抄録
ヒト手指屈筋腱腱鞘の構造を肉眼的, 走査型電子顕微鏡 (以下SEM) 的, および組織学的に指レベルで, 静的状態とともに指の屈曲, 伸展位の形態学的変化を観察した.指屈筋腱腱鞘のparietallayerはbandの部位とband以外の部位とに分けられ, bandはその走行によりannular bandとcruciate bandとに分けられ, 示, 中, 環, 小指では4つのannular band (A1, A2, A3, A4) と3つのcruciate band (C1, C2, C3) が, 母指では2つのannular band (A1, A2) と1つのoblique bandが認められた.またこれらのband以外にも非定型的と思われるbandが認められた.SEMによると腱鞘のvisceral layer, およびparietal layerのband部の滑走表面には規則正しい隆起配列がみられ, visceral layerでは腱の走行方向に, band部ではbandの走行方向に配列していた.そしてこれらの隆起は表層の網状線維, およびその深層の隆起を横走する細線維群でおおわれており, 腱走行に適した構造と思われた.bandは膠原原線維と思われる細線維が集束した靱帯構造であり, bandが“滑車”としての機能に適した強靱な構造であった. parietal layerのband以外の部位の表面にも網状線維でおおわれた隆起がみられたが, その配列は不規則であった.指を屈曲するとparietallayerの各bandとbandの問の部分が掌側へ折れ込み, 腱鞘掌側部の距離の短縮の機構を担い, この折れ込みの程度はA2, A4band付近で最も著明で, これらのbandが“滑車”の機能に大きく働くことを示していた.以上より, 腱鞘は腱の滑走を容易にする表面構造を持つと同時に, 指の屈伸に伴なってその形態に順応する柔軟性を持つ反面, 指屈曲時に腱のbowstringingを防止できる強靱な構造であることがわかった.