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投稿論文
顧客価値尺度の開発と検証
高橋 史早
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2018 年 2 巻 2 号 p. 39-47

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Abstract

顧客満足を高めるためには品質だけでなく,顧客が知覚する価値も高めることが重要である。しかし,従来の研究では,意味的価値について様々な次元が提唱され,合意が得られていない状況にある。本稿の目的は,複数提唱されている意味的価値次元を整理し,主に小売業を対象とした顧客価値尺度を開発することにある。主要な価値モデルおよび既存の測定尺度を基に質問票を作成し,大手アパレル企業の店舗(n = 362)およびオンラインショップ(n = 181)の利用者を対象に質問紙調査を実施した。尺度開発の手続きに従って分析した結果,機能的価値として品質的価値,価格的価値,効率的価値の3次元が,意味的価値として審美的価値,娯楽的価値,認識的価値の3次元が抽出され,信頼性および妥当性が十分に高いことが確認された。本研究の貢献は,既存の次元の価値を整理したことに加え,これまで十分に捉えきれていなかった顧客の好奇心や知識欲に関する認識的価値,また視覚的な美しさに関連する審美的価値の位置づけを明確化したことにある。

1  はじめに

サービス・マーケティング研究では,品質と顧客満足の関係には顧客の知覚価値が介在すると言われている(e.g., Chen, 2008南,2012山本,20072010)。つまり,人々は品質と価値を区別して知覚しており,サービス組織が顧客満足および再購買意図を促すためには,品質だけでなく,知覚価値を高めることが重要になる。特に,ショッピングやレジャー等の経験的な側面が強いサービスでは,顧客が知覚する価値をマネジメントすることが不可欠となる(Mathwick, Malhotra & Rigdon, 2001, 2002)。

知覚価値(perceived value)は顧客が製品やサービスに対して抱く有用性の評価であり,個人差が存在する(Zeithaml, 1988)。消費者行動研究においては,知覚価値の分類に基づいて,様々な価値モデルが提唱されるとともに(e.g., Sheth, Newman & Gross, 1991),測定尺度が開発されてきた(e.g., Sweeney & Soutar, 2001)。知覚価値は,大枠で捉えた場合には,技術的性能や実用性に関する機能的価値と,デザインやステータス,喜び等といった意味的価値に分類され,特に意味的価値が企業の競争優位を左右すると言われている(延岡,20102011)。

従来の顧客価値研究では,複数のモデルにおいて様々な意味的価値次元が検証されているが(e.g., Sheth et al., 1991Sweeney & Soutar, 2001),その内容については合意が得られていない。具体的には,Holbrook(1994, 2006)は,「社会(social)」,「快楽(hedonic)」,「利他(altruistic)」を提示しているのに対し,Sheth et al.(1991)は,「社会(social)」,「感情(emotional)」,「認識(epistemic)」を提唱する等,相互に類似している次元がある一方,独自の次元も存在する。また,測定尺度も複数提唱されているが,既存の測定尺度は提唱されているモデルごとに異なる次元を検討しており,統合的な顧客価値尺度が開発されていない状況にある。こうした測定尺度を用いた場合,意味的価値を適切に評価することが困難となり,研究結果を比較することが難しくなると思われる。

本研究の目的は,複数提唱されている意味的価値次元を整理し,小売業における包括的な顧客価値尺度を開発することにある。本稿では,大手アパレルショップの利用経験者を対象に調査を実施したが,その理由は,小売店舗での購買が物販とサービスの両面から多角的に価値を知覚できる経験であることに加え,アパレル製品の購買頻度は高く,顧客が実用性に関する機能的価値と,デザイン等の意味的価値の両方を評価しやすいと考えられるからである。さらに,過去の顧客価値研究においても,アパレル販売を調査対象としているケースが多く見られる(e.g., Babin & Babin, 2001Mathwick et al., 2001)。

本研究はHolbrook(1994, 2006)が示した顧客価値モデル,Sheth et al.(1991)によって提唱された消費価値モデル,Mathwick et al.(2001, 2002)による経験価値モデルの3つのモデルを踏まえ,Sweeney and Soutar(2001)Mathwick et al.(2001, 2002),Oh, Fiore and Jeoung(2007)Pihlström and Brush(2008)の測定尺度に含まれる次元や項目を基に,Churchill(1979)Hinkin(1998)の測定尺度開発の手順に従って,顧客価値の測定尺度を開発した。以下では,最初に知覚価値の概念的特徴および主要な知覚価値モデルについてレビューした後,測定尺度の開発ステップを説明した上で,分析結果を示し,考察を行う。

2  顧客価値の概念的特徴

従来のサービス・マーケティング研究では,サービス品質と顧客満足,再購買意向の関係が検討されてきたが,品質と顧客満足の間には知覚価値が媒介していることが指摘されている(e.g.,南,2012山本,20072010)。例えば,Choi et al.(2004)Chen(2008)は「サービス品質→知覚価値→顧客満足→再購買意向/他者推薦」という関係を検証し,サービス品質が,知覚価値を媒介して顧客満足を高め,再購買意向や他者推薦につながることを明らかにしている。

Zeithaml(1988, p. 14)は,知覚価値を「顧客のベネフィットとコストの知覚に基づく,製品やサービスに対する有用的価値の評価」と定義している。コストは「価格コスト」と,時間コストや心的労力,知覚リスクなどの「非価格コスト」を,ベネフィットは「製品やサービスの所有・使用によって獲得する効用」を指す。つまり,「有用性の評価」としての知覚価値は(小野,2010Zeithaml, 1988),「サービスの品質に対する評価」であるサービス品質と区別される(山本,20072010)。製品やサービスに対して個人的に感じる好ましさが知覚価値であるため,品質に比べ,価値の感じ方は個人差が大きいといえる(Holbrook, 2006Mathwick et al., 2001, 2002)。また,知覚価値の特徴は,同じ製品やサービスであっても,顧客によって知覚する価値が異なるだけでなく,複数の価値が同時に知覚される場合があるという点にある(Sheth et al., 1991Sweeney & Soutar, 2001Wang et al., 2004)。

これまでの研究では,Sheth et al.(1991)によって知覚価値の理論的な枠組みが示された後,様々な知覚価値モデルが検討されてきた。例えば,Holbrook(1994, 2006)によって示された顧客価値(customer value)モデル,Sheth et al.(1991)によって提唱された消費価値(consumption value)モデル,Mathwick et al.(2001, 2002)による経験価値(experiential value)モデル等がある。これらのモデルの特徴は,消費を個人の体験・経験として扱っていることにある。これにより,それまでの消費者行動研究では検討することが難しかった芸術鑑賞やサービス等の領域を対象とすることが可能となり,消費者行動研究に大きなインパクトを与えたといわれている(井上,2010)。なお,各モデルにおいて提唱されている価値概念の名称は異なるが,本研究では顧客価値を「顧客によって知覚された価値」の意味で用いる。

3  顧客価値モデルの次元と測定尺度

上述したように,先行研究では様々な価値モデルが提唱されてきたが,以下では主要なモデルの価値次元と測定尺度について検討する。

3.1  機能的価値と意味的価値

延岡(20102011)は顧客価値を,技術的性能や実用性に関する機能的価値と,デザインやステータス,喜びに等に関連する意味的価値に分類し,コモディティ化の側面から,意味的価値が競争優位に結びつく重要な価値であることを指摘している。顧客価値モデル,消費価値モデル,経験価値モデルといった主要モデルにおいても,機能的価値と意味的価値に関して様々な価値次元が提唱されてきた(e.g., Holbrook, 2006Mathwick et al., 2001, 2002Sheth et al., 1991)。

3.2  Holbrookの顧客価値モデル

Holbrook(1994, 2006)は価値次元を,価値を感じる対象が自己のみか,あるいは他者も関わるのかという「自己指向/他者指向」の軸と,消費の動機が目的達成か,あるいは手段なのかという「内在的/外在的」の2つの軸から類型化し,顧客価値モデルを示した。この価値モデルは「経済(economic)」,「社会(social)」,「快楽(hedonic)」,「利他(altruistic)」の4つの次元から構成されている。自己指向タイプの価値は,製品の効率性や品質に関する価値である「経済」と,消費体験や製品の美しさ等による自己充足に関して知覚する価値である「快楽」からなる。一方,他者指向の価値次元は,所有することによる社会的名声やステータスに関する価値である「社会」と,正義感や美徳観,また信念に基づいた他者への貢献に関する価値である「利他」からなる。利他的価値は,例えば,購入を通じて環境保全や災害時の寄付につながる消費行動を指している。Holbrook(1994)モデルは,後述するMathwick et al.(2001, 2002)が尺度を開発する際にベースとしたモデルである。

3.3  Shethらの消費価値モデル

消費価値モデルを提示したSheth et al.(1991)は,顧客が知覚する価値を「機能(functional)」,「社会(social)」,「感情(emotional)」,「認識(epistemic)」,「条件(conditional)」の5つに分類した。「機能」,「感情」,「社会」の次元は上述したHolbrook(1994, 2006)の「経済」,「快楽」,「社会」の次元と大きな意味で対応しているのに対し,「認識」と「条件」の次元を組み込んでいる点がSheth et al.(1991)モデルの特徴である。認識的価値は,製品やサービスの新しさという「新規性に関する側面」と,顧客の好奇心や知識欲といった「学習に関する側面」を持つ。一方,条件的価値は,「雨天時に必要となる傘」のように,特定のケースにおいて知覚する状況依存的な価値次元であり(Sweeney & Soutar, 2001),知覚する機会は限られている。このSheth et al.(1991)モデルを基に測定尺度を開発したのが,Sweeney and Soutar(2001)およびPihlström and Brush(2008)である。後述するが,これらの測定尺度では,認識的価値の新規性の側面が強調されすぎており,サービスを通じ知識を得る学習的側面が軽視される傾向にある。

表1 

既存の測定尺度における顧客価値次元

3.4  Mathwick らの経験価値モデル

3つめのモデルはMathwick et al.(2001, 2002)によって示された経験価値モデルである。彼女らはPine and Gilmore(1998)によって提示された「消費を経験として捉える」経験価値概念をもとに,経験の結果が実用的か否かという「内的価値/外的価値」の観点と,経験自体が能動的か受動的かという「能動的価値/受動的価値」の観点から,価値を「審美(aesthetics)」,「娯楽(playfulness)」,「コストパフォーマンス(consumer return on investment)」,「優れたサービス(service excellence)」の4つに分類した。このモデルの特徴は,視覚的な美しさや雰囲気,もてなしに関連する満足感である審美的価値と,遊び心や喜怒哀楽等の感情に関する娯楽的価値を区別したことであり,この2つの価値次元はHolbrook(1994, 2006)が示した快楽的次元に対応している。また,Mathwick et al.(2001, 2002)はこのモデルに基づいて測定尺度を開発している。

3.5  既存尺度の問題点

顧客価値研究において検討されてきた複数のモデルおよび測定尺度を整理したものが表1である。この比較表を見ると,既存尺度には次に挙げる3つの問題が存在することがわかる。第一に,審美的価値の次元と娯楽的価値の次元が明確に区別されていない点である。例えば,Sweeney and Soutar(2001),およびPihlström and Brush(2008)の尺度では,娯楽的価値が単独で提示されているのに対し,Mathwick et al.(2001, 2002)やOh et al.(2007)の尺度では,審美的価値に加えて他の娯楽的効用全般を含んだ娯楽的価値が提唱されている。第二に,認識的価値は新規性の側面が重視されているのに対し,学習的側面が軽視されている点である。例えば,Pihlström and Brush(2008)は,「新たな方法を経験するためにサービスを利用した」「新しい技術を試すためにサービスを利用した」「好奇心を満たすためにサービスを利用した」といった「新規性」に焦点を当てた認識的価値を提示している。しかし,認識的価値には顧客の好奇心を満足させる知識・情報に関する効用も含まれているはずであるが,そうした学習的側面が考慮されていない。第三に,機能的価値については合意が得られているものの,その内容を見ると,「品質」「価格」「効率性」「卓越さ」と多様である。

こうした問題を踏まえて本研究は,これまでに開発された測定尺度(Mathwick et al., 2001, 2002Oh et al., 2007Pihlström & Brush, 2008Sweeney & Soutar, 2001)をベースとして,顧客価値を統合的に測定できる尺度を開発する。その際,これまで検討が不十分であった認識的価値の学習的側面,および審美的価値に関する測定項目の一部は予備調査によって収集した。なお,Holbrook(1994)はモデルを提示するだけで測定尺度を開発していないため,Holbrook(1994)のモデルを参考にしているMathwick et al.(2001, 2002)の測定尺度を検討対象とした。

なお,包括的な顧客価値次元を含む測定尺度を開発するためには,多様な価値を知覚できる購買経験を分析対象とする必要がある。そこで,本研究は,物販とサービスの両面から多角的に価値を知覚しやすい小売サービスを対象とした。すなわち,小売サービスを扱うことで,品揃えや立地といった流通的側面(Bucklin, 1966),価格的側面や接客や店舗設備を通じて得られる購買の経験的側面(Schmitt, 1999)などから顧客価値を検討できると考えられる(久保,2017)。これまでの顧客価値研究においても,小売が対象とされることが多い(e.g., Mathwick et al., 2001, 2002)。また,本研究では小売サービスの中でもアパレルの商品・サービスを対象とした。その理由は製品や店舗の雰囲気やデザイン等の意味的価値を知覚する場面が多様であるだけでなく,多くの消費者にとって身近な商品でるため評価しやすいことに加え(Zeithaml, 1981),購買頻度が高いため,経験を想起することが容易だと思われるからである。以下では,測定尺度の開発プロセスを説明した後,分析結果を示したい。

4  測定尺度開発プロセス

本研究では,図1に示すようにChurchill(1979)Hinkin(1998)の測定尺度開発の手順に従い,次の5つのステップに沿って顧客価値尺度を開発した。Step 1では,文献調査およびフォーカスグループインタビューを通して測定項目を収集し,質問票を作成した。Step 2では,この質問票を用いて,大手アパレル企業の店舗利用経験者(n = 362)を対象に,質問紙調査を実施しデータを収集した。Step 3において,収集されたデータを探索的に分析し,顧客価値の次元を抽出した。Step 4として,この測定尺度を用いて大手アパレル企業のオンラインショップの利用経験者(n = 181)を対象に調査を実施し,主に確証的因子分析を用いて信頼性と妥当性を検証した。最後のStep 5では,新たなデータセット(店舗およびオンラインショップ調査からのランダムサンプリングデータ)を用いて,開発された測定尺度の信頼性と妥当性を再度検証した。

図1 

測定尺度の開発ステップ

4.1  質問項目の収集と質問票の作成(Step 1)

質問項目を作成するにあたり,まず文献調査を行い,既存の測定尺度に含まれる項目を抽出した。具体的には,Mathwick et al.(2001, 2002),Oh et al.(2007)Pihlström and Brush(2008)Sweeney and Soutar(2001)から項目を収集した。表1に示すように,3つのモデルに含まれる次元,およびこれらのモデルに基づいて開発された4つの測定尺度に含まれる次元を整理すると,「機能的価値」「審美的価値」「娯楽的価値」「社会的価値」「利他的価値」「認識的価値」「条件的価値」の7次元となる。本来はこの7次元すべてを検討すべきであるが,本研究では,知覚する場面が限られている条件的価値と利他的価値を除く,「機能的価値」「審美的価値」「娯楽的価値」「社会的価値」「認識的価値」の5次元を検討の対象とした。その理由は,多くの購買場面で安定的に知覚される価値次元を対象とすることが適切だと考えられるためである。「利他的価値」は消費活動を通じた環境保護や災害支援活動への寄付などの他者への貢献に関する価値であること,条件的価値も「雨が降ってきたため傘を買う」等の特定の状況や場面で発生する不安定な価値次元であることから,こうした価値を知覚する場面は限られていると判断し(Sweeney and Soutar, 2001),本研究では扱わないことにした。

なお,審美的価値,および認識的価値の学習的側面に関する質問項目が不十分であったため,フォーカスグループ調査を実施し,追加項目を抽出した。フォーカスグループインタビューは5名,5名,6名からなる3グループ,計16名に対して,筆者からの質問に対して自由に答えてもらう形式で実施した。回答者の性別は男性6名,女性10名,年齢は20代10名,30代2名,40代3名,50代1名,職業は社会人7名,学生9名であった。インタビューではアパレルの実店舗およびオンラインショップの利用経験を思い浮かべてもらい,その製品やサービスに対して「どのような点を重視しているか」「サービスの利用を通じてどのような知識を獲得しているか」について回答を求めた。インタビュー時間は50~70分,平均60分間にわたって実施された。

文献調査で抽出した質問項目については,日英のバイリンガルによるバックトランスレーション(back translation)を行い,オリジナルの意味が損なわれないように翻訳を行った。上記の手続きを通して,各次元のバランスを考慮しながら,既存の測定尺度から44項目,フォーカスグループから11項目,合計55項目を選択した。回答者は質問項目に対し5ポイントのリッカート尺度で評価した(強くそう思う5⇔1全くそう思わない)。

4.2  質問紙調査によるデータ収集(Step 2)

作成した質問票を用いて,調査会社を通じたインターネット調査を実施した。調査対象者は,調査会社に登録しているパネルのうち,比較的安価な商品を扱う大手アパレル企業A社およびB社の実店舗において購入経験があり,かつ直近の購買が1か月以内の消費者とした。インターネット調査を利用したのは,多様なバックグラウンドを持つ消費者のデータを収集することが可能だからである(Holland, Allen & Cooper, 2013)。また,インターネット調査は主要なマーケティング研究においても用いられている(e.g., Parry, Kawakami & Kishiya, 2012)。調査の結果,A社およびB社の店舗利用者それぞれ181名,合計362名の回答が得られた。回答者の年齢は10代3%,20代13.8%,30代27.6%,40代28.2%,50代17.1%,60代以上10.2%,男性35.1%,女性64.9%であった。回答者の職業は,会社員43.4%,自営業6.4%,公務員3.0%,学生5.0%,その他42.3%であり,居住地域は全国にまたがっていた。

4.3  探索的分析による項目削減(Step 3)

次に,調査データに対し,探索的因子分析(主因子法,プロマックス回転)を繰り返すことで項目を削減した。具体的には,Churchill(1979)およびHinkin(1998)の手続きに基づき,項目の内容的妥当性を考慮した上で,回転後の因子負荷量が0.4未満,共通性が0.5未満の項目を削除し,再度因子分析を実施するという作業を繰り返した。その結果,最終的に,6因子26項目が抽出された。抽出された下位次元の質問項目と信頼性は表2に示したとおりである。第1因子は店舗のデザインやスタイル等の視覚的な美しさに関連する「審美的価値」,第2因子は店舗における買いやすさや時間的節約に関わる「効率的価値」,第3因子は買い物の楽しさや非日常性に関係する「娯楽的価値」,第4因子は商品やその使い方に関する情報・知識の獲得に関する「認識的価値」,第5因子は商品の品質に関連する「品質的価値」,第6因子は商品の値ごろ感に関わる「価格的価値」である。これをもとに,26項目からなる質問項目を作成した。

表2 

探索的・確証的因子分析の結果

4.4  確証的因子分析を用いた信頼性・妥当性の検証(Step 4)

Step 3で作成された測定尺度の信頼性と妥当性を検証するため,上記のインターネット調査会社を通じて,Step 2で収集したデータとは異なるデータを用いて分析を行った。調査対象者は,上述したアパレル企業A社のオンラインショップにおいて,直近1か月以内に購買した消費者である。オンラインショップの利用者を対象としたのは,実店舗とは異なる販売形態を経験した利用者のデータにおいても,測定尺度の信頼性と妥当性が高いかどうかを確かめるためである。オンラインショップは実店舗と異なり,直接製品に触れることがなく,ショップ店員とのコンタクトも対面で行われないという特徴がある。こうした販売形態の違いに関わらず,同じ価値次元モデルが適用できるかどうかを検証した。なお,質問票では,実店舗の購買経験ではなく,オンラインショップにおける購買経験について回答を求めた。

調査の結果,得られた181名の回答者の年齢は10代1.7%,20代10.5%,30代22.7%,40代30.4%,50代27.1%,60代以上7.7%,男性43.1%,女性56.9%であった。また,回答者の職業は,会社員41.5%,自営業8.0%,公務員6.0%,学生4.0%,その他40.5%であり,居住地域は全国にまたがっていた。なお,質問項目は5ポイントのリッカート尺度で測定した(強くそう思う5⇔1全くそう思わない)。

この調査データを用いて,Step 3で抽出された6つの次元から成るモデルを,確証的因子分析によって検証した。構成概念妥当性を検証するために,モデルの適合度指標を算出したところ,χ2 = 468.21,自由度 = 284,CFI = 0.936,RMSEA = 0.060,SRMR = 0.062であり,先行研究における基準を考えると許容範囲内にあるといえる(Bagozzi & Yi, 1988)。次に,average variance extracted(AVE)の値を検討したところ,Fornell and Larcker(1981)Bagozzi & Yi(1988)が示した0.50という基準を上回ったため,収束妥当性を備えていることが確認された。また,各構成概念のAVEがshared variance(SV)を上回っていることが確認されたことから,弁別妥当性も高いといえる(Fornell & Larcker, 1981)(表3)。

表3 

記述統計・相関・AVE・SV

次に,信頼性を検証するために,Cronbachのα係数とcomposite reliability(CR)を計算した(表2)。その結果,α係数は,全ての構成概念について0.78以上であり,0.70以上という基準を満たしていた(Nunnally, 1978)。またCRはいずれも0.83以上の値となり,0.70 以上という推奨値を満たしていた(Bagozzi & Yi, 1988)。これらの結果から,各次元の内的一貫性が高いことが確認された。

4.5  測定尺度の信頼性・妥当性の再検証(Step 5)

6次元から成る顧客価値の測定尺度の信頼性・妥当性をさらに検証するために,上述した調査に用いられたサンプル(アパレル企業A社,B社の店舗利用者(n = 362)およびオンラインショップ利用者(n = 181))の中からランダムに200サンプルを抽出し,確証的因子分析を行った(cf. Hinkin, 1998)。構成概念妥当性を検証するために,モデルの適合度指標を算出したところ,適合度指数はχ2 = 482.28,自由度 = 284,CFI = 0.933,RMSEA = 0.059 ,SRMR = 0.057であり,従来の基準と比較すると許容範囲であるといえる(Bagozzi & Yi, 1988)。AVEは全ての構成概念で0.53以上の値であったため,収束妥当性を備えていることが確認された(Bagozzi & Yi, 1988)。また,各構成概念のAVEがSVを上回っていることから,弁別妥当性が確認された(Fornell & Larcker, 1981)。次に,基準連関妥当性を検証するために,顧客価値の各次元スコアと再利用意向について相関分析を実施したところ,各相関係数は審美的価値(r = 0.56),娯楽的価値(r = 0.41),認識的価値(r = 0.45),品質的価値(r = 0.44),価格的価値(r = 0.39),効率的価値(r = 0.44)であり,全て1%水準で有意であることが確認できた。これらの結果から,基準連関妥当性は高いと考えられる。さらに,α係数は全ての構成概念について0.80以上,CRは0.81以上であり,信頼性が高いことが確認された。

5  考察

本研究の目的は,複数提唱されている意味的価値次元を整理し,小売業における包括的な顧客価値尺度を開発することであった。主要な価値モデルおよび既存の測定尺度を基に質問紙調査データを分析した結果,品質的価値,価格的価値,効率的価値という3つの機能的価値次元,および審美的価値,娯楽的価値,認識的価値という3つの意味的価値次元から構成される顧客価値尺度を開発することができた。

本研究の理論的貢献として次の3点を挙げることができる。第一に,従来の研究では合意が得られていなかった意味的価値次元を整理し,審美的価値,娯楽的価値,認識的価値の3つの次元を抽出したことである。特に,視覚的な美しさに焦点をあてた審美的価値と,喜怒哀楽等の感情に関わる娯楽的価値を区別することができた。Mathwick et al.(2001, 2002)が開発した測定尺度は,審美的価値次元において視覚的な美しさと,感情に関わる楽しさや面白さが混在していたが,本研究において開発された測定尺度では,審美的価値と娯楽的価値が概念的に区別された点に意味があると考えられる。

第二に,製品やサービスの新しさ,顧客の好奇心や知識欲に関する価値である認識的価値の学習的側面を拡張した点である。Sheth et al.(1991)によれば,認識的価値はショッピングやレジャー等の経験を重視するサービスにおいて重要となる価値であるにもかかわらず,軽視されてきた(e.g., Sweeney & Soutar, 2001)。Pihlström and Brush(2008)が開発した測定尺度も,新規性を中心としたものであったが,本研究における認識的価値は,「商品の情報や使い方に関する知識の習得」といった顧客の学習に重きを置く内容となっている。こうした学習の支援は,さまざまなサービスにおいても,顧客満足や再利用意向を高める上で重要な働きをすると思われる。

第三に,機能的価値を,品質的価値,価格的価値,効率的価値という3つの次元に分類した点である。これまでの顧客価値モデルでは,機能的価値の次元として「経済」(Holbrook, 1994, 2006),「機能」(Sheth et al., 1991),「コストパフォーマンス」(Mathwick et al., 2001, 2002)等が提唱されてきたが,本研究によって,機能性は「品質」「価格」「効率」という3つの要素から構成されることが示された。このうち,店舗の使いやすさに関する「効率」の次元は,従来の研究では明示的に言及されてこなかった概念である。

本研究の実践的含意は,以下のとおりである。第一に,小売店舗やオンラインショップを展開するサービス企業は,本稿で開発した測定尺度を顧客の知覚価値を把握するために活用することが可能となる。この測定尺度によって,機能的価値と意味的価値が充足されている程度を,包括的に理解することができるだろう。第二に,小売企業のマネジャーは,競争優位の鍵を握るといわれている意味的価値を,審美,娯楽,認識(学習)という観点から総合的に高める店舗づくりをする必要がある。その際,店舗やウェブサイトの審美性だけでなく,従業員による説明やウェブサイト上の情報提供によって顧客の学習を支援することが重要となる。第三に,機能面については,商品の品質(品質的価値)や値ごろ感(価格的価値)に加えて,顧客の利便性(効率的価値)を考慮したサービス提供が重要となる。短時間の買い物を可能にする工夫や,顧客の生活スケジュールに適した店舗運営が求められる。

最後に,本研究の限界と今後の課題について述べる。まず,本研究の測定尺度は,アパレル店舗の利用者を対象にした調査をベースとしているため,一部のサービス業に適用することは難しいかもしれない。今後は,他の業種でも応用可能かを検証すべきであろう。また,分析対象とした製品・サービスの影響とサンプルによる限界も考慮する必要があるだろう。本研究では,所有することによる社会的名声やステータスに関する「社会的価値」が抽出されなかったが,この結果は,比較的安価な製品を扱っているアパレル企業の店舗利用者を対象に調査を実施したことが影響している可能性がある。今後は,アパレル製品を販売する小売店の中でも,ブランド品等の高額商品の購買者を対象にした調査を行い,社会的価値の位置づけを検討する必要があるだろう。

謝辞

本研究にあたり,ご懇篤なるご指導とご鞭撻を賜りました北海道大学の経済学研究院 松尾睦教授に心より感謝申し上げます。また,貴重なコメントを頂きました北海道大学の経済学研究院 坂川裕司教授,ならびに北海道大学経済学研究院の先生方に深く感謝申し上げます。

参考文献
 
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