流通研究
Online ISSN : 2186-0939
Print ISSN : 1345-9015
ISSN-L : 1345-9015
投稿論文
共感と信頼が顧客のサービス担当者に対する支援意識に及ぼす影響
玉置 了
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2018 年 21 巻 2 号 p. 31-46

詳細
Abstract

本研究は,顧客のサービス担当者に対する支援意識の形成要因を,顧客の担当者に対する共感と信頼の視点から解明する。質問紙調査と構造方程式モデリングによる分析により,顧客の担当者に対する共感と信頼が協働意識と愛着からなる支援意識の形成要因となることを確認する。さらに,共感の方が支援意識により強力な影響力を持つことを解明する。その結果から,顧客の従業員に対する共感の獲得が,サービス担当者の業務効率や負担の改善,精神的な支援と動機づけを実現することを示す。最後に,顧客の支援行動に関する理論的研究とサービス・マネジメントの実践における共感の重要性と課題を提起する。

1  問題の設定

1.1  顧客の従業員に対する支援

本研究は,顧客のサービス担当者(以下,担当者とも表記する)に対する支援意識の形成要因を明らかにする。顧客はサービス担当者に対して,その業務を協力的に補助したり,個人的な愛着を持つことがある。このような担当者の業務に対する顧客の協力は業務成果や効率を高め,愛着は精神的支援として業務への動機付けとなる。労働の多忙さや煩雑さ,生きがい・働きがいの獲得の困難さと人手不足が問題となる今日の我が国のサービス産業において,顧客の従業員に対する支援はその解決にもつながるであろう。また,あらゆる組織の社会的責任として従業員の働きやすさや働きがいの実現が求められている。このことから,顧客の担当者に対する支援意識の形成要因の解明は実務的かつ社会的にも重要な研究課題である。

1.2  顧客の支援行動と関係規範

顧客の従業員に対する支援は既存研究において充分に検討されてこなかった問題である。顧客との関係性やサービスを巡る研究では,関係構築により形成される顧客の意識は,継続的な取引意向(Crosby, Evans, & Cowles, 1990Doney & Cannon, 1997など)やロイヤルティ(De Wulf, Odekerken-Schröder, & Iacobucci, 2001Hennig-Thurau, Gwinner, & Gremler, 2002Sirdeshmukh, Singh, & Sabol, 2002など),口コミ(Reynolds & Beatty, 1999Hennig-Thurau et al., 2002など),購買量の増加(Reynolds & Beatty, 1999など),売り手と顧客との協働(Anderson & Narus, 1990Morgan & Hunt, 1994)など1)の視点から議論されてきた。多くの研究は,顧客は製品・サービスの提供を受ける対象として位置づけられ,またその対価として売り手の経済活動に資するベネフィットをもたらす存在として捉えてきた。そのため顧客からの支援という,顧客の利他性に基づく従業員への個人的な支援は議論されてこなかったといえる。

関係における消費者の行動や意識を説明する上で,近年の研究はClark and Mills(1979, 1993)に依拠し,交換的関係と共同的関係という2つの関係規範から捉えることの重要性を示している(Price & Arnould, 1999Aggarwal, 2004など)2)。Clark and Millsは互いに等価なベネフィットを交換することを期待して形成する関係を交換的関係(exchange relationships)としている。この意味で多くの既存研究における売り手と顧客の関係は,交換的関係を前提としていたといえよう。一方で,Clark and Millsは相手の立場・欲求に応じ,特定の返報を期待せずに相手の満足のためにベネフィットを提供し合う関係を共同的関係(communal relationship)とする関係規範を提示した。共同的関係における参加者は相互の幸福それ自体に関心を示し,相手の幸福に向けた行動とその実現に満足を得るとされる(Clark & Mills, 1979, 1993)。また,関係における報酬の期待なき支援は共同的関係において行われ,支援者は支援に対する利益を求める代わりに,相手のニーズが満たされることによって満足するとされる(Aggarwal, 2004)という。この共同的関係の議論は従業員と顧客をより全人的な関係として位置づけるものであり,顧客の利他的な支援を検討する上でその手がかりを与えてくれる。

共同的関係という概念を用いるものではないが,従業員と顧客の関係を全人的で個人的な視点から捉える議論自体は多くの研究でなされている。顧客と売り手における相互の配慮や同情,情緒的な楽しさ,調和や協調といった特徴を持つ個人的な関係状態を示すラポールを巡る研究や(Gremler & Gwinner, 2000, 2008など),関係に対する同一化や所属,好意,愛着,楽しさ,肯定的評価の程度の高い状態3)を示す感情的コミットメント(Meyer, Allen, & Smith, 1993Kumar, Scheer, & Steenkamp, 1995Garbarino & Johnson, 1999Gilliland & Bello, 2002など),自発的な個人的関係であり親密さロイヤルティ,誠実さ,信頼,楽しさといった特徴を持つフレンドシップ(Rawlins, 1992Beatty, Mayer, Coleman, & Lee, 1996Price & Arnould, 1999など)があげられる。また,リレーションシップ・マーケティングの中核概念ともいえる信頼研究でも,信頼を取引相手の能力だけでなく,相手の利他的な善意の認識やその期待という次元から捉える議論がある(Ganesan, 1994Kumar et al. 1995Doney & Cannon, 1997Swan, Bowers, & Richardson, 1999)。さらに,相手へのより全人的な好意や愛着,愛情という感情を情動的信頼(affective trust)として捉える研究もある(Johonson-George & Swap, 1982Lewis & Weigert, 1985Mayer, Davis, & Schoorman, 1995McAllister, 1995Swan et al., 1999Scott, 2000Dirks & Ferrin, 2002Colquitt, LePine, Piccolo, Zapata, & Rich, 2012など)。しかし,これらの研究が解明してきたのは,顧客との全人的関係が機会主義の抑制やロイヤルティ,満足度の向上などであった。つまり,売り手の経済的ベネフィットの獲得を目指し顧客との全人的関係下における顧客の意識や感情に関心を向けてきたのである4)。そのため,全人的関係に問題意識は向けられつつも,既存研究では顧客の利他的な支援意識という視点は充分に解明されてこなかったのである。

1.3  本研究の概略
図表1 本研究の概念モデル

本研究は,顧客の担当者に対する支援意識を協働意識と愛着の2側面から捉える。協働意識の位置づけは,担当者の実業務に対する支援であり,愛着はその精神的な側面に対する支援である。そして支援意識の第1の形成要因として,交換的関係を基軸とする心的状態として,担当者に対する信頼に着目する。それに対する第2に共同的関係に即した顧客の全人的かつ個人的な心的状態として,共感に着目する。仮説として,図表1に示すように顧客の担当者に対する信頼と共感の双方は,担当者への支援意識としての協働意識と愛着を高めると考える(図表1,H1及びH2)。さらに,本研究は共感の方が信頼よりも担当者に対する支援意識に強く影響すると考える(図表1,H3)。この仮説の検証により,本研究は顧客の担当者に対する支援意識の形成における共感の重要性を示す。

2  概念の定義

2.1  担当者に対する支援意識としての協働意識と愛着

議論を進めるにあたり,本研究の中心となる諸概念の定義と位置付けを明確にしておく。本研究では,顧客の支援意識を担当者の業務に対する協働意識と担当者の存在に対する愛着の2つの視点から捉える。サービスの場では,担当者の業務を顧客が自発的に代わって行ったり,その業務が効率よく進むよう手を貸すことがある。本研究は,このような担当者の業務効率や成果の向上を目的とした顧客の協力的行動を生む協働意識を第1の支援の形態として捉える。第2に,時に顧客は担当者に対して取引相手という感覚を超えた離れがたい存在としての愛着や好意という絆の感覚を抱くことがある。顧客からの愛着は,担当者にとって個人としての自尊心を満たし,働きがいや生きがいを生むという支援の意味を持つ。そのため,本研究は第2の支援の形態として愛着を位置づける。

既存のマーケティング研究では,協働や愛着を関係の強固さの指標や企業・組織にもたらす経済的ベネフィットとして扱ってきた。一方で,本研究では顧客の担当者に対する協働や愛着を従業員に対する支援として捉える。協働と愛着を支援として捉えるのは,ソーシャル・サポート研究で両者が以下のように位置づけられているからである。ソーシャル・サポート研究に拠ると5),対人支援は道具的サポートと情緒的サポートの2つに分類される(Pattison, 1977Lin, 1986Vaux, 1988浦,1992)。道具的サポートとは,何らかのストレスに苦しむ人のその解決に対して,資源・情報の提供,問題解決へ介入することを意味する。情緒的サポートとは,ストレスに傷ついた人が,自身で積極的に問題解決にあたることができるようにその自尊心や情緒に働きかけることを意味する(浦,1992)。ソーシャル・サポート研究の多くは従業員の顧客の関係を議論するものではない。しかし,ここでその枠組みを援用すると,担当者に対する協働は道具的サポートとして位置づけることができる。一方,顧客が担当者に対して抱く情緒的な絆の感覚としての愛着は,情緒的サポートとして位置づけることができる。

次に,本研究で用いる協働意識と愛着を以下のように定義しておく。協働意識について,Anderson and Narus(1990)に拠れば,協働は両者共通の目的達成のための協調行動と一方の目的達成に向けて行われる協調行動に分類される6)。本研究では後者の視点から協働を捉え,顧客の担当者の目的達成に対する支援的側面を持った行動として協働意識を捉える。愛着(attachment)は,しばしば特定の他者との間に築く情緒的な結びつき(Bowlby, 1988遠藤,2005)と定義される。ブランド研究でもアタッチメントを,特定の対象に対する好意や愛情,親密性,自己との結びつきの強さという情緒的な絆の感覚を示す概念として用いられている(Fournier, 1998Thomson, 2006Park, MacInnis, Priester, Eisingerich, & Iacobucci, 2010Batra et al., 2012など)。本研究ではこれらの議論に拠って愛着を,情緒的な絆・結びつきの感覚を示す概念として用いる。

2.2  支援意識の形成要因としての信頼と共感

本研究では顧客の担当者に対する支援意識の第1の形成要因として,信頼を取り上げる。信頼は多義性を持つ概念であるが,本研究では信頼を以下のように定義する。信頼には相手の能力に対する確信と,相手の意図に対する確信という2つの意味が存在するとされる(Andaleeb, 1992山岸,1998久保田,2003)。また,Morgan and Hunt(1994)は,交換相手の確実性と誠実さを信じている時に信頼が存在するとしている。信頼は,交換相手の有用性や能力の高さだけでなく,取引に対する公正性や正直さ,自身に対する善意によって生まれるというのである。また信頼を,仕事の効率性や信憑性・確実性により抱く信頼性と善意,すなわち取引相手が自己の報酬を求めずに行う顧客の利益や幸福のための行動や将来への期待という2次元から定義する研究がGanesan(1994)Kumar et al.(1995)Doney and Cannon(1997)Swan et al.(1999)でもなされている。以上の議論に基づき,本研究では顧客から担当者への信頼を能力に対する信頼と善意の期待に基づく信頼の2次元から捉える。このような意味で信頼を位置づけると,信頼は顧客の売り手に対する取引・交換上の認識,つまり交換的関係を前提とした概念だといえる。しかしながら既存研究では,信頼が協働意識(Dwyer, Schurr, & Oh, 1987Morgan & Hunt, 1994など)や愛着(Swan & Nolan, 1985Swan, Trawick, & Silva, 1985など)の形成要因となることが解明されている。これらの共同や愛着は支援として位置づけられて議論されたものでは無い。しかし,取引上の信頼が顧客の支援意識を形成することがこれらの研究からは示唆される。そのため,本研究では信頼を顧客の担当者に対する支援意識の第1の形成要因として設定する。

一方で,顧客の担当者に対する支援意識を明らかにするためには,共同的関係の視点からの検討が重要であることを前節で述べた7)。本研究では,支援を促進する共同的関係に即した心的状態として共感(empathy)概念に着目する8)。共感に関する研究が一般的に依拠するHoffman(1987)の定義に拠れば共感は,「自分自身の立場よりも他の誰かの立場により適した感情的な反応」と定義される。換言すれば,共感は「共感情」であり,他者の感情状態に対する同期的反応や他者の感情状態を共有する精神機能(梅田ら,2014)といえる。また,共感はしばしば他者の状態を意図的に取得,推論・理解する認知的共感と無意識的な身体反応を前提とする情動的共感の2次元で捉えられる9)。共同的関係と共感との関係について,共同的関係は,相手を自分であるかのように認識し,相互の幸福に特別な責任感を持つ関係(Clark, Fitness, & Brissette, 2001)とされる。このことから概念的にも共感が共同的関係において形成されることが示唆される。さらに既存研究でも,顧客と従業員の関係を論じるものではないが,Clark and Taraban(1991)Pavia and Mason(2004)Buunk and De Dreu(2006)Agosta(2010)Park, Troisi, and Maner(2011)で共同的関係において共感が促進されることが示されている。またマーケティングの視点からも消費者との関係の深耕を議論する中でRawlins(1992)Price and Arnould(1999),Elsharnouby and Persons(2010)は共感によって共同的関係が深まることを示している。以上の研究から,共同的関係に即した顧客の担当者に対する心的状態を示す概念として本研究は共感を採り入れる。

対人関係において共感は他者に対する協働を形成することが解明され(Krebs, 1975Eisenberg & Miller, 1987など),自他の同一視が愛着の形成要因になる(Tolman, 1943)とされている。これらは,売り手と顧客の関係を論じるものではないが,共感が顧客の支援意識の形成要因となることを示唆するものである。また顧客から売り手への共感については未解明であるが,従業員から顧客に向けた共感は,顧客志向(Spiro & Weitz, 1990Widmier, 2002Stock & Hoyer, 2005)や関係構築(Ellis & Raymond, 1993Bagozzi, 2006)に好ましい影響を与えることが解明されている。このことから,共感もまた協働意識と愛着にポジティブな影響を及ぼすと想定される。以上の議論から,本研究では共感を支援意識形成の第2の要因として設定する。

3  分析モデルの構築

3.1  協働意識の形成要因(仮説1)

本節では,信頼と共感が支援意識に及ぼす影響についての仮説を検討する。まず協働意識の形成要因としての信頼についてである。支援としての協働を明示するものではないが,マーケティング研究においてAnderson and Narus(1986)Dwyer et al.(1987)Morgan and Hunt(1994)が,信頼が協働意識の先行要因となることを示している10)。また一般的な対人関係を巡る研究でも,個人間の信頼が協働や問題解決を促すことがLoomis(1959)Zand(1972)Kimmel, Pruitt, Magenau, Konar-Goldband, and Carnevale(1980)で明らかにされている11)

一方で,共感についても,一般的な対人関係を巡る研究ではあるが,共感が対人援助や向社会的行動を促進することがKrebs(1975)の端緒的な研究をはじめ,Eisenberg and Miller(1987)のメタアナリシスによって検証されている12)。また共感が協働意識を生むこともMarcus, Telleen, and Roke(1979)Levine and Hoffman(1975)Marcus(1980)Eisenberg and Miller(1987)Balconi and Bortolotti(2012)Balconi, Bortolotti, and Crivelli(2013)Dereli and Aypay(2012)などで検証されている13)。マーケティング研究に見られる共感が従業員の顧客志向を高める(Spiro & Weitz, 1990Widmier, 2002Stock & Hoyer, 2005など)という結果も,共感が他者に対する支援を形成することを示唆している。

以上の議論から,信頼と共感は担当者への協働意識を高めると考え,以下の仮説を設定する。

 

H1a:顧客の担当者に対する信頼は,担当者への協働意識を高める。

H1b:顧客の担当者に対する共感は,担当者への協働意識を高める。

3.2  愛着の形成要因(仮説2)

本研究では,愛着もまた信頼によって形成されると考える。既存研究では,Vlachos, Theotokis, Pramatari, and Vrechopoulos(2010)は従業員個人ではないが信頼が企業に対する愛着の先行要因になることを明らかにしている。さらに,マーケティング研究でも好意や愛着,愛情という情緒的な絆を信頼の一要素もしくは情動的信頼として位置づける議論もある(Johonson-George & Swap, 1982Lewis & Weigert, 1985Mayer et al., 1995McAllister, 1995Swan et al., 1999Scott, 2000Dirks & Ferrin, 2002Colquitt et al., 2012など)。この情動的信頼は,交換相手の能力や有用性に対する認識としての認知的信頼信頼,つまり本研究が定義する信頼と弁別して議論される。そして,認知的信頼は情動的信頼に先行して形成されることが示されている(McAllister, 1995;Johonson & Grayson, 2005;McAllister, Lewicki, & Charturvedi, 2006Ergeneli, Ari, & Metin, 2007Akrout, Diallo, Akrout, & Chandon, 2016など)。また情動的信頼を,認知的信頼より深いレベルの信頼として位置付ける研究(Rempel, Holmes, & Zanna, 1985McAllister, 1995Andersen & Kumar, 2006)も存在する。これらの研究からは,情動的信頼よりも認知的信頼の方が時間的に先行することが示唆される14)。つまり,愛着を情動的信頼の一要素とすると,愛着は本研究のいう信頼が基盤となり形成されると考えられる。これらから,本研究は信頼を愛着の形成要因として考える。

次に共感と愛着の関係である。共感とはその定義にもあるように他者の状態や感情を推論したり共有している状態である。Van Boven and Loewenstein(2003, 2005)は,他者の心的状態の推論において,人は他者を自己に置き換えて推論するという。このことから共感のプロセスでは,自他を同一視する状態が生起すると考えられる。Tolman(1943)Stoke(1950)Sanford(1955)Bowlby(1982)は,自他の同一視が他者への愛着を生み出し,O’‍Reilly and Chatman(1986)は,態度や価値観,目標の同一視が愛着を生み出すと指摘している。また,Aron, Aron, Tudor, and Nelson(1991)も同一視が他者との関係の親密性と相関することを明らかにしている。他にもLatane and Wheeler(1966)は負の経験を共有した2者間に親密な関係が生まれることを指摘している。これらの研究から,本研究は共感を愛着の形成要因として位置づける。

以上の議論から,担当者に対する愛着の形成要因として共感と信頼が想定されることから,以下の仮説を設定する。

 

H2a:顧客の担当者に対する信頼は,担当者に対する愛着を強める。

H2b:顧客の担当者に対する共感は,担当者に対する愛着を強める。

3.3  共感と信頼が及ぼす影響の比較(仮説3)

本研究では,信頼よりも共感の方が支援意識の形成により強い影響を与えると考える。その理由は以下の通りである。まずAggarwal(2004)は報酬の期待なき支援は共同的関係において生まれるとしている。さらに,久保田(2006)は,相手への同一化を基盤とする感情的コミットメントが利他的な組織への参加意向を高めるという結果を示し,久保田(2012)では買い手の売り手に対する利他的な支援は,感情的コミットメントがその要因となることを顧客と組織の関係において示している。これらより,相手への同一化,幸福への関与が強い共同的関係に基づく共感の方が,支援意識へのより強い影響要因になることが想定される。他にも相手の問題への気づき(高木,1997)や観察(高木,2000)が支援を促進するということが示されており,本研究では担当者との心的距離のより近い共感の方がより強い支援意識を生み出すと考える。しかし,なぜ共同的関係や共感が信頼よりも強い支援を生み出すかは既存研究では充分に説明されていない。本研究は,その理由として信頼に基づく支援意識は交換的規範によって形成されるからだと考える。信頼に基づく顧客の支援は,担当者の質の高いサービスや顧客の期待に応える行動を契機に生じるものである。つまり,担当者に対する協働意識と愛着は,顧客がその返報として抱くものである。一方で,共同的関係(Clark & Mills,1979, 1993)において生まれる支援意識は,顧客が担当者の幸福や問題解決を願い,担当者の状況や負担,感情状態を共有する共感経験によって形成される。この共感経験が増加するほど顧客は担当者を自分ごとのように捉え,その業務負担の解消のために努力を仕向けるであろう。また,共感経験の多さは担当者との情緒的な絆の感覚を強めると考えられる。

以上により共感の方が,担当者への支援意識により強い影響力を持つと考え,以下の仮説を設定する。

 

H3a:顧客の担当者に対する共感は,信頼よりも担当者への協働意識により強い影響を与える。

H3b:顧客の担当者に対する共感は,信頼よりも担当者に対する愛着により強い影響を与える。

4  調査

4.1  調査の方法

仮説の検証のために,本研究では奈良県の生活協同組合において質問紙調査を実施した。当該生協の無店舗販売(宅配事業)を利用する組合員3,000名に対して2015年8月に調査票を配布し,647名の有効回答を得た(回答率:21.5%)。配布対象者は,2015年6月の対象決定時から遡って3カ月間に利用実績のある組合員とした。商品カタログと同時に配布し,無記名による郵送法で回収した。なお本調査は,担当者の業績評価を目的として行ったものではなく,組合員の意識調査と位置づけて実施されたものである。

また分析に先立ち,質問紙において1ヶ月に4回の配達として実際に対面して受け取る回数を確認した。そこで常時不在のため0回と回答した利用者は担当者との直接的な接触を前提とする仮説の検証に不適切であるため対象から除外した。さらに測定の対象となる共感についてはEisenberg and Lennon(1983)などで共感性の性差が指摘されている。そのため本来であれば相応の男女比が確保されたデータが求められる。しかし,本調査で得られた男性の回答者はごく僅かであったため男性及び性別未回答者は分析から除外した。以上の処理の結果,分析対象者は546名の女性となる。また,ここで生活協同組合を分析対象とする理由を述べておく。当該生協の商品配達は,利用者個々の自宅もしくは近隣の利用者と形成する班(グループ)に対し商品を週1回行われ,基本的に同一の配達担当者から毎週商品を受け取る。そのため,特定の担当者に対する顧客の意識を捕捉できるという調査上の理由がある。また生協は,歴史的経緯や現在の事業運営により,職員と組合員の間で信頼や共感関係が生まれやすい土壌や仕組みが存在する。一方で,近年では宅配の利便性のみを求める利用が若年層から高齢者まで拡がり,担当者との密な関係を求めない利用者も存在する。このことから,多様な利用者と担当者との関係を捉えることができるという点も挙げられる。もちろん小売業やその業態を限定せずに調査を行う方法も考えられる。しかし,同一の調査内容での実施や特定の担当者に対する意識を問うことは困難だと判断した。そのため本研究は,特定の小売業の利用者を対象とした調査と分析である点は留意されたい。

4.2  測定項目の設定

質問紙調査で用いた項目は以下の通りである。本研究の前提と合致する顧客のサービス担当者に対する協働意識と愛着,信頼と共感を測る既存尺度は存在しない。そのため,本研究では既存尺度の表現・構成を参考にしつつ独自に項目を設定した。

担当者に対する信頼については,第1にその能力や誠実さや接遇面での対応・態度という業務能力への信用の面から捉えた。第2に,担当者の顧客自身に対する善意,つまり顧客の利益や幸福に向けた担当者の親切心や配慮の認識の程度から捉えた。そして,この2次元をよる測定項目を作成した(図表2-1-A参照)。設問における問い方や語の設定に関しては,Swan, Trawick Jr., Rink, and Roberts(1988)Crosby et al.(1990)Ganesan(1994)Doney and Cannon(1997)を参考にした。

図表2 

測定項目の詳細と妥当性の検証

2-1.確認的因子分析の結果
Q.現在の担当者についてのお気持ちをお聞かせください 標準化係数 平均値 標準偏差
A.担当者への信頼  
(1)担当者の能力に基づく信頼:α = .901,AVE = .704.758
・a.担当者は仕事が良くできる人だと思う。  .7944.01.956
・b.現在の担当者は信頼できる。  .8854.111.015
・c.現在の担当者の態度や言葉遣いは適切だと思う。  .8874.35.978
・d.配達担当者は一生懸命,誠実に仕事をしている。  .7844.47.865
(2)担当者の善意に基づく信頼:α = .902,AVE = .773.966
・a.担当者はいざという時に自分の力になってくれると思う。  .8783.621.004
・b.担当者は頼りになる存在だと思う。  .9373.671.002
・c.担当者がいるととても助かる。  .8193.871.024
B.担当者への共感  
(1)担当者への認知的共感:α = .864,AVE = .671.897
・a.私は担当者と接する際,担当者のその時の立場や状況を考えながら接している。  .8233.51.910
・b.私は,担当者がどのように考え,感じているか意識しながら接していると思う。  .8203.28.920
・c.私は,担当者と物事への考え方や感じ方が違っても受け止めて理解すると思う。  .8153.40.896
(2)担当者への情動的共感:α = .859,AVE = .679.968
・a.担当者が楽しそうにしていると私も楽しい気持ちになると思う。  .7713.82.952
・b.私は,担当者に元気がないと励ましてあげたくなると思う。  .8843.411.002
・c.私は,担当者が辛い状況にあることを想像すると同じ気持ちになると思う。  .8133.12.927
C.担当者への協働意識:α = .784,AVE = .557  
・a.担当者の仕事で役立てることであれば力になりたいと思う。  .8233.291.028
・b.担当者の仕事がスムーズに進むように,自分もできることは準備をしておく。  .6163.88.991
・c.担当者のために自分ができることなら何でもしてあげたいと思う。  .7842.951.015
D.担当者への愛着:α = .782,AVE = .565  
・a.他の組合員の誰もがこの担当者のことを好きになると思う。  .8593.35.985
・b.この担当者は他の誰もが取って代わることのできない存在だと思う。  .7433.08.950
・c.担当者に欠点があっても気にしない。  .6363.271.016

CFI = .944,GFI = .983,AGFI = .975,RMSEA = .071,χ2 = 527.352,df = 140,p = .000,n = 546,標準化係数は全て p < .01で有意。

2-2.測定項目間の相関係数と弁別的妥当性の検証
信頼:能力 信頼:善意 共感:認知的共感 共感:情動的共感 協働意識 愛着
信頼:担当者の能力1.000
AVE = .704
信頼:担当者の善意.6771.000
AVE = .773(.458)
共感:担当者への認知的共感.175.2261.000
AVE = .671(.031)(.051)
共感:担当者への情動的共感.221.292.7571.000
AVE = .679(.049)(.085)(.573)
協働意識.211.331.522.5631.000
AVE = .557(.045)(.109)(.272)(.316)
愛着.262.356.547.590.6771.000
AVE = .565(.069)(.126)(.299)(.348)(.459)

・相関係数は全てp <. 01で有意である。

・相関係数の下段にはその平方値を示した。

2-3.因子構造の等質性
年代 CFI GFI AGFI RMSEA χ2 df PNFI PGFI
モデル1:配置不変モデル.939.975.963.074837.714420.726.653
モデル2:弱測定不変モデル.938.973.962.073880.328450.773.698
モデル3:強測定不変モデル.931.971.962.075948.474472.802.731
モデル4:厳密な測定不変モデル.926.969.962.0751021.951510.857.788
モデル5:全母数が等しいモデル.924.968.962.0741046.623526.880.812
回数 CFI GFI AGFI RMSEA χ2 df PNFI PGFI
モデル1:配置不変モデル.935.978.968.077731.374280.737.655
モデル2:弱測定不変モデル.935.978.969.075746.789295.774.690
モデル3:強測定不変モデル.936.978.969.073754.487306.802.716
モデル4:厳密な測定不変モデル.932.976.970.073796.831325.847.759
モデル5:全母数が等しいモデル.932.976.970.072805.764333.866.777

担当者に対する共感は認知的共感と情動的共感の2次元から捉えた。認知的共感は顧客が商品配達時に担当者の感情や状況を利用者が認識し考えながら接している程度の側面から捉えた。情動的共感は,無意識的に担当者の感情や状況と同一化する程度を捉える項目を構成した(図表2-1-B参照)。測定項目の問い方や語の設定にあたっては,角田(1994)登張(2003)鈴木・木野(2008)平山・柏木(2001)を参考にした。

担当者への支援意識のうち協働意識については,担当者の業務支援という意識のもとで協力や補助をしようとする意図の程度を測定した。設問の表現にあたっては丹野(2008)の改訂版友人関係機能尺度における支援性項目を参考にした(図表2-1-C参照)。

担当者への愛着については,担当者との間に情動的な絆が形成されていることを測定するための項目を設定した(図表2-1-D参照)。設問については藤原・黒川・秋月(1983)のLove-Liking尺度を参考にした。

5  分析

5.1  測定項目の妥当性・信頼性の検証

仮説の検証に先立って,前節で設定した測定項目の妥当性を検証する。顧客の担当者に対する共感,信頼と支援意識について確認的因子分析を行なった結果,適合度はCFI = .944,GFI = .983,AGFI = .975,RMSEA = .07であった。豊田(1998)に拠るとGFI,AGFIについては経験的に0.9以上,CFIについては1に近いほどあてはまりが良いモデルとされ,RMSEAは0.05以下であればあてはまりが良く,0.1以上はあてはまりが悪いモデルの基準とされている。これに基づくとモデルの適合度は良好と評価できる。測定尺度の妥当性及び信頼性についてはHair, Black, Babin, and Anderson(2010)に従い,収束妥当性はAVEの値が0.5以上を基準に検証した。図表2に示したように全測定尺度において基準を満たしている。信頼性指標としてのクロンバックのαも0.78〜0.90と好ましい範囲を示している。弁別妥当性については因子間相関の平方よりもAVEが上回っていることを基準に確認した(図表2-2参照)。

顧客と担当者との関係を分析する本研究では,顧客と担当者の年代差が担当者への信頼や共感,支援意識に影響を及ぼすとも考えられる。また,受取頻度も0回の回答者はあらかじめ除外したが,1ヶ月に4回の配達として,全て対面している利用者もいれば,数回の利用者も存在する。この対面回数の差は,繰り返しの接触が好意や愛着を高めるという単純接触効果(Zajonc, 1968)の影響を結果に与えることが想定される。そのため多母集団同時分析により因子モデル構造の等質性を検証しておく。年代差については,質問票において10代刻みで回答者の年代を問い,20–40代,50–60代,70代以上の3群を設定した。受取頻度は,質問票で1ヶ月(月4回の配達として)の平均的な受取回数を問い,1–2回と3–4回の2群を設定した。モデル構造の等質性の検討は,豊田ら(2014)により,制約条件の厳しさが異なる5つのモデルを比較し,最も制約の厳しいモデルを採用可能な場合,単一母集団として解析しても問題ないと判断する15)。図表2-3に示したように,CFIの値については制約を課すモデルほど,特に年代において若干の低下が見られる。しかし,GFI,AGFIはほぼ同水準であり,RMSEAについては年代では同水準,頻度については制約を課すほどに改善が見られている。また,PNFI,PGFIに着目すると双方とも制約の厳しいモデルほど良好な数値を示している。各モデルとも適合度が許容範囲内にあることから,両群とも最も制約条件の厳しいモデル5を採用することに問題は無いと判断できるため,担当者への意識における年代と受取頻度による影響は無いと考え分析を進める。

5.2  検証モデルの妥当性・信頼性の検証

次に,仮説を構造方程式モデリングによって検証する。モデルの適合度はCFI = .944,GFI = .830,AGFI = .975,RMSEA = .070となり採用可能な範囲と判断できる(図表3-1参照)。またこのモデルでも,前項と同様の手順で等質性の分析を行った。回数群においてCFIの低下が見られるものの,その他の指標においては厳しい制約を課しても同程度もしくは改善が見られ,適合度も許容範囲内である(図表3-2参照)。このことから,両群ともモデル5を採用し,年代・受取頻度による影響はないと判断する。

図表3 

モデルの検証結果

3-1.仮説の検証結果
3-2.検証結果の等質性
年代 CFI GFI AGFI RMSEA χ2 df PNFI PGFI
モデル1:配置不変モデル.940.975.963.073837.714426.737.663
モデル2:弱測定不変モデル.938.973.963.072880.328456.783.708
モデル3:強測定不変モデル.932.971.962.074948.474478.812.740
モデル4:厳密な測定不変モデル.927.969.962.0741021.951516.867.797
モデル5:全母数が等しいモデル.925.968.962.0731046.623532.891.821
回数 CFI GFI AGFI RMSEA χ2 df PNFI PGFI
モデル1:配置不変モデル.936.978.968.076731.374284.747.665
モデル2:弱測定不変モデル.936.978.969.074746.789299.785.699
モデル3:強測定不変モデル.936.978.970.072754.487310.813.725
モデル4:厳密な測定不変モデル.933.976.970.072796.831329.857.769
モデル5:全母数が等しいモデル.933.976.970.071805.764337.877.787

5.3  仮説の検証

まず仮説H1の検証を行う。担当者への協働意識に対して,信頼からの標準化係数は.170,共感からの標準化係数が.660といずれも有意な正の関係が認められた。ゆえに「H1a:顧客の担当者に対する信頼は,協働意識を高める。」と「H1b:顧客の担当者に対する共感は,担当者への協働意識を高める。」の仮説は支持された。

仮説H2も同様に,信頼から愛着への標準化係数が.250,共感からの係数が.630と有意な正の値を取っている。このことから「H2a:顧客の担当者に対する信頼は,担当者に対する愛着を強める。」と「H2b:顧客の担当者に対する共感は,担当者に対する愛着を強める。」は支持された。

仮説H3について,信頼よりも共感の方が協働意識・愛着の両者に対してかなり高い係数が示された(図表3-1,a < c,b < d)。このことから「H3a:担当者に対する信頼よりも共感の方が,顧客の担当者に対する協働意識により強い影響を与える。」「H3b:担当者に対する信頼よりも共感の方が,顧客の担当者に対する愛着により強い影響を与える。」も支持された。

6  考察

6.1  結果の概要

本研究は,顧客のサービス担当者に対する支援意識を協働意識と愛着から捉えた上で,それぞれの形成要因を担当者に対する信頼と共感の視点から検証した。結果として,顧客のサービス担当者に対する信頼と共感の両者は支援意識を高めることが確認された。さらに,信頼よりも共感が支援意識の形成により強い影響を与えることを明らかにした。

6.2  理論的含意と課題

本研究の結果は顧客との関係性やサービスを論じてきた既存研究に対して以下の示唆と課題を提示するものである。まず,リレーションシップ・マーケティング研究の多くの既存研究では,売り手にもたらす経済的価値の共創主体として消費者は位置づけられてきた。また,そこで研究の対象となる消費者の意識は,関係や協力に対する意識やその先行要因に関心が向けられてきた。つまり,多くの研究において売り手と顧客の関係は交換的規範に基づく関係として捉えられてきたといえる。そこでの顧客は売り手の提供する製品やサービスに対する価値や返報をもたらす主体として位置付けであった。ゆえに,売り手と買い手の関係において形成される消費者の支援行動は充分に論じられてこなかったのである。本研究では,顧客との関係を共同的関係として捉え,そこに顧客の売り手に対する支援を位置づけることで,支援意識の形成要因を新たに解明した。また,支援意識の形成要因として顧客の売り手への共感が影響することも本研究が見いだした結果である。さらに,本研究は信頼も支援意識を生むということを示した。それは,リレーションシップ・マーケティングで中心的に議論されてきた信頼研究に対しても,信頼が生む結果として従業員への支援が存在することを本研究の結果は新たに示している。さらに,マーケティング研究では,顧客の売り手に対する協働意識や愛着は,売り手に対する経済的なベネフィットをもたらすことを本論では述べた。本研究の結果を,既存のマーケティング研究における協働や愛着に関する議論の延長線上に位置づけると,共感は売り手が顧客との関係構築において経済的ベネフィットを得る一要因として共感が重要であることを提示するものである。

一方で本研究は,以下の点について課題を残している。まず,取りあげた諸概念間の関係の解明である。本研究では,既存研究に基づき信頼と共感が協働意識と愛着の形成要因となるという因果関係を想定し,仮説の検証を行った。しかし,本論で述べたように信頼研究では認知的信頼がより全人的かつ情緒的な情動的信頼を形成するとされている。ここからは本研究のいう信頼が共感を形成することが示唆される。そのため信頼と共感の関係の解明が今後の課題となる。また,支援意識についても愛着が高まるほど協働意識が高まる,逆に協働により愛着を形成されるという因果関係も想定される。他に本論でも述べたように,協働意識や愛着が信頼を形成するという研究も存在する。また,協働意識と愛着が共感を形成するという因果も想定されよう。今後は,本研究の構成概念の以上のような因果関係をより精緻に解明する研究が求められる。さらに,顧客の担当者に対する共感がいかに形成されるかというそのプロセスの解明も今後の課題とされる。

次に,顧客の支援意識を検討する上でも,本研究では,売り手に対する支援を協働意識と愛着の視点から捉えた。しかし,ソーシャル・サポート研究で示されている情報提供や忠告,激励,評価(浦,1992)なども担当者に対する支援として機能すると考えられる。今後は協働意識・愛着以外の支援につながる多様な顧客の意識や行動の分析が求められる。

さらに,消費者の支援意識を従業員だけでなく,支援の対象を拡大して捉えることも課題としてあげられる。消費者の他者に対する支援意識は,今日では多様な対象に対して生起している。その例としてインターネットでのコミュニティにおけるユーザー間の相互扶助(石井・厚美,2002池尾ら,2003など)や近年では消費者の購買による社会的課題の解決への貢献など(髙橋・豊田,20122015田中,2012玉置,2014西尾・石田,2014大平・薗部・スタニスロスキー,2015など)が上げられる。このように現代の消費者行動とマーケティングを検討する上で消費者の支援意識の解明は重要な課題である。それに対して本研究の結果は,共感が消費者の支援行動や利他的行動の先行要因として存在することを示すものであり今後の検証が求められる。

本研究は,検証方法についても以下の課題を残している。まず,生活協同組合における配達サービスを調査の対象とした点である。今後,多様な業種・業態を対象とし,調査方法の再検討の上でさらなる検証が求められる。さらに,本研究が女性のみを対象とした分析となった点である。本論で指摘した共感における性差のみならず,担当者が同性であるか異性であるかも顧客の意識や感情に影響を及ぼすであろう。また,本研究では受け取り回数によって担当者との接触頻度の影響の無さを検証した。しかし,担当者の担当期間という関わりの長さも影響要因として考えられる。今後はこうした要因を考慮した再検証が求められる。

6.3  実践的含意と課題

本研究は実践的には以下のような意味を持つ。第1に,顧客の協力や参加,愛着の獲得は,サービス業においてしばしば従業員に課せられる業務目標である。本研究の結果は,その達成の方法として信頼,特に共感の獲得,また共同的関係の構築が有効であることを示すものである。また,本研究は,顧客からの信頼が従業員への支援意識を形成するという結果を示した。サービスマネジメントにおいて,信頼獲得のために適切な業務遂行と誠意ある態度を従業員に対して推奨することは,長期的関係の構築のみに有益なのではない。信頼獲得は,従業員自身への支援に繋がるということも本研究の結果から確認しておきたい。しかし本研究は,従業員に対する支援意識の形成要因として信頼よりも共感のほうがより強いことを示した。このことは,顧客からの支援の獲得には,顧客からの共感をも獲得できる交換的関係を超えた共同的関係の構築が必要であることを示唆している。

もちろんあらゆるサービスに対して本研究の結果が適応できるわけではない。信頼,特に共感による支援行動の実現には以下のような条件をもつサービスである必要がある。第1に,マニュアル等による従業員行動の標準化の程度が条件となる。マニュアル化されたサービスは全ての顧客に対する均質なサービスが提供可能という面では,信頼の獲得には有効である。しかし,標準化されたサービスは顧客個々人に適応したサービスを抑制する。そのため,サービス業務の過度のマニュアル化や標準化は,担当者個人との共同的関係の構築と共感の獲得を困難にしよう。顧客の支援行動の形成には,信頼を獲得するための業務の標準化と個人的対応を許容する権限の委譲も同時に必要となる。第2に,協働の視点から支援を位置づけると,高度で専門的な業務に対する協力は得にくい。そこでは,顧客も手伝うことのできるサービスの存在が必要条件となる。また,顧客の協働への参加を促すサービスの設計も従業員個人への支援行動の促進に有効であろう。第3に,情緒的な深いつながりの感覚である愛着については,濃密でなくとも互いの存在を個人として認識できる継続的なサービスが必要条件となる。さらに,支援の促進要因としての共感でも,従業員を取引相手ではなく一個人として認識されることが前提条件となる。そのためには,実際に多様なサービス業で展開されているように,店頭掲示や紙媒体,近年ではソーシャルメディアにおいて個人的な出来事や関心を発信することも有効であろう。また,名札にプロフィールやニックネームを記載するといった働きかけも従業員を一個人として認識させる手段となる。さらに,顧客の愛着は担当者自身に伝わってこそ支援としての意味を持つ。そのためには,それが実感できる顧客からのフィードバックの仕組み作りをサービスのプロセスに組み込むことが支援を育む上で必要となる。

本研究で取り上げた顧客との共同的関係や共感の形成が実践上の弊害を生み出さないわけではない。顧客からの共感を得るためには,担当者も顧客一人ひとりの状況や感情を慮って行動する必要があると考えられる。そのためには,適切な日常業務の遂行によって顧客の信頼を獲得しつつ,顧客個々人に対する洞察,またそれを行動に移すことが求められる。その顧客からの共感獲得のための実践は,従業員の感情労働の強化に繋がりうる。そのため,従業員にとっては支援どころか逆に労働負担の強化とモチベーションの低下をもたらす可能性があることも否定できない。さらに顧客からの協働意識や愛着は,担当者にとって必ずしも支援に繋がるとは言い切れない。というのも,一般的な対人関係であれば他人から協力や愛着を得ることは,多くの場合その本人にとっては問題解決や精神的な側面での支援となるであろう。しかし顧客と担当者との関係では,顧客としては支援の意識を持って協働的な手助けをしても,かえって従業員の効率な動作を妨げることもある。また,顧客とはあくまで仕事上の取引関係としてありたいと考える担当者であれば,愛着という深い顧客との情緒的な絆は心理的な負担となろう。他にも,担当者と顧客の交換的関係を超えた全人的な共同的関係は,互いの行動に対する寛容さを生み出す。親しき関係は時として礼節や丁寧さに欠ける対応や,時にはルールを逸脱した顧客対応を促すという結果も招きかねない。従業員の顧客対応においては,取引相手の顧客としての認識を維持しつつ,共感と信頼を獲得できるサービス・マネジメントが求められる。

近年において最終消費者に対するサービスは,ネット販売やセルフレジなどのように機械化が進んでいる。また顧客も売り手もそのような効率性を好み両者が共同的関係を育む基盤は希薄になりつつある。一方で,従業員の働きがいや顧客との協働,また労働環境の改善が社会的責任として企業のマーケティング課題となっている。その解決には,顧客からの共感の獲得が重要であることを本研究は示した。情報技術などを用いた効率化の実現の一方で,顧客からの共感を獲得するための場の設定とそれを実現する従業員のマネジメントが求められる。

謝辞

本稿の執筆にあたり,エディター及びレビュアーの先生方から多くの貴重なご意見・アドバイスを頂き,研究の充実と洗練ができました。心よりお礼申しあげます。ありがとうございました。

2)  この2つの関係規範は,マーケティング研究でも援用されブランドリレーションシップに関する検証(Aggrawal, 2004Aggarwal & Law, 2005Aggarwal & Larrick, 2012)をはじめとして,サービスに関してはサービスの失敗に対する評価やサービスリカバリーに対する影響(Wan, Hui, & Wyer, 2011Tsai & Men, 2013Hur & Jang, 2016)が検証されている。またZhang, Watson, Palmatier, and Dant(2016)は顧客との関係性の発展を説明する中で,共同的状態を最も強力な関係であり取引にも最も効果的な影響を及ぼすとしている。

3)  久保田(2012)を参照。

4)  例えばラポールに関する研究では,機会主義的行動(Beach, Roter, Wang, Duggan, & Cooper, 2006Tickle-Degnen & Rosenthal, 1990),非倫理的行動(DePaulo, Kashy, Kirkendol, Wyer, & Epstein, 1996Valley, Moag, & Bazerman, 1998Bazerman, Curhan, Moore, & Valley, 2000Naquin & Paulson, 2003)の抑制,また継続的取引(DeWitt & Brady, 2003LaBahn, 1996Nickels, Everett, & Klein, 1983)やロイヤルティ(Jacobs, Evans, Kleine, & Landry, 2001)が成果変数として位置付けられている。感情的コミットメントについては,スイッチングコストの抑制(Bendapudi & Berry, 1997Fullerton, 2003Garbarino & Johnson, 1999Morgan & Hunt, 1994),ロイヤルティ(Čater & Čater, 2009Richard & Zhang, 2012)や再購買意図(Hur, Park, & Kim, 2010Jeng, 2011),取引関係の維持・継続意向(Verhoef, 2003Gustaffsson, Johnson, & Roos, 2005),協力姿勢(Bendapudi & Berry, 1997Kim, Ok, & Gwinner, 2010)やポジティブな口コミやネガティブな口コミの抑制(Hennig-Thurau et al., 2002Hur et al., 2010)などへの影響が論じられている。

5)  ソーシャル・サポートは「人がある情報を受け取ることによって,自分が世話を受け,愛され,価値あるものと評価され,コミュニケーションと相互の責任のネットワークの中の一員であると信じることができる時,その情報をソーシャル・サポートと呼ぶ」と定義されている(Cobb, 1976浦,1992)。

6)  Anderson and Narus(1990)は,一方の目的達成のための協働もまた互酬性の期待に基づいて行われるとしている。もちろん交換的な関係規範に基づけば互酬性の期待により他者への支援が生じるが,共同的関係では返報の期待を含まない他者への支援としても協働が行われると本稿では考える。

7)  既存研究でも,支援として位置づけるものでは無いが,共同的関係の構築は,組織や対人関係における協働(Dutton, Dukerich, & Harquail, 1994Jones & George, 1998),顧客の売り手に対する助言(Liu & Gal, 2011)を促進することが明らかにされている。また,売り手や製品・サービスに対する愛着に好ましい影響を与えることも明らかにされている(Aggarwal & Zhang, 2006Elsharnouby & Parsons, 2010)。

8)  共感は,個人が相手の感情や状況を同時に経験する心的状態・経験を示すこともあれば,個人特性として,他者に対する共感反応の生じやすさという共感傾向ないしは共感性として共感を捉えることもある(Cohen & Strayer, 1996Bennett, 1995)。本研究では顧客の個人特性ではなく,担当者の感情や状況に対する顧客の同一化として共感を捉える。

9)  認知的共感とは,他者の心の状態・視点を取得・推論し,理解する機能であり,比較的意図的なプロセスを含んだ共感として位置づけられる。それに対し,無意識な身体的反応を前提とした共感を情動的共感と呼び,その状況に接した時点で自動的に身体が反応し,同時に他者の心の状態を考え,その結果として共感が認識されることを指す(梅田ら,2014)。

10)  ただし,Anderson and Narus(1990)Crosby et al.(1990)は信頼を協働の結果要因として捉えるという逆の因果関係で説明する研究も存在している。信頼と協働の両者は相互関係にあるとも考えられるが,本研究は顧客の支援意識の解明を目的とするため協働意識を信頼の結果要因として位置付ける研究に依拠した。ただし,これらの研究は一方の利益の実現を目的とする支援としての協働か双方の利益を達成するための協働かは明示したものではない。

11)  ただし,これらの研究は一方の利益の実現を目的とする支援としての協働か双方の利益を達成するための協働かは明示したものではない。

12)  共感と向社会行動については近年でも盛んに研究がなされている(Bennett, 1995Davis, Mitchell, Hall, Lothert, Snapp, & Meyer, 1999Pizarro & Salovey, 2002Jolliffe & Farrington, 2004Smith, 2006Mencl & May, 2009Devoldre, Davis, Verhofstadt, & Buysse, 2010など)。

13)  これらの研究も支援的な協働か両者の利益を目指すものかを明示したものでは無い。

14)  協働意識と同様に,本研究とは逆の因果関係で愛着を信頼の先行要因として位置付けるという研究も存在する(Swan & Nolan, 1985Swan et al., 1985Swan et al., 1988Hawes, Mast, & Swan, 1989Doney & Cannon, 1997Nicholson, Compeau, & Sethi, 2001Panda, 2013)。両者に明確な一方向の因果関係はなく,Huang and Wilkinson(2013)もいうように信頼と愛着も相互に作用すると考えられる。しかし,協働意識と同様に本研究では,その目的から信頼の結果として愛着を位置付け議論を進める。他にも,Johonson-George and Swap(1982)やRotter(1980)らは他者に対する好ましさに影響を及ぼす変数として信頼を位置付けている。

15)  豊田ら(2014)によると,モデル構造の等質性の検討は,まず群間で各因子を測定する観測変数が等しいと仮定する配置不変モデル(モデル1)の検定を行う。そして,このモデル1が受容されると次に,より詳しいモデル構造の検討のために,制約を課したモデルを構成し測定不変性の確認を行う。測定不変性は,群間で因子負荷が等値になるように制約を加えたモデル(モデル2:弱測定不変モデル),次に2に加えて群間の観測変数の切片に等値制約を加えたモデル(モデル3:強測定不変モデル),さらに,3に加えて,観測変数の誤差分散も群間で等値であると仮定するモデル(モデル4:厳密な測定不変モデル),最後に群間の因子平均の値に等値制約を課したモデル(モデル5:全母数が等しいモデル)の5つのモデルを比較し,適合度が許容範囲内にある最も制約条件の厳しいモデルを採用することによって行い,モデル5が採用される場合,群を分けずに単一母集団として解析しても問題ないと判断するとされている。

参考文献
 
© 2018 日本商業学会
feedback
Top