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査読論文
消費文化理論(CCT)の射程と意義
朝岡 孝平
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キーワード: 消費, 文化, 定性, レビュー
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2021 年 5 巻 1 号 p. 1-8

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Abstract

本論文では,消費文化理論(CCT)の諸文献をレビューし,CCT研究の射程の広がりや消費者行動/マーケティング研究者や実務家にとってCCTが持つ意義を検討する。CCTとは,製品やサービスにまつわる様々な文化的側面を持つ消費者の行為とそれに関わる現象について,それが生じるメカニズムや消費者にとっての意味を明らかにし理論化しようとする研究領域である。本論文ではまず,既存研究で整理されたCCTの4つの研究プログラムについて概観する。次に,近年のCCT研究の射程の広がりとして,(1)市場システムダイナミクス,(2)消費のポリティクス,(3)技術への注目という3つの研究群について紹介を行う。これらを踏まえて,CCT以外の研究者やマーケティングの実務家にとってCCTが持つ「消費者やマーケティング現象を理解することに役立つ」という意義を説明し,今後の研究課題についても述べる。

1  はじめに

本論文の目的は,消費文化理論(Consumer Culture Theory,以下,CCTと略記)の諸文献をレビューし,CCT研究の射程の広がりや消費者行動/マーケティング研究者や実務家にとってCCTが持つ意義を検討することである。

CCTとは,消費者行動論(消費研究)の一つの研究領域として,「消費者の行為と市場文化,文化的意味の間のダイナミックな関係を扱う理論的視座(Arnould & Thompson, 2005, p. 868)」を持つ研究群のことを指す。つまり,製品やサービスにまつわる様々な文化的側面を持つ消費者の行為とそれに関わる現象について,それが生じるメカニズムや消費者にとっての意味を明らかにし理論化しようとする研究領域である1)

「消費文化理論」という名前は,それまで「相対主義的」「解釈的」「ポストモダン」消費者行動研究など呼称が定まっていなかった研究群をまとめて,統一するブランドとしてArnould and Thompson(2005)によって名付けられた。この命名以来,CCTという呼称は消費研究やマーケティング研究の領域で大きな反響を巻き起こし,年一度のCCTカンファレンスの開催の他,Journal of Marketing誌やJournal of Consumer Research誌といった学術誌や国際カンファレンスにおいても存在感のある研究領域となっている(Arnould & Thompson, 2015)。2018年には,CCTを代表する研究者らにより執筆されたテキストブック(Arnould & Thompson, 2018)も出版されている。

一方で,日本のマーケティング研究や消費者行動研究においては,CCTという研究領域自体やその意義・価値が十分に認識されていない状況にあると考えられる。日本においては,木村(2009)松井(2010)により,CCT関連書籍の書評という形でCCTが紹介されている。しかし,Arnould and Thompson(2005)以降に日本で出版されたマーケティング論や消費者行動論の教科書でも,CCTについて言及しているものは小川(2009)田中(2015)を除けば,ほとんど存在しない。消費者行動研究の方法論に関する書籍においても,「解釈的研究」の存在については触れられるものの,CCTという研究領域の存在については触れられていない(e.g., 阿部,2013守口・上田・奥瀬・鶴見,2019)。このことは,後にも述べるように,CCT領域で進んでいる方法論的な洗練についても日本では見逃されていることを示していると考えられる。

もちろん,日本でもCCTに言及したり,CCTに分類されうる経験的研究は発表されている(e.g. 大竹,2010増田・松井・津村,2020松井,2013吉田・水越,2012)。また,消費の文化的側面についても厚く扱った消費者行動論の教科書(Solomon, 2013)の邦訳もなされている。消費者の文化的世界を探究することの重要性は,石井(1993)以来,日本のマーケティング研究においても認識されていると考えられる。しかし,Arnould and Thompson(2005)から数えても15年近く年月が経ち,消費文化についての知見が蓄積され研究の射程も広がっている今,先述の海外での研究蓄積と日本のCCTへの認識のギャップを埋めることや,第4節で議論する消費者行動研究者や実務家にとってのCCT研究の意義という観点から,CCTという研究領域それ自体について俯瞰することは意味のあることだと思われる。

2  CCTの紹介:4つの研究プログラムと方法論について

2.1  4つの研究プログラム

Arnould and Thompson(2005)は,CCTの先駆者らが,「消費」について「入手,消費と所有,処分のプロセスを含む消費サイクル(p. 871)」に注目し,消費者行動が持つ文脈的・象徴的・経験的な側面を明らかにしてきたと述べた上で,その消費サイクルが横断的に関わる,4つの相互に関連する研究プログラムを整理している。それが,(1)消費者アイデンティティプロジェクト(consumer identity project),(2)市場文化(marketplace cultures),(3)消費の社会歴史的なパターン(the sociohistoric patterning of consumption),(4)マスメディアによる市場イデオロギーと消費者の解釈戦略(mass-mediated marketplace ideologies and consumer’s interpretive strategies)である。この4領域の整理は,先述のCCTのテキストブックであるArnould and Thompson(2018)の構成にも引き継がれている。最新の研究成果も盛り込まれてテキストブックの構成においても通用することから,この整理は現在でも有効性を失っていないと考えられる2)

(1)の消費者アイデンティティプロジェクトとは,消費者を,アイデンティティを求めたり創り出したりする存在として捉え,市場を,消費者がアイデンティティの物語を構築する神話的・象徴的な資源を供給するものであるとみなす研究領域のことである。この研究においては消費者が,市場に提供される財によって一貫した自己感覚を作り上げる方法に注目する。所有物が拡張的な自己として消費者に捉えられることを示したBelk(1988)や,文化的意味を持つ消費財の消費について議論したMcCracken(1986)はこの研究領域の嚆矢となった論文である3)

(2)の市場文化とは,消費者同士が共通の消費関心を追求することにより,社会的統合の感覚や,独特の文化的世界を創り上げる方法などを研究する領域である。例えばブランド・コミュニティ(Muñiz & O’Guinn, 2001)やファンダム(Kozinets, 2001)といった集団や,タフマダー(Scott, Cayla, & Cova, 2017)のような活動などに注目し,どういった個人的・集合的なアイデンティティが形成されているのか,どういった喜びや価値を消費者はそこから得ているのかといった問題を取り扱う。

(3)の消費の社会歴史的パターンでは,社会階級や民族性,ジェンダーのような消費に影響を及ぼす制度や社会構造を研究対象とする。ここでは,これらの制度や社会構造が,消費者行動や,消費者の信念などにどのように影響を及ぼすのか,そのプロセスについて検討してきた。例えば,Wallendorf(2001)は階級と人種の違いによる消費者のリテラシーの違いについて検討し,またAllen(2002)は,労働者階級の消費者の選択行為について,文化資本の観点から説明している。

(4)のマスメディアによる市場イデオロギーと消費者の解釈解釈では,商業的なメディアがどのようにして消費についての規範的なメッセージを伝えるか,ということや,そのメッセージに対して消費者はどのように理解したり批判的な反応をしたりするのかという問題を扱う。この研究では消費者はメッセージを受動的に受け取る存在ではなく,解釈をする行為者として扱われる。この領域の研究としては,例えばインドにおけるコカ・コーラへの反消費運動とナショナリズムイデオロギーの関係についての議論(Varman & Belk, 2009)や,インディーズ趣味の消費者が,メインストリームの市場からの商業化によるその趣味の価値の減退にどう対処するのかを「脱神話化」のプロセスとして描き出す研究(Arsel & Thompson, 2011)などがある。

Arnould and Thompaon(2005)では明記されていないものの,これらの4つの領域は,分析単位や扱うコンテクストの範囲という点から区別されると考えられる。つまり,(1)の個々の消費者というミクロな範囲から,(2)コミュニティなどの集団,(3)階級や民族,ジェンダー,(4)イデオロギーといったよりマクロな分析単位・コンテクストへと焦点が広がっていくのである。ただし,それらはArnould and Thompson(2005)が述べるように独立した領域として存在するわけではなく,マクロな分析単位はよりミクロな分析単位により構成され,ミクロな分析単位はよりマクロな分析単位に属することを考えると,互いに補完し合う関係になっていると言えるだろう。

2.2  CCTの方法論について

先に述べたように,日本のマーケティング論や消費者行動論の教科書においては,消費の文化的側面に注目する研究は「解釈的研究」などの呼称で呼ばれている。そういった研究に対しては,方法論が科学的に厳密でなく,解釈の妥当性に問題があるなどの批判がなされることがある(e.g., 阿部,2013)。こういった「解釈的研究」になされてきた方法論の問題点に関する指摘については,2つの点でCCTは問題を回避,もしくは克服していると考えられる。

第一に,Arnould and Thompson(2005)がCCT研究に関する誤解の1つとして説明しているように,CCTと他の消費研究を区別するのは,コンテクストに基づいて消費の文化的側面についての理論構築を行うという点であり,定量か定性かという手法の問題ではないということである4)。つまり,CCTの研究は解釈的もしくは定性的な手法に限定されていないのである。実際に,CCTに分類される研究でも,例えばHumphreys(2010)Humphreys and LaTour(2013)のように定性・定量の手法を組み合わせた研究が存在する。このことから,CCT研究がすなわち「解釈的研究」であり結果が主観的なため問題があるという批判は当てはまらないのである。

第二に,定性的な消費研究の方法論に関する議論が進み,データの収集や解釈の方法についてのガイドラインも整理されており,定性的手法に限っても方法論的に曖昧なものではなくなっているということである。例えばBelk et al.(2013)は,定性的な消費者行動/マーケティング調査を行うための包括的な教科書である。本書は,インタビューやエスノグラフィーといったデータの収集方法についての解説や,収集したデータのコーディング方法や分析用のソフトウェアを使う際の注意点など,実際に定性調査を行う上での具体的かつ詳細なアドバイスがなされている。それだけでなく,定量調査との違いや,定性調査の認識論的な前提についての議論も含まれており,方法論を厳密なものにする努力が組み込まれている。また,CCTで用いられる個別の手法についても,整理と議論,紹介が進んでいる。例えば,オンライン上のエスノグラフィー調査であるネトノグラフィー(netnography)についての教科書(Kozinets, 2010)や,コンピューターを用いたテキスト分析についての論文(Humphreys & Wang, 2017),事例研究における「プロセス」を理論化する方法論についての論文(Giesler & Thompson, 2016)などがある。これらの方法論的議論は,人類学のエスノグラフィー,社会学におけるグラウンデッド・セオリー・アプローチ,エスノメソドロジー,経営学におけるプロセス理論の構築の議論(Langley, 1999)といった他の社会科学分野における方法論についての議論の成果の蓄積の上になされている。以上のようなCCTにおける方法論的議論の活発さを考えれば,CCTの研究を単なる方法論的に曖昧で主観的なものだと片付けることは難しいのではないだろうか。少なくとも批判をする上では,これらの成果物の内容も踏まえた上で行われるべきであろう。

3  CCTの射程の広がり

Arnould and Thompson(2005)以降,以上の4つの領域にとどまらない研究や,現代的な状況に合わせて知見をアップデートする研究群が生まれてきている。ここでは特に傾向として存在することがCCT研究者によって指摘されており5),かつ市場の創発・創造や社会変革,現代の技術状況が発展し移り変わっていく中での消費現象を理解するための知見を提供する点で,他の領域の消費者行動/マーケティング研究者や実務家にとっても興味深いと思われる研究群について3つに分けて説明していく。

3.1  市場システムダイナミクス

近年,市場の創発・創造や変化,消費実践や産業の正当性の変化など,市場のダイナミックな側面に注目する研究の蓄積がなされ,1つの潮流となっている。Giesler and Fischer(2017)はこれを,「市場システムダイナミクス(Market system dynamics)」と名付けた6)。この市場システムダイナミクス研究においては,消費者と生産者だけでなく,メディアや政策策定者,非営利団体なども事例における重要な行為者(アクター)として分析に含まれる他,アクターネットワーク理論やアセンブリッジ理論を参照することで,モノや物理的な環境などの非人間も分析対象に含めるなど,市場を消費者や生産者を超えた幅広い存在の相互作用により成立しているとみなす点も特徴的である。

例えばDolbec and Fischer(2015)は制度理論やピエール・ブルデューの「実践」や「界」といった諸概念も参照しながら,ファッション市場を事例として,市場に強い関心を持つ消費者の行動が意図せざる形で市場の様相を変化させうるというプロセスを検討する。Ertimur and Coskuner-Balli(2015)は「制度ロジック(institutional logic)」という概念を用いて,ヨガ市場を事例として,複数のロジックの競合・共存や創発を通じて市場が発展するプロセスを明らかにしている。また,Martin and Schouten(2014)は,子供用ミニバイクを大人のダートコース競技用に消費者が改造した「ミニモト」を事例に,アクターネットワーク理論を参照しながら,「消費ドリブンの市場創発」のプロセスを提示している。このように,市場システムダイナミクス研究では,様々な社会理論をレンズとして用いることで,市場のダイナミックなプロセスについての知見を蓄積している。

3.2  消費のポリティクス

市場システムダイナミクス研究と同様に変化のプロセスを明らかにすることを志向する点では共通しているものの,消費のより政治的な側面にフォーカスした研究群も存在する。Arnould and Thompson(2015)はこれを「消費のポリティクス(the politics of consumption)」と呼んでいる。Arnould and Thompson(2015)によれば,消費のポリティクスとは,何らかの消費者行動やその他の市場に関わる活動を通じて,権力や地位などを含む様々な経済的・社会的資源の配分がしばしば不平等・不公平である現状を変化させていくプロセスに注目する研究である。市場システムダイナミクス研究との違いは,市場そのものの変化というよりは,消費実践を手段として,特定の立場や状況に置かれた人々の地位や政治的な正当性の変化などに焦点を当てている点にあると考えられる。

例えば,Thompson and Üstüner(2015)は,女性によるローラースケート競技であるローラーダービーという活動を事例として,市場におけるパフォーマンスが既存のジェンダー規範に影響が及ぼされるプロセスについて議論している。ここでは,正当性を得ながらもジェンダー規範を問い直すような活動が続くことにより,観客やファンのジェンダー認識も,伝統的なジェンダー規範から離れていくということを明らかにしている。この他,アフリカ系アメリカ人の消費実践を事例として,人種差別に繋がるスティグマを日常的な消費行為を通じてマネジメントする仕方について検討した研究(Crockertt, 2017)や,専業主夫(at-home fathers)を事例として,家庭内の消費実践を通じてその立場のジェンダーアイデンティティとしての文化的正当性を得ようとすることを示した研究(Coskuner-Balli & Thompson, 2013)などが消費のポリティクス研究に分類可能であろう。この研究群はビジネス分野以外の,例えばNPOの活動家などにも示唆のあるものであると考えられる。

3.3  技術への注目

アクターネットワーク理論やアセンブリッジ理論のような,モノなどの「非人間」も現象の創発に寄与しているものとして扱う理論的枠組みの助けもあり,CCT研究ではテクノロジーの発展に伴う消費者のアイデンティティや消費文化のあり方の変化についても研究が蓄積され,従来のCCTの理論や概念をアップデートする試みがなされている。

Belk(2013)は,Belk(1988)による「拡張自己」の概念を,デジタル時代の到来に合わせてアップデートすることを試みている。例えば,消費財がデジタル化して脱物質化したり,消費者がアバターとして別の実体となったり,消費財のシェアが容易になったりする状況において,どういった点が1988年時点の議論と共通しており,どういった点が変わるのかについて検討している。同様にテクノロジーの進化と消費者の関係に注目した研究としてHoffman and Novak(2018)は,IoT(モノのインターネット)の時代における消費者の経験について議論し,自己の拡張とは逆に,消費者がIoTとの相互作用により人として能力が下がったように感じるようになる「自己縮減(self-reduction)」などのプロセスを提示している。また,Kozinets, Patterson, and Ashman(2017)は,オンライン上のフードポルノと呼ばれるフード画像のシェア行為を事例として,スマートフォンやSNSなどにより絶えず新たな繋がりが生まれる現代のテクノロジー状況では,消費者の欲望が増幅されたり,その欲望の増幅が新たな創造性を生み出したりすることを示している。

3.4  CCTの射程の広がり:まとめ

以上のように,CCTはArnould and Thompson(2005)が整理した4つの研究プログラムにとどまらない研究関心の広がりを見せている。先の4つの研究プログラムがコンテクスト自体を安定した所与のものとして扱う傾向にあった一方で,本節で示した市場システムダイナミクスや消費のポリティクスは,消費者が関わりながらコンテクスト自体が創発や変化をするといったより動的な現象を扱っている。また,技術へ注目した研究群により,CCTが技術の発展のような状況の変化に合わせて知見をアップデートしたり,時間的に耐用性のある理論的枠組みを構築したりする努力が行われていることが示されたと考えられる。先の4つの研究プログラムのミクロからマクロまでの分析単位の広がりも含めて考えれば,文化的な意味が関わる消費現象について多くの事例をカバーしうる射程の広がりをCCTは示していると言えるだろう。もちろん,次節で議論するように,これは消費者行動のあらゆる側面をCCTの観点から理解できると主張するものではない。消費者行動のより包括的な理解のためには,心理学的・計量経済学的なアプローチと補完し合うことが重要である。

4  議論:CCTが持つ意義

本節では,これまでのレビューの総括として,消費者行動/マーケティング研究者やマーケティングの実務家にとってCCTはどういった意義があるのかについて議論していく。

4.1  研究者にとっての意義

消費者行動/マーケティング研究者にとってCCTが持つ意義は,一言で言えば,消費者やマーケティング現象を理解するための知見をもたらすというところにある。消費者行動研究の目的については,マーケティングへの応用に資するべきであるか,もしくは消費者行動の理解そのものにあるのかという点については様々な立場から議論がある(Solomon, 2013阿部,2013)。しかし,前者の立場を取るにしても,消費者行動への理解が不十分であってはマーケティングへの応用にも繋がらないため,消費者行動の理解が第一に優先されるべきであると考えられる。

この点では,CCTは,消費者行動を現実のコンテクスト(文脈)と切り離さずに研究を行うことから,消費という現象の理解について独自の強みがあると考えられる。消費者行動/マーケティング活動を文脈も踏まえて捉えることの重要性については日本においてもたびたび議論されている。近年では,古川(2019)須永(2018)が,消費者のコンテクストを考慮することの必要性について議論している7)。例えば須永(2018)では,音楽が消費者行動に及ぼす影響についての実証研究の結果などを示しながら,消費者行動に環境コンテクストがどういった影響を持つのかを考慮することの重要性を指摘している。しかし,ここでは,コンテクストが情報処理や意思決定プロセスに影響を与える変数として考えられている点で,CCTとは焦点が異なると考えられる。CCTにおけるコンテクストとは,先の4つのプログラムの整理で取り上げた「ファンダム」や「ブランド・コミュニティ」,「階級」,「イデオロギー」のように,消費者の特定の活動や思考が生み出される源泉であり,ある行動に対してそのコンテクストの「あり」「なし」という状況を設定すること自体が不可能である。例えば,スタートレックのファンダムにおいて仲間と語り合うという行為(Kozinets, 2001)は,定義上「スタートレックのファンダム」というコンテクストが無ければ存在しない(「仲間と語り合う」という行為に「スタートレックのファンダム」という変数が作用しているのではない)。つまり,消費とコンテクストは不可分のものであり,消費の経験や意味は,歴史的・社会的に固有な状況から生まれると考えるのである(c.f. Belk et al., 2013)。CCTはその歴史的・社会的な固有性を引き受けた上で,なぜ消費行為がその形となり消費者はそれにどういった意味を見出しているのかということや,文化的コンテクストがどのように形成されるのかといったことを明らかにしてきた。この視点は,あくまで情報処理・意思決定プロセスに焦点を当てた上でコンテクストに注目する研究では得られないと考えられる。

もちろん,CCTの研究は心理学的・計量経済学的なアプローチのように,特定の変数間の相関関係や因果関係を明らかにするというタイプの知見を提供することには弱みがある。Belk et al.(2013)が述べるように,これはどちらがより優れたアプローチという問題ではなく,むしろ消費という現象の十分な理解のためには,互いに補完し合う関係であると考えられる。上述のような,ある消費者行動と不可分なコンテクストにおける経験の意味を明らかにするためにCCT的なアプローチをし,その上でその行為が生み出される具体的な心理的要因やそれに作用する環境的な要因などを明らかにするために心理学的なアプローチを用いるなどの補完が一例として挙げられるだろう。この点では,Humphreys and LaTour(2013)が,CCT研究と心理学的アプローチの補完関係についてのモデルケースである。こういった研究はまだ多くは行われていないものの,CCTを含む様々なアプローチの研究者が協力して成果を生み出すことは,消費者行動/マーケティングについての知識の発展にとって重要となっていくと考えられる。

4.2  CCTと実務

CCTの実務への意義については個別の論文における実務的インプリケーションのパートで示されている他,文化の視点からマーケティング・マネジメントについて説明する教科書(Peñaloza, Toulouse, & Visconti, 2012)や市場理解におけるエスノグラフィーの重要性について指摘した論文(Cayla & Arnould, 2013)など,盛んに議論・紹介がなされている。ここでもやはり,上で見てきたような,消費者についてのコンテクストも含めた理解という点がCCTの重要な貢献点であると考えられる。消費者のコンテクストを理解しないマーケティング活動は,意図したとおりの効果をもたらさない可能性があるばかりか,思わぬ批判にさらされてしまうこともある。

例えば,近年たびたび話題になる企業のマーケティング活動への炎上問題には,CCTの知見を活かす余地があると考えられる。これは人種やジェンダーなどへの配慮の乏しさが消費者から指摘され炎上に至っていると考えられるが,これまで一部紹介してきたように,そういった特定の人種やジェンダー内の消費者の意味世界を理解することの助けとなる研究がCCTには多数存在する。たとえ人種やジェンダーに関する話題を扱っていなかったとしても,マーケターの意味世界と特定の消費者の意味世界が異なることを理解することは重要である(cf. Arsel & Thompson, 2011)。国内においては,増田他(2020)のようにCCTの分析枠組みを用いてインターネット上の炎上現象を分析した研究も現れており,CCTの貢献が期待できる研究領域であると考えられる。

こういったネガティブな反応を防ぐという目的以外にも,特に近年の CCTの射程の広がりからもたらされる知見は,マーケターが市場の変化を見据え,新たな技術環境における消費者を理解するために有用な示唆をもたらすと考えられる。もちろん,普遍的に見られる変数間の関係という意味での理論は提供していないため,即座にCCTの知見を実務に活かすことは難しいかもしれないが,理論的レンズを通して現実のコンテクストを丁寧に観察して考えるというCCTの方法を訓練することで,自社の置かれた市場環境を理解する能力を鍛えていくことができるのではないだろうか。

5  結び:今後の研究と限界

最後に,CCTの今後の研究の可能性と,本論文の限界について簡単に述べていく。

今後の研究の可能性については,2点指摘できる。第一に,先に述べたCCTと他の消費者行動/マーケティング研究者の間の共同研究である。先にも述べたように,Humphreys and LaTour(2013)のようなケースはあるものの,それでもCCTと他の領域の研究者が共同して知見を生み出すことは依然として少ないと考えられる。この点については,特に3節で示した技術への注目などは,イノベーション分野の研究者などとも共同で知見を生み出していく可能性に開かれていると考えられる。

第二に,実務家へのインプリケーションという点である。筆者自身はCCTの研究成果は消費者の行為や市場を理解することに役立つと考えているが,現状では具体的なアクションレベルでの示唆が十分に提供できているのかは議論の余地がある。実務的インプリケーションが求められないJournal of Consumer Research誌などに掲載された成果も含めて,それらの知見をどう実務に用いれば良いのかは,実務家との対話も行いつつ検討していく必要があるだろう。

本論文は,紙幅の都合上,CCTというブランディングに内在する問題点についての議論(cf. Thompson et al., 2013)や,個別の研究のより詳しい内容については十分に紹介できず,また引用できなかった重要な研究も多数存在する。この点が本論文の限界点であり,今後それらについても紹介・議論する機会を持ちたい。

謝辞

本論文を投稿するに当たり,松井剛先生(一橋大学)より丁寧なアドバイスをいただきました。深く感謝申し上げます。また,編集長の澁谷覚先生並びに2名のレフェリーの先生方には本論文の改善点につきまして貴重なご指摘をいただきました。心より感謝申し上げます。

1)  ここでいう「文化」とは,消費者に影響を及ぼす変数の1つとして扱われるものではない。むしろ消費文化とは,市場とその提供物を通じた,重なり合う集合的行為やそこで共有される消費者にとっての意味であり,消費者は単に文化の影響を受けるだけでなく,文化を創り出し,意味を生み出す存在として扱われる。

2)  また,消費者行動研究のディシプリンとしての地位について議論したMacInnis and Folkes(2010)における,消費者行動論研究の領域全体を概観した図(p. 910)において,CCTの研究領域内にこれらの4領域が配置されていることからも,Arnould and Thompson(2005)による独自の整理という範囲を超えて用いられていると言えるだろう。

3)  Arnould and Thompson(2005)以降の展開としては,家族という単位に注目し,家族の消費実践と,個人のアイデンティティや家族の集合的アイデンティティの関係に注目する研究も現れている(cf. Epp & Price, 2008)。

4)  CCT研究はコンテクストに基づくが,事例自体の探索自体が目的ではなく,先行研究における理論的なリサーチギャップを発見し,そのギャップを埋めうる事例の検討により,理論的な知見を生み出すことを目指している。

5)  市場システムダイナミクスはGiesler and Fischer(2017),消費のポリティクスはArnould and Thompson(2015),技術への注目についてはKozinets(2019)で指摘されている。

6)  この名称はまだ定着しているとは言えないものの,便宜上ここでも市場システムダイナミクスの名称を用いる。

7)  古川(2019)ではCCTに分類される研究にも触れられている。

参考文献
 
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