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生産者との交渉のもとでの流通費用削減投資
成生 達彦賈 蕾
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2017 年 1 巻 2 号 p. 57-64

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Abstract

流通業者による注文量や費用削減投資に先立って,垂直的取引関係にある生産者と複数の流通業者との間での交渉によって出荷価格とフランチャイズ料が設定される場合,各流通業者の投資水準や注文量はチャネルの利潤を最大にする水準に設定される。また,生産者が流通業者の数を選択可能であれば,彼は1人の流通業者と交渉する。というのは,流通業者が多くなると彼らの投資が減り,流通市場のパフォーマンスは悪くなるからである。

1  序論

イノベーションは分割不可能で外部性があり,かつその成果は不確実である。Schumpeter(1943)は,このようなイノベーションを遂行する能力について,事業範囲が広くかつリスク許容度が高い大企業の方が競争市場における小企業よりも高いと述べている。これにたいしてArrow(1962)は,生産費用を削減するための投資を取り上げ,競争市場の方が独占市場よりも市場供給量が多いために規模効果が働くと同時に,投資前の利潤が少ないために,競争企業の方がイノベーションへの大きな誘因を持つと述べている1)。それ以降,企業規模や市場構造とイノベーションの関係について多くの研究が行われている。寡占市場におけるイノベーションの先行研究であるYi(1999)は,同質財を供給する企業が数量競争を行う状況では,企業数が多くなると投資誘因は小さくなると述べている。これにたいしてBelleflame & Vergari(2011)は,企業数(横軸)と投資からの利益(縦軸)は逆U字型になるという結論を導いている。というのは,企業数が増えると競争が激しくなって価格が下がるために投資誘因は低くなるが,市場の総供給量が増えるという規模効果が投資誘因を高めるからである2)

垂直的な取引関係を想定した先行研究であるBanerjee & Lin(2003)は,独占的な川上企業が川下企業に中間財を出荷するという状況では,川下企業数が多いほど各企業の取り扱い量が減るために投資誘因は低下するが3),二重マージンが軽減されるため川上企業の利潤は多くなるという結論を導いている。またBuehler & Schmutzler(2008)は,チャネル間で数量競争が行われる状況では,垂直的統合によって二重マージンが軽減されて供給量が増えれば,自らの投資が増えてライバルの投資が減ると述べているし,Matsushima & Mizuno(2012)は,川上企業間の競争が激しくなって中間財の価格が下がれば,川下企業の投資が増えると同時に,チャネルの供給量が増えるために川上企業の利潤が増える可能性を指摘している。

これらの先行研究では主に生産段階での投資に焦点が当てられており,流通段階での投資は必ずしも検討されていない。流通業者による費用削減投資を分析する際に留意すべきことは,市場の総供給量は川上の生産者によって設定されるということである。この点についてDemsetz(1969)は,仮に総供給量が市場構造から独立であれば,Arrow(1962)とは逆に,取り扱い量の多い独占企業の方が投資への多くの誘因を持つと論じている。いま,生産者と流通業者から構成されるチャネルにおいて,生産者が流通業者からフランチャイズ料を徴収する状況を想定する。この状況で生産者は,流通業者にたいして彼らの外部機会における利得と同等の利潤を与えるという制約(参加条件)のもとで,自らの利潤を最大にする。ここで流通業者の外部機会での利得を一定とすれば,生産者はチャネルの利潤を最大にする総供給量(および小売価格)を選択する。このとき,仮に流通業者が独占であれば,二重マージンを回避するために,生産者は出荷価格を限界生産費用の水準に設定するし,多数の流通業者が存在して彼らのマージンが低ければ,生産者は高い出荷価格を設定する。その結果,流通市場の構造にかかわらず,総供給量は一定となる。この状況における流通業者による費用削減投資についての先行研究である成生・フラス・王・賈(2014)Flath & Nariu(2015)では,川上の生産者がフランチャイズ料を徴収する場合には,川下の流通業者の数が少ないほど投資が増え,Banerjee & Lin(2003)とは対照的に,川上企業の利潤が多くなるという結論を導いている。また成生(2015)は,チャネルの生産者間では価格競争,流通業者間では数量競争が行われる状況では,生産者が出荷価格を限界生産費用未満に設定するため,Buehler & Schmutzler(2008)とは対照的に,垂直的分離によって生産者および流通業者の投資が増えると論じている。

本稿では,流通業者による注文量や費用削減投資に先立って,垂直的取引関係にある生産者とn人の流通業者の間での交渉によって販売契約(出荷価格とフランチャイズ料)が決まる状況を想定した上で,販売契約がどのような特徴を持ち,そのもとで各流通業者がどのような投資を行い,注文量を設定するかを検討する。主要な結論は,交渉で決められた出荷価格のもとで,各流通業者の投資や注文量はチャネルの利潤を最大にする水準に一致するというものである。また,生産者が交渉する流通業者の数を選択できるのであれば,彼は1人の流通業者と交渉し,その結果,出荷価格は限界生産費用の水準に設定される。さらに,流通業者が多くなると彼らの投資が減り,流通市場のパフォーマンスは悪くなる。このことは,「競争的流通市場は必ずしも効率的ではない」という成生・フラス(2011)の主張がより一般的な状況でも成立することを意味している。実際,成生・フラス(2011)では1)線形の逆需要関数,2)2次の投資費用関数,3)生産者がフランチャイズ料によって小売業者に一時的に生じた利益を全額回収するということが想定されていたが,本稿の需要関数と投資費用関数は一般形であり,フランチャイズ料も小売業者の利潤を全額回収するものではない。

以下の構成は次のとおりである。まず次節ではモデルを提示する。3節では,販売契約についての交渉を分析し,そのもとで投資や販売量がどのように設定されるかを検討する。4節では,流通市場の構造とパフォーマンスの関係を論じる。5節では,要約の後に含意を述べる。

2  モデル

単純化のために,限界生産費用ゼロで財を生産する独占企業を想定する。この財にたいする市場の逆需要関数は

  
p=p(Q), p'=dp/dQ<0(1)

で与えられるとする。ここで,pは小売価格,Qは市場供給量(=流通業者の総注文量)である。生産された財は流通業者を介して消費者に販売される。その際,流通業者は財1単位あたりcの限界流通費用を負担する。この限界流通費用は,投資を行うことによって削減することができる。このような投資の例として,広告や物流システムの整備などが挙げられる。実際,広告によって多くの消費者が,財に関する情報を持っていれば,販売員による説明にかかる費用は低くなるし,物流施設や物流マニュアルを整備すれば流通費用も削減されよう。本稿では,流通業者がK(c)の投資費用を負担すれば,限界流通費用をc0からcへと削減できるとする。ここで,c0は投資が行われないのときの限界流通費用で,投資費用関数はK(c0) = 0,K'(c) < 0かつK''(c) > 0を満たすものとする。

いまベンチマークとして,仮に生産者が流通部門を垂直的に統合し,財を消費者に直接販売する状況を想定する。また仮に,生産者も投資費用K(c)を負担すれば,限界流通費用はc0からcへと削減できるとする。この状況で彼は,自らの利潤zを最大にするように投資水準(以下では,投資の結果である限界流通費用cを「投資水準」と呼ぶ)および生産量Qを設定する。このときの彼の意思決定問題は

  
Max z=(p(Q)-c)Q-Kc,w.r.t.Q and c(2)

と定式化される。この最大化問題の極大化の1階条件は

  
z/Q=p(Q)c+p(Q)'Q=0 (3-1)
  
z/c=QK'(c)=0 (3-2)

で与えられ,これより生産者にとって最適な投資の結果である限界流通費用c*と供給量Q*を求めることができる。ここで,極大化の2階条件は満たされているとする。また,アステリスク(*)は生産者にとっての最適値を示している。さらに,このときの小売価格はp* = p(Q*),投資額はK* = K(c*),生産者利潤(=チャネルの利潤J)はz* = (p* − c*)Q* − K* = J*である。この利潤は,(1)式の需要関数と与えられた費用削減投資の技術条件のもとで達成可能な最大の額である。

現実には,販売上のノウハウを持たない生産者の限界流通費用は流通業者と比べて高いし,生産者が流通業者と同じ費用削減投資を行えるわけでもない。このことが,生産者が財の販売を流通業者に委ねる理由であり,本稿ではこのような状況を想定する。

以下で分析するゲームの意思決定のタイミングは次のとおりである。まず第1段階において,生産者が流通業者と販売契約(出荷価格とフランチャイズ料)について交渉する4)。交渉が成立した場合には,作成された販売契約のもとで,第2段階において流通業者は,自らの利潤を最大にするように投資水準と注文量を設定する。以下では,この2段階ゲームの部分ゲーム完全均衡を後方帰納法を用いて求める。

3  分析

第2段階においてn人の(対称的な)流通業者i (=1 ... n)は,第1段階の交渉で決まった出荷価格wとフランチャイズ料F,さらにはライバル流通業者の投資水準と注文量を所与として,自らの利潤yiを最大にするように投資水準ciと注文量qiを設定する。このときの彼の意思決定問題は

  
Max yi=(p(Q)-ci-w)qi-K(ci)-F,w.r.t.qi and ci

と定式化される。上記の最大化問題の極大化の1階条件は

  
y i / q i =(p c i w)+p'(Q) q i =0 (4-1)
  
y i / c i = q i K'( c i )=0 (4-2)

で与えられ,これより第2段階の部分ゲームの(対称)均衡における注文量qC(w, n)と投資水準cC(w, n)を求めることができる5)。ここで,上付き添え字Cはクールノー均衡を示す。また,2階条件

  
y qq =2p'+p''q<0
  
y cc =K''<0
  
D= y qq y cc y qc y cq =K''(2p'+p''q)1>0

は満たされているとする。上式の関数yの下付添え字は当該変数での偏微分を表し,yqc = ycq = −1である。

ここで比較静学分析を行えば,qC/w = ycc/D < 0,cC/w = −1/D > 0であるから,注文量は出荷価格の減少関数で,限界流通費用は出荷価格の増加関数である。また,このときの供給量はQC(w, n) = nqC(w, n),小売価格はpC(w, n) = p(QC(w, n)),投資額はKC(w,n) = K(cC(w, n))であり,流通業者,生産者およびチャネルの利潤は,それぞれ

  
yC(w,n) = (pC(w,n)-cC(w,n)-w)qC(w,n)-KC(w,n)-F(5-1)
  
zC(w) = wQC(w,n)+nF(5-2)
  
JC(w,n)= nyC(w,n)+zC(w,n)=(pC(w,n))-cC(w,n))QCw,n-nKC(w,n)(5-3)

と計算される6)

第1段階における交渉

第2段階における流通業者の投資・注文行動を予想する生産者は,第1段階において,当該の流通業者と販売契約について交渉する。ナッシュ交渉解を想定すれば,それはナッシュ積

  
N(w,F)= ( z C (w,F) z 0 ) α [ ( y C (w,F) y 0 ) β ] n

を最大にする出荷価格とフランチャイズ料である。ここで,αβはそれぞれ生産者と流通業者の交渉力で,z0y0は生産者と流通業者の外部機会における利得であり,交渉の威嚇点となる。

いま,(5)式に留意すれば,ナッシュ交渉解は制約条件付き最大化問題

  
Max N (w, F), w.r.t.w andFs.t.JC(w)=zC(w, F)+nyC(w, F)

の解(出荷価格とフランチャイズ料)である。ラグランジェの未定乗数をλとし,ラグランジェ式

  
L= (z(w,F) z 0 ) α (y(w,F) y 0 ) βn λ{z(w,F)+ny(w,F)J(w)}

を構成すれば7),極大化の1階条件として

  
L/F= (z z 0 ) α (y y 0 ) βn1 [α(y y 0 )(z/F)+βn(z z 0 )(y/F)] λ{(z/F)+n(y/F)}=0 (6-1)
  
L/w= (z z 0 ) α (y y 0 ) βn1 [α(y y 0 )(z/w)+βn(z z 0 )(y/w)]λ{(z/w)+n(y/w)(dJ/dw)}=0 (6-2)
  
L/λ={z(w,F)+ny(w,F)J(w)}=0 (6-3)

を得る。ここで,yy0 > 0,zz0 > 0(これらの条件が満たされなければ生産者や流通業者にとって交渉を成立させる誘因はない),さらには(5)式よりz/F = ny/F = −1であることに留意すれば,(6-1)式は

  
α(z z 0 )=β(y y 0 ) (7-1)

へと改められる。また(6-3)式より,z/w + n(y/w) − dJ/dw = 0であるから,(6-2)式の最後の項はゼロである。それゆえ,(6-2)式の最初の項がゼロでなければならず,(7-1)式に留意すれば,z/w + n(y/w) = 0が成立する。このことを考慮すれば,(6-2)式は

  
L/w=λ(dJ/dw)=0 (7-2)

へと改められる。すなわち,出荷価格はチャネルの利潤を最大にする水準に設定されるのである。さらに(6-3)式と(7-1)式より,交渉のもとでの生産者および流通業者の利潤

  
zN(w,F) = (α/(α+βn))(J(w)-z0-ny0 )+z0(8-1)
  
yN(w,F) = (β/(α+βn))(J(w)-z0-ny0)+y0(8-2)

が導かれる。ここで,上付き添字Nはナッシュ交渉解を示す。いま,チャネルの利潤(J(w))と彼らの外部機会での利得の総和(z0 + ny0)との差額を「チャネルの純利得」とすれば,各経済主体は,チャネルの純利得を交渉力に応じて受け取ることになる。以上の議論は次の補題にまとめられる。

補題1

生産者がn人の流通業者と費用削減投資後の販売契約について交渉するとき,出荷価格はn人の流通業者が存在するときのチャネルの利潤を最大にする水準に設定される。また,フランチャイズ料のもとで各経済主体は,外部機会での利得に加えて,チャネルの純利得を交渉力に応じて分配される。

 

ナッシュ交渉解が(7-2)式と(8)式で規定されるとして,出荷価格とフランチャイズ料はどのような水準に設定されるのか? このことを明らかにするためには,n人の(対称的な)流通業者が存在するときのチャネルの利潤最大化条件を求める必要がある。このときのチャネルの利潤は

  
J(n) = (p(Q)-c)Q-nK(c)

であるから,極大化条件は

  
J/Q=p(Q)c+p'(Q)Q=0 (9-1)
  
J/c=QnK'(c)=0 (9-2)

で与えられる。上式より,チャネルの利潤を最大にする供給量Q*(n)と投資水準c*(n)を求めることができる。ま‍た,このときの小売価格はp*(n) = p(Q*(n)),各流通‍業‍者の注文量はq*(n) = Q*(n)/n,投資額はK*(n) = K(c*(n))であり,チャネルの利潤はJ*(n) = (p*(n) − c*(n)) Q*(n) − nK*(n)と計算される。

ここで留意すべきことは,前述したように,第2段階においてクールノー競争を行う各流通業者は,交渉で設定されたwF,さらにはライバル流通業者の注文量を所与として,(4)式にもとづいて自らの注文量と投資水準を設定するということである。そして,流通業者が設定する注文量と投資水準は出荷価格に依存しているのである。これらのことを予想する生産者と流通業者は,第1段階の交渉において,クールノー競争を行う流通業者の利潤極大化注文量の和(nqC(w, n))がチャネルの利潤極大化供給量Q*(n)と一致するように,出荷価格

  
wN(n) = p(Q*(n))-c*(n)+ p'(Q*(n))(Q*(n)/n)(10)

を設定することになる。このとき,市場供給量,小売価‍格,各流通業者の注文量や投資水準はチャネルの利潤を最大にする水準に設定され(QC(wN(n), n) = Q*(n), pC(wN(n), n) = p*(n), qC(wN(n), n) = Q*(n)/n, cC(wN(n), n) = c*(n)),チャネルの利潤はJ*(n)となる。

また,このときの小売業者の利潤は

  
yC(wN(n), n) = y*(n) = (p*(n)-c*(n)-wN(n))q*(n)-K*(n)-FN

であると同時に

  
yN(wN(n), n, F) = (β/(α+βn))(J*(n)-z0-ny0)+y0

でもある。したがって,フランチャイズ料は

  
FN = [(p*(n)-c*(n)-wN(n)]q*(n)-K*(n)-yN(11)

と設定されることになる。以上の議論は次の命題にまとめられる。

命題2

生産者がn人の流通業者と費用削減投資後の販売契約を交渉するとき,出荷価格は(10)式,フランチャイズ料は(11)式で与えられる。このときのチャネル,生産者および流通業者の利潤は,それぞれ

  
J*(n) = (p*(n)-c*(n))Q*(n)-nK*(n)
  
zNn=(α/(α+βn))(J*(n)-z0-ny0)+z0
  
yN(n) = (β/(α+βn)) (J*(n)-z0-ny0)+y0

と計算される。

 

第1段階の交渉で,出荷価格とフランチャイズ料が命題2に記されているように設定されるとき,第2段階でクールノー競争を行う流通業者は,チャネルの利潤を最大にする注文量q*(n)と投資水準c*(n)を選択することになる。その意味で,ナッシュ交渉解は効率的である。

交渉する流通業者の数

次に,第0段階において,生産者が交渉する流通業者の数を選択できるとしよう。このとき,(9-1)~(9-2)式のもとで

  
d J N /dn={p( Q N (n)) c N (n)+p' Q N (n)}(d Q N /dn) ( Q N +nK')(dc/dn)K( c N (n))=K( c N (n))<0

となることに留意すれば,

  
dzN(n)/dn=(α/(α+βn))(dJN(n)/dn)-(αβ/(α+nβ)2)JN(n) < 0

を得る。上式より,生産者の利潤は交渉する流通業者数の減少関数であるから,彼は1人の流通業者と交渉することになる。このとき,(3-1)式に留意すれば,(10)式は

  
wN(1) = p(Q*(1))-c*(1) + p'(Q*(1))Q*(1) = 0

となるから,出荷価格はゼロに設定される。この状況では,流通業者の目的関数は(固定額のフランチャイズ料を除き)統合時の生産者のもの((2)式)と一致するから,流通業者はチャネルの利潤を最大にする注文量qN(1) = Q*と投資水準cN(1) = c*を選択する。また,このときの流通業者の投資額(KN(1) = K(c*)),小売価格(pN(1) = p(Q*) = p*)およびチャネルの共同利潤(JN(1) = (p*c*)q*K* = J*)も統合時と一致し,生産者と流通業者の利潤は,

  
zN=(α/(α+β)) (J*-z0-y0)+z0=FN
  
yN=(β/(α+β))(J*-z0-y0)+y0

となる。したがって,次の命題が成立する。

命題3

生産者が交渉する流通業者数を選択できる場合,彼は1人の流通業者と交渉し,そこでは出荷価格はゼロに設定される。このとき,流通業者はチャネルの利潤を最大にするように投資水準c*と注文量q*を設定するから,チャネルの利潤も達成可能な最大の額J*となる。

4  市場の構造とパフォーマンス

この節では,流通業者数(市場構造)の変化が彼らの投資水準や供給量さらには市場のパフォーマンスにどのような影響を与えるかを検討する。

前節では,交渉する流通業者の数が少なくなれば,生産者の利潤やチャネルの共同利潤が増加すると論じたが,流通業者の投資水準や供給量,小売価格,さらには消費者余剰や総余剰など,市場のパフォーマンスはどうなるのか? これらのことを論じる際に留意すべきことは,補題1に記したように,生産者とn人の流通業者とのナッシュ交渉では,その後のクールノー均衡で流通業者がチャネルの利潤を最大にする投資水準と注文量を選択するように,出荷価格とフランチャイズ料が設定されるということである。したがって,ナッシュ交渉のもとでの市場の構造とパフォーマンスの関係を見るためには,n人の流通業者が存在するときにチャネルの共同利潤を最大にする状態を見ればよいことになる。チャネルの共同利潤を最大にする条件は(9-1)~(9-2)式で与えられているから,以下では,nについての比較静学分析を行う。

いま,チャネルの共同利潤の極大化の2階条件

  
J QQ =2p'+p''q<0
  
J cc =K''<0
  
D= J QQ J cc J Qc J cQ =K''(2p'+p''q)1>0

が成立しているとする。上式の関数Jの下付添え字は,当該変数での偏微分を表す。また,JQc = JcQ = −1である。ここで,(9-1)~(9-2)式を全微分すれば

  
JQQdQ+ JQcdc=0
  
JcQdQ+Jccdc=K'dn

となるから,

  
dQ/dn =K'/D < 0
  
dc/dn =JQQK'/D>0

を得る。上式より,流通業者数が増えると市場供給量が減り,限界流通費用が高くなることが分かる。そして,後者は投資の減少を意味するから,流通業者数が少ないときの方が,彼らは積極的に投資を行うことになる。この点は,生産企業の費用削減投資についてのArrow(1962)の主張とは対照的である。また,供給量が増えれば小売価格が低くなり,消費者余剰は増加する。さらに,前節で論じたように,流通業者数が少なくなればチャネルの共同利潤も増加するから,総余剰も増加する。したがって,流通業者数が多いという意味での競争的流通市場は効率的ではないことになる。これまでの議論は,次の命題にまとめられる。

命題4

生産者がn人の流通業者と費用削減投資後の販売契約について交渉するとき,流通業者数が少なくなると各流通業者の投資水準が増加し,限界流通費用が下がる。また,チャネルの共同利潤は増加する。さらに,市場供給量が増えて小売価格が下がるため,消費者余剰や総余剰は増加する。したがって,競争的流通市場は必ずしも効率的ではない。

 

この命題は次のように説明される。いま,ベンチマークとして(K'(0)が高いために)投資が行われない状況を想定し,この状況でチャネルの利潤を最大にする供給量をQ0,小売価格をp0とする。ここで仮に,流通市場が競争的で流通マージンがゼロであれば,出荷価格がp0に設定されれば供給量はQ0となる。逆に,独占的流通市場の場合には,出荷価格がゼロ(=限界生産費用)に設定されれば,独占的流通業者の利潤はチャネルの利潤となるから,彼はQ0を注文してp0の価格で販売する。このように,流通市場の構造によって流通マージンが異なるとき,出荷価格が適切に調整されればチャネルの利潤は最大になる。費用削減投資が行われる場合も同様で,流通業者数が多いために彼らのマージンが低いときには出荷価格は高く設定され,投資の結果である限界流通費用のもとでチャネルの利潤を最大にする供給量と小売価格が実現する。一方投資水準は,第1段階の交渉で設定された出荷価格を所与として,第2段階において,各流通業者によって設定される。このときには,流通業者の数が少ないほど規模効果が大きくなるから,彼らは積極的に投資を行うことになる。このことが限界流通費用を引き下げ,小売価格の低下と供給量の増加を導くのである。

この命題4は,「競争的流通市場は必ずしも効率的ではない」という成生・フラス(2011)の主張がより一般的な状況でも成立することを意味している。実際,成生・フラス(2011)では1)線形の逆需要関数,2)2次の投資費用関数,3)生産者がフランチャイズ料によって小売業者に一時的に生じた利益を全額回収するということが想定されていたが,本稿の需要関数と投資費用関数は一般形であり,フランチャイズ料も小売業者の利潤を全額回収するものではない。

5  結び

本稿では,流通業者が費用削減投資を行う前に,投資後の出荷価格とフランチャイズ料を生産者と交渉する状況を想定し,そこでの供給量,投資水準,生産者および流通業者の利潤について検討した。主な結論は,補題1と命題2で記したように,生産者や流通業者の交渉力や威嚇点さらには交渉する流通業者数にかかわらず,流通業者の注文量や投資水準は,n人の流通業者が存在する場合のチャネルの利潤を最大にする水準に一致するというものである。また,生産者が交渉する流通業者の数を選択できるのであれば,命題3で記したように,彼は1人の流通業者と交渉する。このときにも,チャネルの利潤を最大にする供給量と投資水準が選択され,チャネルの利潤も達成可能な最大額になる。さらに命題4で記したように,交渉する流通業者数が多くなるほど各流通業者の投資が減ると同時に,流通市場のパフォーマンスが悪くなる。前者は生産企業の費用削減投資についてのArrow(1962)の主張とは対照的であるし,後者は競争的流通市場が必ずしも効率的ではないことを示している。

ある生産者が製品の輸出を企てるとき,相手国の流通業者は当該の財の販売に不慣れであるから,費用削減投資によって限界販売費用が大きく削減できる可能性がある。この状況で,生産者が輸出国の流通業者と新しい販売契約を交渉するとき,多くの場合,命題3で記したように,彼は1人の流通業者を「総代理店」として選択し,当該の流通業者に独占的販売権を与えている8)。このとき総代理店は,チャネルの利潤を最大にする注文量と投資水準を設定し,最大化されたチャネルの純利潤は交渉力に応じて分配されることになる。

確かに本稿のモデルでは,販売契約を結ぶ流通業者数が少なければ,彼らの投資が増えて,チャネルおよび生産者の利潤も多くなる。しかしながら,効率的な流通業者数を規定する要因にはさまざまのものがある。多くの小売店舗(流通業者)の存在が消費者の利便性を高める状況では,販売量は小売価格のみならず小売店舗数にも依存する。この状況で,流通費用削減投資がそれほど重要でなければ,チャネルの利潤を最大にするためには複数の小売業者が必要となろう。また,生産者と流通業者の長期継続的取引関係のもとで関係特定的な資源が蓄積される場合には,1人の流通業者のみと取引すれば,「事後的な少数関係」のもとでの流通業者の機会主義的行動が生じ,生産者の利潤が減るかも知れない。この状況では,取引の停止は関係特定的な資源の喪失を意味するから,流通業者数は長期的な観点から決まることになろう。

さらに,流通段階でのイノベーションは,例えば窓口問屋やオムニチャネルの構築などのように,特許などで保護することが難しいため模倣され易い9)。この状況で流通業者は,交渉のもとで短期的に利潤を得ることはできるが,長期にわたってそれを維持することは難しいかも知れない。というのは,スピルオーバーが生じた後には,他の流通業者の限界流通費用が低くなるから,生産者の威嚇点が高くなる。その結果,生産者に分配される利得が増えるからである。このようなスピルオーバーを含むモデルの分析は今後の研究課題である。

1)  Flath & Nariu(2015)およびTirole(1988, pp. 390–393)の解説を参照のこと。

2)  Blundell, Griffith, & Reeman(1999)は,英国の製造業において,企業の市場シェアとイノベーションの間には正順関係があることを示しているし,Aghion, Bloom, Blundell, Griffith, & Howitt(2005)は,競争とイノベーションの間には逆U字型の関係があることを実証的に示している。また,我が国におけるイノベーションについての実証研究として中西(2014)などがある。

3)  例外として,垂直的な戦略効果ゆえに,下流企業が複占の時の方が独占の時よりも多くの投資を行う。

4)  ナッシュ交渉解についてはNash(1950)を参照のこと。また,二部料金の交渉についてはAlipranti, Milliou, & Petrakis(2014)Basak & Wang(2016)などを参照のこと。

5)  流通業者は対称的であるから,下付き添え字iを省略する。

6)  出荷価格の変化が諸変数に及ぼす効果は,pC/w = p'(∙)(qC/w) > 0,KC/w = K'(∙)(dc/dw) < 0であり,yC/w = (pCcCw + p'qC)(qC/w) − (qC + K')(KC/w) − qC = − qC < 0である。

7)  以下では簡略化のために,クールノー均衡を示す上付き添え字Cと所与の流通業者数nを省略する。

8)  このような総代理店制についてはFlath & Nariu(2008)成生・フラス(2004)などを参照のこと。

9)  オムニチャネルについては橋爪・成生・柯(2017)などを参照のこと。

参考文献
 
© 2017 日本商業学会
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