抄録
8世紀から9世紀,聖像破壊運動の嵐が吹き荒れた東方では,「神を描くこと」の是非が問われ,キリスト像は,受肉した人間としてのキリストを描くという限定のもとでのみ容認された。ところが天使は,純粋に霊的な存在であり,肉体を持たない存在であるにもかかわらず,描かれたのである。本稿では,神学ではなく,むしろ民間信仰や典礼に根ざした天使崇敬と図像の関連を考察する。
大天使は『天上位階論』では大きく扱われないが,その崇敬はユダヤ教において古くから盛んであり,紀元1世紀にはキリスト教徒も取り入れたとされる。禁令が出されてもおさまらぬ勢いをもった大天使崇敬は,西方にも広まり,9世紀には各地に大天使ミカエルに捧げられた修道院が建てられた。
また,有翼人像として表される天使像の起源についても,ユダヤ教との関連性を論じた。一般的に古代ローマの勝利の女神ウィクトリアに求められるが,本稿では,ユダヤ教でも有翼人像を用いていたことなどから,ユダヤ教を介した間接的な古代受容だった可能性を問い直した。
セラフィムやケルビムなど上級天使図像の変遷も追った。スフィンクスのような聖獣だったケルビムが有翼人像となる過程や,中世においてケルビムがセラフィムと混同されてゆくなど,偽ディオニュシオスの『天上位階論』や神学上の記述とは異なる様相を呈する。天界の秩序が描かれるのは稀で,セラフィムとケルビムの混同が激しいことは,聖餐の儀式で歌われるトリサギオンの典礼歌の影響が大きいと思われる。
大天使ミカエル崇敬のあり方,天使像,セラフィムとケルビムの図像上の混同など,イメージと神学的テクストとは隔たりを見せる。天使の非物質性についての議論などなかったかのように,ロマネスク期以降,天使像は立体感を増し,現実界の物理法則が天使を浸食してゆくのである。