抄録
統合失調症患者の認知障害について, 精神生理学的方法と神経心理学的方法を用いた報告が多くみられる.精神生理学的指標のうち, 事象関連電位のP3成分の振幅低下は最も多くみられる異常の一つである.P3成分のうち, 意識的な認知文脈の更新を反映するP3bと自動的な注意の喚起を反映するP3aは異なる脳基盤をもつことが知られ, 区別して扱われている.また, 神経心理学的検査のうち遂行機能を反映するWisconsin card sorting test (WCST) およびTower of Hanoi test (HANOI) , 記憶機能を反映するWechsler memory scale, revised (WMS-R) については, いずれも統合失調症患者で成績が低下していることが知られている.しかし, P3成分の異常と神経心理学的指標の異常に共通する認知的側面があるのか, あるいは独立したものであるのかについては明らかでない.そこで, 本研究では両指標の関連性について検討する目的で, 精神生理学的指標としてP3a, P3bの各振幅, 神経心理学的指標としてWMS-Rの言語性記憶, 視覚性記憶, 遅延再生記憶, 総合評点, WCSTの達成カテゴリー数, 保続エラー率, セットの維持障害数, HANOIの試行回数, 第1試行に要した時間, の各指標について, まず健常者20名と統合失調症患者24名との群間比較を行い, 各検査で差異がみられた指標を抽出して, 相関解析, 因子分析などを用いてその関連性を検討した.その結果, WCSTのセット維持の障害数以外の全指標において統合失調症患者で有意な振幅の低下あるいは成績の低下を認めた.精神生理学的指標と神経心理学的指標との関連性については, 視覚性記憶, WCSTの達成カテゴリー数, 保続エラー率とP3a, P3b振幅が相互に関連し, 言語性記憶, HANOIはそれぞれ比較的独立した認知機能を反映することが示唆された.また, WCSTの達成カテゴリー数, 保続エラー率とP3b振幅は精神症状との間に関連性が認められたのに対して, P3a振幅, WMS-R, HANOIの各指標は精神症状との間に関連性が認められなかった.すなわち, P3b振幅とWCSTとの間に強い関連が示され, 共通する認知的側面である“認知文脈の更新”が精神症状に関連する可能性が示唆された.