日本レーザー医学会誌
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総説
細胞内分子標的型光線力学的療法
三浦 一輝Wen Yijin對馬 理彦中村 浩之
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2023 年 44 巻 1 号 p. 16-23

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Abstract

本総説では,これまでの光線力学的療法(Photodynamic therapy: PDT)医薬品開発および光増感剤を用いたタンパク質不活性研究を紹介するとともに,最近我々が進めているがん細胞内特異的タンパク質の光不活性化を作用機序とする『細胞内分子標的型光線力学的療法(Intracellular molecular-targeted photodynamic therapy: IMT-PDT)』について紹介する.IMT-PDT研究の一環として我々は,細胞膜透過性有機光増感剤であるジヨウ素化BODIPYとがん細胞内で高発現するタンパク質であるグルコーストランスポーター1(Glucose transporter 1: GLUT1)のリガンドを連結したリガンド連結型光増感剤(Ligand-directed photosensitizer: LDPS)を開発し,GLUT1選択的光不活性化を作用機序とする抗腫瘍効果を引き起こすことに成功した.本研究は,新しい分子標的PDTの可能性を示すとともに,光により時空間的にがん特異的タンパク質の選択的不活性化を制御可能な技術を提唱するものである.

Translated Abstract

This review describes conventional photodynamic therapy (PDT) agents, protein-inactivation studies using photosensitizers, and our recent development of the intracellular molecular-targeted photodynamic therapy (IMT-PDT). We have developed a ligand-directed photosensitizer (LDPS) that combines the glucose transporter 1 (GLUT1), a ligand cancer-specific protein, with di-iodinated BODIPY, a cell membrane-permeable organic photosensitizer. The LDPS induced its anti-tumor effect through GLUT1-specific oxidative photoinactivation. This study demonstrates the potential of novel molecular-targeted PDT, a promising technology that can control the selective inactivation of tumor-specific proteins by light in a spatio-temporal manner.

1.  はじめに

光線力学的療法(Photodynamic therapy: PDT)は,がん集積性光増感剤やその複合体を生体内に投与し,標的とするがん組織に光照射を行うことで,光増感剤から生じる活性酸素種(Reactive Oxygen Species: ROS)により,がん選択的な傷害を引き起こす低侵襲ながん治療法として注目されている1,2).PDTの歴史としては,Lipsonらが,がん細胞特異的に集積するHematoporphyrin誘導体(HpD)を用いてPDTの概念実証を示した3)のを皮切りに,現在まで様々なPDT医薬品が開発されている.HpDは第一世代のPDT医薬品と呼ばれ,ブタ血液由来のHematoporphyrin dihydrochlorideを原料として合成されたPorfimer sodium(商品名:フォトフリン)が世界初のPDT薬剤として承認され,肺がん,食道がん,胃がん,および子宮頸がんの治療に使用されている4).しかしながら,Porfimer sodiumは複数のHpD混合物であり,かつ生体内代謝が遅く,光線過敏症を予防するため術後長期間の暗所滞在が必要不可欠である4,5).このことから,これら問題点を解決するための研究開発が行われ,5-Aminolevulinic acid,Benzoporphyrin誘導体(商品名:ビスダイン),およびTalaporfin sodium(商品名:レザフィリン)などといった第二世代のPDT医薬品が開発された.がんに対するPDT薬剤について見てみると,日本で承認されているTalaporfin sodiumは,早期肺がん6),原発性悪性脳腫瘍7),および局所再発食道がん8)の治療に使用されるがん集積性光増感剤であり,第一世代PDT医薬品であるPorfimer sodiumと比較して励起波長が長波長領域,かつ励起効率が高く,加えて生体内代謝が速いため光線過敏症などの副作用が少ないとされるPDT医薬品である.しかしながら,Porfimer sodiumと同様に正常組織に対しても蓄積するといった腫瘍選択性の問題は解決できておらず,この問題の解決が求められているのが現状である.こういった背景から近年では,腫瘍細胞を標的とする分子と光増感剤を複合化することで,より腫瘍選択性を高め,かつ抗腫瘍効果を向上させた第三世代PDT医薬品としての光増感剤複合体の開発が盛んに行われている4,5).また,PDTとは原理および作用機序が全く異なる新たながん治療法として,小林らは,がん分子標的治療薬の1つである抗上皮成長因子受容体(Epidermal growth factor receptor: EGFR)抗体Cetuximabと光増感剤IR700を組み合わせた抗体光増感剤複合体(Antibody-photosensitizer conjugate: APC)Cetuximab sarotalocan sodium(商品名:アキャルックス)を開発し,頭頸部がんを対象とした世界初の光免疫療法(Photoimmunotherapy: PIT)薬剤として日本で承認された9-11).Cetuximab sarotalocan sodiumは,がん細胞表面に高発現しているタンパク質に対して特異的に結合する抗体を光増感剤輸送のための分子に用いることで,第一および第二世代PDT医薬品で問題であった腫瘍選択性を克服した医薬品である.しかしながら,抗体医薬品は一般にその分子標的が細胞表面に限定される.我々は,がん細胞表面だけではなく,がん細胞内の分子標的に対する選択的PDT薬剤は,腫瘍選択性と抗腫瘍効果を併せ持つ有望な次世代PDT医薬品になり得ると考えた.

そこで,我々はこれまでにない作用機序を有するPDT医薬品の開発を目指し,がん細胞内で特異的に活性化するタンパク質の光不活性化を作用機序とする『細胞内分子標的型PDT(Intracellular molecular-targeted photodynamic therapy: IMT-PDT)』を着想した(Fig.1).ここで,PDT,PIT,およびIMT-PDTの特徴についてTable 1にまとめた.PDTに用いられるPorfimer sodiumまたはTalaporfin sodiumなどの腫瘍集積性光増感剤は,ClathrinおよびCaveola依存性のEndocytosisにより腫瘍細胞に取り込まれ,光照射によるROSの生成および生成したROSよる細胞内分子の非選択な酸化不活性化により,主にアポトーシス経路を介して腫瘍細胞を細胞死へと導く12).一方PIT医薬品は,腫瘍細胞特異的に発現するタンパク質に対する抗体に,水溶性側鎖を導入したケイ素Phthalocyanineである光増感剤IR700を複合化したAPCである.PITでは腫瘍細胞特異的分子に対する抗体により,光増感剤IR700を腫瘍細胞へと近接させたのち,光照射を行うことで,IR700の軸配位子の離脱による水溶性側鎖の遊離と続く薬剤の凝集により,不溶性凝集体が腫瘍細胞膜に形成される.その結果,細胞膜上で物理的ストレスよる細胞膜傷害が引き起こされ,腫瘍細胞は細胞死へと誘導される13,14).加えて,このとき細胞死へと導かれた腫瘍細胞から多量のがん抗原が放出され,生体内免疫の活性化によりさらなる腫瘍細胞死が誘導される9-11,13,14).これらと比較して,IMT-PDTは,がん細胞内で高発現するタンパク質に対する低分子リガンドと細胞膜透過性光増感剤を連結させたリガンド連結型光増感剤(Ligand-directed photosensitizer: LDPS)を用いることで,PIT医薬品では困難であった腫瘍細胞内タンパク質を標的とすることが実現可能なPDT技術である.したがって,IMT-PDTでは腫瘍細胞の生存に必要不可欠な腫瘍特異的タンパク質を選択的に光不活性化することで,抗腫瘍効果を誘導することが可能である.加えて,IMT-PDTでは腫瘍細胞内に高発現しているタンパク質のみを標的とすることから,PDT医薬品で問題であった正常組織への光増感剤の蓄積を最小限に抑制することが可能であり,光線過敏症などの副作用を抑制することが期待される.

Fig.1 

Concept of intracellular molecular-targeted photodynamic therapy (IMT-PDT).

Table 1  Comparison of photodynamic therapy (PDT), photoimmunotherapy (PIT), and intracellular molecular-targeted photodynamic therapy (IMT-PDT)
PDT PIT IMT-PDT
Target specificity Low High High
Molecular size Low High Low
Product Synthetic molecule Biosynthetic molecule Synthetic molecule
Target diversity Intracellular Cell surface Intra/extracellular

本総説では,まず光増感剤を用いたタンパク質不活性研究について簡単に紹介し,続いて,我々が提唱するIMT-PDT研究の一環として,がん細胞内に高発現しているタンパク質の1つであるグルコーストランスポーター1(Glucose transporter 1: GLUT1)を分子標的とした,GLUT1リガンド連結型のLDPS開発と,GLUT1特異的光不活性化を作用機序とするPDTの実証について,詳細に紹介する15)

2.  タンパク質光不活性化能を有する低分子光増感剤と新規細胞膜透過性光増感剤の探索

1980年代後半からChromophore-assisted laser inactivation(CALI)16,17)やFluorophore-assisted light inactivation(FALI)18)と呼ばれるタンパク質不活性化技術が開発されてきた.これらの技術では,光照射によりROSを生じる光増感剤と標的分子への光増感剤近接のためのリガンドを連結した光増感剤複合体が,標的分子へ結合した際に光照射を行うことで,光増感剤から生じるROSより標的分子選択的な光不活性化が引き起こされる(Fig.2A).このとき,光増感剤から発生するROSは拡散距離が非常に短いため,特定の標的分子のみを選択的に不活性化することが可能である.CALI/FALIの開発当初は,緑色蛍光タンパク質GFPや光感受性赤色蛍光タンパク質KillerRedなどの蛍光タンパク質を基盤とするものであった19).近年では,蛍光タンパク質の代わりに低分子化合物を基盤としたCALI/FALIも数多く報告されている.これまでにCALI/FALIに利用された低分子光増感剤をFig.2Bにまとめた.FluoresceinおよびEosinは,CALI/FALIでよく利用される低分子光増感剤であり,これら光増感剤を用いて様々なタンパク質選択的不活性化がin vitroで達成されている19).ルテニウム(Ru)光増感剤は,高い一重項酸素生成能を有する光増感剤である20).2-Phenylquinolineは,低分子光増感剤の中でもとりわけ分子量の小さい光増感剤であり,Estrogen receptor-αのin vitroでの光不活性化に用いられた光増感剤である21).BODIPY,Curcumin誘導体,Flavin,およびPorphyrinは,全てAmyloid β(Aβ)の光不活性化分解に利用された光増感剤であり,優れたAβ分解能を有することがin vitroで示されている22-25).Malachite greenは,FluoresceinおよびEosinと並んで古くからCALI/FALIで利用されている光増感剤であり,Malachite greenと標的タンパク質に対する抗体との複合化により様々なタンパク質選択的不活性化がin vitroで達成されている19).このように,低分子光増感剤を用いたタンパク質不活性研究は近年盛んに行われており,RNA干渉などの遺伝子レベルでのタンパク質ノックダウンでは実現不可能な,時空間的なタンパク質不活性化を実現可能な技術として研究が進められている.

Fig.2 

Overview of chromophore-assisted laser inactivation (CALI) and fluorophore-assisted light inactivation (FALI). (A) Mechanism of CALI and FALI. (B) List of small molecule photosensitizers used in CALI and FALI.

我々は,Ru光増感剤にリガンドを結合させることで,標的タンパク質選択的ラベル化法の開発研究を進めてきた.その研究途上で,このリガンド結合型光増感剤を用いることで,炭酸脱水素酵素II(Carbonic anhydrase II: CAII)およびEGFRの光不活性化に成功している26,27).しかし,Ru光増感剤は分子サイズが大きいことおよび電荷の偏りにより,細胞内取り込みが乏しいことが課題であり,Ru光増感剤を生細胞内標的タンパク質の光不活性化に利用するのは困難であった.そこで,まず細胞内タンパク質の不活性化に適応可能な細胞膜透過性を有する光増感剤を探索した.その結果,我々は,いくつかの有機光増感剤が優れた細胞透過性を有し,細胞内環境でも優れたROS生成能を有することを見出した28).これら光増感剤に着目し,CAIIを標的タンパク質モデルとしたタンパク質不活性化能評価系により,CAIIリガンドである4-Sulfamoylbenzoic acid(1)と各種光増感剤を結合させたLDPS(Fig.3A)のタンパク質不活性化能を評価した.具体的には,CAIIとLDPSの混合溶液に対して光照射を行った後,CAII酵素活性を測定した.化合物2は,タンパク質不活性化研究で汎用されているRu光増感剤に対し,CAIIのリガンドが結合した光増感剤であり,本研究ではポジティブコントロールとして用いた20,26,27).化合物3は,CAIIのリガンドと東京工業大学の湯浅らにより見出された低分子光増感剤である4-Nitrobiphenylが結合した光増感剤である29).Coumarin誘導体(4)およびBODIPY誘導体(5)は,我々の研究で見出された,高い細胞透過性およびROS生成能を有する低分子光増感剤である28).さらに,BODIPYの臭素化体およびヨウ素化体は,励起波長が長波長シフトすることが報告されていることから30),より長波長の光でのタンパク質光不活性化を目指して,ジ臭素化BODIPY誘導体(6)およびジヨウ素化BODIPY誘導体(7)を合成し,長波長の光照射下でタンパク質不活性化能を評価した.

Fig.3 

Screening for photosensitizers with in vitro photoinactivation activity targeting carbonic anhydrase II (CAII). (A) Structures of the CAII ligand 4-sulfamoylbenzoic acid (compound 1) and the CAII ligand-directed photosensitizers (compounds 2-7). (B,C) CAII inhibitory activity of the CAII ligand and the ligand-conjugated photosensitizers. The assays were conducted by incubating 1 μM recombinant human CAII in 10 mM MES buffer (pH 7.4) with the solutions of each compound at 4 °C for 1 h; subsequently, (C) the samples were irradiated with light at the indicated wavelengths for 1 h. CAII activity was evaluated by adding 1 mM p-nitrophenyl acetate to the reaction mixture and monitoring the obtained solution’s absorbance at 340 nm. Reproduced from ACS Omega. 2022; 7: 34685-34692 (ref. 13).

まず,合成したLDPSのCAIIの酵素活性に対する阻害効果を評価した.なお,光照射の際の光源強度は光パワーメーターにより測定し,サンプルに対して同一強度の光照射となるように調整した.その結果,Fig.3Bに示すように,化合物2以外のLDPSは,CAIIリガンド1と同程度(~90%阻害活性)のCAII阻害活性を示した.一方,化合物2のCAII阻害活性は約70%と他のLDPSよりも低い値を示した.これらの結果は,LDPS 37がCAII基質結合部位に結合し,その酵素活性を阻害するのに対し,化合物2は,Ru光増感剤の分子サイズが大きいため,CAII基質結合部位への結合が立体反発により抑制されたことが要因であると示唆される.

次に,LDPSのCAII光不活性化能を評価した.各種LDPSとCAIIを等量混合し,反応混合物にそれぞれのLDPSに適した波長の光(化合物3:365 nm,化合物24および5:455 nm,化合物6および7:540 nm)を照射した.その後,CAII活性測定用基質であるp-Nitrophenyl acetateを加え,比色法によりCAIIの酵素活性を測定した.その結果,Fig.3Cに示すように,化合物26,および7は光照射によりCAII酵素活性を50.7,56.7,および56.1%とそれぞれ著しい抑制効果を示した.一方,化合物35は化合物26,および7と比較して,CAII光不活性化能が低下した(CAII酵素活性:72.1~82.5%).これらの結果から,ジ臭素化およびジヨウ素化BODIPY(化合物6および7)は,Ru光増感剤と同程度の優れたタンパク質不活性化能を有することが明らかとなった.また,これらのBODIPY誘導体はRu光増感剤の波長(365 nm)よりも長波長の540 nmの光照射によって,タンパク質を不活性化することが可能であった.

3.  GLUT1を標的としたLDPSの分子設計と細胞内分子標的型光線力学的療法(IMT-PDT)

前項の光増感剤の探索において,ジヨウ素化BODIPYが優れたタンパク質不活性化能を有することが明らかとなった.そこで,多くのがん細胞で過剰発現していることが知られているGLUT1を標的としたタンパク質光不活性化による抗腫瘍効果を検証した.まず,GLUT1リガンドとしてグルコースを選択し,光増感剤としてジヨウ素化BODIPYを連結したLDPS 8を設計し,合成した(Fig.4A).次に,化合物8を,GLUT1が過剰発現していることが知られているヒトがん細胞株であるHeLa細胞(ヒト子宮頸がん),A549細胞(ヒト肺がん),およびHepG2細胞(ヒト肝臓がん)に投与し,光照射の有無での細胞毒性を検証した.その結果,Fig.4Bに示すように,ジヨウ素化BODIPYの励起波長である540 nmの光照射下では,化合物8はこれらがん細胞株に対して濃度依存的な細胞毒性を示したが,光非照射下では,そのような細胞毒性は観察されなかった.

Fig.4 

Evaluation of the bioactivity of glucose transporter 1 (GLUT1) ligand-directed di-iodinated BODIPY (compound 8) against GLUT1-targeted photoinactivation in cancer cells. (A) Structure of compound 8. (B) Antitumor activity of compound 8 against three cancer cell lines. (C) Western blot analyses conducted to evaluate the light irradiation-dependent protein knockdown ability of compound 8. (D) Evaluation of the ability of compound 8 to the light irradiation-dependent knockdown of GLUT1 by immunofluorescence analysis. (E) Competitive assay of compound 8 and the GLUT1 inhibitor phloretin. Reproduced from ACS Omega. 2022; 7: 34685-34692 (ref. 13).

次に,光照射下における化合物8の細胞毒性がGLUT1の光不活性化に起因するかどうかを調べるために,GLUT1の発現量をウェスタンブロットで解析した.その結果,Fig.4Cに示すように,光照射下で化合物8を処理した細胞ではGLUT1が検出されなかったが(Lane 4および6),化合物8を処理した光非照射の細胞(Lane 3および5),および化合物8を処理せず光照射を行った細胞(Lane 2)は,コントロール細胞(Lane 1)と同様にGLUT1が検出された.以前,我々はRu光増感剤の光照射により光不活性化を受けたタンパク質は,抗体による認識が低下し,ウェスタンブロットでは検出されないことを明らかにしている26,27).また,ウェスタンブロットに加えて,抗GLUT1抗体を用いた免疫染色でも,各細胞株におけるGLUT1タンパク質の発現量を測定した.その結果,化合物8で処理した細胞では,GLUT1に由来する蛍光シグナル強度が低下した(Fig.4D).これらの結果は,化合物8がGLUT1と結合し,光照射下でジヨウ素化BODIPYから生じるROSによりGLUT1の光不活性化を引き起こすことで,GLUT1がイムノブロット分析で検出不可な酸化物に変換されたことを示唆している.また,GLUT1は膜タンパク質であるが,細胞内グルコース濃度に応答してエンドソームへ細胞内局在が変化することが報告されている31).実際,GLUT1の免疫染色の結果,細胞内でもGLUT1に由来する蛍光シグナルが観察されている(Fig.3D;DMSOコントロール).したがって,化合物8は,膜局在型および細胞内局在型の両方のGLUT1を光不活性化していることが示唆された.

最後に,光照射下における化合物8の細胞毒性が,GLUT1阻害剤の添加によって抑制されるかどうかを調べた.Phloretinは,細胞内へのグルコース輸送を抑制するGLUT1阻害剤としてよく知られている化合物である32,33).化合物8およびPhloretinをHeLa細胞に10分間処理し,残存している化合物を除去するためPBSでHeLa細胞を洗浄後,光照射を行い,72時間後の細胞生存率を測定した.その結果,Fig.3Eに示すように,Phloretinは濃度依存的に光照射下で化合物8によって誘導される細胞毒性を抑制したことから,化合物8によるGLUT1の光不活性化が細胞毒性を引き起こしていることが示唆された.

4.  GLUT1の光不活性化による抗腫瘍効果の作用機序解析

GLUT1は,がん細胞においてEGFR/Mitogen-activated protein kinase(MAPK)シグナル経路およびIntegrin β1/Src/Focal adhesion kinase(FAK)シグナル経路の制御を介して,細胞増殖,遊走,および浸潤を促進することが報告されている34).そこで,GLUT1標的光増感剤である化合物8の光照射下における細胞毒性が,GLUT1関連シグナル経路の1つであるEGFR/MAPKシグナル経路を介しているかを検証した.Fig.5Aに示すようにGLUT1リガンドであるグルコースを結合していないジヨウ素化BODIPYは光照射とは関係なく高い細胞毒性を示したため,Talaporfin sodiumを比較対照とした.Talaporfin sodiumは,PDTの臨床に用いられている光増感剤であり,細胞内の様々な分子を光不活性化することで抗腫瘍活性を示すことが知られている35,36).HeLa細胞に対して化合物8またはTalaporfin sodiumを処理したのち,それぞれの化合物に適した波長の光照射下を行い,ウエスタンブロット解析によりそれぞれのタンパク質発現量を測定した.その結果,Fig.5Bに示すように,化合物8は細胞内のEGFR,Phospho-ERK(Y204),およびGLUT1の発現量を低下させたが,ERK,α-tubulin,およびPCNAの発現量には影響を与えなかった.一方で,Talaporfin sodiumは細胞内タンパク質の発現量を非特異的に低下させた.これらの結果から,化合物8はGLUT1の選択的な光不活性化とその下流のEGFR/MAPKシグナル経路の阻害によりがん細胞をアポトーシスへと誘導するのに対し,Talaporfin sodiumは細胞内の様々な分子の光不活性化によりがん細胞の増殖を抑制することが示唆された.

Fig.5 

Investigation of intracellular signaling pathways involved in glucose transporter 1 (GLUT1)-specific photoinactivation by compound 8. (A) Cytotoxicity of I2BODIPY against three cancer cell lines. (B) Comparison of compound 8 and talaporfin sodium against GLUT1 signal pathway. Adapted in part from ACS Omega. 2022; 7: 34685-34692 (ref. 13).

5.  おわりに

本総説では,これまでのPDT医薬品開発および光増感剤を用いたタンパク質不活性研究を紹介し,その中でも我々が着想しているIMT-PDTについて,細胞膜透過性有機光増感剤の探索,ならびにGLUT1標的LDPSの開発,そしてGLUT1特異的光不活性化による抗腫瘍効果の作用機序解明を中心に述べた.現在,様々な光増感剤および光増感剤複合体が臨床試験へと展開されており36),Cetuximab sarotalocan sodiumに続く新たな抗体-光増感剤複合体である抗CD25抗体-IR700も臨床研究に進んでいる37).本稿で紹介したIMT-PDTは,細胞表面の発現するタンパク質を分子標的とする抗体-光増感剤複合体とは相補的なPDT薬剤であり,新しいがん分子標的型PDTの可能性を示すのみならず,光により時空間的にがん特異的タンパク質の不活性化を制御できる技術として期待される.

利益相反の開示

利益相反なし

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