JSMDレビュー
Online ISSN : 2432-6992
Print ISSN : 2432-7174
投稿論文
サービス・リカバリー経験の意義―職業人としての成長・消費者としての意識変化―
武谷 慧悟
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2017 年 1 巻 2 号 p. 49-55

詳細
Abstract

サービス・リカバリー(i.e.苦情対応)経験は,従業員にとってどのような意義を持つのだろうか。この問いに取り組むことは,従業員のサービス品質や消費者の苦情行動など,サービス・マーケティング研究の諸領域に示唆をもたらすと考えられる。そこで本稿では,有職者を対象とするデータを用いて,従業員がサービス・リカバリー経験をどのように認識しているのか,その経験をきっかけとしてどのような変化が生じているのかを探索した。分析の結果,サービス・リカバリー経験に対する認識に関しては「離職意図」「顧客態度への批判」「良好な関係構築」という3因子が抽出された。これらのうち,サービス・リカバリーに際して顧客との「良好な関係構築」を意識することが,サービス・リカバリー・パフォーマンスの向上という「職業人としての成長」や,「消費者としての意識変化」に寄与していることなどが明らかになった。

1  はじめに

サービス・マーケティングの領域では,1980年代の初頭から,「サービス・リカバリー(service recovery)」に関する研究が行われてきた。これまでに様々なトピックについての研究が展開されてきたが(Krishna et al., 2011),中心的な課題は,サービス・リカバリーの効果や,サービス・リカバリーによって顧客満足などが回復する心理的メカニズムを,消費者行動研究の視点から解明することであった。

他方で,2000年代以降になると,サービス・リカバリーを行う側,すなわち従業員に焦点を当てた研究も展開されるようになった。先行研究では,従業員のサービス・リカバリー品質を高めるための組織的要因や,サービス・リカバリー品質と職務満足の関係性などが探求されてきた(e.g. Boshoff & Allen, 2000)。しかし,消費者を対象とした研究と比べて,当該領域の研究成果は限定的である。とりわけ,従業員にとって,サービス・リカバリーの経験(以下「サービス・リカバリー経験」と表記)にどのような意義があるのかは,ほとんど明らかにされていない。

そこで,本研究では,従業員がサービス・リカバリー経験をどのように認識しているのか,そして,その経験をきっかけとして意識や行動にどのような変化が生じているのかを探索する。本研究において取り組む課題が,サービス・マーケティングにおいて重要と考えられる理由は二つある。

第一に,サービス・リカバリー経験は,従業員のサービス品質に影響を及ぼしうる,重大なイベントだと考えられるからである。サービス・リカバリーを「公的に観察可能な表情と身体的表現をつくるために行う感情の管理」(ホックシールド,2000,p. 7),すなわち「感情労働(emotional labor)」と捉えた研究によると,顧客対応におけるポジティブな感情表出(「優しく接する」など)は,主観的ストレスの原因になる(池内・藤原,2015)。こうしたストレスが蓄積すれば,従業員はバーンアウト(燃え尽き症候群)の症状を示し,「脱人格化(depersonalization)」と呼ばれる,顧客に対して思いやりのない対応をする状態に陥ってしまうおそれがある(久保,2004)。他方で,経験学習という観点からみれば,顧客からの苦情とそれへの対応プロセスは,サービス改善について考えるための機会にもなりうる(cf.松尾,2006)。このように,従業員がサービス・リカバリー経験をどのように認識しているかによって,その後のサービス品質などにも違いが生じると考えられる。

第二に,サービス・リカバリー経験は,従業員の消費者としての意識にも影響を及ぼすと考えられるためである。例えば,顧客から苛烈な苦情を受けた従業員は,その顧客を反面教師として,自身が消費者となった時には丁寧な態度で苦情を申し立てるかもしれない。あるいはその顧客と同様に,苛烈な態度で従業員に臨むようになるかもしれない。サービス・マーケティングでは,消費者の苦情行動に影響を及ぼす要因についても研究が進められてきたが,従業員としての経験が消費者としての振る舞いにどのように影響するのかは考慮されてこなかった。したがって,本研究は消費者の苦情行動研究に対しても,新たな視点をもたらすことが期待される。

以上のような理由から,本研究では,サービス・リカバリー経験を起点とする「職業人」としての変化と「消費者」としての変化の両方に焦点を当てる。次節では,従業員を対象としたサービス・リカバリー研究を概観し,本研究の位置付けを確認する。

2  先行研究の検討

従業員を対象としたサービス・リカバリー研究では,サービス・リカバリー品質を高めるための組織的要因や,サービス・リカバリー品質と職務満足の関係性などが探求されてきた。こうした研究の基盤となっているのが,Boshoff & Allen(2000)である。

Boshoff & Allen(2000)は,従業員のサービス・リカバリー品質を「サービス・リカバリー・パフォーマンス(service recovery performance,以下「SRP」と表記)」と呼ばれる構成概念によって測定している。これは,「サービスの失敗をリカバリーすることに関する,個々のサービス従業員の知覚パフォーマンス」(Boshoff & Allen, p. 73)と定義される概念である。具体的には,「私が過去に対応した顧客で,問題が解決しないまま立ち去った人はいない」といった5つの質問を従業員本人に尋ねて,サービス・リカバリー品質の代理変数としている。彼らは,このSRPを中心として,その先行要因に「トレーニング」や「エンパワーメント」といった組織的要因を,結果要因に「職務満足」や「離職意図」を設定したモデルを検証している。

Boshoff & Allen(2000)の提示したモデルに依拠して,その後もSRPの先行要因や結果要因に関する研究が進められた(e.g., Ashil et al., 2005; Babakus et al., 2003; Lin, 2010; Yavas et al., 2003)。これら一連の研究は,これまでのサービス・リカバリー研究において等閑視されてきた従業員に焦点を当て,適切なサービス・リカバリーの実践を支援するための方法や,適切なサービス・リカバリーを実践した場合のメリットを明らかにしてきた点で,重要な貢献を果たした。しかし,これらの既存研究においては,2つの点で課題が残されている。

第一に,従業員のサービス・リカバリー経験に対する認識を十分に捉えられていない点である。SRPによって,自己のサービス・リカバリーの能力に対する認識は尋ねられているが,苦情を申し立てる顧客についてどのように認識しているのかなどは明らかにされていない。

第二に,サービス・リカバリー経験の意義を十分に解明できていない点である。既存研究では,SRPが職務満足や離職意図を規定するというモデルが設定されているが,多くの研究において,これら両変数の決定係数は極めて低くなっている(例えば,Yavas et al., 2003においては,職務満足が0.068,離職意図が0.0081)。また,近年では,因果関係を逆転させ,SRPがこれら両変数によって規定されるモデルも検証されるに至っており(Ashill et al., 2008),結局のところサービス・リカバリー経験が従業員自身にとってどのような意義を持つのかは不明確なままである。

上記2点を踏まえ,本研究では,従業員がサービス・リカバリー経験をどのように認識しているのか,その経験をきっかけとしてどのような変化が生じているのかを探索し,既存研究の知見を補完・拡張していきたい。なお,本研究が対象とする領域は,因果関係などが十分に明らかにされていない初期段階にあると考える。それゆえ,明確な仮説を設定し,検証することはせず,「探索的方式(exploratory mode)」によって調査データからの示唆を得ることとする(Hartwig & Dearing, 1979[邦訳1981])。

3  調査分析

3.1  調査概要

上記の研究目的を果たすべく,有職者を対象とする調査を行った。調査は,株式会社マーシュの協力を得て,2016年8月12日~18日に行われた。業務時間中に顧客との接触があり,かつ過去に苦情対応を1回以上経験しているという条件でスクリーニングを行ったところ,不完全回答を除き1387名の回答が得られた。この中からさらに,①雇用形態が「正社員」であること,②顧客との接触時間が業務時間の過半を占める(=「50%以上」)こと,③顧客との主な接触手段が電話やEメールではなく「直接対面」であること,という3つの条件をすべて満たすサンプルに絞った結果,207名(男性137名[66.18%],女性70名[33.82%],平均年齢=39.77歳[SD=10.91])が分析対象となった。

業種は,サービス業を中心に20項目で聴取している。最も多かったのは「医療・福祉サービス(21.3%)」であり,それに「その他(19.8%)」「銀行・保険・証券(13.5%)」「公立・私立学校教員含む教育・学習関連サービス(9.2%)」「インターネット関連サービス(8.7%)」「卸・小売業(8.2%)」「宿泊・飲食業(4.3%)」が続く。Boshoff & Allen(2000)では,業務時間の大部分(majority)を顧客との直接的な相互作用が占める銀行員が分析対象となっている。また,Ashill et al.(2005)でも,顧客接点を多く有する病院スタッフが対象サンプルとされている。したがって,本研究の分析対象サンプルは,先行研究のサンプルと一定程度の同質性を備えていると考えられる。

分析に用いる質問項目は,「サービス・リカバリー経験に対する認識」(20項目),「サービス・リカバリー・パフォーマンス(SRP)」(5項目),「サービス・リカバリーをきっかけとする変化」(10項目)である。いずれの質問も,「非常によく当てはまる~全く当てはまらない」の7段階で尋ねている(表1)。

表1  質問項目と記述統計
【サービス・リカバリー経験に対する認識】
あなたがこれまでにお客さんから苦情を言われた時に感じた気持ちや考えたことについて,以下の選択肢に示された事柄がどの程度当てはまるのかをお知らせください。(7:非常によく当てはまる~1:全く当てはまらない)
平均値 標準偏差
1.お客さんは苦情を申し立てる相手を間違えている 3.623 1.752
2.お客さんはクレームをつけるのを楽しんでいる 3.227 1.733
3.お客さんは自分に対して偉そうにしている 4.024 1.807
4.もし自分がお客さんの立場だったら,相手(従業員)に対してこんな態度はとらないだろう 4.739 1.625
5.お客さんの言動は度が過ぎている 4.087 1.710
6.自分の人格を否定されているようだ 3.329 1.787
7.お客さんは理不尽だ 4.150 1.724
8.お客さんには腹が立つ 3.671 1.712
9.お客さんが怖い 2.957 1.690
10.お客さんの状況に同情する 4.565 1.525
11.お客さんに対して申し訳なく思う 4.874 1.512
12.お客さんの気持ちもわかるが,自分も苦しい立場にいることをわかってほしい 4.377 1.629
13.自分たちの企業には何らかの改善が必要だ 5.275 1.389
14.この仕事を辞めたい 3.271 1.826
15.心を病みそうだ 3.435 1.873
16.仕事に対する思い入れがなくなりそうだ 3.425 1.783
17.この苦情をうまく解決できれば,自分は職業人として一皮むけそうだ 5.077 1.590
18.この苦情をうまく解決して,お客さんとより良い関係を築きたい 5.565 1.385
19.この苦情をうまく解決すれば,周囲からの自分に対する評価が上がる 4.691 1.684
20.この苦情をうまく解決すれば,お客さんは自分の会社を好きになってくれるだろう 5.106 1.451
【サービス・リカバリー・パフォーマンス(SRP)】
苦情対応に対するあなたの認識について,以下の選択肢に示された事柄がどの程度当てはまるのかをお知らせください。(7:非常によく当てはまる~1:全く当てはまらない)
平均値 標準偏差
1.これまでを振り返ると,私は苦情顧客を扱うのが上手である 4.609 1.538
2.私は,苦情顧客に対応するのが嫌ではない 4.188 1.734
3.私が過去に対応した顧客で,問題が解決しないまま立ち去った人はいない 4.527 1.618
4.苦情顧客を満足させることは,私にとってわくわくすることだ 3.923 1.744
5.過去に私が対応した苦情顧客は,今日ではお得意様になっている 4.493 1.737
【サービス・リカバリーをきっかけとする変化】
苦情対応をきっかけとして,あなたご自身が変わったことはありますか。以下の選択肢に示された事柄がどの程度当てはまるのかをお知らせください。(7:非常によく当てはまる~1:全く当てはまらない)
平均値 標準偏差
1.職業人として成長した 5.304 1.407
2.仕事の面白みが増した 4.758 1.579
3.仕事のスキルが上がった 5.213 1.472
4.仕事に身が入らなくなった 3.019 1.613
5.お客さん全員に対して不信感を抱くようになった 2.932 1.650
6.自身の消費者としてのふるまいを反省した 4.285 1.616
7.お店で買い物をしたり,サービスを利用したりするときに,相手(従業員)の立場を考慮するようになった 5.304 1.318
8.お店で買い物をしたり,サービスを利用したりするときに,従業員の失敗に対して寛容になった 5.159 1.347
9.お店で買い物をしたり,サービスを利用したりするときに,従業員を一人の人間として尊重するようになった 5.193 1.341
10.お店で買い物をしたり,サービスを利用したりするときに,従業員に対して,しっかりと自分の意見を主張するようになった 4.816 1.364

「サービス・リカバリー経験に対する認識」と「サービス・リカバリーをきっかけとする変化」に関する設問を設定したのは,苦情行動研究において,消費者がサービスの失敗をどのように認識するのかによって,その後の苦情行動やリカバリーに対する期待が異なるという知見に基づいている(Beverland et al., 2010; Ringberg et al., 2007)。ここでも,サービス・リカバリー経験に対する認識とその後の心理・行動の変化に一定の関連性があると考え,両設問を設定した。ただし,それぞれの質問項目については,既存の尺度が存在しないため,一般書籍を含めた関連文献(松尾,2006仲村,2015関根,2010)やサービス業に従事する有職者2名を対象とした非公式の意見聴取を参考にして,想定される項目を独自に作成した。「SRP」は,Boshoff & Allen(2000)で用いられていた項目を利用している。記述統計量を確認したところ,いずれの項目についても天井・床効果は認められなかった。

3.2  確認的因子分析

はじめに,探索的因子分析(最尤法,プロマックス回転)によって因子構造を把握したのち,確認的因子分析により,測定尺度の信頼性と妥当性を検証した。因子負荷量などを参考に,質問項目の削除を進めた結果,6因子(20項目)構造が妥当であると判断した。6因子はそれぞれ,「離職意図(4項目)」「顧客態度への批判(4項目)」「良好な関係構築(3項目)」「SRP(4項目)」「消費者としての意識変化(3項目)」「顧客への不信感(2項目)」と解釈された(表23)。

表2  確認的因子分析の結果
離職意図(CR=0.855, AVE=0.597) 因子負荷量
6.自分の人格を否定されているようだ 0.792
9.お客さんが怖い 0.769
14.この仕事を辞めたい 0.738
15.心を病みそうだ 0.790
顧客態度への批判(CR=0.845, AVE=0.577)
2.お客さんはクレームをつけるのを楽しんでいる 0.807
3.お客さんは自分に対して偉そうにしている 0.699
5.お客さんの言動は度が過ぎている 0.788
7.お客さんは理不尽だ 0.739
良好な関係構築(CR=0.797, AVE=0.570)
17.この苦情をうまく解決できれば,自分は職業人として一皮むけそうだ 0.672
18.この苦情をうまく解決して,お客さんとより良い関係を築きたい 0.721
20.この苦情をうまく解決すれば,お客さんは自分の会社を好きになってくれるだろう 0.860
SRP(CR=0.865, AVE=0.616)
1.これまでを振り返ると,私は苦情顧客を扱うのが上手である 0.806
2.私は,苦情顧客に対応するのが嫌ではない 0.778
4.苦情顧客を満足させることは,私にとってわくわくすることだ 0.786
5.過去に私が対応した苦情顧客は,今日ではお得意様になっている 0.770
消費者としての意識変化(CR=0.916, AVE=0.785)
7.お店で買い物をしたり,サービスを利用したりするときに,相手(従業員)の立場を考慮するようになった 0.858
8.お店で買い物をしたり,サービスを利用したりするときに,従業員の失敗に対して寛容になった 0.892
9.お店で買い物をしたり,サービスを利用したりするときに,従業員を一人の人間として尊重するようになった 0.907
顧客への不信感(CR=0.843, AVE=0.729)
4.仕事に身が入らなくなった 0.820
5.お客さん全員に対して不信感を抱くようになった 0.886
表3  因子間相関係数
AVEの平方根 1 2 3 4 5 6
1.離職意図 0.773 1
2.顧客態度への批判 0.760 0.734 1
3.良好な関係構築 0.755 –0.139 –0.099 1
4.SRP 0.785 –0.338 –0.279 0.377 1
5.消費者としての意識変化 0.886 –0.211 –0.192 0.592 0.433 1
6.顧客への不信感 0.854 0.678 0.508 –0.295 –0.159 –0.138 1

適合度指標は,χ2=271.275(df=155),GFI=.‍887,AGFI=.‍847,SRMR=.059,CFI=.948,TLI=.937,RMSEA=.060(90%信頼区間.042–.072)である。自由度調整済み決定係数に相当するAGFIの値が,目安とされる0.9をやや下回っているものの,他の指標が良好であることから,許容できるモデルだと判断した。信頼性の目安となるCR(composite reliability)の最低値は0.797,収束妥当性の目安となるAVE(average variance extracted)の最低値は0.570と,それぞれ基準(CR>0.6, AVE>0.5)を満たしていた(Hair et al., 2014)。また,因子間相関の平方の最大値は0.539であり,すべてのAVEを下回っているため,十分な弁別妥当性を備えていることも確認された(Voorhees et al., 2016)。

3.3  共分散構造分析

続いて,共分散構造分析によって,上記6因子間の関係性を分析した。サービス・リカバリーに対する認識(「離職意図」「顧客態度への批判」「良好な関係構築」)が,「SRP」やサービス・リカバリーをきっかけとする変化(「消費者としての意識変化」「顧客への不信感」)を規定するという因果関係を想定した上で,Amos23.0の探索的モデル特定化機能を利用し,複数モデルの中から当てはまりがよく,かつ解釈可能なモデルを選択した。最終的な検証モデルは,図1に示すとおりである。適合度指標は,χ2=281.661(df=161),GFI=.884,AGFI=.848,SRMR=.0638,CFI=.946,TLI=.937,RMSEA=.060(90%信頼区間.‍048–.072)であり,先ほど同様,許容できるモデルと言える。

図1 

共分散構造分析の結果.*観測変数と誤差は省略している.

1に示されているとおり,顧客態度への批判は,離職意図に有意に正の影響を及ぼしている。そして,離職意図は,SRPを低下させるとともに,顧客への不信感を高めていることが確認できた。

一方,良好な関係構築は,顧客に対する不信感に負の影響を及ぼしていた。また,消費者としての意識変化に対しては直接的にも,SRPを経由して間接的にも正の影響を及ぼしていることが明らかになった。

4  おわりに

本稿では,有職者を対象とするデータを用いて,従業員がサービス・リカバリー経験をどのように認識しているのか,その経験をきっかけとしてどのような変化が生じているのかを探索してきた。共分散構造分析の結果,サービス・リカバリー経験に際して「顧客態度への批判」の意識を抱くと,離職意図が高まり,結果としてSRPが低下したり,リカバリー後に顧客に対する不信感が増大したりすることが明らかとなった。

他方,「良好な関係構築」の意識を抱くと,SRPの向上という「職業人としての成長」や,サービス・リカバリー経験後の「消費者としての意識変化」を実感していることなどが明らかになった。顧客との間に,良好な関係を構築しようと思えば,より深く顧客のことを考え,顧客が満足できるようなソリューションを提供しようとするだろう。このように,他者の立場を強く意識する経験を積むことが,自身が消費者になった際に,相手(=サービス提供者)に配慮する姿勢にもつながるのだと考えられる。今後は,「良好な関係構築」の先行要因や結果要因に関する考察を深めることで,サービス・リカバリーに長けた従業員を育てたり,サービス提供者に対する配慮を持った消費者を育てたりするための有益な知見が得られるだろう。

今後の課題として,次の3点を挙げる。第一に,サービス・リカバリー経験に対する従業員の認識やその後の変化といった概念について,一層の探索を進めることである。本研究は,新たな研究課題やその理論的含意を提示することに主眼を置いており,実証研究としての妥当性・信頼性の確保は今後の課題として残されている。したがって今後は,フォーマル・インタビューをベースとした質問項目の探索と,複数回の定量調査を重ねることによって,厳密な尺度構築を図る必要がある。

第二に,概念間の関係性について,分析と理論的理解を深めることである。本研究では概念間の関係性が線形であることを前提に議論を進めたが,散布図を見ると,「離職意図」と「消費者としての意識変化」の関係性にはU字型の関係性も認められた。つまり,離職意図が低い場合だけでなく,高い場合にも,消費者としての意識変化の値が高くなっているのである。サービス・リカバリーによって離職を考えるほど傷ついた従業員は,自身をそこまで追い込んだ攻撃的な顧客を反面教師として,消費者としての振る舞いを反省しているとも解釈できる。今後は,こうした概念間の非線形関係にも注目して分析を進める必要があるだろう。また,当然ながら,変数間の因果関係を規定する理論についても理解を深め,一層精緻なモデルを構築・検証することも欠かせない。

第三に,幅広い人々を対象に分析を進めるべきである。業種や職種,職位などの属性が異なれば,サービス・リカバリー経験に対する認識などに違いが見られる可能性は大きい。今回は,正社員のみを対象として分析を行ったが,今後は非正規雇用をはじめとして,異なる属性を持つ人々との比較研究も進めることで,理論と実務にとって一層有益な知見が得られると期待できる。

謝辞

本研究は,平成28年度(第50次)吉田秀雄記念事業財団助成研究の成果の一部です。手厚いご支援を賜りましたことに,心より感謝申し上げます。また,2名の査読者の先生と編集長の近藤公彦先生からは,本稿の改善に資する大変貴重なコメントをいただきました。深く感謝申し上げます。

参考文献
 
© 2017 日本商業学会
feedback
Top