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特集論文(研究ノート) 「ゲストエディター 藤村和宏(香川大学)」
S-Dロジック研究の影響とその方向性:交換のズーミングアウトによるマーケティングへの新たな示唆
庄司 真人
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2018 年 21 巻 1 号 p. 51-65

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Abstract

S-Dロジックがその提唱者であるVargo and Luschによって発表されて以来,10年以上経過した。実証論文が中心となる論文の中で,概念的な論文として提示されたこともあり,価値共創やサービスといった分野において数多く引用されている。しかし,S-Dロジックは,それぞれ一部分だけが議論されることが多く,そのため,その解釈や理解の上で,混乱も引き起こしてきた感がある。そこで,本稿は,S-Dロジックの主要な文献をサービス交換の性質と範囲という2つの視点からS-DロジックとG-Dロジックの対比,S-Dロジックの視点からの既存の研究領域への検討,S-Dロジックにおける価値の創造と共創,S-Dロジックの拡張という4つに分類し,それぞれを検討することで,S-Dロジックの全体像を検討する。その上で,S-Dロジックが交換をズーミングアウトすることでマーケティング現象を多面的に明らかにしようとしていることを踏まえた研究課題を提示する。

1  はじめに

サービス・ドミナント・ロジック(以下,S-Dロジック)は,マーケティング理論に対し,直接的,間接的に影響を与えてきた(Vargo & Lusch, 2004b)。特にその中核となるサービスや価値共創,さらに最近ではサービス・エコシステムなどの概念や枠組みに注目や関心が集まっている(井上・村松,2010庄司,2016)。

S-Dロジックは,演繹的なアプローチによってマーケティングの諸概念を発展させようとしているところに特徴があり,特定のマーケティング現象を対象にフレームワークとして分析や考察を行う帰納的なアプローチをとらないため,従来のマーケティング研究ではあまり見られなかった方法から考察している。S-Dロジック研究においては概念的な論文が多くなっているが,このことが,マーケティングにおける諸理論や諸概念についての検討を促進するとともに,従来とは異なる視点を提示していることになる。

S-Dロジックの提唱者であり,代表的な論者でもあるVargoとLuschは,1980年代以降に,研究が大きく進展したブランドやサービス,市場志向といったマーケティングの諸理論をS-Dロジックの思想ラインと位置づけた(Vargo & Lusch, 2004b)。これら諸理論に共通しているのが,価値を生みだすプロセスへの関心であり,S-Dロジックでは,そのプロセスにおける主要な概念としてのサービスに注目することによって,マーケティング理論の統合化が図られている(井上・村松,2010)。S-Dロジックの意義は,これらの諸理論を統合し,マーケティング理論の限界を克服するための枠組みを提供することにあり,本来の企業と顧客との関係を検討するというマーケティングの本質を追求するところに学究的価値が存在すると考えられる。

S-Dロジックは,その領域が幅広い分野に関連するため,数多くの研究者による議論を呼び起こしている(Achrol & Kotler, 2006Arnould, 2008Brodie, 2007藤川,20082010Grönroos, 2008Gummesson, 2008a井上,2014菊池,2012村松,2015南,2010Payne, Storbacka, & Frow, 2008庄司,2011Storback & Nenonen, 2011田口,2010)。無形財としてではなくナレッジやスキルのアプリケーションとして位置づけているサービス概念,グッズと対価との交換ではなくサービスとサービスが交換されるという枠組みと価値共創の視点,さらにはそのサービス交換の広がりを示すサービス・エコシステムなど,S-Dロジックの諸概念に関する検討が多くの研究者によって議論されているになる。

しかし,S-Dロジックへの関心が高まるにつれて,その全体像が示されていないことによる混乱がある1)。S-DロジックではVargoとLuschによる2004年の論文(Vargo & Lusch, 2004b)が引用のほとんどであるが,この論文はS-Dロジックの初期のものに過ぎず,その後の論文において基本的前提や諸概念が何度も修正されてきているため,他の論文を含めずにこの2004年の論文だけをもってS-Dロジックを議論することは適切ではない。加えて,インクリメンタルな進展を見せるS-Dロジック研究の諸概念の整理や検討がなされてこなかったため,S-Dロジック研究が何を提示していくのか,その方向性について議論されることがほとんどない状況にあった。

そこで,本稿では,S-Dロジックの全体像を考察し,その方向性を検討すべく,VargoとLuschによる研究成果の分析を通じて,S-Dロジック研究の全体像とその方向性を考察し,マーケティング研究における立脚点を明らかにする。次節では,S-Dロジックに関する基礎的な考察を行い,それからS-Dロジックの研究の体系化を図る。その後,体系化に基づいたS-Dロジック研究の研究課題を提示する。

本研究の試みは,S-Dロジックの特質を踏まえて研究の方向性を提示するものであり,全体的な視点から単純な取引関係に限定されていたマーケティングの焦点をより広い範囲にズーミングアウトしようとするS-Dロジックの意義について議論するものである。このことによりS-Dロジックのマーケティング理論に対する貢献について考察する。

2  S-Dロジック

2.1  S-Dロジックの出現とその展開

S-Dロジックをどのように定義するのかは非常に難しい。2004年に出版されたVargoとLuschによる論文(Vargo & Lusch, 2004b)がS-Dロジック研究の出発点となっているが,多くの研究者からの多様な解釈による研究が進められているのが現状である。ここでは,ナレッジとスキルのアプリケーションとしてサービスを再定義することによって,マーケティングおよび市場理論を再構築しようとする一連の研究をS-Dロジックとして定義する(Lusch & Vargo, 2014)。そして,S-Dロジックの目的の一つとして,企業や消費者としてのアクターのサービス交換と資源統合を通じた文脈価値の向上という構造の解明にあると捉えている(Vargo, Maglio, & Akaka, 2008)。

S-Dロジックの研究は,2004年に出版されたJournal of Marketingにおいて発表された「マーケティングにおける進化したロジック」(以下,2004年論文)を契機としている(Vargo & Lusch, 2004b)。この論文は,掲載されるまでに何度も改訂を求められたもので,きわめて抽象度が高く,S-Dロジックを特徴づける論文として位置づけられ,S-Dロジックを言及するうえで引用されている。

VargoとLuschらの論文を中心としたS-Dロジック研究は,多くの研究者が関与する形で進展しているところに特徴がある。S-Dロジックに関心を示す研究者と共同で国際会議を開催することで,その概念的枠組みや研究アプローチの発展に関与することになる。比較的早く関心を示したのは,オーストラリア,ニュージーランドの研究グループであり,その後,ヨーロッパの研究者たちがS-Dロジックの発展に貢献している。このような多様な議論からS-Dロジックの用語や視点に対する評価や疑問が提示され,それに対しVargoとLuschの見解が国際学会での発表や論文誌に掲載されていることで,S-Dロジックは2004年論文で示された当初の議論から幅広く発展していった。

S-Dロジック研究がもつ特徴の一つに,一連の論文がきわめて概念的であるということである。近年のマーケティング理論では,概念的研究が著しく少なくなってきていたと指摘されている(Yadav, 2010)。科学としてのマーケティングの妥当性を向上させる必要がある一方,概念的論文がもたらす視点やフレームワークの向上ということがあまり期待されてこなかった。しかしながらこのような概念的論文は,マーケティング研究の方向性を転換するきっかけを提供する可能性がある。

1970年代のマーケティング概念の拡張や交換に関する概念的な議論は,マーケティングの在り方や性格を規定する上で重要なものであった(Hunt, 1983, 2010Sheth, Gardner, & Garrett, 1988)。概念的で抽象的な性格を持つS-Dロジックの登場は,マーケティング理論やビジネスの方向性を示す可能性を有すると考えることができる。多くの研究大会や国際会議において,S-Dロジックへ注目が集まり,VargoとLuschらによる一連の論文は数多くの引用がなされたことからもマーケティング理論に数多くのインパクトを与えてきたといって良い。

Googleが提供している学術向けサイトであるGoogle Scholarによって引用数を分析することによって,彼らの論文がどの程度,影響を与えているのかを明らかにできるだろう。2004年に出版された論文(Vargo & Lusch, 2004b)の被引用数は,9,365(2016年10月31日アクセス,以下同じ)とかなり多くの引用が見られる。マーケティングの分野では,9,000を超える被引用数を示す論文がほとんどない。この分野で被引用数が多いものとして,1979年に出版されたChurchillによる研究方法論を議論した論文(Churchill, 1979)があり,14,000を超えているが,出版されてからの期間と研究対象からすると,2004年の論文の引用数が著しく多いことがわかる。市場志向研究の嚆矢であるKohli & Jaworskiによる1990年の論文(Kohli & Jaworski, 1990)が9175,Morgan & Huntによるリレーションシップ・マーケティングに関する論文(Morgan & Hunt, 1994)が20,427と引用数が多いのは,それだけマーケティングの学界に大きなインパクトを与えているものと考えられるように,VargoとLuschによる論文の重要性が示されることになる。

2.2  S-Dロジックの特徴としてのズーミングアウト

S-Dロジックとマーケティング理論との接点は,特に初期の論文の中で検討されている。VargoとLuschは,マーケティング理論が1980年代以降大きく変化してきていると指摘し,1970年代のマーケティング理論がミクロ経済学をベースにしているとしつつ,1980年代にはマーケティング・ミックスを前提としない参照枠組みが出現しているとしている。これをS-Dロジックでは,思想ラインとして位置づける(Vargo & Lusch, 2004b)。その研究領域として市場志向,サービス・マーケティング,リレーションシップ・マーケティング,品質管理,バリューチェーンとサプライチェーン,資源管理,ネットワーク分析をあげている(井上・村松,2010Vargo & Lusch, 2004b)。これらの思想ラインを統合的に分析することによって,マーケティング研究の対象がアウトプットではなく,価値を創造するプロセスへと転換していると主張し,その上でプロセスとしてのサービスを強調する。

他方で,その後の研究においてはS-Dロジックの精緻化に注力されてしまうことで,マーケティング理論に対してどのように影響があるのかを議論することがほとんど見られない。そこでここでは,マーケティングの発展とS-Dロジックの関係について簡単に確認する。

伝統的にマーケティングは,企業の市場に対する活動を対象としている。McCarthyもしくはKotlerによるマーケィング・マネジメントの視点は(Kotler, 1967McCarthy, 1960),企業の内部活動(マーケティング・リサーチや製品開発プロセス)を通じて生みだされる交換価値を持つもの(有形財としての製品や無形財としてのサービス財)が顧客に提供されるまでのプロセスを対象としてきた(井上,2001)。特に,買い手となる顧客のニーズが重視されることになり,企業と顧客との二者関係を対象とすることになる。

さらにKotlerらによるマーケティング拡張論とそれに伴う関連領域の発展は(Kotler & Levy, 1969Kotler & Zaltman, 1971),顧客に対する提供物を取引の対象以外に拡張することによってマーケティングの範囲を広げていくことになる。つまり,有形財やサービス財だけを研究対象とせずに,アイデアなどに拡張することによって,マーケティングを行う主体を非営利組織や地域に拡張し,マーケティングの研究対象を広げていった。ソーシャル・マーケティングがその代表的な研究領域となるが,その発展がとどまっていることも指摘されてきている(芳賀,2014)。提供物そのものを拡張するだけでは,多様な関係を説明できなくなってきていると考えることができる。

加えて,インターネットの出現に見られる情報技術の進展は,企業と顧客間の情報だけでなく,顧客間で発生する情報の増大を生みだしている。オンライン上のコミュニティや掲示板,電子商店における製品やサービスの評価,ソーシャルネットワーキングサービス,その他の電子コミュニケーションツールは,一つの企業によってその情報やコミュニケーションをコントロールすることがほぼ不可能である。このことは,企業にとって直接的な交換,すなわちグッズと対価の交換だけでなく,より広い範囲を分析の対象とすることが必要となる。

サービス交換は,この広範囲な交換の構造を明らかにするための基礎的な単位として扱われることになる。伝統的なマーケティングでは,従来の交換の枠組みについて売り手と買い手という二者関係で行われるということを前提としている。マーケティング交換に関する議論では,すでに初期の段階でBagozziによる交換の類型化が図られ,複雑な交換という概念が提示されているが(Bagozzi, 1975),その後の理論的な進展はあまり見られていない2)。複雑なマーケティング現象を解明するための理論的基盤として,S-Dロジックでは,グッズとその対価との交換という現象からズーミングアウトすることになる。それによって,取引に関わる交換に限らず,より多くのサービス交換が複数のアクター間で行われていることを示すことになる(図表1)。

図表1 グッズの交換とサービスの交換

3  S-Dロジック研究の進展

3.1  S-Dロジック

これまで述べてきたように,S-Dロジックを理解するためには2004年論文(Vargo & Lusch, 2004b)だけを対象とするのではなく,その後の展開を含めて検討する必要がある。特に,VargoとLuschの一連の論文で提示されている基本的前提は,S-Dロジックを理解する上で中核となるが,この基本的前提が変更され,追加されており,S-Dロジックは進行中の研究であるといえる(Vargo & Lusch, 2017)。

基本的前提の変化については,井上・村松(2010)で述べられているが,ここで簡単に確認しておきたい。2004年論文において提示された基本的前提は,サービスを中心としたマーケティングの考え方を提示するものとして位置づけられる。特に,交換の単位,グッズや顧客の役割という視点が強調され,サービスを中心とした考えをもつ場合のよりどころを示したものであり,企業と顧客のインタラクションや資源に対するアプローチなど,サービスを前提とした場合のマインドセットと位置づけられている。

この基本的前提は固定されず,多くの国際会議での議論や投稿論文の影響を受け,2006年,2008年そして2016年と改訂されることになる(Lusch & Vargo, 2006Vargo & Lusch, 2008b, 2016)。さらに,この基本的前提を集約する公理が提示されており,この公理と基本的前提がS-Dロジックの特徴を示すことになる。

この5つの公理は(Vargo & Lusch, 2016),交換の本質(公理1:サービスが交換の基本的基盤である),価値の創造(公理2:価値は受益者を含む複数のアクターによって常に共創される),資源の統合性(公理3:すべての社会的アクターと経済的アクターが資源統合者である),価値の判断(公理4:価値は受益者によって常に独自にかつ現象学的に判断される),価値創造と制度(公理5:価値共創はアクターが創造した制度と制度配列を通じて調整される)と整理することができる。S-Dロジックが価値の創造プロセスをサービスの交換によって説明しようとしており,それに伴う制度の存在が強調されることになる(図表2)。

これまでも繰り返し述べてきたように,S-Dロジック研究は,2004年に発表された最初の論文を中心としているが,単なる研究の出発点に過ぎない。一部の批判(O’Shaughnessy & O’Shaughnessy, 2011)は,2004年の論文だけを取り上げているものもあり,必ずしも,S-Dロジックの全体が議論されていなかった。S-Dロジックにおける基本的前提の変更および追加,そして公理の提示といった進展を踏まえながら,全体像を捉える必要がある。

そこで,VargoとLuschの文献を整理する視点として公理を検討する。S-Dロジックの公理の第一が,サービス交換である。アクターによるサービスとサービスの交換が,マーケティングの本質であるとする視点によってS-Dロジック研究に対する分類軸を提示できる。その一つはサービス交換をベースとしたS-DロジックとG-Dロジックとの対比という視点である。特に初期の論文で多く見られるのであるが,S-Dロジックの特徴を説明しようとしているものが多い。ここでは,サービスや基本的前提あるいは,リレーションシップやサプライチェーンマネジメント(SCM)といった他の概念との差別化を議論するものである。S-Dロジックは,マーケティングにおける一つのレンズとしての役割があるという認識の中で,S-Dロジックの果たす役割をG-Dロジックとの対比で説明しようとしている。

図表2  S-Dロジックの公理と基本的前提の変化
2004
(Vargo and Lusch 2004b)
2006
(Lusch and Vargo 2006)
2008
(Vargo and Lusch 2008b)
2016
(Vargo and Lusch 2016)
1 専門化されたスキルとナレッジの応用が交換の基本的単位である。 変更なし サービスが交換の基本的基盤である。 (公理1)変更なし
2 間接的な交換は交換の基本的単位を見えなくする。 変更なし 間接的な交換は交換の基本的基盤を見えなくする。 変更なし
3 グッズはサービス供給のための流通手段である。 変更なし 同左 変更なし
4 ナレッジは競争優位の基本的源泉である。 変更なし オペラント資源は競争優位の基本的な源泉である。 オペラント資源は戦略的ベネフィットの基本的な源泉である。
5 すべての経済はサービシィーズ経済である。 変更なし すべての経済はサービス経済である。 変更なし
6 顧客は常に共同生産者である。 顧客は常に価値の共創者である。 変更なし (公理2)価値は受益者を含む複数のアクターによって常に共創される。
7 企業は価値提案しかできない。 変更なし 企業は価値を提供することはできず,価値提案しかできない。 アクターは価値を共創することはできず,価値の創造と提案に参加することしかできない。
8 サービス中心の考え方は顧客志向的であり関係的である。 変更なし サービス中心の考え方は元来顧客志向的であり関係的である。 サービス中心の考え方は,元来,受益者志向的でかつ関係的である。
9 組織は細かく専門化されたコンピテンスを市場で求められる複雑なサービシーズに統合したり変換したりするために存在する。 すべての社会的行為者と経済的行為者が資源統合者である。 (公理3)変更なし
10 価値は受益者によって常に独自に現象学的に判断される。 (公理4)変更なし
11 (公理5)価値共創はアクターが創造した制度と制度配列を通じて調整される。

(筆者作成)

もう一つは,サービス交換の範囲と価値の主体である。この視点は,市場の構造に関わるものであり,Huntの枠組みに見られるようなマーケティングの範囲を決定する議論(Hunt & Burnett, 1982)と密接に関係するとともに,公理の第二から第五に関わる枠組みと関係する。サービス交換が価値共創に密接に関わり,アクターは価値共創の主体に関係することになる。

以上から4つの研究視点に分類することができる。次にこの4つの研究視点から既存の議論を整理することでS-Dロジック研究の統合的な視点を明らかにする。それにより研究の方向性を議論する。

3.2  G-DロジックとS-Dロジック

第一の視点は,G-Dロジックとの相違についての議論である。ここでは,特にサービス概念が検討されることになる。無形財としてのサービスと有形財との対比(Vargo & Lusch, 2004a),経済学におけるサービス研究とサービス概念の検討(Vargo & Morgan, 2005),副次学問分野としてのサービス・マーケティングの性格(Vargo, Lusch, & Morgan, 2006),サービスと無形財としてのサービス概念との相違(Vargo & Lusch, 2008a),サービス概念をS-Dロジックの中心とすることの妥当性についての議論(Vargo & Lusch, 2008c)があげられる。この領域の議論は,グッズを中心とするG-Dロジックに対して,サービスを中心とするS-Dロジックの優越性を説明しようとするため,S-DロジックとG-Dロジックの比較が検討される。これらの議論に加えて,S-Dロジックの基本的前提に関する議論もG-Dロジックとの対比の中で説明されている(Vargo & Lusch, 2004b, 2008b;Lusch & Vargo, 2006)。

サービス概念の妥当性については,S-Dロジックでは,Bastiaが提示したサービスとサービスの交換がルーツとなっている(井上・村松,2010Vargo, 2007)。財とその対価との交換ではなく,サービスとサービスの交換を経済活動の本質と捉えることによって,従来の分析の範囲では見えることが出来なかった範囲へと拡張しようとするのである。

この議論は,サービス交換そのものを対象とすることに加えて(Ballantyne & Varey, 2006;Edvardsson, Tronvoll, & Gruber, 2011),マーケティングの本質に関わることになる。従来のマーケティングで中心的な考えとなるG-Dロジックでは,分析の対象がグッズとなっていた。グッズにどのような価値を埋め込み,それを市場に提示するのかということを検討することになる。その一方,S-Dロジックは,価値がアクター間のサービスの交換によって発生するということを前提とする。つまり,マーケティングが対象とすべきものをサービス交換とする必要性を主張することになる。

ただし,このサービス概念が妥当なのかどうかについて疑問を提示されることもある。O’Shaughnessy は,サービス概念の妥当性に関してS-Dロジックに批判的な考察を行っている(O’Shaughnessy & O’Shaughnessy, 2009, 2011)。

また,S-Dロジックでは,その実証可能性について議論されることが多い。つまり実証研究の対象として妥当なのかについて,小売業における方向性を示した論文(Lusch, Vargo, & O’Brien, 2007),あるいは企業が提供するサービスに基づいた価値創造(Bettencourt, Lusch, & Vargo, 2014)などが議論されることになる。加えて,Karpenらはサービス・ドミナント志向という視点から実証可能性について検討している(Karpen, Bove, & Lukas, 2012;Karpen, Bove, Lukas, & Zyphur, 2015)。

3.3  S-Dロジックの視点からの既存の研究領域への検討

G-Dロジックにおいて用いられているグッズを中心とした視点に対して問題提起をしている。そこで,S-Dロジックでは,これまでマーケティング分野において使われてきた用語を再解釈して,新しい視点を提示するアプローチが取られている。これまで繰り返し述べてきているようにサービス概念もその一つである。

ここでは,市場志向,資源管理,バリューチェーン,サプライチェーン,ネットワーク理論を議論の対象として,サービス概念を基にしたその枠組みの見直しについて検討している。

この領域における初期の議論としてMerzらによるブランドに関するロジックの考察がある(Merz, He, & Vargo, 2009;Merz・高橋,2011)。ここでは,ブランドにおいて使用価値を重視することを主張するものであり,企業と利害関係者とのコラボレーションが重要であることを示している。この議論は,価値共創におけるブランドの重要性においても検討されている(青木,2011,2014)。

市場志向については,本来のマーケティングの視点に立つのであれば,グッズにたつのではなく,サービスの視点にたったアプローチが必要であるということが強調される。つまり,本来サービスが受益者のために何かを行うということとして捉えるとするのであれば,それが自然に顧客志向となり,市場志向となるのであって(井上・村松,2010Vargo & Lusch, 2004b, 2008b),G-Dロジックで市場志向が強調されるのは,グッズに価値を埋め込もうとすることしているためであるとする。さらにここでは,北欧のマーケティング研究者であるGummessonが提唱した,企業と顧客との両方を重視するバランスト・セントリシティも注目されている(Gummesson, 2008a, 2008b)。

また,VargoとLuschは,価値創造の視点とインタラクションもしくはリレーションシップという視点から,G-DロジックとS-Dロジックにおける観点の相違を述べている。伝統的なマーケティングでは,グッズを通じた取引を対象としてきており,それによるリレーションシップの構築を前提としている。しかしながら,このようなリレーションシップはあくまでも一方の当事者である企業側から見たものであると言わざるを得ない。

一方で顧客から企業に対するエンゲージメントを説明することも必要となる(Bolton, 2011;Brodie, Hollebeek, Juric, & Ilic, 2011;Vivek, Beatty, & Morgan, 2012)。顧客からの能動的な行動として捉えるエンゲージメント行動は,近年の情報通信技術の発展によってより明確になってきている。エンゲージメント研究では,従来のリレーションシップ概念を発展させ,取引に関わる問題に限定することなく(Vargo & Lusch, 2010a, 2010b),多くの関係者が結びつくことによる価値共創の視点を提供するものとして捉えられる。

さらに,サプライチェーンに関するS-Dロジックのアプローチについても議論されている。価値がグッズに埋め込まれ,それが流通するということを前提としているサプライチェーンではなく,価値を共創しようとするアクターが集まり,価値創造ネットワークを形成する枠組みが求められる(Flint, Lusch, & Vargo, 2014Lusch 2011Lusch, Vargo, & Tanniru, 2010)。

これらの議論の根本にあるのは,グッズによって企業から消費者や顧客へと価値が提示されるとする視点には限界があるとするものであり,価値が複数のアクターの中で共創される枠組みを提示するためには,サービスを中心とした考え方にシフトしなければならないというものがある。そのため,グッズが必ずしも議論の対象とはなっていないリレーションシップやサプライチェーン,ブランド,市場志向を対象に,価値創造のプロセスにおける有用性と現状の問題点が指摘されていることになる。

3.4  S-Dロジックにおける価値の創造と共創

第三の研究視点として,S-Dロジックにおける対象もしくは主体をあげることができる。G-Dロジックを前提とする場合,価値は企業が創造するものとして考えられてきた。ここでの価値は製品価値を指すことになる。顧客が満足する価値を製品に埋め込むことができるという前提に立つことで,企業の製品開発プロセスの中に,顧客を取り込もうとすることになる。顧客が企業よりも情報をもっている,もしくはよく知っているという前提をもつことによって,顧客重視の姿勢を強調される(片山,1996)。パートナーとしての顧客の存在は,価値の実現にとって重要不可欠であり,これは製品の分野のみならず,無形財においても同様であると考えることができよう。生産と消費の不可分性をもつ無形財の場合,顧客とのコラボレーションはその価値を高める重要な要素であると言える。

ただし,Vargoと Luschが指摘するように,このような価値共創論は選択的とみなされることになる(井上・村松,2010Vargo & Lusch, 2004b)。顧客が企業の製品開発に関与するかどうかは,顧客そのものが関与することもできるし,関与しないこともできるという意味で選択的ということになる。企業の製品開発プロセスに関わらない場合は,共創行動は行われないことになる。そのため,選択的な価値共創論では,既存のマーケティングにおいて発生している現象を十分に説明できない可能性がある。

たとえば,近年の消費低迷に関する議論において,製品に対する知覚価値の低下とそれに伴う消費者参加型の製品開発プロセスが検討されている。これらの議論には多くの研究業績があり,その有効性については検討されてきているといってよい。ただし,消費が低迷している理由を十分に説明できるかどうかは顧客になるか,もしくは顧客になりそうな場合に限定されることになる。イノベーションの中には,顧客だけではなく,顧客以外の関係者の重要性を指摘するものもあり(Christensen, 1997),顧客以外からの情報で価値を高めることが行われる。加えて,この場合,なぜ購入しないのかという根本的な理由について説明をすることができない。つまり買い手とならない理由を説明することが既存の議論では極めて難しいのである。

S-Dロジックでは,企業が価値を創造し,消費者が価値を破壊するという視点ではなく,それぞれがサービスを適用することによって,価値を共創するという前提に立っている。そのため,企業と顧客という分類ではなく,資源を統合するアクターとしての視点が提示されることになる(Lusch & Vargo, 2006)。Vargoらは消費者という言葉を意図的に用いずに,顧客という用語を使い,近年ではアクターという用語が用いられている。それは,消費という用語がもつ価値が破壊されるというネガティブな視点を回避するためである。S-Dロジックの視点は,消費を通じた資源統合によって価値が創造されるため,価値が破壊されるという観点が議論の中心になることはない。ただし,S-Dロジックの研究の中には,価値の創造と破壊という視点で議論しているものもある(Echeverri & Skâlén, 2011)。このような議論は,先述した製品価値に焦点を当てており,S-Dロジックの中には,G-Dロジックの影響を受けたものも存在する。

アクターという視点は,顧客が単なる購入者ではなく,資源統合者としての役割を強調することになり,資源統合の概念は,アクターの価値創造を明らかにする枠組みとなる。特にこの問題は,オペラント資源とオペランド資源という枠組みから発展するもので(Constantin & Lusch, 1994),天然資源をはじめとする有形な何かから,無形資源へと転換することを踏まえた議論となる。ここでは,資源はそこに存在するものではなく,資源となるもの(Zimmermann, 1951)として位置づけることになる。そのため,資源を入手するという従来の消費者に対する観点は大きく変化することになる。

近年注目されている地域の研究においても,資源の活用の視点は有用であると考えられる(庄司,2016)。日常の生活では気にもとめないような何かが,その歴史性などから観光資源になることは資源化(resourcing)として捉えることができる。地域資源になるプロセスは,資源が元々存在しているのではなく,資源となることを示しているといえよう。Luschらは資源化という視点で,価値創造のプロセスにおける資源の重要性について議論している(Lusch et al., 2010)。

さらに,価値創造の主体についても議論が行われ,価値が共創するという議論と文脈価値という視点の相違について検討される(Vargo et al., 2008)。この2008年に出版された「価値と価値創造について」という論文では(Vargo et al., 2008),交換価値と使用価値,そして文脈価値を明確に分けたものであり,文脈価値は資源統合を通じて達成されるものとして位置づけられる。この論文も多く引用されており,価値の分類と文脈価値の視点を明確に示すことによってその後の資源統合の議論に続くことになる(Baron & Harris, 2008Gummesson & Mele, 2010Lusch & Vargo, 2012Lusch & Webster, 2011Phillips-Melancon, Griffith, Noble, & Chen, 2010)。

3.5  S-Dロジックにおける価値の創造と共創

第四の研究視点は,サービス交換の枠組みをサービス・エコシステムとしてとらえているものである。アクター間のサービス交換を単純な二者関係に限定することなく,より広範囲でのサービス交換の枠組みを提示するエコシステムの視点から,サービス提供と価値共創について検討を加えていることになる。サービス・エコシステムに関する研究は,S-Dロジックが提唱された2004年の段階では提示されていなかった枠組みである。その後の研究の進展の中で提示され,発展されたもので,マクロ的な視点でサービス交換を捉えようとするものである。

この枠組みにおいては,サービス交換の範囲からアプローチしている。そこでは交換のフレームとして3つの枠組みが提示され,サービス交換による範囲を直接的な二者関係にするのか(ミクロ),三者関係にするのか(メゾ),さらにはそれがより広範囲に広がった範囲で決定されるのか(マクロ)とより多様な視点を持つことによって,これまでの二者関係によるマーケティングの議論の限界を超えようとしている。つまり,Huntが提唱したマクロとミクロというこれまでのマーケティングの枠組みに加え(Hunt & Burnett, 1982),その中間に位置するメゾレベルを加えることによって,多様な交換の様態を明らかにしようとするのである(Chandler & Vargo, 2011)。この視点には,マクロマーケティングとS-Dロジックの関係に関する論文(Lusch, 2006)やサービス・システムに言及する視点(Maglio, Vargo, Caswell, & Spohrer, 2009),ミクロから視点を広げることを主張する論文(Vargo, 2011b)が存在する。交換のズーミングアウトという視点を広げるために,企業と顧客との関係に加えて,価値が生みだされる背景を考察するための枠組みが探索されていることになる。

Vargoはマーケティングとしてよりも市場を研究する科学としてS-Dロジック及びその関連概念を統合しようとしている。S-Dロジックが持つレンズとしての特性を重視する一方で,理論化の方向として,マーケティング,市場,価値(Marketing, Markets and Value(s)),市場とマーケティング・システム(Markets and Marketing Systems),そして,市場とマーケティングのグランド理論もしくは一般理論(Grand or General Theory of Markets and Marketing)をあげている(Vargo, 2011a)。伝統的に市場はグッズが取引される抽象的な場所を示している。しかし,S-Dロジックでは,サービスの交換の範囲と市場との関係を議論することによって,価値創造を説明しようとする。すでに我が国においても,石井や水越などによって示された交換の必然性に関する議論は(石井,1993水越,2005),価値と交換の関係を十分に説明できないことから,交換そのものがマーケティングにおいてそれほど重要ではないと示唆されている。いうまでもなく,これらの議論の前提はグッズが交換される抽象的な場所としての市場となるのであり,価値と市場が明確に関連しないのであれば,伝統的な観点での市場での交換はマーケティングの分析対象の中での重要度が低くなる。そのため,特に近年のマーケティングの議論の対象は顧客価値の創造となり,これが市場に提供される前に決定されてしまっているということになる。

一方,サービス交換はグッズとその対価が交換される前後のプロセスを含めていると位置づけられることになる。つまり,アクターとしての顧客は,自らの必要な資源を用意するか,外部から調達し,それにサービスを適用することによって,価値を共創することになる。この視点での議論が市場科学としてのマーケティングの特性を議論する際に検討されるべきものとなる。Wielandらは,S-Dロジックの主要な概念として,サービスとサービスの交換,価値共創,価値提言,資源統合,高度コラボレーション的リレーションシップをあげており(Wieland, Polese, Vargo, & Lusch, 2012),これらの関係を説明する前提としての市場へのアプローチが示される必要がある(Vargo, 2011a)。

そして,アクターとアクターによる価値共創の場面としてサービス・エコシステムがある。サービス・エコシステムとは,「共通の制度的ロジックとサービス交換を通じた相互的な価値創造によって結びつけられた資源統合アクターによる相対的に自己完結的で自己調整的なシステム」(Lusch & Vargo, 2014, p. 161,邦訳191頁)と定義される。彼らは,アクターが資源を統合することによって自ら価値を創造するシステムとしてサービス・エコシステムを捉え,複数のアクターが相互に関係するエコシステムでの価値創造に関与する制度の重要性を明確にするのである。

エコシステムの視点は,多くのアプローチから議論されているが(Chandler & Wieland, 2010Frow et al., 2014Ingenbleek, 2014Merz, He, & Vargo, 2009Ng et al., 2012Vargo & Lusch, 2016),エコシステムと技術(Akaka & Vargo, 2013)やエコシステムとその特性(Mars, Bronstein, & Lusch, 2012),あるいは資源統合のシステムとしての役割(Vargo & Akaka, 2012)もしくは国際マーケティングにおけるエコシステム(Akaka, Vargo, & Lusch, 2013)などが議論されている。

S-Dロジックは当初のサービス概念の提唱だけではなく,大きくマクロレベルへと転換しながら,発展してきていると述べることができる。S-Dロジックはサービスに関する概念規定から,G-Dロジックとの対比に関する議論を経て,価値共創についてのアクターによる価値創造を議論する段階へと発展していることになる。

これまで述べてきたS-Dロジックの視点と4つの研究類型を整理すると図表3の通りになる。2004年論文(Vargo & Lusch, 2004b)が多く引用されているものの,その範囲はS-Dロジックの議論においては一部分でしかない。他方で,その議論が広範囲であって,その方向がインクリメンタルに進んでいることがS-Dロジックを議論する際の誤解を発生させることにもなっている。サービス交換を基本としたグッズとは異なる価値共創の範囲を説明しようとすることがS-Dロジックの目的であるとすれば,このような研究の方向性をロードマップとして示すことも必要になろう。

図表3 S-Dロジック研究の類型化

4  S-Dロジックの研究課題

前節では,S-Dロジックの研究が進展することで,その多様性が整理されないままにすすめられていることを踏まえ,S-Dロジック研究の体系化を図った。S-Dロジックが交換関係のズーミングアウトを図ろうとしていることを踏まえて,主体の問題とその拡張という視点およびS-DロジックとG-Dロジックとの相違とS-Dロジックの発展という視点に整理することができる。

S-Dロジックは,その本質が交換関係をズーミングアウトすることによるサービス交換によって生みだされる価値共創の構造を明確にすることにある。しかし,既存研究において十分に検討されていない項目が多く存在する。そこで,以下のような研究課題がでてくる。

4.1  サービス交換と価値の関係

VargoとLuschはS-Dロジックを議論するにあたり,サービスとサービスが交換されるということを出発点としている。サービス概念の妥当性についてはこれまで検討されているが,具体的なサービス交換がどのような範囲で発生するのか,そのメカニズムについては十分に検討されていない。さらに,サービス交換によって発生する価値についても,明確に議論されていない。そこで,サービス交換と価値についての研究課題が提示される。

研究課題1:サービス交換とはどのような特徴を有するのか。

S-Dロジックが解明しようとする対象の一つがサービス交換である。サービスは,Vargo とLuschが主張するように,無形財としてのサービス(S-Dロジックではサービシィーズとする)ではなく,ナレッジやスキルのアプリケーションである。無形財としてのサービスは,単なるアウトプットに過ぎない。アウトプットとその対価が交換されている状況においては,価値は共創されていないことになる。

S-Dロジックの対象は,価値が創造されるプロセスであり,その理論的解明が進められている。その中で,プロセスとして,サービス交換という概念装置が提示されている。企業や顧客といったアクターがサービスを交換している場面はよく見られるものとなる。例えば,受益者としてのアクターが運転しようとする場面を想定してみる。そのアクターは,運転技術や道路といったナレッジやスキルを適用,すなわちサービスを提供する。企業も受益者のサービスを踏まえて,グッズを提供することになるが,それは自動車そのものだけではなく,運転をしやすくするための技術(周囲を見渡せるモニターや安全に止められる装置など)といったサービスを提供することになる。

S-Dロジックにおいては,サービス交換はその基本的な視点として提示されているが,一方で,十分に議論されていない。Vargoらの主張は,交換されるのがグッズではなく,サービスであるとするBastiaの議論からサービス交換を発展させているが(Vargo & Lusch, 2004b),なぜ,アクターがサービスを交換しようとするのかについてほとんど議論されていない。そのため,サービス交換の特徴を議論することが必要になる。

サービス交換の枠組みは,一方で,マーケティングの枠組みに大きな影響を与える可能性もある。マーケティングが従来はグッズとその対価の交換を中心としてきたので,その周囲にある諸概念を十分に取り込んでいなかった。たとえば,先述の例でいえば,受益者としてのアクターは,関連する他のアクターから情報を得て,運転に関する理解や満足度を高めることがある。アクター間の情報交換は,伝統的に口コミとしてとらえられているが,近年の情報技術,特にSNSの進展で自らがそのような情報源からナレッジやスキルを獲得することによって,価値実現を図る動きが見られ,それが企業や顧客の行動にも大きく影響を与えている。

研究課題2:価値はサプライチェーンのように流通することができるものなのか,それともそれぞれの主体で生みだされ,消えるものなのか。

交換される価値や使用される価値は,それが流通されるということを前提としている。それが生産という手段によって生みだされ,消費によって消えてなくなるという視点を持っている。G-Dロジックはこの価値をグッズに象徴させることによって価値の流通を説明しようとしたものであり,伝統的なマーケティングも価値が流通されるものとして捉えようとしてきていると考えることができる。

しかしながら文脈価値は,それぞれの主体としてのアクターが生みだすものとして捉えられる。つまり,G-Dロジックで中心となる交換価値とS-Dロジックにおける文脈価値は,次元の異なるものとして捉えることができる。一方,交換価値は流通されることによってその価値の高さを測定することになる。成果の尺度として,販売や流通が重要な要素として位置づけられる。

文脈価値は,S-Dロジックによって捉えられる価値となる。S-Dロジックではアクターが資源統合によって価値を共創するとしている。ただし,その価値をどのように捉えるのかについては十分に議論されていなかった。Plé & Cáceresは価値の共同破壊という概念を提示する(Plé & Cáceres, 2010)。この議論は使用レベルでの議論を中心としているが,誤った用い方のために使用しなくなることを意味している。文脈価値はアクターによって創造される価値であるため,このような使用のレベルでの価値創造ではなく,アクターが資源統合を通じて価値を自らが創造することを示すことが必要となる。

4.2  マーケティング現象説明のための視点の妥当性

S-Dロジックは抽象度の高い議論をしているため,企業や顧客あるいはその他の機関のガイドラインとして十分な役割を果たしていない。Lusch & Vargoもこの点については,端緒についたばかりであることを指摘しており(Lusch & Vargo, 2014),理論化と同様にどのように分析されるべきかが検討されなければならない。そこで,資源統合という価値創造の視点および企業の視点という2つの視点から議論を行うことが検討される。

研究課題3:資源を統合するという視点は顧客の購買選択と関係づけることができるのか。

文脈価値を生みだすためのアクターの行動については,概念的レベルに議論が限定している。文脈価値はどのような性格を持つものなのか,それは,交換価値や文脈価値とはどのような性格の違いをもつのかについては十分な議論はなされていない。

そのため,このような価値の概念と資源統合の関係について検討を行う必要がある。S-Dロジックでは資源の分類がまず議論される。オペラント資源とオペランド資源であり,顧客をオペラント資源として捉えようとする試みがなされている。

受益者としての顧客をアクターと捉えようとするS-Dロジックのアプローチの場合,個人が持つ資源(すでに蓄積されている資源),市場にある資源(交換によって獲得する資源)と公的な資源に分類される(Vargo et al., 2008)。この視点は,なぜ消費者が購入するのか,しないのかというマーケティングの命題に大きく関係するものとして考えることができる(Sheth et al., 1988)。

これまで購買行動については,なぜそのグッズを購入したのかという購買動機に関して議論が進められてきた。特に消費者行動研究を中心に,購買に影響を与える要因に関する解明が進められてきたといって良い。既存の研究では,社会的要因や個人的要因,心理的要因などさまざまな角度から解明が進められてきた。しかし,グッズの購入は,なぜ購入をしたのかという理由以上になぜ購買をしないのかという理由についても検討することが求められる(Sheth et al., 1988)。その場合,グッズそのものを研究対象としても,十分な分析結果を出すことは難しい。

そこで,資源統合のアプローチからの検討が必要となる。このアプローチではグッズを手段,すなわち資源として位置づけることになる。S-Dロジックの基本的前提3に示されているようにグッズは単なる手段でしかなく,主体としての消費者,すなわちアクターの生存のための資源としてとらえられることになる。

このような観点から,多くの業界や分野で指摘され,問題となっている「・・・離れ」を説明する可能性をS-Dロジックが有していると考えることが出来る。たとえば,近年,多くの小売業で導入されている下取りセールの場合,私的資源としてのアクターが保持しているグッズを取りのぞき,市場での交換によって新たなグッズを購入するというプロセスを経る。この場合,アクターが持つ資源の状況を把握することによって,より詳細な議論が可能となる。

さらに,アクターのサービス提供の状況によって資源統合のプロセスを分析することが可能となる。この点で,近年の技術的進展は,資源統合プロセスを分析する対象を明らかにしている。自動運転と高齢者の運転の関係,音楽配信とコンパクトディスクの販売の関係などは代表的なものである。国際的な比較によって資源統合は,より一層多様な分析結果を示す可能性があると考えられる。

研究課題4:S-Dロジックは企業の理論として妥当性を有するのか。

S-Dロジックはグッズの交換ではなく,サービスの交換を強調している。サービス交換へと交換の範囲をズーミングアウトすることによって,グッズとその対価の交換の背後にあるサービス交換を明らかにする可能性がある。S-Dロジックの視点の基準となる基本的前提は,このサービス交換の構造を明らかにするために変更され(Lusch & Vargo, 2006;Vargo & Lusch, 2004b, 2016),当初は企業の視点が強調されていたものからよりはば広く対象を広げる用語が用いられている。

2004年の基本的前提4には,「ナレッジは競争優位の基本的源泉である」と競争優位という戦略論において用いられる用語が使われている。2016年の基本的前提4では,「オペラント資源は戦略的ベネフィットの基本的な源泉である」と戦略的ベネフィットという用語に置き換えられている。同様に,基本的前提6において,2004年には,「顧客は常に共同生産者である」,2006年には「顧客は常に価値の共創者である」と顧客という用語が用いられていたものが,2016年には「価値は受益者を含む複数のアクターによって常に共創される」とアクターに用語が統一されている。加えて,基本的前提7でも2004年には「企業は価値提案しかできない」,2008年には「企業は価値を提供することはできず,価値提案しかできない」とされていたものが,2016年には「アクターは価値を共創することはできず,価値の創造と提案に参加することしかできない」と企業からアクターへと修正されている。

このようなアクターが強調されるようになるのは,グッズと対価を交換する企業と顧客の範囲を超えてサービス交換が行われていることを指し示すものであり,交換関係をズーミングアウトするために,アクターによるサービス交換という考え方が導入されていることになる。他方で,企業という用語が用いられなくなることは,企業における対市場活動としてのマーケティングに何を示すのかを示すことができなくなる可能性がある。

そこで,S-Dロジックを企業向けの議論に発展させるための視点が必要となる。一つは,サービス交換とグッズの交換の関係である。これについて明確に議論されているわけではないが,企業においてグッズの交換を促進することは,企業の価値を高めるうえで重要であるため,その両者の関係を問う必要がある。サービスの交換からグッズの交換へと転換することができるのかどうかに関する枠組みが検討される必要がある。

もう一つは,サービス交換を意識した企業の活動の志向性に関する研究である。S-Dロジックが市場活動に対するマインドセットとして位置づけられている。市場に対する視点を企業側が意識しているのかどうかが問われることになる。伝統的にマーケティングでは,マーケティング・コンセプトや市場志向において市場との関わり合いが議論されてきていた。これらの視点は,企業のマーケティング担当者や組織全体が,交換価値の向上に向けた活動に従事しているのかを問うものである。

S-Dロジックでは,サービスを強調することになるので,これらの既存の視点を発展させた市場へのアプローチを測定することによって企業のS-Dロジックの取り込みを議論することができる。この視点はすでにKarpenらによって,提示されているものであるが(Karpen et al., 2015),企業によるサービス交換を促進するための情報提供などが検討されることになる。

5  終わりに

S-Dロジックは2004年に発表されて以降,多くの文献で引用されており,影響力の高い研究である。S-Dロジックの提唱者であるVargo & Luschの議論は,完成されたロジックではなく,基本的前提や,用語を変更したり追加したりすることで進められてきた。その本質は大きく変わるものではなく,アクターが他者もしくは自分のためにナレッジやスキルを適用するというサービスが交換されるということをマーケティングや市場の中心に位置づけているところにある。

本来,マーケティングは市場での活動を意味する「ing」を付けることによって,市場を分析対象とすることを目的としている。しかしながら,マーケティング研究が進展することによって,取引場面を抽象化した市場を拡張し分析対象を広げる,すなわちズーミングアウトすることが求められているのである。S-Dロジックは,マーケティング現象の解明のために,マーケティング現象をより広い範囲から議論するための枠組みを提示しようとしている。

一方,S-Dロジックの提唱者であるVargoとLuschによる著作が膨大であるため,これまで彼らの研究を包括的に検討されてこなかった。サービス概念および価値共創に関する議論だけでなく,その後の発展については,それぞれの個別の論文が引用されることはあっても全体像が明らかにした中での議論ではなかった。そのため,S-Dロジックが何を対象としていて,どの方向に進もうとしているのかがわかりにくくなっていた。2004年論文(Vargo & Lusch, 2004b)だけを対象として全体をつかむことは不十分であると同時に,広範囲な研究領域を何らかの基準でサブカテゴリーとして分類する必要が出てくると思われる。

本論は,G-Dロジックとの相違およびS-Dロジックの拡張および価値創造の主体とサービス交換の範囲という4つの観点から,S-Dロジックの研究の整理を試みたものである。S-Dロジック研究が始まったころは,G-Dロジックとの相違およびサービス概念の精緻化が進められていたが,価値創造の主体への注目が進む中で,マクロレベルを意識したサービス・エコシステムへその議論が発展してきている。

本稿は,この類型化からさらに発展させて,サービス交換の本質と価値の特性,そしてS-Dロジックの視点から具体的なマーケティング現象を分析するための枠組みについても検討をしている。今後は研究課題として,より具体的な市場現象やマーケティング現象を対象とした分析が必要となるだろう。包括的な枠組みとしてのS-Dロジックと具体的なサービス交換の現象の検討が近年,指摘されており(Vargo & Lusch, 2017),今後の研究の進展が一層加速すると思われる。

本稿はVargoとLuschの議論に焦点を当てている点も限界である。S-Dロジックには数多くの研究者がおり,広範囲な研究領域での成果をもとにS-Dロジックの方向性や体系化の議論を行うことが今後求められるであろう。

1)  近年のS-Dロジック研究では,S-Dロジックの本質を追究する動きが見えている。VargoとLuschによるService Dominant Logic 2025では,従来のS-Dロジックの視点がメタ理論的であったとして範囲が限定されていることを指摘する(Vargo & Lusch, 2017)。同様の議論は,他の研究者から指摘でも見ることができる(Wilden, Akaka, Karpen, & Hohberger, 2017)。それはS-Dロジックの研究は2つの段階に分けられるとしている。つまり,2004年の論文だけをもってS-Dロジックの全てを把握することができないということと,その進展が大きいものであることを示しているのである。

2)  交換概念の重要性については,S-Dロジック以外にも指摘されている。AMAによる2007年のマーケティングの定義で交換概念が再度強調されている。また,この点については堀越・松尾(2017)庄司(2017)を参照のこと。

謝辞

本稿に対するレフェリーの貴重なアドバイスに心より感謝申し上げる。なお,本稿は,科研費(課題番号:16K03942,および17H02576)の成果の一部である。

参考文献
 
© 2018 日本商業学会
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