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査読論文
顧客満足度がフリーキャッシュフローへ与える影響:顧客満足度が業績に与える影響の包括的な再検証
重松 佳
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電子付録

2022 年 6 巻 2 号 p. 9-18

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Abstract

顧客満足度が企業価値を高める理由として,理論研究ではフリーキャッシュフローを高めることが示されている。また,その過程について企業価値算出の流れに沿って各業績指標へ与える影響が示されている。しかし実証研究では,フリーキャッシュフローへ与える影響は検証されていない。また過程について,理論研究で示された総合的な業績指標を含めた検証はされておらず,顧客満足度の業績への貢献を総合的に判断することはできない。本稿は,理論研究で示された過程に焦点を当てた二つ先行研究をもとに,総合的な業績指標である利益・営業キャッシュフローおよびフリーキャッシュフローを加え,より包括的に再検証を行った。そして,顧客満足度は売上高の向上と販売管理費率の低下により営業利益率および営業キャッシュフローを高めるが,同時に設備投資の増加を招くことを明らかにした。しかし,フリーキャッシュフローを高めることは確認できなかった。

1  はじめに

マーケティング研究では,マーケティング活動に説明責任を持たせることを目的とし,マーケティング活動・投資が企業価値へ与える影響を検証するマーケティング-ファイナンス・インターフェイスと呼ばれる研究分野が発展している(Srinivasan & Hanssens, 2009)。顧客満足度と企業業績に関する研究は同分野の一領域に位置付けられ,顧客満足度はキャッシュフローを向上させることで企業価値を高めることが広く受け入れられている。

企業価値算出の代表的な方法である割引キャッシュフロー法(以下DCF法)では,将来のフリーキャッシュフロー(以下FCF)を用いて企業価値を算出する1)。FCFとは,価値を生むプロジェクトへ投資をした後に残るキャッシュフローと定義され(Jensen, 19862),総合的なキャッシュ獲得力を示す指標と言える。そして理論研究では,DCF法にもとづき顧客満足度はFCFを高めることが示されている。また,その過程について損益計算書やキャッシュフロー計算書の指標へ与える影響が示されている。

しかし実証研究では,様々な業績指標に対する顧客満足度の影響が検証されているものの,FCFへの影響を検証した研究はない。総合的なキャッシュ獲得力を示すFCFへの影響を検証しなければ,顧客満足度がキャッシュフローへ与える影響が明らかになったとは言えない。また,Bhattacharya, Morgan, and Rego(2021)Guenther and Guenther(2021)は,理論研究が示した複数の業績指標への影響を,一つの実証研究の中で包括的に検証した。しかし,総合的な業績指標である利益や営業キャッシュフロー(以下営業CF)への影響を検証していない。これら指標への影響を併せて検証しなければ,顧客満足度の貢献を評価できないと考える。

そこで本稿は,顧客満足度がFCFへ与える影響を明らかにすることを目的とする。そのために,包括的な検証を行った二つ先行研究をもとに,総合的な業績指標である利益・営業CF・FCFを加え,より包括的に再検証を行う。その際,分析対象について,顧客満足度データと財務データの紐づけルールを厳密に整理した。また対象期間を上記先行研究よりも長い25年間とした。時間による効果の変化は業績指標と顧客指標の関係性に大きく影響するため,より長い時系列データを検証することは重要である(Rego, Morgan, & Fornell, 2013)。

そして,顧客満足度は売上高の向上と販売管理費率の低下により営業利益率および営業CFを高めるが,同時に設備投資の増加を招くことを明らかにした。しかし,FCFを高めることは確認できなかった。

以降,本稿は次の順序で議論を進める。2章では先行研究の整理と検証フレームワークを示す。そして,3章で検証に用いるデータと検証方法を示した後,4章で検証結果を示す。5章では結論として本稿の学術的・実務的な貢献と研究の限界を示す。

2  先行研究の整理と検証フレームワーク

2.1  理論研究の整理

顧客満足度と企業業績に関する研究の理論的ベースとして,Srivastava, Shervani, and Fahey(1998)が提唱した「市場ベース資産理論」がある。同理論はDCF法にもとづき,顧客満足度など市場ベース資産が企業価値を高めることを示した。具体的には,市場ベース資産は売上高を高め,コスト・運転資本・設備投資を低下させる3)。その結果キャッシュフロー4)を高め,企業価値を高めることを示した。

同様に,マーケティング効果を企業価値算出や損益計算書の流れに沿って示した理論研究として次の二つがある。Rust, Ambler, Carpenter, Kumar, and Srivastava(2004)が提唱した「マーケティング・プロダクティビティ・チェーン」は,マーケティング戦略はマーケティング資産(ブランド資産や顧客資産)・市場ポジション(売上高)・財務業績(利益やキャッシュフロー)・企業価値(時価総額やトービンのq)に繋がると示した。Rust, Zahorik, and Keiningham(1995)が提唱した「リターン・オン・クオリティ」は,顧客満足度は顧客維持と口コミによる新規顧客の獲得を通して,売上高の向上とコストの低下に結びつき,収益性を高めると示した。また,顧客満足度の過度な追求はコストの増加を招く可能性(トレードオフ)に言及し,顧客満足度の貢献はコストの視点を含む収益性で評価すべきと述べた。

これら理論研究から,顧客満足度がFCFを高める過程を次の通りに整理できる。顧客満足度は,売上高の向上とコストの低下により利益を高める。さらに,利益の向上と運転資本の低下により営業CFを高める。そして,営業CFの向上と設備投資の低下によりFCFを高める。

2.2  実証研究の整理

実証研究では,理論研究で示された各業績指標に対する顧客満足度の影響が検証されている。表1は主な実証研究の結果の一覧である。これらを総合すると,理論研究が示した通り,顧客満足度は売上高を高め(Morgan & Rego, 2006など),広告費や販売費など顧客獲得コストを低下させることで(Lim, Tuli, & Grewal, 2020など),純利益(Ittner, Larcker, & Taylor, 2009など)および営業CF(Gruca & Rego, 2005など)を高めることを確認できる。一方,理論研究と異なる結果として,顧客満足度の追求は粗利益率を低下させ,また運転資本や設備投資を増加させることを確認できる(Guenther & Guenther, 2021)。理論研究が最終的指標としたFCFについては検証されていない。

表1. 顧客満足度がFCFおよびその算出に用いられる各指標に与える影響を検証した主な実証研究の結果
売上高 原価/
粗利益
販管費 利益 運転
資本
営業
CF
設備
投資
FCF 各指標に対する検証結果 顧客満足度
データ
Nelson, Rust, Zahorik, & Rose(1992) ・医療/支払いの仕組みに対する満足度は,1ベッドあたり売上高を高める
・退院プロセスに対する満足度は,1ベッドあたり売上高・利益を高める
51病院
Hallowell(1996) 顧客満足度は,次のロイヤルティ指標(顧客維持率・関係期間・複数口座開設率・複数商品利用率)を高め,中でも顧客維持率・関係期間・複数商品利用率は,売上高非金利支出率を低下させる 商業銀行59支店
Ittner & Larcker(1998) 顧客満足度は,売上高・利益成長率を高める 金融サービス会社73支店
Banker, Potter, & Srinivasan(2000) ・再宿泊可能性は1室あたりの総売上高・営業利益を高めるが,オペレーションコストには影響を与えない
・不満足は,各業績指標に影響を与えない
※顧客満足度として,再宿泊可能性と不満足の2つを使用した
ホテルコープが運営する18ホテル
Edvardsson, Johnson, Gustafsson, & Strandvik(2000) 製造業とサービス業では共に,顧客満足度は直接的またはロイヤルティを経て,売上高成長率・収益性を高める SCSB
1995–1997年
Gomez, McLaughlin, & Wittink(2004) ・顧客満足度は売上高成長率を高めるが,満足度悪化が与える負の影響の方が大きい
・顧客満足度水準が高い場合,満足度が売上高成長率へ与える影響力は弱まる
米国のスーパーマーケット企業250店舗
Gruca & Rego(2005) 顧客満足度は営業CF成長率を高め,営業CFの変動性を抑制する ACSI
1994–2002年
Morgan & Rego(2006) 顧客満足度は売上高成長率・粗利益率・営業CFを高める ACSI
1994–2000年
Luo & Homburg(2007) 顧客満足度は広告・プロモーション効率を高める ACSI
2002–2003年
Ittner et al.(2009) 顧客満足度は売上高回転率・純利益率を高める ACSI
1995–2006年
Williams & Naumann(2011) 顧客満足度は,売上高成長率・純利益成長率を高める B2Bサービスを展開する
Fortune100の一企業
Lim et al.(2020) ・顧客満足度は販売費を低下させる
・中でも,利便性のためのコスト(配送サービスなどの付帯サービス)に比べて,顧客を説得するためのコスト(広告費・マーケティング費・販売員への手数料など)をより低下させる
ACSI
1994–2013年
Bhattacharya et al.(2021) ・顧客満足度は純利益を高める
・顧客満足度は売上高を高めず,売上高の要因である料金と需要に影響を与えない
・顧客満足度は営業コストを低下させ,その要因について,流通コスト・販売および一般管理費・顧客サービスコストを低下させる
ACSI
2001–2017年米国上場の公益企業
Guenther & Guenther(2021) ・顧客満足度は売上高を高め,満足度水準が中~高の場合に加速的に高める
・顧客満足度が低水準の場合に粗利益を高めるが,中~高水準の場合には低下させる
・顧客満足度はマーケティングおよび顧客獲得費率を低下させ,満足度水準が中~高の場合に加速的に低下させる
・顧客満足度が中水準の場合に運転資本を加速的に増加させ,高水準でも増加させるがその影響力は弱まる。また,顧客満足度は設備投資を増加させる
ACSI
2001–2015年
本研究 ACSI
1995–2019年

2.3  理論研究で示された各指標を包括的に検証した先行研究

実証研究では,理論研究にもとづく研究であっても,各研究が従属変数に設定した指標に与える影響のみに焦点があたり,理論研究で示された各指標を包括的に検証した研究は行われてこなかった。2021年に入り,分析対象や期間を揃えて一つの実証研究の中で複数の業績指標への影響を包括的に検証した二つの研究が発表された。

分析対象を規制産業である電力など公益企業に限った研究であるが,Bhattacharya et al.(2021)は,市場ベース資産理論で示された顧客満足度と売上高およびコストの関係性が公益企業にも当てはまるかについて,利益指標を含めて包括的に検証した。検証に用いた顧客満足度データは17年分の米国顧客満足度指数(ACSI)5)である。そして,公益企業では,顧客満足度は純利益を高めるが,それは売上高の向上ではなく物流費・顧客サービス費・販売管理費の低下によると報告した。ただし検証は純利益までに留まり,運転資本以降の指標は検証されていない。

Guenther and Guenther(2021)は,売上高・粗利益率・マーケティング費および顧客獲得費率・運転資本・設備投資をキャッシュフローの構成要素として,顧客満足度の追求が各指標に与える影響を検証した。検証に用いた顧客満足度データは15年分のACSIである。そして,顧客満足度は売上高を向上させ,マーケティング費および顧客獲得費率を低下させ,顧客満足度が中~高水準の場合にそれら影響力は強まると報告した。一方で,顧客満足度が中~高水準の場合に粗利益率を低下させ,また運転資本と設備投資を増加させると報告し,顧客満足度とそれら指標でトレードオフが発生する可能性を示した。その理由について,顧客満足度が高まるにつれ,顧客ニーズへの対応として,スケールメリットの小さい在庫の確保や多額の設備投資が必要となることを挙げた。しかし,理論研究で示された,総合的な業績指標である利益や営業CFへの影響を検証していないため,顧客満足度の貢献を総合的に評価することは難しい。顧客満足度が粗利益率の低下を招くとしても,営業利益など利益指標への影響が検証されなければ,顧客満足度の貢献を評価できない。同様に運転資本や設備投資の増加を招くとしても,営業CFやFCFへの影響が検証されなければ,顧客満足度の貢献を評価できない。よって,利益や営業CFへの影響も併せて一つの実証研究の中で検証されるべきと考える。

2.4  検証フレームワーク

そこで本稿は,顧客満足度がFCFへ与える影響を明らかにすることを目的に,理論研究で示された各指標を包括的に検証した二つの先行研究をもとに,利益・営業CF・FCFを加えて再検証を行う。具体的には,顧客満足度が売上高・コスト(売上原価・販売管理費)・利益・運転資本・営業CF・設備投資・FCFの各指標に与える影響を検証する。

3  検証方法

3.1  データ

分析対象は多くのサンプルサイズを確保できる米国企業とし,顧客満足度データはACSIのWEBサイトから,財務・会計データはOsiris6)から入手した。具体的には,1995年から2019年のACSIスコアと各企業の財務・会計の年度データを紐づけ,110社25年分のアンバランスパネルデータを作成した7)。110社は付録に示した通りである。

3.2  ACSIスコアと財務・会計データの紐づけ方法

ACSIスコアと財務・会計データを紐づける際,複数の事業やブランドがACSI対象である企業の取扱いは重要な問題だが,ほとんどの先行研究では詳細な言及がない。これを問題視し,Ittner et al.(2009)は唯一詳細な対処方法を示したが8),以下の二点で問題が残る。

一つ目は,複数セグメントがACSI対象である企業9)について,対処方法が示されていないことである。恐らく,平均スコアを使用したと考えられるが,企業の売上に占めるACSI対象のセグメントの割合が高いとは限らない。二つ目に,財務データを取得できないACSI対象の子会社のスコアを,親会社の財務データと紐づけるというルール10)である。しかし,親会社の売上に占めるACSI対象の子会社(ブランド)の割合が高いとは限らず,また異なるセグメントのデータを紐づけてしまう可能性もある。

上記の問題点を最小限に留めるよう,本稿は,ACSIセグメントと対象企業の主要セグメントを一致させるという視点を加え,一つの財務データに対し一つのACSIスコアを紐づける形で整理を行った11)。具体的には,ACSI対象が企業の主要セグメント12)と異なる場合,分析対象から除外した。また,ACSI対象が企業の主要セグメントと同じでも,ACSI対象が複数ある場合は,対象が企業の場合のみスコアを使用し,子会社やブランドのスコアは分析対象から除外した。

3.3  独立変数と従属変数

独立変数である顧客満足度にはACSIスコアを用い,従属変数である各業績指標には以下を用いた。

売上高指標には,受取利息・配当金などを含む総収益でなく,顧客への販売の対価である売上高の対数を用いた。売上原価指標には原価率,販売管理費指標には販売管理費率を用いた。利益指標には,営業利益・税引き前利益・純利益など複数の指標があるが,本業の利益に与える影響を検証するため営業利益率を用いた。運転資本指標には運転資本増減額の対数,営業CF指標には営業CFの対数,設備投資指標には資本的支出の対数,FCF指標には営業CFと資本的支出の差額の対数,をそれぞれ用いた。

3.4  コントロール変数

各従属変数に影響を与える可能性を持つ指標として,企業内部の指標である財務状況と企業規模,外部の指標である産業の競争状況をコントロール変数に用いた。財務状況に余裕が無くなると,短期的な視点を重視した経営となり業績に影響を与える可能性があるため,流動比率を用いてコントロールした。企業規模が大きいほどスケールメリットが大きくなり,業績に影響を与える可能性があるため,総資産の対数を用いてコントロールした。産業の競争状況が激しいと,顧客獲得の難易度が上がり業績に影響を与える可能性があるため,ハーフィンダール・ハーシュマン指数(HHI)を用いてコントロールした。表2のパネルAには検証に用いた各変数を,パネルBには各変数の記述統計量と相関関係をまとめた。

表2. 検証に用いた変数,記述統計量と相関関係
パネルA:検証に使用した変数
変数 データソース 算出方法 参考とした先行研究
売上高 Osiris 売上高(Sales)の対数 Guenther and Guenther(2021)
原価率 Osiris 売上原価÷売上高
販売管理費率 Osiris 販売管理費÷売上高 Morgan and Rego(2009)
営業利益率 Osiris 営業利益÷売上高
運転資本 Osiris 運転資本増減額の対数 Guenther and Guenther(2021)
営業CF Osiris 営業CFの対数 Morgan and Rego(2006)
設備投資 Osiris 資本的支出(CAPEX)の対数 Guenther and Guenther(2021)
FCF Osiris 営業CF-資本的支出、の対数
顧客満足度 ACSI webサイト ACSIスコア Anderson, Fornell, and Rust(1997)
財務状況 Osiris 流動比率(流動資産÷流動負債) Bayer, Tuli, and Skiera(2017)
企業規模 Osiris 総資産の対数 Luo, Homburg, and Wieseke(2010)
産業の競争状況 Osiris SICコードの2桁から算出したHHI Tuli and Bharadwaj(2009)
パネルB:記述統計量と相関関係(N = 1,510)
変数 Mean SD 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
1 売上高t 16.55 1.37 1
2 原価率t 0.56 0.19 0.155*** 1
3 販売管理費率t 0.33 0.17 −0.174*** −0.817*** 1
4 営業利益率t 0.11 0.11 0.003 −0.425*** −0.172*** 1
5 運転資本t 18.19 0.47 −0.058** −0.008 −0.002 0.017 1
6 営業CFt 15.23 0.89 0.701*** −0.155*** −0.042 0.329*** −0.036 1
7 設備投資t 13.41 1.59 0.881*** −0.083*** 0.016 0.116*** −0.025 0.717*** 1
8 FCFt 16.30 0.29 0.582*** −0.152*** −0.055** 0.345*** −0.040 0.805*** 0.544*** 1
9 顧客満足度t1 77.30 6.10 −0.042 −0.006 −0.107*** 0.163*** 0.005 0.027 −0.140*** 0.067*** 1
10 財務状況t1 1.52 1.27 −0.111*** −0.216*** 0.197*** 0.059** 0.015 0.039 −0.075*** 0.111*** −0.036 1
11 企業規模t1 16.37 1.46 0.901*** −0.087*** 0.015 0.124*** −0.052** 0.733*** 0.900*** 0.633*** −0.098*** −0.062** 1
12 産業の競争状況t1 0.20 0.13 0.257*** 0.199*** −0.113*** −0.164*** −0.006 0.052** 0.157*** −0.058** −0.170*** −0.094*** 0.102*** 1

注記)

*** p < 0.01,** p < 0.05,* p < 0.1

3.5  モデルと検証方法

従属変数に用いる各指標は,顧客満足度やコントロール変数の他に,企業の異質性によって生まれる観察不可能な固定効果(μi)と,時間上の特性を表す時間効果(θt)に依存すると仮定し,次のモデルを想定した:

各従属変数it = α0 + β1顧客満足度it1 + β2財務状況it1 + β3ln企業規模it1 + β4産業の競争状況it1 + μi + θt + εit

モデルの想定にあたり,省略変数バイアスが引き起こす内生性の懸念などから生じる以下の課題を考慮した。

第一に,組織文化などの企業固有の変数は,顧客満足度や各従属変数に影響を与える可能性を持つ。例えば,顧客との繋がりを重視する企業は,顧客満足度の目標値を高く設定したり,多額の販売管理費を支出したりする可能性を持つ。そのような時間不変の企業固有の変数を捕捉するため,企業固有の固定効果を含めた。

第二に,好不況など景気動向による外生的変化も,顧客満足度や各従属変数に影響を与える可能性を持つ。例えば,不況期には売上高が減少したり,コスト削減圧力が強くなったりすることはよく知られている。そのような景気動向などの外生的変化を捕捉するため,時間固有の固定効果を含めた。

第三に,各従属変数が顧客満足度に影響を与える逆の因果関係も懸念される。例えば,企業の販売管理費率は同年度の顧客満足度に影響を与える可能性がある。そのような懸念を軽減するため,多くの先行研究と同様に,独立変数とコントロール変数は従属変数に対して1年前の数値を用いた。

4  検証結果

パネルデータの分析13)には二元配置の固定効果推定法を用いた‍14)。表3はその分析結果で,顧客満足度の影響は次に示す通りである。(1)売上高を高める影響について有意傾向がみられた(β1 = .0097,p = .075)。(2)原価率を低下させるが統計的有意な結果は得られなかった(β1 = −.0018,p = .391)。(3)販売管理費率を低下させる影響を確認できた(β1 = −.0043,p = .032)。(4)営業利益率を高める影響を確認できた(β1 = .0061,p = .001)。(5)運転資本増減額を低下させるが統計的有意な結果は得られなかった(β1 = −.0020,p = .479)‍15)。(6)営業CFを高める影響について有意傾向がみられた(β1 = .0303,p = .089)。(7)設備投資を増加させる影響について有意傾向がみられた(β1 = .0225,p = .061)。(8)FCFを高めるが統計的有意な結果は得られなかった(β1 = .0049,p = .440)。

表3. 顧客満足度が各指標へ与える影響
(1)売上高t (2)原価率t (3)販売管理費率t (4)営業利益率t (5)運転資本t (6)営業CFt (7)設備投資t (8)FCFt
メイン効果:
・顧客満足度t1 0.0097*
(0.005)
−0.0018
(0.002)
−0.0043**
(0.002)
0.0061***
(0.002)
−0.0020
(0.003)
0.0303*
(0.017)
0.0225*
(0.011)
0.0049
(0.006)
コントロール:
・財務状況t1 −0.0577**
(0.024)
−0.0088
(0.009)
−0.0015
(0.008)
0.0104**
(0.004)
−0.0004
(0.003)
−0.0056
(0.031)
−0.0593
(0.042)
−0.0034
(0.021)
・企業規模t1 0.7062***
(0.047)
−0.0390*
(0.020)
0.0246
(0.016)
0.0143
(0.012)
−0.0370
(0.043)
0.4467***
(0.066)
0.8523***
(0.080)
0.1618***
(0.053)
・産業の競争状況t1 −0.4328
(0.384)
0.0934
(0.131)
−0.1581
(0.117)
0.0669
(0.050)
−0.3824
(0.440)
0.7498*
(0.415)
0.0992
(0.772)
0.4390*
(0.237)
企業効果 yes yes yes yes yes yes yes yes
時間効果 yes yes yes yes yes yes yes yes
観測数 1,510 1,510 1,510 1,510 1,510 1,510 1,510 1,510
Adjusted R-squared 0.970 0.872 0.806 0.646 0.017 0.719 0.920 0.747
Akaike info criterion 0.053 −2.457 −2.214 −2.533 1.394 1.421 1.330 −0.908

注記)

標準誤差は括弧内に示した

誤差項が標準的仮定(系列相関と均一分散)を満たさない場合の対処法として,クラスター頑健手法を使用した

*** p < 0.01,** p < 0.05,* p < 0.1

上記を整理すると,理論研究で示された通り,顧客満足度は売上高を向上させ,コストについて販売管理費率を低下させることで,営業利益率を高めることを確認できる。その理由として,顧客満足度は再購入意向や口コミなど顧客行動に結びつき売上高を向上させ,口コミは無料広告のように機能し広告・マーケティング費効率を高める(Luo & Homburg, 2007)と考えられる。また,運転資本について統計的有意を確認できなかったが,営業利益率の向上は営業CFの向上に繋がることを確認できる。営業利益と営業CFの両指標を高めるという結果は,顧客満足度は本業の儲け16)に貢献することを示唆している。

一方理論研究と異なり,顧客満足度は設備投資を増加させる結果となった。市場ベース資産理論は,B2Bのサプライヤーと顧客の関係性を例に挙げ,両者の関係性が強い(顧客満足度が高い)ほど倉庫など固定資産の効率的活用に繋がると述べた。しかし,これは顧客数が比較的少ない企業に限られるのかも知れない。顧客数が多い企業では,顧客との関係性構築はより難しいと考察されている(Otto, Szymanski, & Varadarajan, 2020)。顧客満足度の追求には,多様化する顧客ニーズへの対応が必要であり(Grewal, Chandrashekaran, & Citrin, 2010),製造業では商品の改良,サービス業ではカスタマイズなど,設備投資の増加を招くと推測できる(Guenther & Guenther, 2021)。

また,理論研究が示した顧客満足度がFCFを高める影響について統計的有意を得られなかった。この理由として,様々な産業の企業が本稿の分析対象であることが影響している可能性がある。Gruca and Rego(2005)は,営業CF成長率に対する顧客満足度の影響力は産業により異なることを示した17)。同様に,設備投資に対する顧客満足度の影響力は産業により異なることが推測できる。例えば,一般的に設備投資額が大きいとされ装置産業と呼ばれる製造業と,小さいとされるサービス業では,設備投資額は大きく異なるはずである。そのため,全ての産業で顧客満足度の影響による営業CFの増加分が設備投資の増加分を上回るとは言えず,FCFを高める影響について統計的有意を得られなかったと考えられる。

5  結論

顧客満足度がFCFへ与える影響を検証した本稿は,次の点で学術的貢献を果たす。第一に,先行研究をもとに,理論研究で示された総合的な業績指標を加えて,包括的に再検証した点である。そして,顧客満足度は本業の儲けを示す営業利益・営業CFを高めると明らかにしたことは,先行研究を補完すると考える。第二に,顧客満足度とFCFの関係性を検証した点である。理論研究では顧客満足度はFCFを向上させることが示されていたが,実証研究ではFCFまでを検証した研究はなかった。本稿では顧客満足度はFCFを向上させることを確認できなかったが,顧客満足度は本業へ貢献するが同時に設備投資の増加を招くという結果は,両者の影響を含む総合的指標であるFCFまで検証するべきであることを示す。これは,顧客満足度と企業業績に関する研究に新たな議論を導くと考える。

また,企業実務に対しても貢献を果たす。マーケティング担当者は,マーケティング投資が企業の最終利益をどのように向上させるかを立証する必要性に迫られている(Kumar, 2015)。本稿は,損益計算書やキャッシュフロー計算書の流れに沿って,顧客満足度が各業績指標に与える影響を示した点で,マーケティング投資の説明責任を果たす際の一助となるはずである。

しかし,本稿には更なる研究の余地も残る。第一に,顧客満足度の貢献をより包括的に理解するためには,調整要因の影響を示す必要がある。前章で述べた通り,設備投資額は産業間で差があると推測され,そのためFCFへの影響も産業間で異なるかもしれない。今後は,このような調整要因を含めて,顧客満足度がFCFへ与える影響を検証することが求められる。第二に,顧客満足度データに用いたACSIは主に米国の大規模企業で構成されるため,中小規模の企業や他国の企業を対象としない。今後は,ACSI以外のデータベースを用いた検証が求められる。

謝辞

本稿の作成にあたり,査読者の方から貴重なコメントを頂きました。また,早稲田大学データ科学センターのデータ科学研究相談にて,データ分析に関するアドバイスを頂きました。ここに記して,心からの御礼を申し上げます。

1)  DCF法は,将来のFCFを割引率で現在価値に割引いて企業価値を算出する。具体的には,損益計算書の売上高から始まり,売上原価・販売管理費を差し引いて営業利益や税金等調整前当期純利益を算出した後,減価償却費や運転資本増減額などを調整して営業キャッシュフローを算出し,設備投資を含む投資キャッシュフロー差し引いて,FCFを算出する。続いて,株主資本コストと負債コストから加重平均資本コストを算出して,割引率として使用する。そして,FCFを割引率で割引いて企業価値を算出する。

2)  FCFの算出方法はいくつかあり,一般的には,営業キャッシュフローから投資キャッシュフローを差し引く。より厳密に事業活動から生み出すFCFを算出する場合,投資キャッシュフローのうち,M&Aや有価証券の購入などその年固有のキャッシュフローを計算に含めず,固定資産への投資額のみを控除する算出方法もある(大津,2022)。その方法でFCFを算出し投資家に開示している企業として,大津(2022)ではAmazonが,砂川・川北・杉浦(2008)では東京電力が紹介されている。

3)  運転資本と設備投資を低下させる理由について,サプライヤーと顧客の緊密な関係は,発注・注文処理などの効率化により運転資本を低下させ,倉庫など固定資産の効率的な使用により設備投資を低下させることを例に挙げている。

4)  Srivastava et al.(1998)は,キャッシュフローという言葉を用いているが,DCF法をベースとし,設備投資額への影響を含んでいることから,FCFを指すと解釈できる。

5)  ACSIは,多くの先行研究で用いられている顧客満足度のデータベースである。毎年5万人以上から電話インタビューを通じて顧客満足度データを収集し,対象となる企業やブランドの顧客満足度スコアを,0から100までのスケールで表示している。

6)  Osirisは,全世界の上場企業その他の情報を,国際比較可能な統一フォームで収録したデータベースである。

7)  分析対象とする企業について,先行研究(Lim et al., 2020など)に従い,公益事業と金融業の企業を除外した。

8)  Ittner et al.(2009)は,ACSI対象を以下の0–6に分類し,ACSIスコアを企業レベルに整理して財務データと紐づけた。

0.財務データを取得できない:対象外

1.ACSI対象とCOMPUSTATのGVKEYが完全一致:スコアをそのまま使用

2.複数子会社(ブランド)はACSI対象で,親会社は対象でない:平均スコアを使用

3.単一子会社(ブランド)はACSI対象で,親会社も対象:対象外

4.単一子会社(ブランド)はACSI対象で,親会社は対象でない:スコアをそのまま使用

5.ACSI対象の企業同士が合併し合併後も両者が対象:合併後は買収企業のスコアを使用

6.ACSI対象の企業同士が合併し合併後は買収企業だけが対象:スコアをそのまま使用

ただし以降の研究でも,複数の子会社やブランドがACSI対象の場合,平均スコアを使用したなどの言及に留まっている(Lim et al., 2020など)。

9)  例えば,Walmartは「ディスカウントストア」や「ヘルス・パーソナルケアストア」など複数セグメントでACSI対象となっている。

10)  例えば,ACSI対象であるRed LobsterとOlive Garden(共にレストラン会社)のACSIスコアを平均して,ACSI対象外である親会社のDarden Restaurants(レストラン会社)の財務データと紐づける。また,ACSI対象であるGEICO(保険会社)のACSIスコアを,ACSI対象外である親会社のBerkshire Hathaway(複数産業のホールディング会社)の財務データと紐づけている。

11)  本稿は,一つの財務データに対し一つACSIスコアを紐づける形で,以下の通り整理した。

0.財務データを取得不可:対象外

1.ACSIセグメントが企業の主要セグメントと異なる:対象外

2.ACSIセグメントが企業の主要セグメントと同じで,ACSI対象が単一:スコアをそのまま使用

3.ACSIセグメントが企業の主要セグメントと同じで,ACSI対象が複数:対象が企業の場合のみ,そのスコアをそのまま使用(子会社やブランドのスコアは対象外)

4.ACSI対象の企業がACSI対象の他企業に買収された:被買収前については,被買収企業のスコアをそのまま使用し,被買収後については対象外

12)  Osirisから,各企業のSICコアコード(米国政府が定めた標準産業分類コード)を取得し,それを主要セグメントとした。

13)  分析には,EViews12 University Editionを用いた。

14)  F検定を行い,運転資本増減額を除き,二元配置の固定効果推定法が適切であることを確認した。なお同推定法は,顧客満足度と企業業績の関係性を検証したBamberger, Homburg, and Wielgos(2021)や広告費と企業業績の関係性を検証したDu and Osmonbekov(2020)など,直近のマーケティング-ファイナンス・インターフェイス研究でも用いられている。

15)  F検定の結果,運転資本増減額について,時間効果がないという帰無仮説を棄却できなかったため,一元配置の固定効果推定法でも検証を行った。結果は二元配置と同様,運転資本増減額を低下させるが統計的有意な結果は得られなかった(β1 = −.0017,p = .497)。

16)  営業利益は発生主義での本業の儲けを示す指標で,営業CFは現金主義での本業の儲けを示す指標である。

17)  具体的には,購入頻度の高い商品・サービスを販売する産業(スーパーやファストフードなど)で最も大きく,購入頻度の低い商品・サービスを販売する産業(家電や自動車など)で最も小さい。

参考文献
 
© 2022 日本商業学会
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