流通研究
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特集論文 「ゲストエディター 新倉貴士(法政大学)」
チェーン型小売企業における企業内・企業間の知識探索が価格・プロモーション戦略に与える影響に関する研究
森村 文一
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2018 年 21 巻 1 号 p. 91-107

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Abstract

チェーン型小売企業は,異なる複数の商圏で販売活動を行っており,利益を最大化させる価格・プロモーション戦略の構築のために,バイヤーは個別消費者の特性に加えて,製品トレンド等についても理解しなければならない。本研究の目的は,知識探索のためのITの利用,外部ビジネス・プロセスの統合,価格・プロモーション戦略の共通化が経営成果に与える影響を明らかにすることである。チェーン型小売企業を対象とした質問紙調査と分析の結果,価格戦略の共通化は経営成果に負の影響を与え,プロモーション戦略の共通化は正の影響を与えることが明らかになった。さらに,外部ビジネス・プロセスの統合は,知識探索のためのITの利用と価格・プロモーション戦略の共通化の関係を正に調整することが明らかになった。本研究の貢献は,2つの異なる知識探索経路が,価格・プロモーション戦略の共通化に対して補完的に影響することを明らかにした点である。

1  はじめに

チェーン・マネジメントを採用する小売企業(以下,チェーン型小売企業)は,複数の店舗を異なる商圏に出店し販売活動を行う。そして商品部門の購買担当者(以下,バイヤー)は,販売データ,顧客データの分析と将来の消費トレンド予測,品揃え・価格・プロモーション戦略,サプライヤー交渉,販売目標設定というタスクと責任を負う(Fiorito, Gable, & Conseur, 2010Nilsson & Host, 1987)。チェーン型小売企業においては,バイヤーが複数の店舗における品揃え・価格・プロモーションといった小売戦略を管理しなければならない。バイヤーは,複数店舗の活動を管理することから発生する問題を解決しながら,小売活動における効率性を高めるために,チェーン全体での諸活動の共通化を目指すことが動機づけられる。特に品揃えの共通化と本部集中仕入れによって得られる規模の経済性は,チェーン型小売企業が追い求めるべき重要な小売効率性である(Evans & Bridson, 2005Walters & Laffy, 1996)。

しかしながら,現在の小売企業を取り巻く環境はより複雑性や不確実性が増している。今日の消費者の特性や彼らが持つ需要は,変化すると共に多様化している。特に日本では,これまで特有の価値システムを持つ消費者群とは認識されてこなかった高齢者市場の拡大(Kohlbacher & Chéron, 2012)や,大都市への人口集中と地方都市の過疎化(厚生労働省,2016)などの変化が,不確実性を大きく増す原因となっている。これらの変化やそれによって生まれる各店舗の異質性に対して,チェーン型小売企業は,価格戦略やプロモーション戦略を通して共通化された品揃えを適応する必要がある(Bolton & Shankar, 2003)。そのためチェーン型小売企業は,各店舗が直面する競争環境や消費者の需要やその変化といった要素群を,正確にすばやく理解する組織システムを創る必要がある(Elg, 2003)。そして,各小売戦略を商圏ごとに過度に適応することによって効率性を失うことを避けながら,チェーン全体での利益を最大化させなければならない(Aoyama, 2007Chang & Harrington, 2000)。

チェーン型小売企業のバイヤーにとって,チェーン全体の利益を最大化させる効果的な価格・プロモーション戦略を策定することは簡単ではない。理由は以下の2つである。1つ目は,消費者の特性や彼らが持つ需要が変化し多様化していることである。小売企業は持続的な競争優位を獲得するために,これまで小売産業が把握できなかった,または優先順位を高くして戦略的に焦点を当ててこなかった消費者群や彼らがもつ潜在需要を対象にすることになり,そのための価格・プロモーション戦略はこれまでとは全く異なるものになる。小売企業は,他の小売企業に先駆けていち早く新たな消費者群や潜在需要を発見しなければならない(Grewal et al., 2011Sorescu, Frambach, Singh, Rangaswamy, & Bridges, 2011)。2つ目は,チェーン拡大と共に地理的分散が増し,バイヤーは各店舗が直面する競争や消費者の特性を把握することが難しくなることである(Chang & Harrington, 2000Fiorito et al., 2010)。つまり,バイヤーの管理範囲(Span of Control)が拡大してしまうために情報処理能力が不足し,各店舗の消費者群や競争に関する知識の獲得・理解が難しくなり,効果的で共通化された価格・プロモーションの構築が難しくなる(Aoki, 2001;Krafft, 1999)。

これらの点を解決するために,チェーン型小売企業は2つの視点の知識探索を採用する必要がある。1つは,個別消費者の購買履歴データと価格・プロモーション戦略の複雑な因果関係を分析し,新たなセグメントの発見や潜在需要を発見し,効果的かつ差別的な価格・プロモーション戦略を策定することである。そのために,例えばIdentification Point Of Sales(ID-POS)やData Mining(DM)といった,探索的学習(explorative learning)の基盤となるInformation Technology(IT)の利用が必要となる(Aloysius et al., 2016Fiorito et al., 2010Fleisher, Wright, & Allard, 2008)。もう1つは,チェーン型小売企業が観察可能な競争・消費者ではなく,他の市場の競争や消費者,製造企業やイノベーションの種に関する有効な知識を獲得するための,サプライヤー(製造企業)との間の外部ビジネス・プロセスの統合(external business process integration)である(Chang & Wang, 2011Zhao, Huo, Selen, & Yeung, 2011)。そして,生産と消費の境界連結者としての小売企業にとって,競争優位を生む新たな価格・プロモーション戦略の不確実性を最小化するためには,個別消費者の購買履歴データの分析から得られる消費局面に関する深い理解と,サプライヤーが持つ製品・技術変化等の知識の獲得による生産局面に関する理解の両方が不可欠である(Fleisher et al., 2008Hernández-Espallardo, Sánchez-Pérez, & Segovia-López, 2011)。

小売企業における知識探索に関連する研究では,小売企業自身のIT利用と知識創造(Aloysius, Hoehle, & Venkatesh, 2016Verhoef et al., 2010)やサプライヤーとの間での知識共有(Sanders, 2008Hernández-Espallardo et al., 2011)がイノベーションの創造や競争優位に貢献することが明らかとなっている。しかし,知識探索が価格・プロモーション戦略の構築にどのような影響があるのかという点と,価格・プロモーション戦略の構築に対する2つの知識探索の相互作用という点については,明らかになっていない。本研究はこの理論的課題に対し,上記の2つの視点による小売企業の知識探索が,どのように価格・プロモーション戦略の共通化に影響を与え,結果としての経営成果に影響を与えるのかを明らかにする。図1は,本研究のリサーチ・モデルを表したものである。

図1 

本研究におけるリサーチ・モデル

本研究の構成は次の通りである。第2節で,①小売戦略,および価格・プロモーション戦略,②知識探索のためのITの利用,③外部ビジネス・プロセスの統合,および知識探索のためのITの利用との相互作用,に関する先行研究の整理と仮説構築を行う。第3節では,調査設計と各概念の測定尺度,分析に使用するデータの記述を行う。第4節では,共分散ベース(co-variance-based)のStructural Equation Modeling(SEM)による分析を行う。第5節では,分析によって得られた発見事項を整理し,第6節では理論的貢献,実務的貢献,および本研究の限界と将来の研究方向性を述べる。

2  仮説の提示

2.1  小売戦略

小売戦略(retail strategy)は,顧客ミックス(例えば,対応する市場群,そして市場セグメント群)と小売ミックスに関する意思決定パターンを指す(Moore, 2005)。効果的な小売戦略の構築と実行を通して,「消費者を店舗に引き込み,彼らを購買に駆り立て,彼らが購買するアイテムの種類数や量に影響を与える(Lam, Vandenbosch, Hulland, & Pearce, 2001, p. 195)」。前節にて述べたように,チェーン型小売企業にとって,品揃えの共通化と本部集中仕入れによって達成される規模の経済性は,戦略的に追い求めるべき小売効率性である(Evans et al., 2008)。各店舗が直面する異質性に対して,価格とプロモーション戦略が,この共通化された品揃えを適応するための重要な活動となる(Bolton & Shankar, 2003)。この理由から,本研究ではチェーン型小売企業における価格とプロモーション戦略を,各商圏の異質性を考慮した上で,どの程度チェーン全体で共通化させるのか,逆に適応化させるのかという問題を扱う。

2.2  価格戦略

チェーン型小売企業は,チェーン全体でEvery Day Low Price(EDLP)やHigh-Low(Hi-Lo)といった価格戦略を採用する(Bell & Lattin, 1998Lal & Rao, 1997)。EDLPは,小売企業が取り扱う品揃えの価格を低く設定し,安定的に安価で製品を販売することで需要を獲得しようとする戦略である。一方でHi-Loは,取り扱うブランドのうち,普段は高く設定されているブランドの価格を一時的に低く設定することで,需要を獲得しようとする戦略である(Bolton & Shankar, 2003)。本研究では,Bolton and Shankar(2003)を基に,価格戦略の共通化を「チェーン全体での,同一製品の価格分散を最小化するための,EDLPやHi-Lo戦略の共通化」と定義する。

この価格戦略については,各商圏の特性に適応させることで経営成果を高めるという結論が得られている。バイヤーは彼らの販売環境における需要や競争が安定的な時,共通化した価格戦略によって組織内の意思決定に関わる調整コストを削減できる(Aoki, 2001)。しかしながら,今日の日本の小売企業を取り巻く販売環境は流動的で,不確実性や複雑性が高い。つまり,チェーン全体で共通化された価格戦略は,販売機会の損失や在庫コストの上昇を生む(Gajanan, Basuroy, & Beldona, 2007)。逆に,商圏ごとや,共通の特性を持つ店舗群ごとに価格戦略を適応させるためには,バイヤーはそれぞれの商圏の個別消費者の価格戦略への反応を理解しなければならない。このような個別消費者の価格への反応は,競争環境や個別消費者の特性に影響を受けるため(Hamilton & Chernev, 2013Kopalle et al., 2009Richards & Hamilton, 2006),チェーン型小売企業のバイヤーがこれらを理解することは簡単ではない。

しかし代わりに,バイヤーはチェーン全体で,価格に対する消費者の反応パターンを価格弾力性や価格敏感性を基に理解し,利益の最大化を達成することができる(Cachon & Swinney, 2009Kamakura & Kang, 2007;Kim, Srinivasan, & Wilcox, 1999;Meijer & Bhulai, 2013)。例えば,Kamakura and Kang(2007)は,信頼できる販売データが入手可能であることを前提に,チェーン全体での製品カテゴリー間の弾力性パターンについては,正確かつ強固な予測ができると結論づけている。またMeijer and Bhulai(2013)は,消費者の価格弾力性について,実販売データを分析することによって時間ごとの共変動も含めて予測が可能と結論付けている。つまり,価格戦略については,効率性を失うことなく,商圏ごとの特性を理解し価格戦略を適応化させることが可能であると考えられる。つまり,チェーン全体での価格戦略の共通化は,単に販売機会の損失を増やし,経営成果を低めると考えられる。

H1a:価格戦略の共通化は,経営成果に負の影響を与える。

2.3  プロモーション戦略

小売企業は,効果的なプロモーションを通して品揃えに含まれるブランドや価格,品質を伝え,消費者を引き付け,顧客を維持することができる(Chandon et al., 2000)。プロモーションを通して,小売企業は彼らの価格ポジショニングについて消費者に理解してもらう(Han et al., 2001)と共に,彼らの品揃えに対する知覚品質をより高め(Carpenter & Moore, 2008Oh, Fiorito, Cho, & Hofacker, 2008),持続的な利益向上に貢献する(Ailawadi, Beauchamp, Donthu, Gauri, & Shankar, 2009Bolton, Shankar, & Montoya, 2006Zhang & Wedel, 2009)。本研究は,Parsons(2003)に基づき,プロモーション戦略の共通化を,「チェーン全体での,同一製品のプロモーション・メッセージやその方法などの共通化」と定義する。

このプロモーション戦略は,以下の3点の理由のように,売上の向上とコストの削減の両面から,チェーン全体で共通化させることが経営成果に正の影響を与えると考えられる。1つ目は,共通化によるコスト削減の側面である。プロモーションに対する消費者の反応には,消費者の消費文化や文脈,価値システムが大きく影響を与える(Backhaus & van Doorn, 2007)。それらの異なる消費文化等にプロモーションを適応させるためには,バイヤーはプロモーションに対する個別消費者の反応を観察し,その背後にある消費文化等を理解する必要がある。しかしながら,チェーン型小売企業のバイヤーにとって,各商圏の消費者の消費文化等を観察することは極めて難しい(Chang & Harrington, 2000Zhang & Wedel, 2009)。ゆえに,チェーンが拡大すると共に,日本のように小売環境がますます複雑で不確実になっている場合は,チェーン全体でプロモーション戦略を共通化させることによって,情報収集のための組織内部の調整コストを抑えるというメリットが大きくなる(Aoki, 2001)。

2つ目も,共通化によるコスト削減の側面である。各商圏の消費文化等に合わせて独立したプロモ―ションを創る場合,プロモーションのコストは各商圏の販売量にのみ分散させることになる。これに比べて,チェーン全体で一括して共通のプロモーションを創り,チェーン全体での販売量に対して分散させる方がコストは低くなる(Dubelaar, Bhargava, & Ferrarin, 2002Walters & Laffy, 1996)。

3つ目は,共通化による売上増加の側面である。チェーン全体で共通性のあるプロモーションによって,消費者の店舗ブランドや品揃え品質に対するイメージの一貫性が保たれ,小売企業のアイデンティティの理解やポジティブなイメージが作られる。それによって,利益成長が促進される(Backhaus & van Doorn, 2007)。これらの理由から,チェーン全体でのプロモーション戦略の共通化は,経営成果に対して正の影響を与えると考えられる。

H1b:プロモーション戦略の共通化は,経営成果に正の影響を与える。

2.4  知識探索のためのITの利用

小売企業のバイヤーは,既存の小売戦略についての成否を評価しながら既存の小売戦略の修正を行うと共に,競争優位を作り出す新たな小売戦略について考える(Nilsson & Host, 1987)。そのためにチェーン型小売企業のバイヤーは,新たな小売戦略の源泉となる潜在需要の発見や新たなセグメント構造の理解に努めなければならない(Fleisher et al., 2008)。

マーケティング戦略の構築は組織のマーケティング学習戦略に影響を受け,特に潜在需要の発見,新たなセグメント構造の認識,そして新たなマーケティング戦略やイノベーションの構築は,探索(exploration)という学習戦略に影響を受ける(Kyriakopoulos & Moorman, 2004)。先に述べたように,チェーンの地理的分散性や小売環境の変化によって,探索の学習はますます難しくなる。バイヤーの情報処理能力の限界から,彼らの意思決定が誤りを生むことも指摘されている(Chang & Harrington, 2000Swindley, 1992)。この意思決定の誤りや不確実性を最小化するために,チェーン型小売企業のバイヤーはITを利用することによって,小売戦略に対する市場の反応に関する情報強度(information intensity)を強化する必要がある(Hu & Quan, 2005)。

知識探索のためのITの利用は,学習戦略に方向づけられた「将来の利益に貢献する新しいアイディアやイノベーションの探索と発見をサポートするITの導入と利用」と定義される(Sanders, 2008)。具体的には,潜在需要や新たなセグメント構造を発見するためには,小売戦略への消費者の反応に関するデータに関して,従来のPoint-of-sales(POS)のようにStock Keeping Unit(SKU)レベルではなく,個別消費者レベルで,彼らがいつ(when),どこで(where),何を(what),どのように(how)購買したのか,そのためにどのような小売戦略が実行されたのかという,複雑な因果関係に関する分析が不可欠である。ID-POSやDMという知識探索をサポートするITによって,他社に先駆けて,実行された戦略に対する個別消費者の反応という膨大なデータセットから潜在需要や新たなセグメント構造を発見することができる(Aloysius et al., 2016Fiorito et al., 2010Grewal et al., 2011Quinn, Hines, & Bennison, 2007Verhoef et al., 2010)。

知識探索をサポートするITの利用によって,価格・プロモーション戦略の各セグメントへの適応化もチェーン全体での共通化も可能になると考えられる。しかしながら,チェーン型小売企業のバイヤーがこのITを利用することで,価格戦略とプロモーション戦略のチェーン全体での共通化が促進されると考えられる。理由は次の3点である。1つ目は,チェーン型小売企業のバイヤーがこのITを通して潜在需要の発見と差別化された小売戦略の構築に成功した場合,一時的に不完全競争市場が生まれる(Maskus & Stähler, 2014)。この場合,チェーン型小売企業は新たな市場の第一参入者となり,先発者優位(First-mover-advantage)によって得られる利益の最大化のために,新たな小売戦略をチェーン全体で共通化させることになる(Lieberman & Montgomery, 1988Markides & Sosa, 2013Vidal & Mitchell, 2013)。これと関連して,2つ目は,チェーン型小売企業のバイヤーは,規模の経済性に代表される小売効率性の追求が組織の戦略的な優先課題のためである(Evans et al., 2008;Reardon, Hasty, & Coe, 1996)。3つ目は,バイヤーが責任を持つ商品カテゴリーの各ブランドについて,事前計画的に設定される売上目標を達成する動機付けや,統一したブランドイメージを維持しようとする製造企業の戦略も,彼らのより大きなセグメントの把握を促進する大きな要因となる(Dekimpe, Gielens, Raju, & Thomas, 2011Kamakura & Kang, 2007)。4つ目は,ITを通して得られた情報や分析結果を基に,細かいセグメントごとに戦略を適応化させるとしても,各店舗の消費者インサイトや競争に関する知識を持っていることが不可欠である(Fleisher et al., 2008)。ただし,近年の小売環境変化についてバイヤーは成熟した知識を持つとは言えず,細かい多数のセグメントに対して小売戦略を適応化させる場合,各セグメントに直面する各店舗のみが観察可能な消費者群や競争の特徴を共有する必要がある(Chang & Harrington, 2000)。つまり適応化を考えた場合,知識探索のITの利用を通しても,戦略構築の際の組織内のコミュニケーション・コストの上昇は不可避である。また価格戦略については,価格弾力性を用いて各セグメントに有効な価格戦略を策定できるが,小売環境の不確実性に対応するために,複数のセグメントに対して高い頻度での価格戦略の修正が必要となるため,バイヤーの管理コストが上昇する(Krafft, 1999)。これらのコスト上昇に伴う効率性の損失を避けるように動機づけられ,チェーン型小売企業のバイヤーによる知識探索をサポートするITの利用は,価格戦略とプロモーション戦略の共通化に正の影響を与えると考えられる。

H2a:知識探索のためのITの利用は,価格戦略の共通化に正の影響を与える。

H2b:知識探索のためのITの利用は,プロモーション戦略の共通化に正の影響を与える。

2.5  知識探索と外部ビジネス・プロセスの統合

競争優位を生み出す新たな小売戦略の構築に必要となる知識を,小売企業が自ら全てを生み出し利用することは難しい。外部の源泉(external source)から知識を獲得することで,企業の知識基盤が拡大するが,それにより,新たな戦略の策定を促進する新たなアイディアの利用可能性を高めることができる(Grant & Baden-Fuller, 2004)。

小売企業が持つ知識と,サプライヤーが持つ知識は質的に異なる。小売企業は,彼らの市場に近く,その市場における最終消費者の現在の需要やその変化,そして競争に関する知識を持つ。一方でサプライヤーは,自社の製品に関する知識だけでなく,他社の製品群,技術とその変化といったより広い市場の動きについての知識を持つ(Hernández-Espallardo et al., 2011Mason & Mouzas, 2012)。サプライヤーが持つ知識はイノベーションの源泉となる。しかし,例え獲得者に関連する職務経験があったとしても,その知識が外部の源泉に埋め込まれている場合,その知識を獲得者が新たに獲得し利用できるようになることは簡単ではない(Bierly, Damanpour, & Santoro, 2009)。そこで,小売企業は企業間関係のビジネス・プロセスを統合することで,知識移転元に埋め込まれている知識の獲得にかかる困難の程度を低め,市場知識(market intelligence)の強化を図る(Hoang & Rothaermel, 2010)。

外部ビジネス・プロセスの統合は,「企業とサプライヤーの間の高いレベルの調整を育てるための,鍵となる境界連結行動を目的とした企業の戦略的アプローチ(Droge, Jayaram, & Vickery, 2004, p. 558)」と定義される。この外部ビジネス・プロセス統合は,外部サプライヤーからの知識の獲得に強く関連しているが,この統合によって,パートナーによるサポートや経営管理能力も得られる(Dong, Xu, & Zhu, 2009Flynn, Huo, & Zhao, 2010)。その結果,製品イノベーションの成功や柔軟なカスタマイズが達成できる(Chang & Wang, 2011Reichstein & Salter, 2006Schoenherr & Swink, 2012Ulaga, 2003Ulaga & Eggert, 2006)。この外部ビジネス・プロセスの統合によって,チェーン型小売企業は様々な利益を獲得することができる。例えば,カテゴリー・マネジメントに基づいた潜在需要の発見と新しい小売戦略による需要の充足(Gajanan et al., 2007Gielens, Gijsbrechts, & Dekimpe, 2014Kamakura & Kang, 2007Kurtuluş, Nakkas, & Ülkü, 2014)や,サプライヤーとの協業による新たな価格・プロモーション戦略の構築(Ailawadi et al., 2009Shankar, Inman, Mantrala, Kelley, & Rizley, 2011)などである。この外部ビジネス・プロセス統合も,知識探索のためのITの利用と同様の理由,すなわち小売効率性の追求と,先発者優位による利益最大化のために,チェーン型小売企業の価格・プロモーション戦略の共通化を促進すると考えられる。

H3a:外部ビジネス・プロセスの統合は,価格戦略の共通化に正の影響を与える。

H3b:外部ビジネス・プロセスの統合は,プロモーション戦略の共通化に正の影響を与える。

2.6  知識探索のためのITの利用と外部ビジネス・プロセスの統合の交互作用

知識探索のためのITの利用と外部ビジネス・プロセスの統合は,機能的に独立した活動ではなく,むしろ互いに影響を正に調整すると考えられる。理由は次の2点である。

1つ目は,新たな小売戦略の構築のために,より多くの知識が必要となる点である。先に述べたように,小売企業が観察可能なデータに基づいて生成する知識と,サプライヤーが持つ知識は質が異なる。小売企業のバイヤーは,新たな小売戦略の構築のために,①消費者の知覚や選好(preference),②製品や品揃えのトレンド,③経済状況の変化,についてのトレード・オフを解消する必要がある(Mantrala et al., 2009)。小売企業のみが観察可能な個別消費者の購買履歴などのデータから生成された知識は,潜在需要の発見や新たなセグメント構造の認識を可能にする。しかし,新たな潜在需要が発見できたとしても,それを充足する小売戦略の構築は,彼らの現在の製品や技術に関する知識に依存する(Hamilton & Chernev, 2013Mantrala et al., 2009Nilsson & Host, 1987)。さらに,製品・技術的変化に関する知識が不足している中で現在の潜在需要を満たす価格・プロモーション戦略を構築したとしても,他の小売企業によって差別的製品が市場に投入された場合,または差別的な小売フォーマットが構築された場合,その価格・プロモーション戦略がその製品の売り上げに貢献しなくなると考えられる(Dekimpe et al., 2011Kopalle et al., 2009)。ゆえに,小売企業にとってよりマクロな視点である,サプライヤーが持つ製品や技術に関する知識,そして小売企業が対象とする市場とは別の市場に関する異なる知識を補うことで,潜在需要を満たす新たな小売戦略の不確実性を削減すると考えられる。

2つ目は,新たな小売戦略は,トライ・アンド・エラーを通じて精度が高められるという点である。現在の消費者は,不安定な選好を持ち(Aloysius et al., 2016Grewal, Levy, & Kumar, 2009Hamilton & Chernev, 2013Mantrala et al., 2009),毎回の買い物行動では少ないアイテム数しか購入しない(Sorescu et al., 2011)。つまり,新たな小売戦略はこのような状況でトライ・アンド・エラーをせざるを得ず,品ぞろえや仕入れ量の柔軟性を高めておくことが不可欠となる。外部ビジネス・プロセスの統合によって,バックヤードの統合と適切かつ迅速な調達が達成される(Dong et al., 2009Flynn et al., 2010Huo, Qi, Wang, & Zhao, 2014Narasimhan & Kim, 2002Schoenherr & Swink, 2012)。さらに,新製品の開発から市場投入への時間の短縮も達成される(Chang & Wang, 2011Reichstein & Salter, 2006Tessarolo, 2007Ulaga, 2003Ulaga & Eggert, 2006)。小売企業は,個別消費者の購買履歴データを統合された外部ビジネス・プロセスにおいても活用することによって,柔軟性を高めるための排他的流通(exclusive distribution)や機敏なサプライチェーン(agile supply chain),顧客反応システム(customer response system)を構築することが可能となり,即時的な在庫補充,在庫切れによる販売機会損失の最小化や不必要な在庫保有を避けることが可能になる(Agrawal & Smith, 2013Cachon & Swinney, 2009Chang, Fu, Lee, Lin, & Hsueh, 2007Gielens et al., 2014)。

これら2つの理由から,外部ビジネス・プロセスの統合は,知識探索のためのITの利用が価格・プロモーション戦略の共通化に与える影響を正に調整すると考えられる。

H4a:外部ビジネス・プロセスの統合の程度が高い場合,知識探索のためのITの利用が価格戦略の共通化に与える正の影響をより高める

H4b:外部ビジネス・プロセスの統合の程度が高い場合,知識探索のためのITの利用がプロモーション戦略の共通化に与える正の影響をより高める

3  方法論

3.1  調査設計

本研究で構築したリサーチ・モデル,および仮説の検証に使用するデータの収集のために,質問紙調査を実施した。調査は,2014年10月17日から2014年11月21日の間に,日本の上場小売企業・未上場小売企業の経営企画部門,情報システム部門,営業・営業企画部門の部門長以上の役職者を対象に,質問票を郵送する形で行った。これらの調査対象者の選定には,㈱ダイヤモンドのデータベース・サービスD-VISION NETを使用した。全送付数は6,494,有効回答は926,回収率は14.3%であった。

なお,この有効回答の中には,上記データベースの性質上,卸売企業が含まれる。本研究ではチェーン型小売企業が調査対象であるため,卸売企業は分析に使用するデータから除いた。また,回答に際して,取扱商品分類(最寄品/非最寄品)を確認したが,この質問に対して「最寄品と非最寄品の両方,またはどちらとも言えない商品」と答えているサンプルは,価格・プロモーション戦略の共通化に関して,異なる商品分類の異なる程度が含まれてしまっている可能性があるか,取扱商品を正確に把握していない可能性があり,分析に使用するデータから除いた。その結果得られた314サンプルを分析に使用した。サンプルの取扱商品分類,および業態については,表1の通りである。最寄品(食品,日用雑貨,医薬品,化粧品など)を取扱うサンプルは148(52.9%),非最寄品(衣料品,家電品・精密機器,家具,玩具,スポーツ用品,自動車など)を取扱うサンプルは166(47.1%)であり,いずれかにサンプルが偏っているわけではない。また,取扱商品分類が最寄品と非最寄品のサンプル群の間で,次の節で示す各構成概念の測定項目に有意な差は認められなかった。そのため,本研究の目的に適したサンプルであると考えられる。また,データに含まれる小売企業の業態は,総合スーパー・総合ディスカウント・ストアが35(11.5%),コンビニエンス・ストアが23(7.6%),食品スーパー・食品専門店チェーンが87(28.6%),専門量販店・専門店チェーン(食品以外)が107(35.2%),百貨店が25(8.2%),独立小売店(専門店,各種取扱店)が101(33.2%)である。

表1  サンプル・デモグラフィックス
n %
主に取り扱っている商品の種類
 最寄品(食品,日用雑貨,医薬品,化粧品など) 148 52.9
 非最寄品(衣料品,家電品・精密機器,家具,玩具,スポーツ用品,自動車など) 166 47.1
業態a
 総合スーパー,総合ディスカウント・ストア 35 11.5
 コンビニエンス・ストア 23 7.6
 食品スーパー,食品専門店チェーン 87 28.6
 専門量販店,専門店チェーン(食品以外) 107 35.2
 百貨店 25 8.2
 独立小売店(専門店,各種取扱店) 101 33.2

a 業態については,複数回答を許容している

3.2  測定尺度

構成概念の妥当性と信頼性を確保するために,複数の測定尺度を用いた。本研究のリサーチ・モデルに含まれる5つの構成概念は,先行研究に基づいて14個の質問項目で測定した(表2)。まず,価格戦略の共通化については,「価格」と「価格の設定方法」(Bolton & Shankar, 2003Chung, 2005Popkowski-Leszczyc & Sinha, 2000)の共通化の程度という2点について操作化を行った。次に,プロモーション戦略の共通化については,広告に含まれる要素(Bolton & Shankar, 2003Carpenter & Moore, 2008Chung, 2005)をどの程度共通化しているのかという点について,「広告内容」「販促方法」「独創的な表現方法」の3点ついて操作化を行った。なお,プロモーション戦略の共通化はリバース項目を採用している。これは,異なる消費文化間でのプロモーション戦略の共通化の程度を測定する際に,経験的妥当性が確保されているリバース項目が採用されているという点(Zou & Cavusgil, 2002)を,本研究も採用するためである。

表2  各構成概念と測定項目
Construct Items Measurement Mean SD Loading
知識探索のためのITの利用
(α = .932, CR = .935)
EC1 ID-POSデータのような購買履歴データの収集において,全社レベルで共通化された情報処理システムを採用している 4.61 1.726 0.821
EC2 ID-POSデータのような購買履歴データの分析において,全社レベルで共通化されたノウハウがある 4.13 1.643 0.939
EC3 ID-POSデータのような購買履歴データの活用において,全社レベルで共通化された仕組みがある 4.2 1.695 0.965
外部ビジネス・プロセスの統合
(α = .742, CR = .753)
ES1 ビジネス上で協力関係がある企業から生きた情報を獲得し得る手段がある 3.88 1.6 0.688
ES2 自社とビジネス上で協力関係がある企業の従業員との間で,専門知識のやり取りがある 4.11 1.491 0.82
ES3 主要な仕入れ先から製品やサービスに関する革新的なアイデアが提供される 3.99 1.411 0.614
価格戦略の共通化
(α = .916, CR = .919)
PriS1 店舗間で共通の小売価格を採用している 5.04 1.593 0.875
PriS2 店舗間で共通の価格設定方法を採用している 5.2 1.565 0.966
プロモーション戦略の共通化
(α = .809, CR = .810)
ProS1 基本的な広告内容は店舗間で大きく異なる(R) 2.7 1.394 0.742
ProS2 店舗間で異なる販促方法を採用している(R) 3.26 1.522 0.83
ProS3 店舗ごとに独創的な表現方法を採用している(R) 3.4 1.488 0.724
経営成果
(α = .842, CR = .855)
BP1 主要事業の業界内で比べた場合の,御社の販売力・販促力 4.39 1.218 0.593
BP2 過去3年間の既存店での経常利益成長率の伸び率 4.32 1.339 0.887
BP3 過去3年間での全体での経常利益成長率の伸び率 4.01 1.266 0.934

知識探索のためのITの利用については,ID-POSデータの「収集のための組織的なシステム」,「分析のための組織的なノウハウ」,「活用のための組織的な仕組み」という3点について操作化を行った。これは,以下の2点の理由に基づく。1つ目は,ID-POSデータの分析を,他の部門,例えば経営企画部門,情報システム部門,営業企画部門などが担う場合があると想定されるためである。バイヤーは,彼らの収集・分析した結果を活用して,小売戦略の構築を行うこともある(Fleisher et al., 2008)。ゆえに,組織としてシステムを利用し,新たな知識を生み出し,共有し,意思決定の正確さを高めることができるかを測定している。2つ目は,ID-POSが知識探索のためのITの核となるためである。例えば,今日の競争優位をもたらすCustomer Relationship Management(CRM, advanced CRM)やDMは,ID-POSを基盤とするシステムである(Aloysius et al., 2016Arnold, Palmatier, Grewal, & Sharma, 2009Fiorito et al., 2010Verhoef et al., 2010)。ゆえに,操作化の際にID-POSを対象とした。

外部ビジネス・プロセスの統合については,サプライヤーとの「情報共有」,サプライヤーからの「知識獲得」「アイディア獲得」の3点について操作化を行った(Chang & Wang, 2011Flynn et al., 2010Huo et al., 2014Zhao et al., 2011)。なお,価格戦略・プロモーション戦略の共通化,知識探索のためのITの利用,外部ビジネス・プロセスの統合の測定項目群については,1(全くあてはまらない)から7(非常にあてはまる)の7点で測定を行った。

本研究は,売上とコストの両面から,チェーン全体で共通化の程度を高めるかどうかを検討している。ゆえに,それぞれの戦略が販売につながる有効性を持つのかという点だけでなく,利益につながるのかという点を考慮し経営成果の指標とした。経営成果については,構築した小売戦略がどれぐらい販売につながるのかという点について「主要業界で比べた場合の販売力」(Hooley, Greenley, Cadogan, & Fahy, 2005),3年間という比較的長期での「既存店の経常利益成長率」「(既存店,新規店含め)全体での経常利益成長率」(Bhatt, Emdad, Roberts, & Grover, 2010Chung, 2005)という3点で操作化を行った。経営成果の3項目は,1(非常に低い)から7(非常に高い)の7点で測定を行った。

4  分析

4.1  コモン・メソッド・バリアンス・バイアス・テスト

本研究のリサーチ・モデルの分析に使用するデータは,質問紙調査によって収集されたが,すべて同一質問紙調査上で回答者のセルフ・レポートによって測定された。このデータ収集方法を採用することで,変数間の因果関係が真の関係よりも強く推定されてしまうタイプⅠのエラーを含む可能性がある(Cote & Buckley, 1987Podsakoff, MacKenzie, Lee, & Podsakoff, 2003Podsakoff & Organ, 1986)。このコモン・メソッド・バリアンス・バイアス(common method variance bias)の検討のために,以下の2つの方法を採用した。分析には,SPSSおよびAMOS version 21を用いた。

1つ目は,マーカー変数(marker variable)として,理論的に関連性が低いと想定される,3つの項目で測定される公式化(formalization)(Jaworski & Kohli, 1993Matsuno, Mentzer, & Özsomer, 2002)を導入した(Lindell & Whitney, 2001)。3つの項目は,「店舗や従業員は,MD(マーチャンダイジング)を実行する間,MD計画を遵守しなければならない」「MDに関するほぼ全ての主な意思決定には,標準的な運営上の手順がある」「MDに関して,ほとんどの事柄にルールや手順がある」である。マーカー変数で統制した場合と統制しない場合の,各構成概念間の相関係数や有意水準の相違について検討した。その結果,知識探索のためのITの利用と価格戦略の共通化に関して,マーカー変数で統制した場合はr = 0.177でp < .01,統制しない場合はr = 0.058でp = 0.329となり,全構成概念の中で唯一,有意水準に差異があった。ただし,他の構成概念間の相関係数や有意水準に変化は無く,統制した場合と統制しない場合の相関係数の間の差は,最大で0.087であった。

2つ目は,Harman’s single factor testを採用し,リサーチ・モデルに含まれる14項目全てについて,無回転の主因子法分析を行った。分析の結果,固有値が1以上の異なる因子が5つ抽出された。また,全体の寄与率が78.696%に対して,第1因子の寄与率は26.006%であった。したがって,第1因子の説明力は大多数とはならない。なお,single factor model(χ2 = 83.041, d.f. = 53, p = 0.005)とmeasurement model(χ2 = 114.928, d.f. = 67, p = 0.000)の差異はΔχ2 = 83.969,Δd.f. = 14,p < 0.001となった。以上の2つの分析から,本研究においてコモン・メソッド・バリアンス・バイアスは大きな脅威ではないことが確認された。

4.2  構成概念の信頼性と妥当性

本研究のリサーチ・モデルには,複数の構成概念が含まれ,それぞれの構成概念は複数の項目で測定される。そこで,各構成概念の信頼性と妥当性の確認を行った。表3および表4に,構成概念の内的一貫性,収束妥当性を示す。内的一貫性については,クロンバックαおよびComposite Reliability(CR)を用いた。収束妥当性については,Average Variance Extracted(AVE)を用いた。クロンバックαとCRについては,すべての構成概念において経験的基準値の0.7を超えているため,各構成概念に対して,一貫した測定項目を用いていると結論付けられる(Bagozzi & Yi, 1988DeVellis, 2003)。収束妥当性に関しては,AVEがすべての構成概念において経験的基準値の0.5を超えているため,担保されていると結論付けられる(Bagozzi & Yi, 1988Fornell & Larcker, 1981)。また,弁別妥当性については,AVEの2乗根と構成概念の相関係数によって検討した。その結果,潜在変数間の相関係数をAVEの2乗根が上回っているため,各構成概念は弁別されていると結論付けられる。

表3  各構成概念のAVEと相関係数
Construct Mean SD 1 2 3 4 5
1.知識探索のためのITの利用 5.36 1.072 0.829
2.外部ビジネス・プロセスの統合 4.32 1.577 0.363 0.508
3.価格戦略の共通化 5.33 1.249 0.177 –0.022 0.849
4.プロモーション戦略の共通化 4.87 1.154 0.015 –0.066 0.253 0.588
5.経営成果 4.05 1.254 0.263 0.257 0.1 0.101 0.67

Diagonal = Fornell and Larcker’s AVE

Subdiagonal = inter-construct correlations

表4  Measurement modelおよびStructural equation modelingの適合度指標
Fit statistics Overall fit measures
Notation Confirmatory Factor Analysis SEM Acceptable valuea
Chi-square to degrees of freedom χ2/d.f. 1.715 1.979 ≤2.0
Goodness of fit index GFI 0.952 0.928 ≥.92
Normed fit index NFI 0.954 0.92 ≥.90
Comparative fit index CFI 0.98 0.958 ≥.92
Root mean square error of approximation RMSEA 0.048 0.056 ≤.07

a Criteria set by Bagozzi and Yi (1988), Hu and Bentler (1999), and Hair (2009)

4.3  Measurement Model

本研究のリサーチ・モデルおよび仮説の検証は,構成概念間の関係の推定を通して行われるため,Anderson and Gerbing(1988)に従い2段階の方法を採用した。1段階目として,確証的因子分析(confirmatory factor analysis)を行った。経験的に推奨されるように,測定バイアス(measurement bias)を排除するために,複数の適合度指標を用いた。適合度指標は表4の通り,χ2/d.f. = 1.715,GFI = 0.952,NFI = 0.954,CFI = 0.980,RMSEA = 0.048であり,モデルに含まれる変数やパスの数から経験的に指摘される基準をクリアしている(Bagozzi & Yi, 1988Hair, 2009Hu & Bentler, 1999)。また,各構成概念の因子負荷量は,すべて0.5を超えており,かつすべて統計的に有意であった(t値は最小で10.494,最大で22.864であった)。

4.4  Structural Equation Modeling

2段階目として,本研究の各仮説の検証を,共分散ベースのSEMの分析によって行った。本研究のリサーチ・モデルは,構成概念の交互作用項を含むため,構成概念間の交互作用項については,Marsh, Wen, and Hau(2004)に基づいて作成した。まず,交互作用項を構成する知識探索のためのITの利用と外部ビジネス・プロセスの統合という2つの構成概念の測定項目について,すべて中心化を行った。その上で,交互作用項を構成する各構成概念の測定項目について,3-matched-cross-productsを作成し,交互作用の構成概念(知識探索のためのITの利用×外部ビジネス・プロセスの統合)とした。そして,リサーチ・モデルの推定には,最尤法(maximum likelihood estimation)を用いた。なぜなら,交互作用の構成概念を含む場合,タイプIのエラーを最小化できることが明らかとなっているためである(Algina & Moulder, 2001)。本研究のリサーチ・モデルのデータに対する適合度は,表4に示す通り,χ2/d.f. = 1.979,GFI = 0.928,NFI = 0.920,CFI = 0.958,RMSEA = 0.056となり,これも経験的に指摘される基準をすべてクリアしている。

5は,共分散ベースのSEMによる各仮説の検証結果である。1つ目に,価格戦略の共通化が経営成果に与える影響は,標準化した係数が–0.120で,p < 0.05で有意となり,仮説1aが支持された。また,プロモーション戦略の共通化が経営成果に与える影響は,標準化した係数が0.122で,p < 0.10で仮説1bが支持された。2つ目に,知識探索のためのITの利用が価格戦略の共通化に与える影響は,標準化した係数が0.165,p < 0.05となり,仮説2aが支持された。またプロモーション戦略の共通化に与える影響は,p = 0.550となり,有意な結果は得られなかった。よって,仮説2bは支持されなかった。3つ目に,外部ビジネス・プロセスの統合が価格戦略の共通化に与える影響はp = 0.473,プロモーション戦略の共通化に与える影響はp = 0.514となり,仮説3aおよび3bは支持されなかった。4つ目に,知識探索のためのITの利用と外部ビジネス・プロセスの統合の交互作用について,価格戦略の共通化に対しては,標準化した係数が0.119,p < 0.10,プロモーション戦略の共通化に対しては,標準化した係数が0.124,p < 0.10となり,仮説4aおよび4bが支持された。

表5  各仮説の検証結果
Hypothesis Path Standardized Path Estimate t-value Hypothesis supported?
H1a 価格戦略の共通化 経営成果 –0.120** –2.195 Yes
H1b プロモーション戦略の共通化 経営成果 0.122* 1.806 Yes
H2a 知識探索のためのITの利用 価格戦略の共通化 0.165** 2.412 Yes
H2b 知識探索のためのITの利用 プロモーション戦略の共通化 n.s. 0.597 No
H3a 外部ビジネス・プロセスの統合 価格戦略の共通化 n.s. 0.717 No
H3b 外部ビジネス・プロセスの統合 プロモーション戦略の共通化 n.s. 0.652 No
H4a 知識探索のためのITの利用×外部ビジネス・プロセスの統合 価格戦略の共通化 0.119* 1.806 Yes
H4b 知識探索のためのITの利用×外部ビジネス・プロセスの統合 プロモーション戦略の共通化 0.124* 1.677 Yes

* p < .10,** p < .05

5  発見事項

本研究では,チェーン型小売企業における,知識探索のためのITの利用と外部ビジネス・プロセスの統合が,価格戦略/プロモーション戦略の共通化に与える影響と,結果としての経営成果にどのような影響を与えるのかについて実証的に明らかにした。前節の共分散ベースのSEM分析によって,下記のことが明らかとなった。

1つ目は,経営成果に対して価格戦略の共通化は負の影響があり,一方で,プロモーション戦略の共通化は正の影響があることが明らかとなった。価格戦略は,チェーン全体で共通化するのではなく,各商圏,または類似する特性を持つ商圏群ごとに適応する必要がある。バイヤーは,価格弾力性を基に,個別ではないが,ある程度細かく類似した傾向を持つ消費者群の存在やその規模を理解することが可能である(Cachon & Swinney, 2009Kamakura & Kang, 2007Meijer & Bhulai, 2013)。さらに,価格の再設定自体はバイヤーおよび各店舗の情報端末上で行われるため,オペレーション効率性を低下させることは無い(Reardon et al., 1996Sethuraman & Parasuraman, 2005)。よって,価格戦略の共通化は,単に販売機会の損失を招くと考えられる。これに対して,プロモーション戦略への消費者の反応には,彼らの消費文化や価値システム,彼らの文脈といった非常に多くの要因が複雑に影響を与えている。各商圏が直面する消費者群に効果的なプロモーション戦略を構築するためには,バイヤーは各店舗と密にコミュニケーションをとらなければならない。また,各店舗は戦略変更のたびにプロモーションを変更しなければならず,これらは効率性を著しく低下させると考えられる(Aoki, 2001Sethuraman & Parasuraman, 2005)。また,チェーン全体で一貫しないプロモーションによって,店舗ブランドや品揃えの品質に関するポジティブなイメージが失われる(Backhaus & van Doorn, 2007)。ゆえに,チェーン型小売企業は,チェーン全体で効果的なプロモーション戦略を構築しなければならない。

2つ目は,知識探索のためのITの利用は,価格戦略の共通化に正の影響があり,プロモーション戦略の共通化には正の影響があるとは言えないことが明らかとなった。ID-POSデータの分析や活用によって,バイヤーは,例えば各店舗の製品ごとだけでなく,より複雑な複数製品間での価格弾力性を分析することが可能になる。それと同時に,チェーン全体で利益を最大化させるためのチェーン全体に共通した価格パターンの理解も可能になるだろう(Fiorito et al., 2010)。しかし,バイヤーは集中仕入れと規模の経済性の追求が動機づけられているために,チェーン全体で共通した価格戦略の理解が優先されると考えられる。一方で,プロモーション戦略についても価格戦略と同様に,共通化に向かうことと同時に適応化に向かうことが考えられる。ただし,ID-POSデータの分析や活用が共通化を高めるとは言えないという結果の通り,ID-POSは共通化/適応化に向けた一貫した活用はされていないと考えられる。または,ID-POSの活用のみでは,バイヤーがチェーン全体で効果的なプロモーション戦略の構築のための情報を十分得ることができていない可能性も考えられる。

3つ目は,外部ビジネス・プロセスの統合は,価格・プロモーション戦略の共通化に正の影響を与えるとは言えないことが明らかとなった。効果的な小売戦略の構築には,サプライヤーが持つ知識は重要な源泉となる(Dekimpe et al., 2011Hoang & Rothaermel, 2010;Shankar et al., 2011)。ただし,サプライヤーは小売企業の販売の対象である消費者群に関する直接的な知識ではなく,彼らの製品やその代替製品群,技術といった知識である(Hernández-Espallardo et al., 2011)。つまり,サプライヤーが持つ知識には,消費者の個人特性といった知識が含まれておらず,これだけでは効果的な価格・プロモーション戦略の構築に貢献しないと考えられる。

しかしながら,4つ目の発見事項として,外部ビジネス・プロセスの統合は,知識探索のためのITの利用と価格・プロモーション戦略の共通化の関係を正に調整することが明らかとなった。3つ目の発見事項でも述べたように,小売企業が持つより彼らの市場に近い知識と,サプライヤーが持つ知識は補完関係にある。特にチェーン型小売企業にとっては,小売諸活動における効率性を高めながら,より各商圏の特性に適合する戦略を構築するということが命題となる。サプライヤーからは製品や技術,より広い市場の変動といった,小売企業にとってはより広い環境要因に関する知識を得ながら,個別消費者の購買履歴データの収集と分析から得られる彼らのより複雑な弾力性や選好などを活用することによって,より不確実性の低い新たな小売戦略の構築が可能になる(Mantrala et al., 2009;Shankar et al., 2011)。そして,新たな小売戦略はトライ・アンド・エラーを通じて効果検証がされるが,そのためには,小売戦略を実験するたびに適切かつ迅速な調達を行う必要があり,サプライヤーの協力や,サプライヤーとのビジネス・プロセスの統合が不可欠になる(Chang et al., 2007Dekimpe et al., 2011Grewal et al., 2011)。

6  結論

6.1  理論的貢献

本研究は,以下に示す通り,3点の理論的貢献を持つ。1つ目は,価格戦略やプロモーション戦略の共通化が経営成果に与える影響を明らかにしたことである。小売戦略の共通化-適応化の問題は,グローバル・マーケティング(global marketing)分野で中心的に扱われている。それは,国境(national border)によって,消費文化が大きく異なるためである(de Mooij & Hofstede, 2002Evans et al., 2008)。しかしながら,同一の国内であっても,その国で共有されている文化とは異なる個々人の価値システムや選好の変化や多様化が進んでおり(Dekimpe et al., 2011Ladhari, Pons, Bressolles, & Zins, 2011),特に日本においてはその変化や多様化が顕著である(Kohlbacher & Chéron, 2012)。チェーン型小売企業にとっては,いかにして効率性と小売戦略の有効性の両方を高めるかということが,大きな課題となる(Aoyama, 2007)。グローバル・マーケティングの小売戦略の共通化-適応化に関する研究では,主に小売フォーマットまたは小売戦略全体をどう共通化するか/適応化するかということを議論の対象としてきた(Evans & Bridson, 2005Zou & Cavusgil, 2002)。本研究は,小売戦略の共通化の程度を考える場合,小売戦略の要素に分解して考えることが重要であることを示した。

2つ目は,知識探索のためのITの利用が価格戦略の共通化に与える影響を明らかにした点である。ID-POSなどのデータを収集し分析することによって,個別顧客の購買アイテムや,それに向けられた価格戦略との複雑な関係を分析することが可能になる。つまり,個別消費者ごとに最適な戦略を構築することが可能になる(Aloysius et al., 2016)と同時に,チェーン全体での価格弾力性の正確な理解も可能になる(Kamakura & Kang, 2007Meijer & Bhulai, 2013)。本研究は,チェーン型小売企業を対象とした場合,効率性の向上を優先するために,知識探索のためのITの利用が価格共通化を高めるということを示した。

3つ目は,価格・プロモーション戦略の共通化に対して,知識探索のためのITの利用が与える影響を,外部ビジネス・プロセスの統合が調整することを明らかにしたことである。ITの利用は,組織が市場を効率的に理解する能力を高める(Lu & Ramamurthy, 2011)。ただし,製造企業と違い,小売企業は生産と消費の境界連結者として,最終消費者の成熟した理解と共に,品揃え形成のための製品やその変化の理解,経済や人口動態といった環境変化にも成熟した理解が必要となる(Elg, 2003Mantrala et al., 2009Nilsson & Host, 1987)。その意味で,ID-POSの分析から得られる消費者の購買行動に関する知識のみならず,サプライヤーたちがどのような製品戦略を持つのか,どのような環境変化が起こっているのか等に関する知識も必要となる(Hernández-Espallardo et al., 2011)。加えて,チェーン型小売企業が新たに小売戦略を構築し実施する場合,トライ・アンド・エラーによって継続するか,修正または廃止するかを決定することになる。つまり,新たな戦略の実施・変更に関して迅速に対応するためのサプライヤーの協力が不可欠となる(Agrawal & Smith, 2013Cachon & Swinney, 2009Dekimpe et al., 2011Gielens et al., 2014)。特に3つ目の貢献は,主に製造企業の製品開発やマーケティング戦略構築を対象として理論構築が進む知識探索を小売企業に理論応用した場合,異なる理論的説明が必要となることを示している。小売企業の学習と戦略構築に関する理論では,仕入と販売の両面を考慮しなければならない。すなわち,小売企業は差別的な戦略の構築を目指すが,その戦略が実際的な有効性を持つためには,彼らの品揃えに含まれるブランドを製造する製造企業との間で,価格やプロモーション戦略に関する合意や製造オペレーションに関する協力が不可欠となるということである。不確実性の高い小売環境においては,より頻度の高い戦略修正が求められ,柔軟にこれらを行うための外部ビジネス・プロセス統合が必要となることを示した点は,理論貢献であると主張できる。

6.2  実務的貢献

チェーン型小売企業が商圏ごとに異質性を知覚した場合,価格戦略は各商圏またはセグメントごとに適応させ,プロモーション戦略は各商圏横断的に存在するもっとも大きなセグメントに対して,チェーン全体で共通化する必要がある。消費者の価格戦略に対する反応は,購買履歴データを用いることで,比較的高い精度で理解し予測することが可能である(Cachon & Swinney, 2009Kamakura & Kang, 2007Meijer & Bhulai, 2013)。チェーン型小売企業のバイヤーは,共通化を高く動機づけられているが,価格戦略に関しては,商圏ごと,またはある性質(例えば,価格敏感性や価格弾力性)を共有しているいくつかのセグメントを識別し,商圏ごと,または売上が見込めるセグメントごとに異なる価格戦略を構築することが有効だろう。一方で,消費者のプロモーション戦略に関する反応には,より心理的な側面が影響を与えており,バイヤーがこれらを正確に理解することは難しい(Backhaus & van Doorn, 2007Chang & Harrington, 2000)。加えて,プロモーション戦略への消費者の反応の中にいくつかの異質なパターンを見出し,それごとにプロモーション戦略を構築すると,各プロモーション戦略のコストを売上に分散することが難しくなる。同時に,一貫しないプロモーション戦略によって,店舗ブランドや品揃え品質に関する消費者のイメージ低下を招く。よって,競合他社が理解していない消費者特性をいち早く発見し,それに向けたプロモーション戦略を構築し,チェーン全体で迅速に共通化することで,経営成果を高めることができるだろう。

上記の価格・プロモーション戦略の実施のために,知識探索のためのIT利用と,外部ビジネス・プロセスの統合を行うべきである。チェーンが拡大すると,バイヤーが各商圏の異質性を観察することはますます難しくなる(Aoki, 2001Chang & Harrington, 2000)。バイヤーは自身の調整コストを増加させずに,存在する異質性を理解することが不可欠となる。加えて,有効な小売戦略の構築のためには,個別消費者の購買履歴データの分析のみならず,サプライヤーの戦略や品揃えに含まれる製品のトレンド,各商圏の環境変化などを理解する必要がある。どちらか一方の理解の場合,売上が見込めないような細かいセグメントを認識してしまうか,より要約的で競合他社も観察可能なチェーン全体での共通性質のみの理解にとどまり,経営成果に貢献しないだろう。また,正確にセグメント群を認識したとしても,新たな小売戦略の実施・改善に向けたサプライヤーの協力が無い場合,そもそも戦略を実施ができないとも考えられる。ゆえに,チェーン型小売企業のバイヤーは,新たな小売戦略の構築に際して,収集可能な購買履歴データのみに依存するのではなく,よりマクロな情報の収集を行うと共に,迅速な小売戦略の実施・変更に向けたサプライヤーの協力を確保することが重要となるだろう。

6.3  本研究の限界と将来の研究

本研究は,以下5点の限界を持ち,今後の研究に向けての展望を示すことができる。1つ目は,本研究のリサーチ・モデルに,チェーン型小売企業の店舗数が含まれていない点である。本研究はチェーン型小売企業を対象にしており,チェーンの拡大とバイヤーの管理可能範囲という点を,問題の出発点としている。そこで,店舗数や出店商圏数といったチェーン拡大の程度(Srinivasan, Sridhar, Narayanan, & Sihi, 2013)を分析に含めることは,今後の課題である。

2つ目は,本研究は,小売戦略のチェーン全体での共通化に注目した。しかし,チェーン全体ではなく,地域ごとにエリアを区切り,そのエリアごとに小売戦略を構築することもある。今後は,どのレベルでの共通化を行うのかについて分類しながら分析することが求められる。

3つ目は,本研究ではチェーン型小売企業は品揃えをチェーン全体で共通化させているということを前提とした。それは,品揃え共通化がチェーン・マネジメントにおいて獲得すべき小売効率性の根幹部分を担うからである。しかしながら,特に効果的な品揃え戦略の構築においては,小売企業が収集する購買履歴データの分析と活用,サプライヤーの戦略等の間のトレード・オフをどう解消するかという問題が重要となる(Dekimpe et al., 2011Mantrala et al., 2009)。加えて,効果的な品揃え戦略の構築においては,品揃えの削減と各カテゴリーや店舗ごとの利益の改善という点も,戦略的な課題となる(Sloot, Fok, & Verhoef, 2006van Herpen & Pieters, 2007)。ゆえに,知識探索のためのITの利用や外部ビジネス・プロセスの統合と品揃え戦略の関係については,今後の課題である。

4つ目は,本研究は,知識探索に焦点を当てた。ただし,この探索の局面だけでなく,現在の知識の活用(exploitation)や,現在の知識活用を効率よく行うためのITの利用が識別され,それがプロセスイノベーションにつながったり,経営成果を高めることが明らかになっている(Fiorito et al., 2010Kyriakopoulos & Moorman, 2004Sanders, 2008)。そして,新たな知識の探索は,現在の知識の繰り返しの活用によって促進されることが明らかになっている(Cao, Gedajlovic, & Zhang, 2009)。同様に,ビジネス・プロセスの統合の議論においては,外部のみならず,内部(internal)のビジネス・プロセスの統合が分類されている(Chang & Wang, 2011Droge et al., 2004Zhao et al., 2011)。そして,企業が内部ビジネス・プロセスの統合によって,彼らが現在保有する資源を理解すると共に,新たな戦略構築のためにどのような資源が必要かを認識することができ,それによって外部ビジネス・プロセスの統合が促進されることが明らかとなっている(Horn, Scheffler, & Schiele, 2014)。本研究には,これらのような小売企業が現在保有する資源に関する視点は含まれていないため,今後の課題である。

5つ目は,本研究は,バイヤーが小売戦略の構築のために,何に対してどの程度権限を持っているかを考慮していない。小売戦略に関する研究は,バイヤーがデータ分析,サプライヤーとの交渉,全小売戦略の構築・実行・効果測定に責任を負うこと想定している(Fiorito et al., 2010)。ただし,チェーンが拡大していくと,小売戦略を商圏の消費文化に合わせるために,例えば店舗マネジャーにプロモーション戦略の構築・実行・効果測定といった権限を委譲することも有効な戦略として考えられる(Arnold et al., 2009Chang & Harrington, 2000)。そして,ITの効果は組織構造に依存する(Santos & Sussman, 2000)。今後は,バイヤーの保有する権限を考慮して,ITの利用やビジネス・プロセスの統合が小売戦略の共通化と経営成果に与える影響を議論する必要がある。

謝辞

本研究は,文部科学省・科学研究費補助金(研究種目:基盤研究A,課題番号:24243050)に基づく研究成果の一部である。

参考文献
 
© 2018 日本商業学会
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