比(ICER)は4,683,258円/QALYであると算定された.

4.2  Talaporfin sodium(Laserphyrin®)を用いたPDT

術前に腫瘍選択的に集積する光感受性物質であるTalaporfin sodium(以下TPS)を静脈注射,GBMの可及的摘出後の摘出腔壁に残存する浸潤腫瘍細胞に対して,術中にTPSを励起し得る半導体レーザ光を照射して,選択的に浸潤腫瘍細胞を傷害する治療法であり,現在国内で26施設,年間250例超(施設平均10例)の初発GBMに用いられている12).本方法の保険適応につながったMuragakiらの報告13)によると,m-PFSが12ヶ月,m-OSが24.8ヶ月であり,マルコフモデルにあてはめたQALYとしては1.283となる.増分費用に関しては,投与薬剤であるTPSが398,000円.照射レーザ(PD laser BT®)の費用が11,000,000円,減価償却は5年で,年間10例に用いると,1手術220,000円の費用となる.またPDTの技術料が180,000円であり,初発GBM手術時にPDTを加え,標準治療を行う上で,DPC I期20日(9,240円/日),II期43日(7,470円/日)の,計414,290円の入院包括医療費の加算を要することとなる.これら,初発GBMに対してPDTを行うことで,標準治療に比較して総額1,212,290円の増分費用を要すると計算される.これらのデータからPDT施行によるQALY増分は1.283 − 0.731 = 0.552であり,ICERは2,196,178円/QALYと評価される.

4.3  Bevacizumab(Avastin®

初発GBMの術後にBevacizumabを投与できるのは日本だけである.その理由としては,欧米で行われた初発GBMに対する標準治療後にBevacizumabを補助療法として用いた二つの臨床研究(AVAglio14), EORTG 082515))において,標準治療に比し使用群はm-PFSに優位性を示せたものの,m-OSには優位性を示せなかったことによる14,15).欧米ではm-OSこそが臨床研究のprimary endpointであり,このことで,初発GBMに対するBevacizumab使用の国家承認は得られなかった.しかし,本邦では初発GBMに対するm-PFSの延長効果に加え,再発までの期間に得られるQOLの改善,維持といったsecondary endpointを重視して認可に至ったのである.実際には,初回手術時に腫瘍発生部位が重要な脳機能部位に進展しており,神経機能温存のために全摘出不可能であった症例などに対して,Bevacizumabを用いる場合が多い.一時的にせよ,残存腫瘍の微小環境の変化により,症例のKPSが改善することを著者らも多く経験し,有用な治療法であると認識している.前述のAVAglio studyによるm-PFSは10.7ヶ月,m-OSが15.7であり14),QALYを算出すると0.871となる.その増分費用に関しては,Bevacizumabの薬剤費として,100 mg vialが41,728円,400 mg vialが158,942円であり,体重60 kgの症例では1回600 mg,242,419円を要する.AVAglio studyでのm-PFSは10.7ヶ月であり,術後4週間後から2週間毎に投与するregimenであり,Bevacizumabは計19回投与することとなり,1症例に対して4,605,942円の薬剤費増分を要することとなる.さらに,その殆どは外来での化学療法となるため,外来化学療法加算を1回6,000円,19回で114,000円要するのである.よって,Bevacizumab仕様による総増分費用は4,719,942円であり,ICERはQALY増分が0.14として33,713,971円/QALYと計算される.

4.4  TTF療法

残存するGBMの腫瘍細胞に向け,非常に弱い中間周波数(200 kHz)の交流電場を持続的に発生させ,細胞分裂を阻害する治療である.術後の症例を全剃毛とし,頭皮に電極パッド(transducer arrays)を貼り付け,1日18時間に亘って電流を流し続ける.2017年にEF-14 study16,17)が公表され,本邦では2018年に初発GBMの治療として保険承認されるに至っている.EF-14 studyによるm-PFSは6.7ヶ月,m-OSは20.9ヶ月であり16),マルコフモデルでのQALYは0.988,標準治療に対する増分QALYは0.257となる.問題は費用であるが,現在まで交流電場を発生する機器の費用は開発業者であるNovocure社が負担するものの,TTFの施行においては,その維持費などを含め,月に1,400,000円を要すると報告されている.術後1ヶ月からTTFを開始するとし,再発までの5ヶ月間使用すると,単純計算で1例あたり9,000,000円の増分費用が発生,前述の増分QALYからICERは35,019,455円/QALYと計算される.

4.5  各種治療法による費用対効果のまとめ(Table 1
Table 1  Cost-effectiveness by utility and costs on additional and adjuvant treatment in patients with newly diagnosed glioblastoma
Treatment mPFS mOS QALY Difference in Cost (Yen/Case) Difference in QALY ICER (Yen/1QALY)
Stupp 6.9 14.6 0.731
Stupp + BCNU 9.7 18.24 0.952 1,035,000 0.221 4,683,258
Stupp + PDT 12 24.8 1.283 1,212,290 0.552 2,196,178
Stupp + Bevacizumab 10.7 15.7 0.871 4,719,942 0.14 33,713,971
Stupp + TTF 6.7 20.9 0.988 9,000,000 0.257 35,019,455

それぞれの治療法が国内で保険承認を得る上での原資となった論文のデータを基に計算したICERを比較すると,最もICERが低い,つまり費用対効果が高かったのはPDTであり,1QALYを得るために2,196,178円を要する結果となった.ICERだけの比較ではPDTに比してCarmustine waferは2.13倍,Bevacizumabは15.6倍,TTFは15.9倍もの増分費用を要する治療である結果となった.

5.  考察

冒頭に記した様に,本邦は初発膠芽腫に対する標準治療への上乗せ治療の選択肢を豊富に有している.それぞれがその有効性,安全性を評価したevidenceを基に国家承認を得ており,治療を担当する医師にその選択権は委ねられている.しかし,例えば術中治療としてCarmustine wafersを留置するのか,PDTを行うのかを症例毎に選択している施設は稀であり,施設毎の考えに委ねられている現状がある.今回の研究では,VBM時代における治療選択基準である費用対効果の面での比較検討を行った.結果的にCarmustine wafersはPDTの2倍以上のICER,BevacizumabやTTF療法に関しては,PDTの15倍以上ものICERを示していた.しかし,実臨床においては,術中にPDTを用い,再発後にBevacizumabを投与するクロスオーバー症例が多い.今回の検討は,あくまでも単独治療の比較を行うために,マルコフモデルを用いたシミュレーションでの結果であることを理解していただきたい.

我々が今回の検討で示した各治療法のICERの妥当性に関しては,既報論文との比較にて検証した.Carmustine wafersに関しては,UKのグループが2つのrandomized controlled trials(RCT)と2つの観察研究の結果を解析し18),本治療によって得られる増分QALYは0.122に過ぎず,要する増分費用は6,600ポンド(1,022,472円)であると報告し,この結果からICERは54,500 ポンド(8,443,140円)/QALYであったと報告している18).我々の検討での増分費用はほぼ同等であり,増分QALYの差がICERの差に反映された.Bevacizumabに関してはCanadaから初発例に投与した場合の報告がある19).それによると増分QALYは0.13に過ぎず,ICERは787,519ドル(90,997,820円)/QALYとなった.一方,Chinaからは全摘出不可能な初発GBMに対するBevacizumab投与についての報告がなされ,増分QALYはやはり0.18と低く,ICERは171,638ドル(19,832,770円)/QALYとなった20).いずれの報告でも,著者らが検討に用いたAVAglio study(増分QALY 0.871)に比して,治療機会が少ないことで,Bevacizumabの増分費用が少なかったものと思われる.TTFに関するFranceの報告21)では,TTFの上乗せによる増分QALYはわずか0.34であり,一症例あたり185,476ユーロ(24,163,813円)もの高額な増分費用を要し,ICERは549,909ユーロ(71,642,144円)/QALYと算出された21).一方,米国の検討22)では,増分QALYが0.96,増分費用が188,637ドル(21,797,005円)であり,ICERは197,336ドル(22,802,174円)/QALYと算出している22).両国で増分費用の差はほぼ認めないが,増分QALYの差を認めている.著者らのTTF療法によるQALYは0.257と,Franceのデータに近く,米国のTTFのデータには疑問点が多い.いずれにせよ,今回の著者らの検討は概ね妥当なICERを示したと考える.

ただ,実際には各種治療の遂行によって生ずる有害事象に対する治療も費用として発生する.各種治療によるCTCAE v5.0のgrade III以上の有害事象を検討すると,Carmustine wafer施行例では4割前後の症例で発熱,痙攣,脳浮腫などの有害事象が発生し10,11),その治療による薬剤費や入院期間の延長などの増分費用は無視できない.一方,PDT施行例では1~2週間の遮光管理(500ルクス以下)をしっかり行うことで,ほぼ有害事象は発生しない12,13).Bevacizumab投与では2~3割の症例で,高血圧や血栓塞栓症などの有害事象14,15)に対する治療費用を要し,TTF装着例では約5割の症例で電極パッド装着部の局所性皮膚炎に対する治療管理費を要する17)とされる.これらの有害事象に要する費用を算定するためには,DPCの副傷病名を参考としたリアルワールドのデータ解析を要するものと思われ,次の課題と考えている.

さて,費用対効果が高い治療とする,具体的なICERの閾値を世界各国の基準として検討すると,UKは2~3万ポンド,米国は5万ドル前後を基準としている.平成30年の中医協報告によれば,本邦ではICER 500万円/QALYを費用対効果の基準値として妥当としている23,24).その設定には,現在償還されている医療水準,国民一人当たりの生産性,医療に対する支払い意思額などを基礎に算出されるとしている23-27).その観点で今回の膠芽腫に対する補助療法のICER比較を行なった結果から,PDTとCarmustine waferを費用対効果が高い治療と呼ぶことができた.しかし前述の様にCarmustine wafersには,高い有害事象発生率による増分費用が避けられない.故に,著者らは現時点の解析結果から,PDTのみが費用対効果が高い治療であると主張したい.

諸言に述べた様に,超高齢化社会を迎え,ウィズ/ポストコロナ対応にも追われる本邦では,既に費用対効果の低い治療を選択する余地はないと思われる.米国では医療を提供する側と受ける側が十分に話し合って,本当に必要な医療だけを選択しようという,“医療の賢明な選択:Choosing Wisely”というキャンペーンをAmerican Board of Internal Medicine(ABIM)財団が中心となって行い,多くの学会が採用している28-30).日本でも2015年にChoosing Wisely Japanが設立され,根拠のないままに実施されている医療の見直しを推進し,患者にとって臨床上の効果が高く,害の少ない医療を実現するために,様々な調査活動を行い,医療界のみならず一般社会にまで広く啓発を行なっている28,29,31).国民に本当に必要な医療の選択基準を啓蒙する上でも,費用対効果による医療行為の評価は,今後,各種医学会の重要な責務となってゆくであろう.

6.  結論

悪性脳腫瘍に対する各種補助療法の中で,PDTが最も費用対効果の高い治療法であることを,医療経済学的尺度を用いて証明し得た.解析を終え,著者らは,現代の限られた医療財源の中で,医療の無駄を無くし,賢明な医療の選択を行うことの重要性を強く感じている.その為には,臨床医も医療経済学や社会倫理学の知識を持ち,目の前の患者に“最善の価値”を提供できる様になることが,真のprofessionalismではないだろうか.そしてこれら価値に基づく医療(VBM)の推進と,社会への啓蒙こそが,全人類にとってのSDGsとなるものと思われる.今後,肺癌や再発食道癌に対するPDTの費用対効果の解析が行われ,PDTの新たな価値が次々と見出されてゆくことを期待している.

謝辞

本論文の英文抄録に関しては,東京医科大学国際医学情報学分野のPopiel H氏の校閲を受けた.ここに深謝する.

利益相反の開示

利益相反なし.

引用文献
 
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