流通研究
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投稿論文
地域間のプレイス・ブランディングにおけるマルチレベルの関係性への注目
長尾 雅信山崎 義広八木 敏昭
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2020 年 23 巻 2 号 p. 17-31

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Abstract

価値創出・向上型の広域連携が進められる中で,圏域設定や価値創出に係る知見が求められている。先行研究では歴史文化資産を軸とした地域間のプレイス・ブランディングが示唆されたものの,その促進の駆動因としては十分に明らかにされたとは言い難い。同様に実務,研究に共通する課題として,地域間の産官が参加した委員会方式によるブランド・マネジメントの停滞が挙げられており,民間の活動を含めたマルチレベルのブランディングへの注目が求められている。本研究では,地域間のプレイス・ブランディングにおいて,複数のデータ収集方法を用い分析を行う混合研究法により,個の意識の把握や役割の重要性を明らかにし,ボトムアップ・ビルディングの効用を示した。そこで歴史文化資産が,連携の駆動因として機能しうることを見出した。さらに,地域ブランド資産を認識した個人が,地域間の繋がりの方向づけや意味づけを行う存在となりうることを確認した。

1  緒言

今日の日本では,近代化によって整えられた様々な仕組みが制度疲労を起こし,その改革が求められている。地域のあり方もその一つである。人口減少によって経済縮減に悩む地域にとり,その対応の糸口として注目されているのが広域連携である。初期の広域連携は国主導の全国画一的な政策であり,1960年代から広域市町村圏として一部事務組合を作ることでごみ・し尿処理,社会福祉施設の運営等を進めた制度である。2008年に広域市町村圏関連の要綱が廃止されるまで40年間にわたって進められたが,機能面で十分に成果を挙げられなかった(横道,2013)。この反省の下,平成の大合併後の広域連携はより地方分権的かつ柔軟な枠組みで行われている。定住自立圏構想はその選択の可否,圏域の設定は各市町村のイニシアチブに任せられている。圏域に求められる役割も社会資本の共同運営にとどまらず,体験型観光やグリーンツーリズムの推進等も含まれる。

観光立国が推進される中で,各地は諸問題解決に向け地域の魅力を活かす局面にある。これまでの広域連携の役割が機能補完であるならば,これからは価値創出・向上にある。日本のプレイス・ブランディング研究の文脈では,戦略的ゾーニング(和田・菅野・徳山・長尾・若林,2009)として捉えられる。つまり「ブランド資産を基盤とした地域内の再構築,もしくは地域外との連携によって,地域独自の体験価値を創造すること」(和田他,2009,p. 115)を指す。世界に目を向ければ,地域間ブランディング(Inter-Regional Place Branding,以下IRPB)として研究や実践が進む。

イニシアチブを与えられた各地域は,柔軟な圏域設定や価値創出の方略を十分に有していないだろう。同様に従来の行政主導ではなく,民間の動きに啓発され後から政策が進行するという事象も見受けられる(大野,2019)。新たなシステム・デザインが求められる日本において,既存の行政システムの枠組みを超えたプレイス・ブランディングの知見を蓄積していかねばならない。この認識のもと本稿はIRPBに照射し,プレイス・ブランディングやIRPBに係る先行研究のレビューを経た上で,複数のデータ収集方法を用い分析を行う混合研究法によりその要請に応えていく。

2  先行研究のレビュー

2.1  プレイス・ブランディングの特性

観光振興や都市政策,国家イメージの確立を目指した研究と実践の展開を背景に,地域そのものを対象としたブランディング研究は2000年あたりから,プレイス・ブランディングという流れに集約されつつある(若林・徳山・長尾,2018)。その多くは政府や地域のステークホルダーによって構成されたブランディング組織の主導を軸とした,マネジメント・モデルを導出することに高い関心が寄せられてきた(Ashworth & Kavaratzis, 2007Kavaratzis, 2004Baker, 2007和田他,2009Hanna & Rowley, 2011)。これらの研究は基本的にビジネスブランド・マネジメントを下敷きに,プレイス・ブランディングのあり方は企業のブランドと同様に,単一主体による一元的管理を志向する。

しかしプレイス・ブランディングの特殊性が,ビジネスブランド・マネジメント論の適用を妨げる要因となっていることが指摘されている(小林,2016若林他,2018)。特にプレイスと企業のブランディングの決定的な違いは,そこに関わるアクターの多様性にある(和田他,2009小林,2016)。「誰もが参加できるがゆえに複数の主体が存在し,地域空間ブランディングを行ううえで協力する必要があるにもかかわらず,だれがイニシアチブをとるか決まっていないため組織だった行動がとれない」(小林,2016,p. 85)というジレンマを抱えている。この多様性が有効に機能すれば,ステークホルダー間の調整の困難さ(長尾,2008)を乗り越えられよう。

本研究のテーマであるIRPBでは,単一地域内におけるプレイス・ブランディングよりもアクターの多様性が与件的であることは想像に難くない。次にIRPBの研究の特性,アクターの多様性の取り扱いに焦点を当て,それらを踏まえた上で研究課題を整理する。

2.2  IRPBの特性

先述のとおり,日本のIRPB研究は戦略的ゾーニングとして取り扱われてきた。ゾーニングはもともと,都市計画における用途別区画を意味する。日本における地域ブランドの議論が活発になるにしたがい,土地を機能ごとに区分する機能的なゾーニングへの限界が指摘され(和田他,2009),体験価値を軸とした価値創出・向上を目指した戦略的ゾーニングに焦点が置かれた。戦略的ゾーニングは「再構築型ゾーニング」と「連携型ゾーニング」があり,前者は地域を再構築すること,後者は他地域と連携することで,地域独自の体験価値の創造を目指す。この「連携型ゾーニング」こそIRPBにあたる。既存研究では構造に縛られた地方自治体の限界を示し,県を越えた連携についても知見が積み重ねられている(和田他,2009徳山,2015長尾,2015)。今後増加しうる県を越えた連携について,和田他(2009)は歴史を軸とした広域連携の可能性を指摘している。

海外に目を転じれば,IRPBの研究はヨーロッパにて盛んである(Hospers, 2006)。第一次世界大戦から東欧変革に焦点を絞っても,民主主義,ファシズム,共産主義の対立のもと,多くの犠牲を払ってきたヨーロッパ(Mazower, 1998)では,文化,歴史,価値の多様性に懊悩しながら,欧州連合による合意形成,経済的連携の取り組みを進めている。IRPBもこの背景に根ざしており,ヨーロッパ各地で地域や国を跨いだブランディングの協力構想が広がっている(Hospers, 2004Andersson, 2007Witte & Braun, 2015)。そこでIRPBは「2つ以上の地域を共同でブランディングするアプローチ」(Zenker & Jacobsen, 2015)として定義される。

2015年にはIRPBの論稿を取り纏めた“Inter-Regional Place Branding”が刊行された。ここでは地域間で文化や制度の違いがある中,ブランド連想を如何に生み出し協働の成果をもたらしうるのかという実務的課題に基づいた論旨が展開される。IRPBの狙いは①ターゲットの意識にひとつの地理的実在の知覚をつくること②ひとつひとつの実在から地域を超えた新たなブランドへと肯定的な連想を移すことにあるという(Zenker & Jacobsen, 2015)。このことは製品の共同ブランド(Aaker, 2004)にも通底することであるが,既述のとおりステークホルダーの多様さはIRPBにおいてより際立つ。多様なステークホルダーが存在するということは,多様な地域アイデンティティが存在しうるということである(Andersson, 2007)。そのためIRPBでは,消費者認知を基にしたブランド連想ネットワークの把握がより求められている(Zenker & Braun, 2010)。プレイスがさまざまな人々の空間認識によって変化する(Massey, 1993, 2000, 2005)ならば,連携する地域を人々がどう捉えているかを把握する必要があるだろう。

2.3  社会基盤の整備を契機としたIRPB

IRPBのさらなる特性として,社会基盤の整備により地域を跨いだブランディングが展開され,多層的な連携を生み出すことが挙げられる。Zenker and Jacobsen(2015)によれば,地域を跨ぐ新たな交通網は越境地域間の経済・文化的関連を強くし,人々にひとつの地域という認識を強くさせると指摘する。さらにBraun, Zenker, and Witte(2014)はコペンハーゲンとハンブルクを繋ぐ新しいトンネルの事例を引き,物理的距離のみならず心理的距離の低減が共同ブランディングを促進しうることを示唆する。

ヨーロッパにおいてインフラ整備を契機にIRPBを促進させた有名なケースは,デンマークとスウェーデン国境のエーレスンド海峡の鉄道道路併用橋および併用トンネルであるエーレスン・リンクだろう(Hornskov, 2007Hospers, 2004)。このトンネルは1991年に両国により建設が合意され,1995年に工事が始まり2000年に開通した。海峡は北海とバルト海を結ぶ唯一の航路であり,有史以来ヨーロッパの海洋交通の要所であった。そのため近隣国にとっては緊張関係を生み出す地域でもあった。しかし架橋にあたり両国の間でエーレスン委員会が設立され,この地域を「ヒューマン・キャピタル」という都市圏と見立てブランディングを展開した。さらに両国の150にものぼる企業や公的機関がエーレスン・アイデンティティ・ネットワークのメンバーとなり,共通のロゴを利用する等,一体感の醸成が図られた(Hospers, 2006)。

日本でも社会基盤の整備を契機としたIRPBが見受けられる。瀬戸内海にかかる連絡道路のひとつである西瀬戸自動車道は「しまなみ海道」と呼ばれ,今やサイクリストの聖地となっている。1999年の開通以来,瀬戸大橋と明石海峡大橋の後塵を拝してきたものの,世界最大手の自転車メーカーGIANTの劉会長(当時)が多島美を堪能出来る自転車コースに魅了され,橋の両端にある愛媛県今治市と広島県尾道市にて,サイクリングをコンテンツとしたプレイス・ブランディングが展開されている(徳山・長尾・若林,2017若林他,2018)。

2.4  IRPBにおける研究課題

このように世界で有効な事例が見いだされつつも,実務,研究双方に共通する課題も残る。IRPBの多くは産官中心による委員会方式で運営されてきた。委員会方式とは若林他(2018)がアクターの交わりの類型で整理する「ステークホルダー協働型」と言える。「目的や利害が一致した場合は,推進する力は強く実現しやすいと考えられるが,複雑に利害が絡み合っている分,閉鎖的であり,時には形式的にもなり,調整が難しい」(若林他,2018,p. 53)とされており,プレイスの捉え方や取り組みが柔軟性に欠けるきらいがある。広域連携では規模の大きさや物理的距離から,個々の市民の交流は当初から盛んとなり得ないことはけだし言える。しかし産官の取り組みがIRPBの契機とせよ,萌芽期から次の段階へと進めるためには,委員会方式から市民連携も含めた多層的な連携にも目を向ける必要があるだろう。プレイス・ブランディングが人文主義地理学において醸成されてきたプレイス概念の適用により,トップダウン・ガヴァナンスだけでなく,ボトムアップ・ビルディングにも注目(Aitken & Campelo, 2011Kavaratzis, 2012François Lecompte, 2017)されるようになったこととも関連する。このことはマルチレベルの関係性として包括することが出来る。本稿では先行研究を踏まえ,IRPBにおけるマルチレベルの関係性を「個人から組織に至る多様な主体が地域のビジョンに目を向け,自律的に協働を展開すること」と定義する。

IRPBにおけるマルチレベルの関係性が注目に資することについては,先行研究でも指摘されてきた(Perkmann, 2003Medeiros, 2011)。マルチレベルの関係性は交通や経済,文化に限らずスポーツや観光,レジャー,自然環境の保護,健康,エネルギー,教育,イノベーションや技術といった多岐に渡る領域で発展し(Oliveira, 2015, p. 120),SDGsとプレイス・ブランディングの架橋にもなり得よう。

マルチレベルの関係性において,よりボトムアップ・ビルディングのIRPBに視野を向けるようになると,センス・オブ・プレイスに注目する必要がある。人々の知覚や感情と一体化した生活世界を理解する人文主義地理学(松尾,2014)では,センス・オブ・プレイスが重視されボトムアップ・ビルディングでは促進要因の鍵となる。センス・オブ・プレイスは本質的に人々の知識,その場での人々の活動,それと同様に人々の関係や感情に関連しているという(Tuan, 1977)。プレイスのストーリー性が重要視される中,個々の人々によるセンス・オブ・プレイスがその駆動因となるとされ注目が集まる(Aitken & Campelo, 2011Kalandides, 2011Campelo, Aitken, Thyne, & Gnoth, 2016)。さらにセンス・オブ・プレイスの把握は地域をマネジメントする公的機関にとっても,ステイクホルクダーの期待の理解にも繋がると注目されている(Stedman, 2003)。このように地域で活動する人々の感情や行動の把握が,ブランディングの強化に繋がると認識されている。

さらにプレイス・ブランディングに係るステイクホルクダーの多様性がはらむ課題がある(長尾,2008Cozmiuc, 2011小林,2016)。エーレスン・リンクの事例に鑑みると,対岸の住民同士にはまだそのアイデンティティが共有されておらず,開発の停滞の恐れがあるという。委員会方式でプレイス・ブランディングがなされる場合,IRPBの将来ビジョンは特徴のない内容となり得ることが懸念される。それは社会基盤の整備によって地域住民が連携を意識するようになる時,繋がりうる地域住民の認識はいかなるものか。IRPBの萌芽期を捉える上で重要な研究課題である。

これまでプレイス・ブランディングの特性,IRPBの特性を経て,その研究課題を見出した。ここでそれらを小括する。価値創出・向上型の広域連携が進む中,圏域設定や価値創出に係る知見が求められている。日本におけるIRPBの先行研究では県を越え,歴史を軸とした広域連携の可能性が示された。また,国内外を問わず社会基盤の整備を契機としたIRPBが報告されている。本研究の調査対象の選定にあたり,これらを念頭に置く。アクターの多様性はプレイス・ブランディングとIRPBともに向き合わなければならない課題であるものの,IRPBではそれがより与件的である。そのため越境地域間のマルチレベルの関係性に焦点を当てる必要がある。既存研究は委員会方式のみ照射する傾向にあった。IRPBの内実を充実させ,それを萌芽期から次の段階へと至らせるためには市民間の連携も望まれるが,その前提として繋がり得る各地域の住民が互いの地域をどう捉えているか,その認識を把握する必要がある。

3  研究の方法論

3.1  調査対象

こうした理論的課題の解決のために,本研究ではIRPBの実例の分析を進める。調査対象地域は国道289号線で結ばれようとしている新潟県三条市と福島県只見町である。三条市は新潟県の中央部に位置し人口約98,000人,江戸時代から金物工業の盛んな地域である。只見町は人口約4,200人,南会津郡の豪雪地帯であり,町域を流れる只見川の活用により日本有数の水力発電による電源地である。両地域は千メーター級の越後山脈で隔てられているが,明治時代後期までは八十里越(はちじゅうりごえ)という街道が機能し,新潟からは塩,魚類,鉄製品が,南会津からは繊維の原料が運ばれ,人の往来も盛んであり姻戚関係も少なくなかった。大正期に入り新潟と会津地方を結ぶ鉄道網が敷設されると,八十里越は衰退した。高度成長期,歴史の中で風化していた八十里越に光が当たる。

1970年,新潟市から福島県中通りを経て,いわき市へと至る国道289号線の計画が制定された。この通過地として八十里越街道近くに道路が敷設されることとなった。289号線はおおむね整備されたものの,八十里越の工事区間は難所であり豪雪の影響もあって工事の進捗は遅く,289号線の中でも残された車輛交通不能区間である。しかしここにきて2020年代半ばの開通を目指し,工事が急ぎ進められている。それに伴い歴史的背景を有する八十里越を起点に,両地域の産官民によるマルチレベルの関係性によるブランディングが行われつつある。

3.2  研究法

本研究では連携の萌芽期において十分に捉えられてこなかった市民の行動や心理状況を把握するため,複数のデータ収集方法を用い分析を行う混合研究法を採用する。混合研究法とは社会科学や行動科学で用いられている量と質のアプローチの統合を実現させる研究方法論である(Teddlie & Tashakkori, 2009/2017)。混合研究法には両アプローチに対する様々な組み合わせや順序によるデザインが存在する。本研究では量的・質的データから導出される異なる視点を合体・比較する際に用いられる並列型混合デザイン(収斂デザイン)を採用する。

並列型混合デザインは量的アプローチと質的アプローチが比較的独立した2つの工程から成り立つ。それぞれの工程で研究の問い,データ収集,分析手法により成り立っており,包括的なリサーチ・クエスチョンに対してそれぞれが関連する側面を明らかにすることを目的に計画され実行される。各工程の結果は研究の最後に統合されてメタ推論を形成する。メタ推論とは混合型研究の量的・質的の2つの工程の結果から得た推論の統合を通じて生成される結論のことを指す(Creswell & Plano Clark, 2007/2010Teddlie & Tashakkori, 2009/2017Fetters, 2020)。

地域という多様なアクターが存在する中でのブランディングでは,アクター間の複雑な関係性が予想される。本研究におけるIRPBに対する地域の認識を明らかにするには,単一の地域以上に重層的に地域振興に従事しているマルチレベルの関係性の把握の必要性があるだろう。そこで上述した混合研究法のデザイン基づき,量的調査では八十里越開通の機運が高まる中での2つの地域住民の互いの認識の把握を目的とする。両地域の人々が近隣地域の魅力をどう捉え,それが近隣地域への態度にどう影響しているのかを確認する。また定性研究では八十里越を軸とした地域振興に従事するアクターの実情の把握を目指す。具体的には両地域の交流促進に取り組む団体に質的調査を行い,両地域にまたがる連携の内実を分析する。これらの分析結果を統合し,IRPBの萌芽期の理解を目指す。

4  両地域へのブランド資産認識調査

戦略的ゾーニングを包括的に捉えた地域ブランド資産-価値評価モデル(菅野・若林,2008和田他,2009)では,地域ブランド資産が地域ブランド価値を形成し,その価値によって地域ブランドへの魅力・態度形成へと発展するとした。想定した理論モデルを基にした実証研究(和田他,2009)は,Webアンケート調査から因子分析を行い,そのモデルの検証をした。本稿で行う定量調査においても先行研究と同様のアンケートを各地区住民に対して行うものの,調査を行うにあたりモデルに若干の修正を加える。両地域をつなぐ道路は本格開通前であり,それぞれの地域に足を運びその場を体験している人は少数だろう。そのため地域ブランド価値は十分に測定されないと判断出来る。そこで地域ブランド資産認識と態度の繋がりの直接的影響を実証した山崎他(2015)と同様の調査を行った。なお,両地域における交流は萌芽期であるため,本調査では仮説検証というよりも相互の認識を概括することを目的とする。

新潟県三条市は2005年5月に三条市,南蒲原郡栄町,同郡下田村と合併した。本稿では地域を跨いだブランド形成を深思するため,三条市においては福島県只見町に県境を跨いで隣接する同市下田地区に注目した。調査は,2016年10月下旬から11月中旬にかけて,隣地域への地域ブランド資産認識評価,隣地区へのつながり,親近感,訪問意向等について尋ねた質問紙を,新潟県三条市下田地区と福島県只見町のそれぞれの住民を対象に各1,000通郵送配布した。なお,有効回答は三条市下田地区が43%(432通),只見町が43%(429通)であった。

調査では,表に示した質問項目について,リッカート尺度により評価がなされた。これを基に地域ブランド資産認識に関わる38項目について因子分析(最尤法,バリマックス回転)を行い,析出された因子を地域ブランド資産認識の評価要素とした。なおこの因子分析では,共通性が0.3未満の項目を削除し,固有値が1以上となった因子を採用した。

本稿においては,地域ブランド資産認識の各評価要素と,「足を運んでみたい」,「交流してみたい」,「歴史文化的なつながりがある」,「親近感がある」の『態度』についての各項目(要素)とにパスを繋げる構造方程式モデルを立て共分散構造分析による推定をする前段階として,つまり各々の要素の因果分析に先立つ基礎的研究として,諸要素間の想定されうる関係を重回帰分析で確認した。

因子分析の結果,下田地区では4つの因子が抽出された。それぞれ構成変数をもとに歴史文化資産(α = .888),生活資産(α = .842),コミュニティ資産(α = .838),食文化(α = .752)と名付けた(表1)。只見町では5つの因子が抽出された。それぞれ構成変数をもとに生活資産(α = .842),歴史文化資産(α = .850),コミュニティ資産(α = .839),自然資産(α = .749),食文化資産(α = .815)と名付けた(表2)。

表1. 下田地区から見た只見町の地域ブランド資産認識の因子分析結果
設問(変数) I II III IV 共通性
歴史文化
資産
生活
資産
コミュニ
ティ資産
食文化
資産
芸術,伝統芸能などの文化的な活動が盛んであると思う 0.847 0.122 0.188 0.072 0.772
地域に受け継がれている独自の芸術,伝統芸能があると思う 0.841 0.124 0.170 0.194 0.789
伝統文化の保存に積極的であると思う 0.835 0.027 0.183 0.122 0.746
歴史上有名な物語があると思う 0.787 0.027 0.113 0.196 0.670
芸術や伝統芸能などの文化を身近に体験できる場があると思う 0.763 0.133 0.231 0.149 0.675
歴史的なまち並みが残っていると思う 0.751 0.191 0.193 0.181 0.671
歴史を感じさせる場所があると思う 0.738 0.003 0.182 0.228 0.630
芸術や伝統芸能などの文化に対する住民の興味が高いと思う 0.677 0.174 0.256 0.203 0.596
芸術家や文化人に好まれる場所があると思う 0.648 0.065 0.283 0.318 0.605
文化施設がよく利用されていると思う 0.605 0.253 0.290 0.164 0.541
歴史上有名な人物を輩出していると思う 0.569 0.145 0.094 0.257 0.420
働く場が充実していると思う 0.058 0.910 0.104 0.085 0.849
地域内での交通機関が発達していて,移動に便利だと思う 0.031 0.884 0.015 0.022 0.784
経済・商業の中心となる産業があり,地域の活性化に貢献していると思う 0.072 0.815 0.155 0.102 0.703
医療機関が充実していると思う 0.095 0.806 0.162 0.050 0.687
生活が便利であると思う 0.085 0.745 0.058 -0.053 0.569
福祉サービスが充実していると思う 0.169 0.719 0.177 0.154 0.601
子育てしやすい環境であると思う 0.274 0.615 0.198 0.204 0.534
人と人との交流が活発な地域であると思う 0.388 0.254 0.753 0.203 0.823
世代を超えた交流があると思う 0.408 0.230 0.752 0.176 0.815
住民とよそから来た人が交流できる雰囲気があると思う 0.409 0.239 0.653 0.274 0.725
多様な価値観や趣味を持った人たちの交流の場があると思う 0.409 0.298 0.606 0.329 0.732
食べ物がおいしいと思う 0.406 0.068 0.210 0.804 0.860
地域固有の特産品(農産物,水産物,畜産物,酒など)があると思う 0.400 0.068 0.230 0.751 0.781
おいしい料理屋があると思う 0.346 0.240 0.238 0.657 0.666
寄与率(%) 28.151 19.047 11.601 10.234
累積寄与率(%) 28.151 47.198 58.799 69.033

残余項目―3回の因子分析で削除された設問(変数)

・地域で受け継がれている生活文化があると思う

・物価が高くなく,生活費の負担が少ないと思う

・新しい文化の受け入れ,育成に積極的であると思う

・良質の温泉があると思う

・教育に熱心な地域であると思う

・魅力的な宿泊施設があると思う

・その地域を代表する食べ物があると思う

・伝統的な郷土料理があると思う

・住民同士が交流できる場があると思う

・地域に特徴的な気質,価値観があると思う

・美しい街並みがあると思う

・山,川,滝,森林など豊かな自然があると思う

・地域固有の特徴のある草,木,花があると思う

表2. 只見町から見た下田地区の地域ブランド資産認識の因子分析結果
設問(変数) I II III IV V 共通性
生活
資産
歴史文化
資産
コミュニティ資産 自然
資産
食文化
資産
働く場が充実していると思う 0.841 0.178 0.165 0.107 0.178 0.810
医療機関が充実していると思う 0.837 0.245 0.157 0.090 0.101 0.804
地域内での交通機関が発達していて,移動に便利だと思う 0.823 0.205 0.174 0.061 0.168 0.781
生活が便利であると思う 0.781 0.160 0.188 0.070 0.140 0.696
福祉サービスが充実していると思う 0.717 0.289 0.133 0.060 0.179 0.652
経済・商業の中心となる産業があり,地域の活性化に貢献していると思う 0.716 0.287 0.295 0.140 0.161 0.728
子育てしやすい環境であると思う 0.635 0.148 0.358 0.156 0.217 0.625
新しい文化の受け入れ,育成に積極的であると思う 0.520 0.318 0.364 0.005 0.118 0.518
芸術,伝統芸能などの文化的な活動が盛んであると思う 0.197 0.893 0.240 0.050 0.094 0.906
地域に受け継がれている独自の芸術,伝統芸能があると思う 0.250 0.832 0.166 0.089 0.153 0.813
伝統文化の保存に積極的であると思う 0.318 0.827 0.236 0.072 0.142 0.866
歴史を感じさせる場所があると思う 0.310 0.671 0.149 0.227 0.222 0.669
芸術や伝統芸能などの文化に対する住民の興味が高いと思う 0.177 0.532 0.386 0.215 0.143 0.530
歴史上有名な物語があると思う 0.354 0.495 0.069 0.077 0.370 0.518
世代を超えた交流があると思う 0.200 0.236 0.854 0.104 0.197 0.875
人と人との交流が活発な地域であると思う 0.274 0.253 0.815 0.147 0.140 0.844
住民とよそから来た人が交流できる雰囲気があると思う 0.311 0.231 0.707 0.206 0.172 0.722
住民同士が交流できる場があると思う 0.416 0.153 0.567 0.252 0.116 0.595
地域固有の特徴のある草,木,花があると思う 0.125 0.114 0.167 0.936 0.178 0.963
山,川,滝,森林など豊かな自然があると思う 0.112 0.160 0.210 0.759 0.135 0.676
その地域を代表する食べ物があると思う 0.375 0.203 0.120 0.184 0.692 0.709
食べ物がおいしいと思う 0.348 0.201 0.292 0.129 0.669 0.711
伝統的な郷土料理があると思う 0.079 0.311 0.304 0.251 0.520 0.529
寄与率(%) 15.845 13.997 9.615 8.647 5.896
累積寄与率(%) 15.845 29.842 39.457 48.104 54.000

残余項目―3回の因子分析で削除された設問(変数)

・歴史的なまち並みが残っていると思う

・芸術や伝統芸能などの文化を身近に体験できる場があると思う

・歴史上有名な人物を輩出していると思う

・地域で受け継がれている生活文化があると思う

・芸術家や文化人に好まれる場所があると思う

・文化施設がよく利用されていると思う

・物価が高くなく,生活費の負担が少ないと思う

・良質の温泉があると思う

・教育に熱心な地域であると思う

・魅力的な宿泊施設があると思う

・おいしい料理屋があると思う

・多様な価値観や趣味を持った人たちの交流の場があると思う

・地域に特徴的な気質,価値観があると思う

・美しい街並みがあると思う

次に地域ブランド資産認識の評価要素を独立変数とし,態度の各要素従属変数として,重回帰分析を行い,その関係性をみた。

最初に「足を運んでみたい」を従属変数とした結果,下田地区においては,このモデルの自由度調整済決定係数(R2)は.079であり説明力は弱いものの,モデル式自体は1%水準で統計的に有意であった。係数をみると歴史文化資産のみ1%水準で有意となった。只見町においては,このモデルのR2は.0137であり説明力は弱いものの,モデル式自体は1%水準で統計的に有意であった。係数をみると生活資産とコミュニティ資産が1%水準,歴史文化資産では5%水準で有意となった。

そして「交流してみたい」を従属変数とした結果,下田地区においては,このモデルのR2は.132であり説明力は弱いものの,モデル式自体は1%水準で統計的に有意であった。係数をみると歴史文化資産とコミュニティ資産が1%水準で有意となった。只見町においては,このモデルのR2は.0210であり説明力は弱いものの,モデル式自体は1%水準で統計的に有意であった。係数をみると生活資産,コミュニティ資産と自然資産が1%水準,歴史文化資産が5%水準で有意となった。

更に「歴史文化的なつながりがある」を従属変数とした結果,下田地区においては,このモデルのR2は.152であり説明力は弱いものの,モデル式自体は1%水準で統計的に有意であった。係数をみると歴史文化資産と食文化資産が1%水準で有意となった。只見町においては,このモデルのR2は.0235であり説明力は弱いものの,モデル式自体は1%水準で統計的に有意であった。係数をみると生活資産,歴史文化資産と自然資産が1%水準で有意となった。

最後に「親近感がある」を従属変数とした結果,下田地区においては,このモデルのR2は.198であり説明力は弱いものの,モデル式自体は1%水準で統計的に有意であった。係数をみると歴史文化資産とコニュニティ資産が1%水準,食文化資産が5%水準で有意となった。只見町においては,このモデルのR2は.0235であり説明力は弱いものの,モデル式自体は1%水準で統計的に有意であった。係数をみると生活資産,歴史文化資産と自然資産が1%水準で有意となった。

ここで,順に互いの地域へのブランド資産要素の重回帰分析結果において,有意水準5%以下の標準偏回帰係数(β)をみると,下田地区,只見町とも,県境の向こうの地域の歴史文化資産より歴史的つながりを感じ,親近感を持っていることが窺える。

下田地区から只見町をみると,コミュニティ資産から弱いながらも交流意向と親近感が,また食文化から歴史的文化的つながりと親近感が生じており,共通の文化を持つ隣人と考えていることが窺える。一方,生活資産は貧弱で,5%水準で有意性は認められなかったものの,いずれの態度にも負の相関が示されていた。只見町を過疎地域として認識しないまでも,奥会津という鄙びたイメージが影響しているのかもしれない(図1)。

図1.

三条市下田地区における只見町へのブランド資産認識重回帰分析結果

次に只見町から下田地区を見ると,自然資産から歴史的文化的つながりが生じており,同様に共通の文化を持つ隣人と考えていることが窺える。また生活資産より訪問・交流意向が生じているのは,下田地区の向こうにある三条市中心部の生活インフラや商業施設からくるものと思われる(図2)。しかしながら,R2の値がいずれも著しく小さいため,地域ブランド資産認識と態度の関係で説明できることは限定的といわざるを得ない。

図2.

只見町における三条市下田地区へのブランド資産認識重回帰分析結果

以上,地域ブランド資産認識と態度との関係性を見た。その結果,両地域ともに歴史文化資産が他方への態度形成に関係していることが確認された。IRPBにおけるこの意義については統合分析にて後述する。

5  八十里越に係るマルチレベルの関係性への質的調査

次に八十里越に係るマルチレベルの関係性の把握を試みる。レビューを経て確認されたように,IRPBでは極めて広範なステークホルダーが存在し得る。それを踏まえれば,地域では行政や企業による組織的取り組みから活動的な個人に至るまで,多様なアクターによる重層的な展開がなされているはずである。そこで本章では定性的アプローチにより,八十里越を軸としたマルチレベルのアクターの実態を把握し,その活動が両地域にどのような影響を及ぼしているかについて分析する。事例選定にあたっては三条市役所や只見町役場に聞き取りを行った。その結果,主に行政レベルによる取り組みと三条市下田地区にある地域振興団体による活動があり,特に後者が活発であることが分かりこれらに焦点を絞った。

5.1  八十里越をめぐる行政を中心とした取り組み

八十里越の2020年代半ばの開通を見据え,2011年には両自治体を中心に八十里越道路暫定的活用検討懇談会が設立された。ここでは行政が中心となり,地域間交流と両地域の活性化等について検討する団体等を対象に交流事業を展開している。具体的には市民を対象とした八十里越工事見学のバスツアーを行い,不通区間を限定的に通り抜けることにより,開通後の利便性や効果を実感させている。また只見町と下田地区だけではなく,新潟県中越地方と奥会津地方および福島県内各町村間の絆を強めることを目的とした「R289フルコース踏破事業」も行われている。この事業は只見町の高校生を対象に自転車と徒歩により工事区間を含めて走破する取り組みである。こうした持続的取り組みを基に物産販売や観光面での地域間交流促進も練られている。この事業を通じて両地域の人々がそれぞれの名所を巡り,その価値を体験するに至っている。

また両地域の財界は開通を見据え,企業間連携の取り組みに着手し,工業分野における受発注が生まれている。一例として只見町の金型メーカーである株式会社会津工場は下田地区にあるアウトドア用品メーカーである株式会社スノーピークと連携を行っている。その取り組みは製品の受発注にとどまらず,只見町の自然を活かしたキャンプ等の体験機会の創出へと及んでいる。これらの事実から新たな交通インフラの整備は,越境地域間の経済・文化的交流を促進させていることが窺える。但し,行政による懇談会は年一回程度の開催であり,例年の現状を繰り返すに留まっている。

5.2  「NPO法人しただの里」による取り組み

三条市下田地区は豊かな自然と諸橋轍次記念館,八十里越古道といった様々な地域資源を有している。ここではさらに多様な地域資源を活かしながら,地域間・多世代交流事業を通じた地域づくりを目指す「NPO法人しただの里(以下,「しただの里」)及び代表大竹晴義氏に焦点を当てる。近年,下田地区を中心に様々な取り組みを行っている「しただの里」大竹氏の歩みを知ることは,IRPBにおけるボトムアップ・ビルディングに貴重な知見をもたらし得る。しただの里代表・大竹晴義氏へのインタビューは2018年7月2日,新潟県三条市内にある同氏所有の事務所内にて実施した。インタビューは半構造化方式を採り,聞き取りの内容は①設立の経緯,②NPOが実施する活動の内容,③各種活動の参加者の概要,④地域内外の人々の態度変容と協働,⑤活動が抱える課題に大別し,内容を掘り下げていった。また必要に応じて,大竹氏に電話を通じたインタビューを行いデータの補足を行った。

「しただの里」は大竹晴義氏により2015年に設立され,2016年度より本格的に活動を開始した団体である。団体の主な目的は八十里越と下田地区の活性化である。歴史資産である八十里越を活用し,三条市及び近隣町村の一般市民を対象とした「八十里越ルート調査及び古道トレッキングコース整備事業」を行ってきた。この事業は下田地区の最北地にあり八十里越の入口である吉ヶ平を起点として,只見町側に至る古道の八十里越をトレッキングコースとして整備しながら,古道を踏破することを目的とする。また,定期的に「八十里越フォーラム」を開催し,広く八十里越の存在とその歴史的価値について周知を続けている。「しただ郷子ども自然体験活動」等,子どもを対象にした活動も行っている。自然に親しみ,古道を体験する催しを通じて,八十里越や吉ヶ平における地域の自然・歴史教育を行ってきた。

大竹氏は下田地区八木ヶ鼻の生まれである。中学の頃に友人に誘われて訪れた吉ヶ平が遊び場となり,以来縁の深い場所となった。1998年,下田地区の祭りとして吉ヶ平にある雨生ヶ池の伝承を基に,大蛇を祭った神輿を担ぐ企画が立ち上がった。それに参加した大竹氏をはじめとした当時の若者達は,集団離村により無人となった吉ヶ平に建つ分校の様を憂えた。その保存活動が「しただの里」の原点である。NPOとしての活動は下田地区に道の駅の建設計画が立ち上がった際,民間として地域活性化に貢献することに端を発する。

一般的に「八十里越」と呼称される道は,整備中の289号線と脇に位置する古からの山道を総称している。古道の八十里越では,地域住民により草刈りといった整備が年2回ほど行われていた。10年ほど前に大竹氏もその手伝いに関わり,古道を歩んだ体験から八十里越に興味が湧くようになったという。もともと歴史好きな大竹氏は歴史の舞台ともなったこの道にロマンを感じ,古道を中心とした活動に傾斜していく。

活動を続ける中,大竹氏は只見町の名士・長谷部家の現当主である長谷部忠夫氏を知人から紹介された。長谷部氏は八十里越を歩いたことがなく,歩いてみたいという。長谷部家は八十里越の出入りを監督する叶津番所を治め,古文書等でも頻出する。大竹氏は長谷部氏とともに,一緒に古道を踏破することとなった。以来,長谷部氏とは意気投合し,活動を共にし只見側の機運醸成に一役買っているという。前述したように「NPO法人しただの里」は2016年度より八十里越の山道整備を行ってきた。整備を通じて一般観光客も安全に楽しめる新たなトレッキングコースを設定し,地域活性化を企図してきた。大竹氏と長谷部氏との出会いは,山道整備という八十里越の体験創出に加え,八十里越の歴史の側面を際立たせる起因となった。

大竹氏の八十里越に係る取り組みは,点ではなく面を意識するようになる。古道は三条市下田地区,魚沼市,只見町に渡っており,地域を跨いでそれらが結ばれるような人的交流が望まれる。そうした認識のもと,他地域との連携の促進を意識した事業に注力していく。そのための仕掛けの一つとして八十里越の歴史的意義を伝える八十里越フォーラムを毎年手掛けている。この中でより多くの人々に八十里越に関する歴史を知ってもらうために,長岡市の歴史家で河井継之助や八十里越研究の権威である稲川明雄氏の協力を得ていく。只見町の住民にあっては郷土に関わりある歴史上の人物・河井継之助と八十里越は,記念館の存在を通じて地元の歴史文化資産として認識されていた。八十里越開通が現実のものとして地域に認識され始める中,いわば歴史文化資産と現在をつなぐ状況が起こり始めていた。只見町の住民は下田地区とのさらなる交流に期待を寄せるようになった。そうした機運が好機となり,稲川氏の協力により八十里越フォーラムは拡充していく。両者の連携により只見町と下田地区を起点とした八十里越フォーラムは,県内を中心に毎年200人を超える人々が参加しているという。

八十里越フォーラムを発揚するもう一人の協力者は「プロジェクトX~挑戦者たち~」など数多くの番組を手掛けた,NHKの元エグゼクティブアナウンサーである国井雅比古氏である。人づてに国井氏と知己を得た大竹氏は,地域への思いをこめた手紙を書き,国井氏を八十里越に招いた。ここで八十里越と地域への思いを語る機会を得る。国井氏は大竹氏が地域に没頭する姿に感銘を受けた。国井氏からは「大竹君,君のやることは面白いから協力する。プライベートで来るから肩書は気にしないで欲しい。」という言葉をかけられたという。以降,両者には八十里越を軸とした協力関係が生まれ,国井氏は八十里越フォーラムには毎年ゲストとして参加しその盛り上げに貢献している。大竹氏は国井氏を「本人が面白いと思わなければ動かない存在」と捉えている。企画の相談相手としても一役買い,「次は何するの」という国井氏から寄せられる感心は,八十里越フォーラムの企画を練る上でも力になっているという。

八十里越フォーラムは歴史文化資産としての八十里越を地域内外の人々に発信するにとどまらず,IRPBとしての八十里越を価値づけるアクターとの出会いに重要な役割を果たしている。稲川氏,国井氏という協力者を得て,八十里越フォーラムは古道を軸にしながら,毎年多様なテーマで催されている。

大竹氏が「八十里越」をテーマに他地域の連携も意識した活動を展開しているのはここ10年のことである。開通後にその意義を地域の人々に訴えるのでは遅いという問題意識から,古道の整備をはじめ八十里越フォーラムといった取り組みに注力してきた。フォーラムは回を重ねるごとに多様な参加者を惹きつけていった。また参加者は下田・只見両地区に留まらず,新潟県内全域へと広がっていった。多くの人々から手ごたえを得ることにより,大竹氏は下田の児童・生徒が郷土の歴史をより身近に実感できるイベントの開催を企図していく。これらの様々な活動の積み重ねは多様なアクターとの繋がりとビジョンの共有を生み出し,また大竹氏と他のアクター達が刺激を与えあうという関係性を醸成しながら,実現・拡大してきたと言える。両地域にまたがる活動は多様なアクターを軸としながら,地域間の様々な人々の交流や親近感の醸成に少なからず貢献していると言えよう。

6  統合分析とディスカッション

ここでは本研究で行った調査の統合分析を行う。

6.1  連携の駆動因としての地域ブランド資産

先行研究において歴史文化資産を軸としたIRPBが示されたものの,その促進の駆動因として十分に明らかにされたとは言い難い。

地域間連携として観光圏に注目した徳山・長尾(2013)は,連携地域の住民が評価しやすい資産として歴史文化資産,自然資産を挙げた。そこで観光圏が戦略的ゾーニングへと昇華するためには,体験価値に基づいて規定したコンセプトを共有する必要があり,全国の観光圏の歴史文化資産に基づくコンセプトの事例を示した。本研究の定量調査にあっては,モデルの説明力は弱いものの両地域ともにそれぞれの地域ブランド資産を認識し,それが交流意向や歴史文化的繋がりといった態度へと関係することが確認された。特に歴史文化資産の各態度への関係性は顕著であった。このことは先行研究の結果を補うことに繋がろう。

定性調査にあっては,行政を中心としたIRPBが緩やかに進む中で,歴史文化資産に注目した個人(大竹氏)が,それをもとにIRPBへと至る関係性の創出に力を注いでいる様相を確認した。両地域にまたがる歴史文化資産としての古道八十里越は,地域の人々にとって国道として整備される道としても認識されてきた。国道としての八十里越は計画当初より半世紀近くが過ぎようとしており,未だ完成が見えない状況は,地域住民にとっては「いつか開通するもの」という,自分には遠い話として認識されてきたと言える。これに対し古道としての八十里越は両地域でそれぞれ既存の歴史文化資産を活かす取り組みがなされていた。そうした中,国道としての八十里越の整備進展が契機となり,自治体を中心に交流機会が創出され互いの地域への注目の機運が生まれつつあった。

地域住民の歴史文化資産への眼差しの変化に着目した個人(大竹氏)は,八十里越を象徴とし両地域の関係性が育まれるような歴史文化資産の再活用に取り組んだ。この中では個のアクターによる取り組みが他のアクターを呼び寄せ,コラボレーションが促進されていった。さらに地域住民に留まらない内外の繋がりが生み出されていった。これらの取り組みは「歴史文化資産である古道」と「生活資産である国道」という両方の意味を持つ八十里越に対し,地域内外の住民に両者の意味を繋ぐようなリ・フレーミングが行われていったと言える。地域住民の認識の変化は,次世代に繋がる歴史文化資産の認識の醸成と教育資産としての転換を行いながら,両地域の関係性を醸成するという個のアクターとしての大竹氏のさらなる活動を可能にさせていく。こうした様々なアクターによる交わりは地域住民にとっても「八十里越」という言葉の意味の変容が窺えるものであり,これらは行政や様々な他のアクターの活動を既存とは違う形で促進し得ることが示唆される。

上述のとおり本研究においても,連携の駆動因として地域ブランド資産,特に歴史文化資産が機能し得ることが示された。

6.2  プレイスの意味づけにおける多様な個の関わり

本研究では既存研究同様に,行政や経済団体が八十里越に関わるIRPBの連携構築の起点となったことが確認された。但し既存研究が示唆するように,今後はその取り組みに停滞が起こることも考えられる。本研究の定性調査からもその進みは緩やかであることが窺えた中で,個々人が広げるプレイスの意味がIRPBの停滞を防ぐ可能性が窺えた。大竹氏らの取り組みは共感の輪を広げながら,八十里越というプレイスの意味を深めている。それが委員会方式でない個が駆動するIRPBの強みであろう。プレイス・ブランディングの萌芽期にあっては,センス・オブ・プレイスを如何に探索するかが課題である(若林他,2018)。それがブランディングのサイクルを回す原動力となることが指摘されてきた中で,八十里越でもその一端を窺うことが出来た。

また,プレイスの意味を広げる個はその取り組みを促進し得る専門性をもったアクターを誘引する。プレイス・ブランディングの文脈におけるアクターのマーケティングにおいて,地域外の協力者の獲得は重要な研究課題のひとつである(長尾・山崎・八木,2018)。とりわけ専門性の高いアクターは時間の制約も著しく,協力を得るためのハードルは高い。既存研究では「明確なコンセプトが協力者を呼ぶ」(長尾,2004)と指摘しさらに,コンセプトの理解(ルールの理解),協力者との事業内容の詰め,意思のすり合わせ(ロールの認識),交流による共感の場づくり(ツールの共有)を誘引の要件として示す。

本調査の事例では,地域のアクターとして活動していた個人(大竹氏)が,歴史文化資産としての八十里越の活用に携わってきた。その活動の大きな転機となったのは,稲川氏や国井氏との出会いであった。大竹氏と彼らとの関係性を深めたのは,八十里越に対するコンセプトの理解と共有である。それに基づき,彼らが協力者として積極的な参加・協力をし,大竹氏もそれを活かす共感の場づくりとしてのフォーラムの開催を進めていったことが窺えた。これらはアクターとしての大竹氏が専門性の高いアクターの誘引に成功した証左であろう。

以上の分析により,二つの地域において互いが地域ブランド資産,特に歴史文化資産を認識し,交流意向や歴史的つながりといった態度と関係することが明らかとなった。行政レベルでは八十里越を起点とした住民同士の交流事業を進め,IRPBの素地づくりを意識している。また個としてのアクターは実際に歴史文化資産を活用し両地域の関係性と他のアクターを誘引し協働しながら,資産の活用と転換を行い,IRPBを展開していくことが示された。このように歴史文化資産は連携促進の駆動因として重要であるが,「個によるセンス・オブ・プレイスの深耕」や「専門性をもったアクターの誘引と共感の広がり」も欠かせない。これらは互いに影響を与えあいながら,IRPBにおけるマルチレベルな関係性を促進させているのである(図3)。

図3.

本研究の分析のプロセスの振り返り

7  結論と展望

本研究では混合研究法を採り,各調査法を組み合わせることで,IRPBにおけるマルチレベルの関係性を調査した。特に,IRPBにおける個の意識の把握や役割の重要性を明らかにし,多様なアクターが地域のビジョンに目を向けながら,自律的に協働する様相を示した。

IRPBでは社会基盤の整備や維持に端を発し得ることから,各ステイクホルクダーが参加し制度的に運用される委員会方式によって,ブランディングが図られることが多い。しかしそれはとかく会議室にて四角四面に運用されるため,持続的なプレイス・ブランディングにとって重要なセンス・オブ・プレイスの探索には寄与せず,ブランドのコンセプトを曖昧にする。

本研究ではIRPBの実例として,八十里越を取り巻く両地域の人々が近隣地域の魅力をどう捉え,それが近隣地域への態度にどう関係しているのかを確認した。そこでは地域ブランド資産が訪問意識だけでなく,交流意識に関係していることが明らかとなった。さらに,地域ブランド資産を認識した個人が,地域間の繋がりの方向づけや意味づけを行う存在となり得ることを確認した。

一方で個人を起点としたブランディングは,他者を巻き込むことにおいて課題を有する。彼らはともすれば地域内において孤立しがちである。本調査では専門性の高いアクターの誘引によって孤立を克服し,そうした人々との関係性を軸としたさらなる価値共創がなされることが確認された。

さらに本研究から,地域資産が橋渡しとなってIRPBの対象地域を繋ぎ,市民を含めた多層的な連携の素地となることが窺えた。特に中山間地域ではブランディング資源が少ないため,拡散共創型ともいうべき共在アプローチ(若林他,2018)を志向する必要がある。IRPBを萌芽期から次の段階へと至らせる上では,個の取り組みの支援やセンス・オブ・プレイスの把握と共有が欠かせず,行政にあってはその貢献が期待される。

本研究の残された課題として,IRPBの諸段階を特定することが挙げられる。本研究では連携の萌芽期に焦点を当てて,調査・分析に取り組んできた。IRPBの先行研究でも,さらなる段階の存在が指摘されている。一方で,地域に関わるマーケティングでは,その協力の内実に段階があることが指摘されている(Caffyn, 2000Fyall & Garrod, 2005)。特に観光マーケティングではGray(1989)Huxham(1996)等のコラボレーション理論を援用しながら,各段階で起こり得る事柄や促進要因を導出している(Morrison, 2013)。しかし,その特性から分析対象は委員会方式に照射している。IRPBをはじめプレイス・ブランディングでは,より多様なアクターが関わることが想定されており,段階の内実も観光マーケティングとは質を異にすることが考えられる。

さらなる課題として,IRPBにおける行政や企業といったマクロと個々の人々のブランディングを動態的に把握し,対比を行うことが挙げられる。それにより,IRPBにおける各アクターの役割や相互支援の在り方をより明らかにすることが出来,萌芽期のみならずIRPBの各段階における課題も見出せよう。そこではIRPBにおける促進の障害要因も明確となる。個々の活動に目を向ければ,外部人材と地域とのマッチング不足やトラブルが活動の失敗の大きな原因となることが指摘されており(中尾・平野,2016),地域からの孤立も懸念される。以上,IRPBの研究の深耕にあたっては,そこに関わるアクターの特性を考慮した分析が重要となろう。

参考文献
 
© 2020 日本商業学会
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