2023 年 43 巻 4 号 p. 249-253
5-アミノレブリン酸(5-aminolevulic acid: 5-ALA)を用いた光線力学診断(photodynamic diagnosis: PDD)は,代謝産物であるprotoporphyrin IX(PpIX)が腫瘍細胞に選択的に蓄積することで,腫瘍細胞の存在を簡単かつリアルタイムに示すことができるため,悪性神経膠腫の摘出術において非常に有用である.タラポルフィンナトリウムと半導体レーザーを用いた光線力学療法(photodynamic therapy: PDT)は,浸潤した機能的脳領域に対する細胞選択的で侵襲性の低い治療法であり,悪性脳腫瘍の新規治療として期待されている.脳腫瘍の外科治療において行われる,光線力学診断,光線力学療法について概説する.
Photodynamic diagnosis (PDD), where the metabolites of orally given 5-aminolevulinic acid (5-ALA) accumulate in the tumor cells, is simple, enables intraoperative real-time detection of the tumor tissue, and thus is valid in malignant brain tumor surgery. On the other hand, photodynamic therapy (PDT), where talaporfin sodium in combination with a semiconductor laser selectively kills tumor cells in the defined brain area, is considered promising as less invasive therapy to treat unresectable brain tumors invading eloquent brain regions. In this article, we summarize biological effect, clinical application, and future perspectives of PDD and PDT.
5-アミノレブリン酸塩酸塩(5-aminolevulic acid: 5-ALA)は,悪性神経膠腫の手術において腫瘍を可視化する体内診断薬である.本邦では2013年にアラベル®(ノーベルファーマ)として承認されている.5-ALAには光感受性物質としての性質はなく,代謝産物であるprotoporphyrin IX(PpIX)が光感受性物質としての性質を有する.
投与された5-ALAは,細胞膜のpeptide transporter 1(PEPT1)などにより細胞内に取り込まれた後,ATP-binding cassette super-family B member 6(ABCG6)などによりミトコンドリア内に取り込まれ,PpIXに代謝され,ferrochelataseにより鉄が結合しヘムとなる.また,PpIXの細胞外への排泄にはATP-binding cassette super-family G member 2(ABCG2)が関与している.
PpIXが腫瘍細胞に蓄積される機序について様々な研究がされている.通常,5-ALAは血液脳関門(blood brain barrier: BBB)を通過しないが,BBBが破綻した腫瘍血管からは細胞内に流入することが明らかになっている1).さらに,腫瘍細胞内では,ferrochelatase の不活性化2),PEPT1,ABCG6の発現亢進,ABCG2の発現低下3,4)などが認められ,PpIXが蓄積されやすく,排出されにくい環境となっていると考えられている.
この蓄積されたPpIXに400~410 nmの励起光(青色光線)を照射すると,636 nm付近の赤色蛍光を発することで腫瘍が可視化される.5-ALA投与後,術野に励起光を照射することで病変の有無を診断することを術中蛍光診断あるいは光線力学診断(photodynamic diagnosis: PDD)と呼ぶ.
神経膠腫で最も悪性度の高い膠芽腫において,摘出率が予後と相関することが報告されている.神経学的合併症を最小限に抑えた上で,最大限の摘出を目指すことがコンセンサスとなっており,境界不明瞭な腫瘍を可視化する方法が必要とされる.
Stummerらが悪性神経膠腫(88%が膠芽腫)手術において,5-ALA使用の有無でランダム化研究を報告5),5-ALA使用群で全摘出率が向上し(65% vs 36%),無増悪生存期間(progression free survival: PFS)が延長することを示した.ただし,脳腫瘍においては運動野や言語野など重要な機能が存在する領域へ浸潤している場合は摘出が困難なこともあり,腫瘍が可視化されてもすべての症例で全摘出できるわけではなく,全生存期間(Overall survival: OS)には有意差がなかった.
実際には,麻酔導入2~4時間前にアラベル®1バイアル(1.5 g)を水50 mLで溶解し,体重1 kgあたり20 mgを経口投与し,腫瘍摘出時に励起光で照射すると腫瘍細胞が蛍光標識され,腫瘍摘出率の向上に寄与する.蛍光陽性領域は,MRIでのガドリニウム(Gd)造影領域と近似しているとされており,造影領域の全摘出を行うために有用である(Fig.1).
PDD (GBM)
A: Preoperative MRI
B: Postoperative MRI
C: Intraoperative imaging during surgery under white light
D: Intraoperative imaging during surgery under fluorescence modes
また,カルムスチンウェハー(ギリアデル®(エーザイ))はニトロソウレア系の化学療法剤であるカルムスチンを基材に含んだタブレット状の薬剤で,腫瘍摘出後の摘出腔に貼り付けカルムスチンが浸透することで抗腫瘍効果を発揮する.しかし,その範囲は数ミリに留まるため,原則として亜全摘以上の摘出率が得られた症例が対象である.カルムスチンウェハーの術中留置に際しては,治療効果を高めるために造影領域の90%以上の摘出率が必要とされるため6),5-ALAの併用が不可欠である.
5-ALA併用により摘出率の向上とともに,生検部位のサンプリングにも重要な情報を得ることができる7).径が小さく周囲の組織と境界が不明瞭な腫瘍などは,白色光下では病変の同定に苦慮する.また,神経膠腫においても部位によって悪性度が異なることも知られており,生検部位によって確定診断が異なる可能性がある.5-ALAの蛍光強度とWHOグレード,MIB-1 indexは相関する8)ことが示されており,蛍光部位を採取し迅速病理診断で確認することで,正確な診断を得ることができる.
泌尿器科領域では,膀胱癌の5-ALA併用下での経尿道的膀胱腫瘍切除術(transurethral resection of bladder tumor: TURBT)で,術中低血圧の頻度が有意に増加することが報告9)されていた.脳神経外科領域では,5-ALA併用での術中低血圧についての報告はなかった.
当院において膀胱癌のTURBTと脳腫瘍摘出術において5-ALAでのPDD併用患者群では,明らかに術中低血圧の頻度が高いことを報告10)し,脳腫瘍摘出術においても5-ALA内服による術中低血圧が生じる可能性が示唆された.この時点では,脳腫瘍摘出術単独での解析ではなく,5-ALA併用の有無での比較もできておらず更なる検討が必要であった.
そこで,我々は当院と関連施設でこれまで手術を行った神経膠腫症例(142例)を5-ALA併用群(94例)と非併用群(48例)に分けて後ろ向きに解析した.解析結果は,5-ALA併用群で有意に術中低血圧が生じていたことを示していた.さらに,5-ALA併用群において,術中低血圧を生じた症例では,renin-angiotensin(RA)系阻害薬併用の関与が示唆された.降圧剤の中でも,RA系阻害薬の併用が特に術中低血圧を惹起することはすでに報告されていたが,詳細な機序は特定されていなかった.血管内皮の培養細胞に5-ALAを加えるとNOの産生が増加することも見出し,NOを上昇させることで降圧効果を発揮するRA系阻害薬の併用で,術中低血圧が生じる機序の一端が示唆された11).
術中低血圧が生じることは,5-ALA併用の手術においてリスクであるが,リスクの高い症例を予め特定し予防策を講じることで,安全に使用できると考えている.
3.2 偽陰性・偽陽性5-ALAによるPDDの課題として偽陽性や偽陰性が挙げられる.偽陰性の要因としては,腫瘍の悪性度が低い,5-ALA内服から時間が経過している,フォトブリーチング(励起光照射により蛍光強度が減弱する現象)など12)が知られている.我々は,術中MRIやナビゲーションなど複数のモダリティーを組み合わせて手術を行うこととしている.
偽陽性となる疾患として炎症性疾患や多発性硬化症などの脱髄疾患が挙げられる.炎症性組織においては,反応性のastrocyteなどにより5-ALAがPpIXに変換されると考えられている13).自験例でも,PDD併用下での開頭手術症例の連続41例を解析すると,組織診断は神経膠腫28例(膠芽腫18例),中枢神経原発悪性リンパ腫6例,転移性脳腫瘍6例,Acute Disseminated encephalomyelitis(ADEM)1例であり,いずれも術前の画像診断では神経膠腫が疑われ術中は病変の蛍光陽性であったが,病理診断の結果は多彩であった.診断によって治療方針が大きく変わることがあり,術中の迅速病理診断は必須と考えられる.
PDDは術中にリアルタイムに残存腫瘍の有無を評価できるため腫瘍の摘出率を上げるため有用であるが,主観的な評価となり偽陰性や偽陽性などの問題もあるので,メリットとデメリットを十分に考慮しておく必要がある.
光線力学療法(photodynamic therapy: PDT)とは,悪性腫瘍に選択的に取り込まれる光感受性物質と,それを励起するレーザー光との反応を用いて,正常組織を温存しながら腫瘍細胞に特異的な殺細胞効果を示す低侵襲の治療法である.
光感受性物質とレーザー光の反応によって生じた光エネルギーは,腫瘍組織内の酸素を一重項酸素に活性化する.この一重項酸素は高い組織毒性を有しており,腫瘍細胞への直接的損傷と腫瘍血管の閉塞により腫瘍組織を傷害するとされる.Talaporphin sodium(レザフィリン®(Meiji Seikaファルマ))は本邦で開発されたクロリン誘導体で,分子量は約800,血液脳関門を通過しない光感受性物質であり,664 nmの励起光(赤色光線)で励起される.
PDDや術中MRIなどを併用することで脳腫瘍を可視化できるようになり摘出率の向上が図られるようになったが,重要な機能を司る領域(eloquent area)に浸潤した腫瘍を摘出することは困難である.このようなeloquent areaへの残存腫瘍に対してPDTを行うことで,機能温存と腫瘍制御の両立を目指すことができる.
原発性悪性脳腫瘍(主として初発膠芽腫)を対象とした,talaporphin sodiumとの励起レーザー(PDレーザーBT®(Meiji Seikaファルマ))を用いたPDTの医師主導治験が行われ,初発膠芽腫の1年生存率100%,平均生存期間24.8カ月と良好な治療成績であったと報告された14).この結果をもって,2013年9月に薬事承認,2014年に保険収載に至った.承認後の臨床研究においても,膠芽腫の治療成績が従来の治療方法と比較して改善されたと報告されている15).
腫瘍摘出の24時間前を目安として,レザフィリン®を体表面積あたり40 mg静脈注射する.光線過敏反応が生じる可能性があるため,この時点から,500ルクス以下に調整した室内での遮光管理が必要となる.
手術では開頭後,腫瘍を採取し迅速病理診断で悪性腫瘍であることを確認し,腫瘍を可及的に摘出する.我々の施設では,腫瘍摘出の確認とPDTのターゲット設定のため,術中MRIを施行している.標的部位が決まれば,1.5 cm径の円形ターゲットに対してPDレーザーBT®での照射(照射パワー密度150 mW/cm2,180秒,照射エネルギー密度27 J/cm2)を行う.照射部位にはマーキングし,ターゲットが重なり合わないようにする(Fig.2).
PDT (DA)
A: Preoperative MRI
B: Intraoperative MRI
C: Laser beam of 1.5 cm in diameter (arrow head) was emitted to the target
Talaporphin sodium投与後は光線過敏症対策が最も重要となる.あらかじめ病棟内などの照度マップを作成し(Fig.3),病室の照度は500ルクス以下を維持する.部屋を出る際には遮光して専用の保護メガネを装着させる.手術中も照度を下げ,パルスオキシメータなどの継続使用を避け管理する.通常はレザフィリン®投与後2週間まで遮光管理を行い,光線過敏症試験で反応がなければ遮光管理を解除する.
illuminance map
2014年1月の保険収載以降,本邦では原発性悪性脳腫瘍に対してPDTの施行ができるようになったが,使用する医療機器が高額(PDレーザーBT®:1,170万円)であったことや,手術手技加算の整合性に乖離があることなどから,必ずしも広く普及しているとは言えないが(全国:32施設,2022年5月現在),2022年4月の診療報酬改定でも増点されており,今後の普及が期待される.多くの施設で施行可能な治療となれば,本治療のエビデンスを高める臨床試験を行うことができると考えられる.
脳腫瘍の外科治療において行われる,光線力学診断,光線力学療法について概説した.脳神経外科領域ではすでにいずれも保険適応であるが,使用に際してはメリットとデメリットを考慮して十分な準備が必要と考えられる.
利益相反なし