流通研究
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ラグジュアリー・ブランドの多次元的価値が購買意図の形成へ与える影響―財の観察可能性の影響と重要価値次元の特定に関する検証
藤原 一肇守口 剛
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2021 年 24 巻 1 号 p. 1-15

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Abstract

本研究の目的は,ラグジュアリー・ブランドの多次元的価値(名声/エリート主義/独創性/洗練性/情趣)が購買意図を形成するメカニズムに対する,財の観察可能性(他者の視線に晒される可能性)の影響を解明することである。検証の結果,相対的に「情趣」は観察可能性の高い財,「名声」は観察可能性の低い財において,購買意図の形成に顕著な正の影響を与えることが明らかになった。そして,観察可能性の高低に関係なく,総じて「独創性」が顕著な正の影響を与え,「エリート主義」が顕著な負の影響を与えることなどが明らかになった。

1  はじめに

1960年代以降のアジア圏の経済成長を背景に,ラグジュアリー・ブランド(luxury brand:以下,LB)の世界市場は急成長を遂げてきた(Donzé & Fujioka, 2015)。そして今や,その市場規模は1兆ユーロを超えるまでに成長した(D’Arpizio, Levato, Zito, Kamel, & De Montgolfier, 2017)。中でも日本は欧米や中国と並ぶ世界有数の消費国であり(田村,2017),国籍別の一人当たりの消費額では世界第一位である1)。日本人のLBに対する志向の高さは広く指摘されるが(Goy-Yamamoto, 2004Li & Su, 2007),このことは今日のデータからも明らかである。

LBの研究分野では,Veblen(1899)の『有閑階級の理論』が先駆的な存在として知られている。彼は同著の中で,有閑階級の人々による金銭的な豊かさを誇示するための消費を「顕示的消費(conspicious consumption)」と名付け,その消費行為に他者との差異化,他者の羨望の念などを意味づけた2)。そして,金銭的な地位で優越することが,他者からの名誉と同時に妬みを獲得することを指摘した。同著が発表されて以来,顕示的消費は長らくLBの典型的な消費行動とされてきた(Mason, 1998塚田,2008)。しかし近年,日本のようなLBの成熟国においては,顕示的消費を回避し,「非顕示的消費(inconspicuous consumption)」へ傾倒するという新たな傾向が指摘されている(藤原,2020a)。非顕示的消費とは,派手さを避けることをステータスとする消費行動であり(Solomon, 2013, p. 542),消費者のLBに対する価値観が対極にシフトしていることを示唆する注目すべき変化と捉えられる。

これらの議論を通じて,多様な特徴をもつLBの消費行動ならびにその消費行動の起因となる多次元的価値の存在が明らかにされ(Leibenstein, 1950Vigneron & Johnson, 1999, 2004),その価値が他者の存在に規定される社会的価値を中核とすること(Husic & Cicic, 2009Nueno & Quelch, 1998Shukla & Purani, 2012Sun, D’Alessandro, & Johnson, 2016),そして,他者からの反感の対象となる性質をもつことが指摘されてきた(Veblen, 1899)。さらに近年では,量的検証を通じてこれらの多次元的価値が消費者の行動意向を形成するメカニズムが広く検証されている(Dubois, Laurent, & Czellar, 2001Roux, Tafani, & Vigneron, 2017Roy, 2016Wang & Griskevicius, 2013)。本研究ではここで指摘したLBの価値が有する「他者の存在に規定される性質」,「他者からの反感の対象となる性質」を順に対人性,反感性と定義して議論を進める。

また,消費者研究分野では,LBに限らず,消費者の意思決定が他者の影響を受けること(宮澤,2014),そして,他者の存在と密接に関連する財の「観察可能性3)」の影響を受けることが明らかにされている(Berger & Ward, 2010Graeff, 1997McShane et al., 2012Norstrom, 1998Ratner & Kahn, 2002)。ここでの観察可能性とは「他者の視線に晒される可能性」であり,一般的には観察可能性の高い財(以下,高観察可能性群)として自動車やバッグ,低い財(以下,低観察可能性群)として下着や化粧品などが挙げられる。他者の影響を強く受けるLBの価値を論じる上で,財の観察可能性は重要な分析視角となる概念である。しかし,筆者らが知る限り,LBの消費行動に多次元的価値が与える影響と財の観察可能性が与える影響に関する研究は統合が図られていない。そこで本研究では,これらの統合を図り,LBの多次元的価値が購買意図を形成するメカニズムに対する,財の観察可能性の影響を明らかにする。以上で指摘したLBの消費行動における他者の存在と財の観察可能性の重要性を鑑みると,この課題に取り組む学術的意義は大きく,LBの消費者研究に新たな知見をもたらすことが期待される。さらに,冒頭で述べたLB市場の経済的インパクトの大きさと,日本市場の重要性を鑑みると,実務的意義も大きい。

ここで次章以降の本格的な議論の前に,本研究におけるLBを定義する。なぜならば,その定義に関する長年に渡る議論が繰り広げられながら,明確な定義が存在しないためである(Hennigs, Wiedmann, & Klarmann, 2013, pp. 79–82;Ko, Costello, & Taylor, 2019)。その根本的な理由として挙げられるのが「主観性」である(Ko et al., 2019)。「ある人にとってのラグジュアリーが,他の人にとっての日常かもしれない(Phau & Prendergast, 2000)」という言葉が端的に示すように,ラグジュアリーの判断には多分に消費者の主観が介在する。この状況を踏まえ,学術分野では,その定義を消費者の主観に委ねる「民主的定義」が広く用いられている(藤原,2020b熊谷・長沢,2020Roux et al., 2017Vigneron & Johnson, 2004)。そこで本研究では,「主観性」という定義付けにおける限界を踏まえ,民主的定義の立場を採用し,調査対象とするLBを直接的に調査協力者に委ねることとする。

2  先行研究レビュー

2.1  多次元的価値

Veblen(1899)により顕示的消費という概念が提唱されて以来,一般の財とは異なる特徴をもつ,LBの多次元的価値の存在が盛んに議論されてきた(Kapferer, 1998Leibenstein, 1950Vigneron & Johnson, 1999)。藤原(2020a)はこれに関連する30篇の研究を体系的に整理し,その価値が14次元(品質/美しさ/優雅さ/威信/快楽/独自性/創造性/歴史/稀少性/信頼/地位/高価格/静寂/知性)で包括的に把握可能であると主張した。さらに,日本の消費者を対象とした量的検証を通じて,これらの価値次元(下位次元)を構成要素とする5因子(名声/エリート主義/独創性/情趣/洗練性)(上位次元)を抽出することで,LBの日本語版価値尺度4)を導出した。名声因子は威信,信頼,品質,歴史,エリート主義因子は高価格,稀少性,独創性因子は創造性,快楽,独自性,洗練性因子は美しさ,優雅さ,情趣因子は静寂,知性で構成される。

また,前章で指摘したように,LBの価値は「対人性」という性質を有する。日本語版価値尺度を構成する多次元的価値についてこの性質を検討すると,次に述べるように多くの価値がその性質を有することがわかる。まず下位次元について検討すると,「威信」は他者の評判に基づく価値であることから,他者の存在により規定される。また,「高価格」「稀少性」は多くの他者が入手できないことを意味する。そして,「独自性」は他者にはない特徴をもつことを意味する。さらに,「美しさ」「優雅さ」「知性」はそれらを誇示する対象となる他者の存在を前提とする。5つの上位次元はこれらの対人性を帯びた下位次元を少なくとも一つ以上有することから,全てが対人性を有すると判断できる。次に「反感性」について検討すると,前章での議論から,顕示的消費に関連する下位次元の「高価格」,そして,その上位次元の「エリート主義」がその特徴を有することがわかる。つまり,「エリート主義」は対人性と反感性を同時に有する価値と判断できる。

2.2  顕示的消費の回避と非顕示的消費への傾倒

顕示的消費はLBの典型的な消費行動とされ(Mason, 1998塚田,2008),日本では1980年代以降のバブル経済期に多くみられた(Chadha & Husband, 2006, pp. 43–47)。その時代,派手さを前面に出し,ロゴを強調し,過度に高価な値を付したLBは階級を誇示するための手段となった(Kapferer, 2015, p. 87)。このように顕示的消費の競争が激化すると,消費者は次の段階として,それを意図的に避けることをステータスとするようになる(Solomon, 2013, p. 542)。こうして知性や道徳的な生活様式などとの関連性を強めた(Yeoman, 2011),「静かな主張」をおこなうブランドを求めるようになる(Kapferer, 2015, p. 87)。このように,現代の日本のようなLBの成熟国では,「顕示的消費の回避と非顕示的消費への傾倒」という新たな傾向がみられる(藤原,2020a)。なお,前節の議論と統合すると,顕示的消費は「エリート主義」,非顕示的消費は「情趣」がそれを体現する価値とされる(藤原,2020a)。

また,顕示的消費と非顕示的消費の存在は「ブランド・プロミネンス(brand prominence)」に関する研究においても指摘されている。同概念はHan, Nunes, and Drèze(2010)によって提唱されたものであり,「観察者が財のブランド名を特定するために,その財に付された目に見える印が寄与する程度」と定義される。彼女らは派手なデザインのLBを求める消費者(成金)だけではなく,非顕示的消費に関連する控えめなデザインのLBを求める消費者(貴族)が存在することを示した。また,彼女らの研究と同時期に発表されたBerger and Ward(2010)の研究も同様の知見を示している。彼らは大多数の消費者が,権威の象徴として広く知られたロゴが周囲から明らかに分かるようにデザインされた財を好む一方で,ハイエンドに位置する消費者は,ブランド名が認識されにくい形でロゴがデザインされ,一部の見識のある人にのみ理解される財を好むことを明らかにした。そして,この消費を「微細な記号(subtle signals)を通じた非顕示的消費」と表現した。ここでのハイエンドな消費者とは,高額な財を求める消費者を指す。彼らの研究は必ずしもLBについて論じたものではないが,多くの日本の消費者がLBと認識するエルメスやルイ・ヴィトンなど(藤原,2020b)を調査対象としていることから,本研究にも適応可能な示唆を与えると考えられる。また,このハイエンドな消費者とは,先に示したHan et al.(2010)の研究において「貴族」と称される消費者におおよそ該当する。つまり,これら2つの研究知見を統合すると,「非顕示的消費への傾倒」はラグジュアリー水準の高い財において顕著であるとの知見が得られる。

また,消費者が求めるブランド・プロミネンスの高低は国ごとに異なるとされており,非顕示的消費に関連する控えめなデザインのLBは,社会的な規範意識の高い国において好まれるとされている(Kauppinen-Räisänen, Björk, Lönnström, & Jauffret, 2018)。社会的な規範意識の高さは集団主義的な国民性の規定要因の一つであることから(Lee & Green, 1991Suh, Diener, Oishi, & Triandis, 1998Wong & Ahuvia, 1998),集団主義的な国民性の日本人5)Chiao & Blizinsky, 2010Gelernter et al., 1997)においても,この傾向が示されると考えられる。つまり,「顕示的消費の回避と非顕示的消費への傾倒」という傾向は,日本でのLBの成熟度のみならず,集団主義的な国民性もそれを助長すると考えられる。

2.3  観察可能性

財の観察可能性は消費行動に多様な影響を与える(Graeff, 1996, 1997;McShane et al., 2012Norstrom, 1998Ratner & Kahn, 2002)。また,その影響は財や消費者のタイプにより異なるとされている(桑島,2007)。例えば,Bearden and Etzel(1982)は財を「奢侈財(luxury)と必需財」,「人前で利用する財と私的に利用する財」の2軸で分類し,人前で利用する奢侈財が準拠集団6)の影響を強く受けることを明らかにした。また,Graeff(1996)は自己概念調和7)がブランド評価に与える影響に関する検証を実施し,社会的文脈に自己を同調させる傾向(セルフ・モニタリング)が強い消費者は,人前で利用する財の評価において,理想自己概念調和の影響を強く受けることを明らかにした。

これらの知見を統合すると,理想的な自己を体現するために,理想的な人物と同じブランドを購入する(理想自己概念調和)といった,他者の存在と密接に関連する消費行動は,高観察可能性群のLBにおいて顕著であるとの推察が成立する。また,自己概念調和もLBの価値の一つであること(藤原,2020a)を鑑みると,対人性を帯びたLBの価値は高観察可能性群において消費行動に顕著な影響を与えるとの示唆が導出可能であろう。つまり,対人性を帯びたLBの価値が消費者の行動意向を形成するメカニズムにおいて,財の観察可能性が調整変数として影響を与える可能性を示唆するものである。しかし,この形成メカニズムに関する研究と観察可能性に関する研究は統合が図られておらず,その影響は未知である。

3  仮説構築

3.1  仮説モデルの基本構造

以上の議論から,次章以降の検証プロセスを通じて,LBの多次元的価値が購買意図を形成するメカニズムに対する,財の観察可能性の影響を解明する。多次元的価値は2-1の議論から,藤原(2020a)が導出した日本語版価値尺度が示す5つの価値次元(名声/エリート主義/独創性/洗練性/情趣)とする。また,購買意図に対してブランド態度が正の影響を与えることが確認されているため(Bian & Forsythe, 2012Hartmann & Apaolaza-Ibáñez, 2012Kudeshia & Kumar, 2017Paul & Bhakar, 2018),それを媒介変数とする。ブランド態度とはブランドに対する総合評価であり(Keller & Swaminathan, 2020, p. 129),抽象度の高い概念であるため,本研究で扱う5つの価値からの影響も広く捉えることが可能と考えられる。なお,この検証では,顕示的消費を体現する「エリート主義」,非顕示的消費を体現する「情趣」(藤原,2020a)を独立変数に用いるため,2-2で述べた「顕示的消費の回避と非顕示的消費への傾倒」という傾向についても同時に検証が可能となる。

3.2  仮説の提示

価値とは抽象度の高い概念であり(上田,2004),快楽,喜び,興奮などの言葉で規定される(Schwartz, 2012田中,2017,pp. 162–163)。つまり,価値を知覚するということは,ブランドに対してこれらの感情を抱くことであり,ブランドに対する総合的な評価を下すことを意味する。また,消費者が財に対して価値を認めるということは,その財に付された価格を支払う意思を形成することであることから(Neap & Celik, 1999),価値の知覚は購買意図の形成に繋がる。つまり,消費者がブランドに対して価値を知覚するということは,その価値がブランド態度と購買意図を形成することを意味する。したがって本節では,LBにおける5つの価値次元(名声/エリート主義/独創性/洗練性/情趣)およびその下位次元の重要性について論じた上で,これら5次元の価値がブランド態度と購買意図へ与える影響について仮説を設定する。なお,前節で述べたように,ブランド態度から購買意図への影響については,多くの既存研究にて正の有意な影響が繰り返し確認されていることから,仮説検証の対象とはしない。

名声(威信/信頼/品質/歴史)に関する仮説(H1):卓越した品質はLBの主要な価値とされる(Tynan, McKechnie, & Chhuon, 2010)。そして,その品質が信頼を築き(Hur, Kim, & Kim, 2014),信頼の積み重ねがブランドの歴史となる。こうして築き上げられた真の歴史を持つブランドが,絶対的な名声を獲得する(Kapferer & Bastien, 2012, p. 123)。つまり,威信,信頼,品質,歴史で構成される名声はLBの重要な価値の一つであり,ブランド態度と購買意図に対して正の影響を与えるとの推察が成立する。なお,以上で論じた内容は,名声およびその下位次元に関する一般性の高い議論であるため,その影響は財の観察可能性の高低に関わらず確認されると考えられる。しかし,2-1で指摘したように,名声は対人性を帯びた価値であるため,その影響は低観察可能性群よりも高観察可能性群において顕著であると推察される。以上のことから,次の仮説が導出される。

 

H1. 名声は観察可能性の高低(高観察可能性群/低観察可能性群)に関係なく,ブランド態度(H1a/H1b)と購買意図(H1c/H1d)に対して正の影響を与える。そして,その影響力はブランド態度(H1e)と購買意図(H1f)において,低観察可能性群よりも高観察可能性群の方が強い。

 

エリート主義(高価格/稀少性)に関する仮説(H2):2-1で指摘したように,エリート主義は顕示的消費を体現する価値(以下,顕示的価値)であり,対人性と反感性という性質を同時にもつ。また,2-2で指摘したように,日本のような顕示的消費の激化を経験した国では,「顕示的消費の回避」が顕著となり,さらに,日本人の集団主義的な国民性はこれを助長すると考えられる。つまり,エリート主義はブランド態度と購買意図に対して負の影響を与えるとの推察が成立する。なお,以上で論じた内容は,エリート主義およびその下位次元に関する一般性の高い議論であるため,その影響は財の観察可能性の高低に関わらず確認されると考えられる。しかし,2-1で指摘したように,エリート主義は対人性を帯びた価値であるため,その影響は低観察可能性群よりも高観察可能性群において顕著であることが予測される。以上のことから,次の仮説が導出される。

 

H2. エリート主義は観察可能性の高低(高観察可能性群/低観察可能性群)に関係なく,ブランド態度(H2a/2b)と購買意図(H2c/2d)に対して負の影響を与える。そして,その影響力はブランド態度(H2e)と購買意図(H2f)において,低観察可能性群よりも高観察可能性群の方が強い。

 

独創性(創造性/快楽/独自性)に関する仮説(H3):LBは近年の市場拡大に伴い,大衆的な存在となり(Granot, Russell, & Brashear-Alejandro, 2013),その概念も従来の「地位」に代わり,「創造性」との結びつきを深めるようになった(Choi, Seo, Wagner, & Yoon, 2020Seo & Buchanan-Oliver, 2019)。また,LBは創造的な行動により独自性を獲得し(Kapferer, 2015, pp. 79–81),消費者の差異化欲求を満たす。つまり,創造性,快楽,独自性で構成される独創性はLBの重要な価値の一つであり,ブランド態度と購買意図に対して正の影響を与えるとの推察が成立する。なお,以上で論じた内容は,独創性およびその下位次元に関する一般性の高い議論であるため,その影響は財の観察可能性の高低に関わらず確認されると考えられる。しかし,2-1で指摘したように,独創性は対人性を帯びた価値であるため,その影響は低観察可能性群よりも高観察可能性群において顕著であることが予測される。以上のことから,次の仮説が導出される。

 

H3. 独創性は観察可能性の高低(高観察可能性群/低観察可能性群)に関係なく,ブランド態度(H3a/3b)と購買意図(H3c/3d)に対して正の影響を与える。そして,その影響力はブランド態度(H3e)と購買意図(H3f)において,低観察可能性群よりも高観察可能性群の方が強い。

 

洗練性(美しさ/優雅さ)に関する仮説(H4):LBは強く「美」と関連付けられる概念であり(Choi, Ok, & Hyun, 2011),「美」はラグジュアリーにより定義付けられる(Kapferer, 1997)。また,LBの有り余る優雅さはその対価とされ(Kapferer, Klippert, & Leproux, 2014),洗練性はLBの中核的な特徴の一つとされる(Bellaiche, Mei-Pochtler, & Hanisch, 2010Choi et al., 2011)。つまり,美しさ,優雅さで構成される洗練性はLBの重要な価値の一つであり,ブランド態度と購買意図に対して正の影響を与えるとの推察が成立する。なお,以上で論じた内容は,洗練性およびその下位次元に関する一般性の高い議論であるため,その影響は財の観察可能性の高低に関わらず確認されると考えられる。しかし,2-1で指摘したように,洗練性は対人性を帯びた価値であるため,その影響は低観察可能性群よりも高観察可能性群において顕著であることが予測される。以上のことから,次の仮説が導出される。

 

H4. 洗練性は観察可能性の高低(高観察可能性群/低観察可能性群)に関係なく,ブランド態度(H4a/4b)と購買意図(H4c/4d)に対して正の影響を与える。そして,その影響力はブランド態度(H4e)と購買意図(H4f)において,低観察可能性群よりも高観察可能性群の方が強い。

 

情趣(静寂/知性)に関する仮説(H5):情趣は静かな主張を目的とする非顕示的消費を体現する価値(以下,非顕示的価値)である(藤原,2020a)。2-2で指摘したように,「非顕示的消費への傾倒」は現代の日本におけるLBの浸透と,日本人の集団主義的な国民性が相まって,より顕著となることが考えられる。したがって,情趣はブランド態度と購買意図に対して正の影響を与えるとの推察が成立する。なお,以上で論じた内容は,情趣およびその下位次元に関する一般性の高い議論であるため,その影響は財の観察可能性の高低に関わらず確認されると考えられる。しかし,2-1で指摘したように,情趣は対人性を帯びた価値であるため,その影響は低観察可能性群よりも高観察可能性群において顕著であることが予測される。以上のことから,次の仮説が導出される。

 

H5. 情趣は観察可能性の高低(高観察可能性群/低観察可能性群)に関係なく,ブランド態度(H5a/5b)と購買意図(H5c/5d)に対して正の影響を与える。そして,その影響力はブランド態度(H5e)と購買意図(H5f)において,低観察可能性群よりも高観察可能性群の方が強い。

 

以上の仮説を示したものが図1である。次章以降,構造方程式モデリング(structural equation modeling:以下,SEM)による多母集団同時分析を実施し,これらの仮説を検証する。

図1.

SEMによる仮説検証モデル(多母集団同時分析)

注)太字のパスは破線内の全ての潜在変数からのパスを意味する。

4  検証方法

4.1  尺度とデータの収集

調査に用いる尺度は表1の通りであり,表中の指標は以下の調査で得られた結果をまとめたものである。価値,ブランド態度,購買意図の尺度は日本の消費者を対象に実施された既存研究(藤原,2020a2020b)において,信頼性と妥当性が確認されているものを用いた。観察可能性については尺度の存在が確認できなかったため,既存研究を参考に演繹的に導出したものである。なお,表1の結果から,全ての回答にフロア効果,天井効果が発生しておらず,信頼性についても問題がないことが確認された。

表1. 価値/ブランド態度/購買意図/観察可能性の尺度
構成概念 質問項目 平均値 標準偏差 因子
負荷量
Cronbach’s
α係数
価値(藤原,2020a
上位次元 下位次元
名声 威信 威厳に満ち,高く評価され,知らない人がいない 5.36 1.35 0.71 0.86
信頼 信用,信頼できる 5.48 1.20 0.81
品質 理想的で,完璧で,欠点のない品質である 5.30 1.25 0.84
歴史 深い歴史,伝統,伝承の技を有する 5.35 1.28 0.73
エリート
主義
高価格 極めて高価格で,ほとんどの人には手が届かない 4.01 1.79 0.92 0.89
稀少性 稀少で,一般的ではなく,所有者がほとんどいない 3.79 1.80 0.86
独創性 創造性 革新的で,流行の最先端にある 4.84 1.31 0.75 0.84
快楽 個人的な楽しみ,ワクワク感,夢のような世界を創り出す 5.15 1.25 0.82
独自性 他を寄せ付けず,独自的で,特徴的である 4.93 1.34 0.83
洗練性 美しさ 美しさ,美意識の高さを体現している 5.36 1.25 0.93 0.93
優雅さ 優雅さ,上品さ,洗練さを体現している 5.39 1.26 0.93
情趣 静寂 静寂,わびさび,風情を感じる 3.79 1.53 0.71 0.77
知性 知性,知識,教養の高さを示す 4.43 1.40 0.89
ブランド態度(Augusto & Torres, 2018Colliander & Dahlén, 2011
Xは良いブランドである 5.17 1.58 0.92 0.92
Xは魅力的なブランドである 5.07 1.59 0.95
Xはお気に入りのブランドである 4.88 1.63 0.81
購買意図(Bian & Forsythe, 2012Dodds, Monroe, & Grewal, 1991Taylor & Baker, 1994
XのYを購入したい 5.55 1.28 0.91 0.95
Yを購入する機会があれば,Xを検討するだろう 5.48 1.33 0.97
Yを買い物するとしたら,Xを選択する可能性が高い 5.11 1.53 0.91
観察可能性(Berger & Ward, 2010Graeff, 1997McShane et al., 2012Norstrom, 1998Ratner & Kahn, 2002
Yは大衆の目にさらされやすい商品である 3.49 1.10 0.72
他者がYを利用する場面を頻繁に見かける 3.35 1.30

注1)XにはLB名,Yには財のカテゴリー名が入る。

注2)価値,ブランド態度,購買意図は7件法(1.同意しない/7.同意する),観察可能性は5件法(1.全くそうではない/5.全くその通りである)のリッカート尺度により測定した。

価値,ブランド態度,購買意図のデータの収集は,日本に居住する20歳以上の男女を対象に,2018年6月22~25日にインターネットを用いて実施した。調査では,調査会社が指定するトラップ問題を設定し,質問項目を読んでいないと判断される調査協力者を除外した。また,調査協力者はLBの代表的な消費者であることが望ましく,既存研究ではLBに対する興味や購入経験を確認することで,無関心な人物を除外している(Kim & Johnson, 2015Roux et al., 2017)。そこでRoux et al.(2017)に倣い,過去1年以内にLBを購入したことがある消費者のみを対象とした。次に調査対象ブランドについては,幅広い財のカテゴリーにおいて,多くの消費者が思い浮かべるLBとするために,Bain & Company社(D’Arpizio et al., 2017)が示したLB市場を構成する12カテゴリー(自動車/アルコール飲料8)/アパレル/美容用品/食品/バッグ/美術品/腕時計/家具/自家用ジェット・ヨット/靴/ジュエリー)9)の中から広く収集した。具体的には,調査協力者にこれら12カテゴリーの中から具体的なLB名の記載が可能なカテゴリーを5つ選択させ,各カテゴリー1つのLB名を自由記述形式で記載させた10)。その上で,それらのLBについて価値,ブランド態度,購買意図の質問項目を尋ねた。この手法により選定されたLBは,第一章で定めた「民主的定義」に従うものである。こうして1,000サンプル11)(有効回答率94.4%),ブランドベースで5,000サンプルを回収した。

次に12カテゴリーの財の観察可能性を判別するために,2018年12月29日に別途,インターネットを用いた調査を実施した。調査協力者は前述の調査と同様に,過去1年以内にLBを購入したことがある,日本に居住する20歳以上の男女である。この調査協力者に観察可能性の質問項目を12カテゴリーについて尋ね,最終的に147サンプル(有効回答率98.0%)を回収した。次に,観察可能性の2つの質問項目の合成変数について一元配置分散分析を実施し,さらにTukey法を用いた多重比較を実施した。その結果,最も観察可能性の高い等質サブグループ(p < .05)に4つのカテゴリー(自動車/靴/バッグ/アパレル)が分類されたため,これらを高観察可能性群(2,469サンプル)とし,残り8つのカテゴリー(ジュエリー/腕時計/食品/アルコール飲料/美容用品/家具/美術品/自家用ジェット・ヨット)を低観察可能性群(2,531サンプル)とした。

4.2  コモン・メソッド・バイアス

本調査は全ての変数を同一の調査協力者に尋ねているため,コモン・メソッド・バイアスが問題となる可能性がある(Podsakoff, MacKenzie, Lee, & Podsakoff, 2003)。そこで事後措置として,ハーマンの単一因子検定を実施することとした(Podsakoff et al., 2003Podsakoff & Organ, 1986)。具体的には,全ての観測変数(19項目)を対象に回転を伴わない探索的因子分析を実施し,固有値1以上の因子が2つ以上抽出され,第一因子の寄与率が50%を超えない場合にコモン・メソッド・バイアスは問題とならないと判断される(Podsakoff et al., 2003Podsakoff & Organ, 1986)。この手順に従い,探索的因子分析(主因子法/回転なし)を実施した結果,固有値1以上の因子が3つ抽出され,第一因子の寄与率は43.98%に留まった。この結果から,コモン・メソッド・バイアスは問題とならないことが確認された。

4.3  尺度の信頼性と妥当性

Anderson and Gerbing(1988)が提唱する2ステップ・アプローチにより,尺度の信頼性と妥当性(収束妥当性/弁別妥当性)を検証する。まず信頼性の基準はCR(composite reliability)が.60以上としたところ,最低値が.78となり,その基準を満たすことが確認された。次に収束妥当性の基準は,潜在変数から観測変数への因子負荷量の推定値が.50以上(Bagozzi & Yi, 1988Steenkamp & van Trijp, 1991),AVE(average variance extracted)が.50以上(Bagozzi & Yi, 1988Fornell & Larcker, 1981)とした。その結果,因子負荷量の推定値の最低値が.71,AVEの最低値が.60となったため,その基準を満たすことが確認された。最後に弁別妥当性の基準は,確認的因子分析において因子間の相関の95%信頼区間が1を含まないこととした(Anderson & Gerbing, 1988)。その結果,最も相関係数が高い因子の組み合わせは「名声」と「独創性」であり,r = .837(95%信頼区間は.829~.845)であった。この結果から,弁別妥当性の基準を満たすことが確認された。以上の手続きにより,尺度の信頼性と妥当性が確認された。

5  分析結果

5.1  仮説検証結果

1に示された構成概念間の11のパス係数以外の全てのパス係数,誤差分散,因子間相関に等値制約を置き,2群(高観察可能性群/低観察可能性群)の多母集団同時分析を実施した。さらに,パス係数間の差(高観察可能性群-低観察可能性群)についてはz検定を実施した。その分析結果および仮説検証結果は表2の通りである。なお,ブランド態度から購買意図へのパスは推察通りに高観察可能性群(β = .941, p < .001)と低観察可能性群(β = 1.062, p < .001)において正の影響が確認された。次に適合度指標12)ならびにその推奨値をGFI > .80(Jöreskog & Sörbom, 1989),AGFI > .80,CFI > .90(Scott, 1995),RMSEA < .08(Arbuckle & Wothke, 1997)としたところ,カイ2乗検定はχ2 = 6195.011(df = 284, p < .001)と棄却されたものの,GFI = .884,AGFI = .844,CFI = .927,RMSEA = .065となり推奨値を満たした。したがって,次節において表2の結果を考察し,知見を整理する。

表2. 多母集団同時分析による仮説検証結果(非標準化推定値)
独立変数 媒介変数
従属変数
高観察可能性群
(n = 2,469)
低観察可能性群
(n = 2,531)
2群間の
パス係数の差
名声 ブランド態度 .539***/H1a:S .783***/H1b:S −.244***/H1e:RR
購買意図 −.266***/H1c:RR −.297***/H1d:RR .031n.s./H1f:R
エリート主義(顕示的価値) ブランド態度 −.149***/H2a:S −.089***/H2b:S −.060*/H2e:S
購買意図 −.227***/H2c:S −.140***/H2d:S −.087***/H2f:S
独創性 ブランド態度 .148***/H3a:S .134**/H3b:S .014n.s./H3e:R
購買意図 .294***/H3c:S .146***/H3d:S .148*/H3f:S
洗練性 ブランド態度 .154**/H4a:S .015n.s./H4b:R .139*/H4e:S
購買意図 −.178**/H4c:RR −.055n.s./H4d:R −.123n.s./H4f:R
情趣(非顕示的価値) ブランド態度 .044n.s./H5a:R −.071**/H5b:RR .115***/H5e:R
購買意図 .262***/H5c:S .143***/H5d:S .119***/H5f:S

注1)有意確率はn.s. p≧.05,* p < .05,** p < .01,*** p < .001と記した。

注2)仮説検証結果は支持をS(supported),非有意なβ値による不支持をR(rejected),仮説とは符号が逆の有意なβ値による不支持をRR(rejectedreversed)と記した。

注3)H5eは仮説通りに正の有意な値が示されたが,その導出根拠となる2つの仮説(H5a/5b)がともに不支持であるため,不支持とした。

5.2  知見の整理

名声(威信/信頼/品質/歴史)に関する仮説(H1):2群(高観察可能性群/低観察可能性群)ともにブランド態度への影響に関する仮説(H1a/1b)は支持されたが,購買意図への影響に関する仮説(H1c/1d)は負の影響が示され不支持となった。そして,2群間のパス係数の差については,ブランド態度における仮説(H1e)は負の値が示され不支持となり,購買意図における仮説(H1f)は非有意な値が示され不支持となった。

特にブランド態度と購買意図に対する正負の異なる影響(H1a/1b/1c/1d)は極めて稀な結果であり,中でも購買意図への負の影響(H1c/1d)は大きく想定を外れるものであった。この負の影響の要因として考えられるのは,消費者のLBに対する「非合理性の知覚」と「反感性の知覚」である。ここでの「非合理性の知覚」とは,名声の下位次元である品質に起因するものである。例えば,広くLBとして議論されるフェラーリやロールス・ロイスなどには,過剰ともいえる品質が備わっている(Kapferer & Bastien, 2012, pp. 56–57)。これはハンドバッグや時計などのLBにおいても同様であり(Srun, 2017, pp. 42–43),財の基本的機能とは結びつきが薄い品質である。つまり,消費者がこのような過剰品質に費やされたコストを無駄と判断し,その消費を浪費(非合理的な消費)と認識したとの解釈である。次に「反感性の知覚」とは,消費者が名声に対して反感性を知覚することである。仮説の段階ではエリート主義のみに反感性を想定したが,名声も下位次元に威信を有することから,反感性を有するとの解釈が可能であろう。また,ブランド態度に対して正の影響(H1a/1b)が示される一方,購買意図に対してのみ負の影響(H1c/1d)が示されたのは,購買意図がブランド態度よりも実際の消費行動に近い概念であるため他者の影響を受けやすく,反感性の知覚が顕著に表れた結果であると推察される。

次に,2群間のパス係数の差に関する仮説(H1e/1f)については,負の値が示されたH1eが大きく想定を外れるものであった。この要因として考えられるのは,名声の対人性の低さに起因する,低観察可能性群における名声の相対的な重要度の高さである。つまり,名声は信頼,歴史,品質という対人性の低い下位次元で構成されるため,その他4つの上位次元の価値と比較して対人性が低いと考えられる。したがって,高観察可能性群において対人性の高い価値の重要性が高まる一方で,低観察可能性群においては対人性の低い価値(名声)の重要性が高まるとの推論が成立する。その結果,仮説(H1e)に反して負の値が示されたと考えられる。

エリート主義(高価格/稀少性)に関する仮説(H2):全ての仮説が支持された。つまり,エリート主義はブランド態度と購買意図に負の影響を与え,その影響は高観察可能性群において顕著であることが明らかにされた。LBは一般的な財とは異なり,高価格であることに価値があるとされてきた(Kapferer & Bastien, 2012, pp. 218–220;Leibenstein, 1950)。また,稀少性はLBの中核的な価値とされ(Kapferer, 2015),LBの市場拡大に伴う「稀少性の遺失」という問題について,盛んに議論が行われてきた(Catry, 2003Granot et al., 2013)。しかし,本研究の結果からは,少なくとも現代の日本において,これらの議論の重要性は乏しく,高価格,稀少性によるエリート主義的なイメージがもたらす反感性を低減するためのマーケティング戦略に重点を置くべきであるとの知見が示される。

独創性(創造性/快楽/独自性)に関する仮説(H3):ブランド態度における2群間のパス係数の差に関する仮説(H3e)を除く全ての仮説(H3a/3b/3c/3d/3f)が支持された。表2に示されたように,独創性は2群ともにブランド態度と購買意図へ正の値が示される唯一の価値となった。集団主義的な日本人は他者からの反感に対して敏感であると考えられる。そのため,LBには他者からの反感を招く可能性の低い価値が求められる。この検証結果は,独創性がこの要素を満たすことを示唆するものである。また,2群間のパス係数の差については,ブランド態度において,有意な結果が示されなかったものの(H3e),高観察可能性群における正の影響(H3a)は低観察可能性群における正の影響(H3b)よりも高い値を示している。加えて,購買意図における2群間のパス係数の差については,仮説(H3f)通りに正の値が示されている。つまり,独創性が購買意図へ与える正の影響は高観察可能性群において顕著であるとの結論が導かれる。

洗練性(美しさ/優雅さ)に関する仮説(H4):高観察可能性群におけるブランド態度への影響に関する仮説(H4a)と,ブランド態度における2群間のパス係数の差に関する仮説(H4e)のみ支持され,その他の仮説(H4b/4c/4d/4f)は全て不支持となった。特に高観察可能性群における購買意図への影響に関する仮説(H4c)は想定を大きく外れ,負の影響が示された。この要因として考えられるのは「反感性の知覚」である。ここでの「反感性の知覚」とは,LBを通じて洗練性を体現することが,エリート主義や名声と同様に他者からの反感を招く可能性を知覚することを意味する。また,この負の影響が「高観察可能性群」における「購買意図」に対する影響においてのみ確認された要因として考えられるのは,これら2つの要素が他者の影響を受けやすいことである。つまり,高観察可能性群は低観察可能性群より観察可能性が高いことを意味するため,他者の影響を受けやすい。さらに,購買意図はブランド態度に比べて実際の消費行動に近い概念であるため,他者の影響を受けやすい。これらの要素が複合的に作用することで,負の影響(H4c)が示されたと考えられる。

情趣(静寂/知性)に関する仮説(H5):ブランド態度への影響に関する全ての仮説(H5a/5b/5e)が不支持となる一方,購買意図への影響に関する全ての仮説(H5c/5d/5f)は支持された。2群ともにブランド態度への影響に関する仮説(H5a/5b)が不支持となった要因として考えられるのは,「ラグジュアリー」と「情趣」との概念間の乖離である。ラグジュアリーには「豪華,ぜいたくなさま」という意味があり(新村,2018),「賑やかさの欠如」を意味する情趣(牧野,2015,pp. 145–155)とは対極的である。そのため,消費者が情趣をLBとの関連性が低い概念であると判断し,ブランド態度に対する正の影響が示されなかったと考えられる。一方,購買意図への影響に関する仮説(5c/5d)は2群ともに支持された。これは情趣が他者からの反感の影響を受け難い有用な価値と判断された結果と考えられる。前述のように,購買意図はブランド態度よりも実際の消費行動に近い概念であるため,他者の影響をより強く受ける。つまり,購買意図の形成には反感性の低い価値が求められる。情趣は非顕示的価値であり,反感性が低い。この影響が表れたものと解釈可能であろう。また,購買意図における2群間のパス係数の差に関する仮説(H5f)が支持された要因も,この価値の有用性が他者の影響を強く受ける高観察可能性群において高まるためと考えらえる。

5.3  重要価値次元の特定

多母集団同時分析の結果(表2)は,複数の価値からブランド態度と購買意図へ正負の異なる影響が示されるなど,想定よりも複雑なものとなった。そこで,購買意図の形成に重要な価値を明らかにするために,追加措置として,購買意図に係る標準化総合効果を求めた。その結果,高観察可能性群においては,高い順に独創性(.311),情趣(.261),名声(.178),洗練性(−.027),エリート主義(−.387)となり,低観察可能性群においては,名声(.399),独創性(.211),情趣(.060),洗練性(−.032),エリート主義(−.266)となった。この結果から,相対的に「情趣」は高観察可能性群,「名声」は低観察可能性群において購買意図に顕著な正の影響を与えることが明らかにされた。そして,観察可能性の高低に関係なく,総じて「独創性」が顕著な正の影響,「エリート主義」が顕著な負の影響を与え,さらに「洗練性」が僅かな負の影響を与えることが明らかにされた。

さらに以上の検証結果から,2-2で指摘した「顕示的消費の回避と非顕示的回避への傾倒」という傾向について確認する。まず,顕示的消費を体現する「エリート主義」に関しては全ての仮説(H2)が支持されたため,「顕示的消費の回避」が確認され,かつ,その傾向が高観察可能性群において顕著であることが明らかにされた。次に,非顕示的消費を体現する「情趣」に関しては一部の仮説(H5a/5b/5e)において不支持となったものの,ブランド態度と購買意図への正の影響は共に低観察可能性群よりも高観察可能性群のほうが高く,かつ,購買意図に係る標準化総合効果の結果は2群ともに正の値を示している。このことから「非顕示的消費への傾倒」が確認され,かつ,その傾向が高観察可能性群において顕著であるといえる。以上の議論から,「顕示的消費の回避と非顕示的回避への傾倒」が確認され,この傾向が高観察可能性群において顕著であるとの結論が導かれる。

6  結論

本研究ではLBの多次元的価値が購買意図を形成するメカニズムに対する,財の観察可能性の影響を検証した。本章では,この検証で得られた理論的,実務的貢献を述べた上で,本研究の限界と今後の課題を挙げ,結論とする。

最初に理論的貢献として,次の三点が挙げられる。第一は,研究全体に関連する内容であるが,前述の形成メカニズムに対する財の観察可能性の影響を明らかにした点である。既存研究では,この形成メカニズムと観察可能性に関する研究の統合が図られていなかった。そこで本研究では,LBの消費行動における観察可能性の重要性を指摘し,その影響を明らかにした。本研究の結果は,LBの消費者研究における観察可能性という分析視角の重要性を主張するものであり,同分野の今後の研究に新たな方向性を示すものである。

第二は,LBの消費行動における「顕示的消費の回避と非顕示的消費への傾倒」という新たな傾向を量的に明らかにした点である。これまでは,この傾向を定性的に主張する研究(Eckhardt, Belk, & Wilson, 2015Granot & Brashear, 2008Kapferer, 2010Kapferer, 2015, p. 87)や,顕示的消費もしくは非顕示的消費を選好する消費者が存在することを量的に示す研究(Berger & Ward, 2010Han et al., 2010)は存在した。しかし,これら2つの消費を体現する価値(エリート主義/情趣)を同時に用いて,購買意図の形成メカニズムを明らかにした研究は存在しない。この結果は,現代の日本におけるLBの特徴的な消費行動を示すものであり,消費者のLBに対する価値観が対極にシフトしていることを示す重要な知見といえるだろう。

第三は,ブランド態度と購買意図に対して,正負の異なる影響を与える価値(名声/洗練性/情趣)が存在することを明らかにした点である。ブランド態度と購買意図はSEMを用いた検証において広く同時に用いられるが,一般的にこれらに対する変数のパス係数の符号は合致する(Hartmann & Apaolaza-Ibáñez, 2012Kudeshia & Kumar, 2017Paul & Bhakar, 2018)。本研究における正負の異なる影響は,消費者が特定のLBに対して好ましい評価を下す一方で,その購入を浪費と判断したケース(非合理性の知覚),他者からの反感を招く可能性を知覚したケース(反感性の知覚)が存在することを示唆するものである。これは仮説想定外の副次的な知見であるが,LBの検証における方法論として,ブランド態度と購買意図を同時に用いることの意義を示す重要な結果といえるだろう。

次に実務的貢献は,主に5-3で示した標準化総合効果の測定結果から導かれる,次の三点である。第一は,「情趣」と「名声」の各観察可能性群における相対的な購買意図への影響力の違いから導出される知見である。5-3の検証を通じて,購買意図に対する正の影響力は,高観察可能性群では「情趣」,低観察可能性群では「名声」が相対的に強いとの結果が示された。この結果は,消費者が他者からの反感を招く可能性の高い高観察可能性群においては反感性の低い「情趣」を通じて購買意図を形成する一方,反感を招く可能性の低い低観察可能性群においては反感性の高い「名声」を通じて購買意図を形成することを示すものと解釈可能である。つまり,LBの所有を通じた「差異化」と「反感の回避」の狭間で葛藤する消費者心理が存在することを示唆する結果である。実務家には,このような価値の反感性と財の観察可能性に関連する複雑な消費者心理への配慮が求められる。

第二は,「エリート主義」に関する知見である。5-3の検証を通じて,財の観察可能性の高低に関係なく,総じてエリート主義が購買意図に対して顕著な負の影響を与えることが明らかにされた。この結果を前述の「差異化」と「反感の回避」という観点から検討すると,エリート主義が差異化に寄与するとしても,それは反感性による負の影響に比べると明らかに低いものであると解釈される。この結果は日本人の集団主義的な国民性を反映した可能性があるため,知見の適応可能範囲については更なる検討を要するが,少なくとも現代の日本の消費者を対象としたLBのマーケティング戦略を構築する上で,「エリート主義の排除」という明確な課題を示す結果である。

第三は,「独創性」に関する知見である。5-3の検証を通じて,財の観察可能性の高低に関係なく,総じて独創性が購買意図に対して顕著な正の影響を与えることが明らかにされた。また,この価値は2群ともにブランド態度と購買意図へ正の影響を与える唯一の価値となった(表2)。このように独創性がLBの中核的な価値となる理由として,次に述べる「独創性と芸術との関係性」ならびに「芸術の特性」が挙げられる。芸術は独自性を創出し(Kapferer, 2015, p. 74),創造性を高めるとされている(Lee, Chen, & Wang, 2015)。つまり,消費者はLBの芸術的な要素に独創性を知覚すると解釈できる。また,芸術は富に特徴づけられるエリート主義的な存在とは一線を画し,他者からの反感の対象にはなり得ない(Kapferer, 2015, p. 74)。つまり,独創性は一見,二律背反するかに思える「差異化」と「反感の回避」を同時に達成する価値になり得る。実際,多くのLBがメセナ活動や芸術家とのコラボレーションを通じて芸術との融合を図っているが(Dion & Arnould, 2011Jelinek, 2018Pasols, 2012),本研究の結果はこのマーケティング戦略が有効に働くことを示唆するものである。

最後に本研究の限界と今後の課題を述べる。第一は,本研究が消費者の異質性の考慮を欠く点である。例えば,消費者のパーソナリティ特性13)に着目すると,協調性が低い消費者は,自己中心的で(Nettle, 2007, pp. 155–182),権威を誇示する傾向が強いことから(Miller, 2009, p. 240),本研究結果とは逆に,エリート主義が購買意図に対して正の影響を示す可能性が考えられる。この他にも,国民性(Hennigs et al., 2013, pp. 86–99;Kauppinen-Räisänen et al., 2018)や性別(Roux et al., 2017Stokburger-Sauer & Teichmann, 2013)といった消費者の異質性が,LBの消費行動に影響を与えることが指摘されている。本研究の実証モデルにこれらの変数を用いた場合,新たな知見が得られる可能性は十分に考えられる。

第二は,提言の具体性に関する限界である。本研究を通じて,購買意図の形成に重要な価値が明らかにされたが,その価値をどのようにコントロールできるかについては明らかにされていない。例えば,購買意図に負の影響を与える「エリート主義」をどのように低減できるかといった手法は提示されていない。また,購買意図に正の影響を与える「独創性」の構築手法については,LBと芸術との融合が有効であるとの提言を行ったものの,あくまで理論的な主張に留まるものであり,量的根拠を示すには至っていない。より実践的な議論を展開するためには,具体性を高めた追加検証が求められる。

謝辞

本研究の執筆にあたり,エリアエディターと2名の匿名レビュワーの先生方から多くの有用なご助言を頂戴しました。ここに記して深く感謝申し上げます。

1)  LBの国籍別消費比率(D’Arpizio et al., 2017)と人口データ(International Monetary Fund, 2017)を基に,国民1人当たりの年間消費額を算出すると,高い順に日本人,米国人,欧州人,中国人,その他アジア人,その他となる。なお,欧州とその他アジアに含まれる国は外務省(外務省,2017a2017b)の基準に準じた。

2)  Veblen(1899)の研究はそれ以前に発表されたRae(1834)の研究と内容が類似する(Alcott, 2004)。つまり,顕示的消費を最初に考察したのはRaeであり,それを有名にしたのがVeblenである(Leibenstein, 1950)。

3)  既存研究において“Visibility(Berger & Ward, 2010McShane, Bradlow, & Berger, 2012)”,“Observability(Berger, 2013, p. 132)”,“Public consumption/Private consumption(Graeff, 1997Norstrom, 1998Ratner & Kahn, 2002)”などと表現される概念を指す。

4)  同尺度はRoux et al.(2017)が導出したラグジュアリー価値尺度を軸に,バック・トランスレーション,グループ・フォーカス・インタビューならびに日本の消費者を対象とした量的調査により導出されたものである。なお,この導出過程で下位次元の「地位」が削除され,最終的には13次元となった。

5)  高野(2008)は日本人の集団主義説を主張する先駆的な研究(e.g., Benedict, 1946Hofstede, 1980)の検証方法の不備を指摘し,これらの研究を以て日本人が集団主義的であるか否かはわからないとの見解を示した。しかし,近年の遺伝子研究(Chiao & Blizinsky, 2010Gelernter, Kranzler, & Cubells, 1997)により,改めて日本人の集団主義説が支持されている。

6)  「人の判断,願望もしくは行動に大きな影響を与える実際もしくは想像上の個人や集団」と定義される(Park & Lessig, 1977)。例えば,憧れの有名人が所有するブランドに対して好ましい態度を示すことも,準拠集団による影響の一つである(仁平,2008)。

7)  「ブランドと消費者との自己概念が調和するほど,そのブランドに対する選好が高まること」と定義される(Sirgy, 1982)。なお,自己概念とは「自分の特性,並びにそうした特性に基づいて自己をどのように評価するか,ということについての信念」であり(Solomon, 2013, p. 201),実際の自分に対する現実的な評価である現実自己概念,自分がどうなりたいかという考えである理想自己概念,他者からどのように見られているかという考えである社会的自己概念に大別される(Kotler & Keller, 2015, p. 185;Malär, Krohmer, Hoyer, & Nyffenegger, 2011)。

8)  原著では「ワイン/スピリッツ」とされているが,日本での馴染みが薄いと考え,より一般的で広義なカテゴリー名に変更した。

9)  原著におけるカテゴリーには「サービス産業」と「クルージング産業」も含まれているが,物品ではないため除外した。

10)  多くの回答を得たブランドは自動車のレクサス(トヨタ),腕時計のロレックス,バッグのエルメスなどである。

11)  調査協力者の平均年齢は45.0歳,性別は男性(59.2%),女性(40.8%),婚姻状況は未婚(66.1%),未婚(25.3%),離婚・死別(8.6%)である。世帯人数は多い順に2名(26.8%),3名(24.1%),4名(19.9%),職業は会社員(51.0%),専業主婦(主夫)(11.0%),パート・アルバイト(9.7%),最終学歴は4年制大学卒(46.4%),高等学校卒(23.8%),短期大学卒(13.6%)と続く。

12)  データの分散共分散行列を再現できているかを指標化したGFI(goodness of fit index),そのGFIに対して自由度による補正を加えたAGFI(adjusted goodness of fit index),独立モデルと分析モデル双方の自由度を考慮した上で乖離度の比較を行う指標であるCFI(comparative fit index),1自由度あたりの乖離度の大きさを評価する指標であるRMSEA(root mean square error of approximation)(豊田,2004)を用いた。

13)  心理学の研究分野では,人間のパーソナリティが外向性,協調性,誠実性,情緒安定性,開放性の5次元で包括的に把握可能であるとされている(村上・村上,2008Nettle, 2007Roccas, Sagiv, Schwartz, & Knafo, 2002)。これら5次元はビッグ・ファイブとよばれ,消費行動との関連性についても検証が重ねられている(Fujiwara & Nagasawa, 2015a, 2015bSofi & Najar, 2018)。

参考文献
 
© 2021 日本商業学会
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