日本重症心身障害学会誌
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教育講演2
重症心身障害児者における気道病変
−内視鏡を中心とした管理−
長谷川 久弥
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2013 年 38 巻 1 号 p. 27-32

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抄録

Ⅰ.はじめに 長期に機械的人工呼吸を受けている重症心身障害児者では、様々な気道のトラブルが起こる。気管切開チューブや吸引チューブの刺激による肉芽形成や出血などの医療行為に伴うトラブルだけでなく、長期間ベッド上で同じ姿勢をとり続けることによる気道の変形がトラブルの原因となる場合も多くみられる。これらの気道病変は症状からすると喘息との鑑別が困難なこともある。薬剤不応性の喘鳴や通年性の喘鳴を認める場合には気道病変の存在を疑い、積極的に検索をすすめる必要がある。この稿では、重症心身障害児者に起こりやすい気道病変とその治療法について述べる。 Ⅱ.検索のすすめ方 気道病変の存在が疑われた場合には、画像検査を中心とした検索をすすめる。頸部側面X線検査、頸部・胸部CT検査は気道病変の検索として多くの情報を与えてくれる。胸部の造影CT検査は気管腕頭動脈瘻も危険性の予知や血管による気道の圧迫状態の把握に有用である。直接的な診断としては喉頭・気管・気管支鏡検査が最も有用である。診断だけでなく、気道病変に対する治療を行うことも可能である。 Ⅲ.上気道病変 1.舌根沈下 長期臥床を行っている場合、重力の影響を受けて舌根部が後方に移動し、上気道閉塞を来す場合がある(図1)。姿勢の工夫などで症状が軽減する場合もあるが、長期にわたって舌根沈下の状態が続くと、扁平喉頭(図2)などの喉頭の変形を来し、呼吸症状だけでなく誤嚥なども起こしやすくなる。下顎の挙上や姿勢の工夫などで改善する場合もあるが、経鼻持続陽圧呼吸(CPAP)を併用することにより、より安定した管理が可能となる場合も多い(図3)。管理困難な場合には経鼻エアウエイ(図4)が有効な場合があるが、重症例では気管切開を必要とする。 2.喉頭軟化症 喉頭軟化症は吸気時に喉頭の閉塞、狭窄を来し、吸気性喘鳴、閉塞性無呼吸などをおこす。Olney分類1)では3つのタイプに分類される(図5)。重症例では、喉頭レーザー形成術などの積極的治療が必要となる場合もある(図6)2)。重症心身障害児者では喉頭軟化症単独ではなく、扁平喉頭などの気道病変を合併している場合も多くみられる。こうした場合には喉頭レーザー形成術の有効率が低くなることが報告されている3)。 3.誤嚥 喉頭の変形や嚥下機能障害のある例では、食物だけでなく唾液などの誤嚥を来し、肺炎などの呼吸器トラブルを起こす場合も多い。重症例では喉頭気管分離手術などの適応となる。嚥下機能の評価には従来、造影剤を用いた嚥下試験が行われてきた。この方法は嚥下困難な例で施行困難なことや造影剤の誤嚥の問題があった。こうした問題を解決するために、われわれの施設では経鼻喉頭ファイバースコピーを行いながら、生理食塩水をカテーテルで咽頭に注入する嚥下試験を行っている。この方法は、嚥下困難な例でも施行可能で、誤嚥の危険性も少なく、誤嚥を起こす原因検索も可能となっている。気管切開施行例ではスピーキングバルブ(図7、8)を用いることにより、誤嚥の危険性を減らすことができるだけでなく、気管内吸引の頻度を減らせるなどの利点もある。 Ⅳ.下気道病変4〜6) 1.気道の変形 長期に人工呼吸をしている症例では、同じ姿勢(主に仰臥位)になっている時間が長くなり、重力の影響で進行性に前後に薄い胸郭になってくる。胸郭の前後径が短くなることにより、この中に含まれている気道系も変形を来す。変形の度合いは必ずしも人工換気期間の長短とは一致せず、また、同一の基礎疾患でも違う経過をとる場合も多いことから、個々の症例で対応していく必要がある。気道系の病変の検索を行うのに最も有効な検査は気管支ファイバースコピーである。気道の変形の評価だけでなく、血管性拍動を確認することにより、気管腕頭動脈瘻の危険性を把握することが可能である(図9)。胸部CT検査を併用することにより、より正確な病態の把握が可能となる。 気道は変形しただけでは直接的に換気状態の悪化を来すことは稀であるが、進行すると狭窄や軟化症など臨床的にも問題となるトラブルに発展していくため、定期的な評価と早期対応が重要となる。 2.気管・気管支肉芽 長期人工換気を施行している例では挿管チューブや吸引チューブの刺激により、気管、気管支肉芽を形成する場合がある。気管肉芽は挿管チューブ、気管切開チューブなどの刺激で形成され、吸引チューブの刺激で増悪する。経口挿管による場合、チューブ先端位置が一定していないため、比較的気管肉芽を形成しにくいが、気管切開チューブの場合、チューブ先端位置が一定しているため、一度刺激に対して気道粘膜が反応しやすくなると高率に気管肉芽を形成する(図10)。気管切開チューブの出口に肉芽が形成されると、気管切開チューブそのものによる刺激だけでなく、気管内吸引を行うたびに吸引チューブが刺激を加えるため、加速度的に増悪する。気管支肉芽は吸引チューブの刺激によって形成される場合が多く、解剖学的特徴から右下葉枝に形成される場合が多くみられる。全周性に狭窄を来す場合と半球状に突出した肉芽を形成する場合とがあり、特に後者では入ってきた空気が出られずにcheck valve状態となる大葉性肺気腫などを起こしやすいため注意が必要である。気管・気管支肉芽の治療は肉芽形成の原因となる刺激を減らすことを第一に考える。具体的には気管切開チューブの種類を変更し、先端位置をずらしたり、長さを変更できる特殊チューブ(図11)を用いたりする。また、気管内吸引の際のチューブを挿入する長さを制限し、肉芽にあたらないように工夫する。刺激を減らす努力をしても肉芽の成長が止まらない場合には、ステロイド、カテコラミンなどの薬剤の投与を行う。薬剤投与によっても改善せず、呼吸状態の悪化を来す場合には、気管支ファイバースコープを用いたレーザー焼灼術を行う。レーザー焼灼術は有効性の高い治療であるが、稀にチューブの燃焼や出血を来す場合があるので、日常的に刺激の少ない管理を心がけ、肉芽形成を予防することが重要である。 3.気管・気管支軟化症 正常の気管では、膜性部/軟骨部の比率は1:4.5になっている。気道の変形が進み膜性部の比率が増大すると気道を支える力が弱くなり、呼吸運動に伴う気道の著しい扁平化および閉塞の所見を呈する気管・気管支軟化症を発症する(図12)。症状としては、呼気性喘鳴、犬吠様咳嗽、繰り返す呼吸器感染などがあるが、重症になるとdying spellという呼気時に気道がつぶれたままになってしまい、場合によっては心肺停止に至るような発作を起こすことがある。軽症例では経過をみるだけでよいが、重症例では積極的な管理を行う必要がある。気管・気管支軟化症の治療としては以下のようなものがある。 1)high PEEP療法 呼気時に気道閉塞を来してしまうような例では著しい換気不全を来すため、呼気時の気道閉塞を予防するために呼気終末に高い圧をかける人工呼吸法がhigh PEEP療法である。通常、7~10cmH2O程度の圧を呼気終末にかけ、気道閉塞を予防する。年少児で啼泣などの強い場合には、鎮静剤の投与を併用する場合もある。 2)大動脈前方固定術 大動脈を持ち上げ胸骨の裏側に固定することで、大動脈と結合組織でつながっている気管を持ち上げて閉塞を防ぐ治療法である。傷が比較的小さい、異物を体内に残さないなどの利点があるが、気管・気管支軟化症の範囲の広いものや、胸郭の変形の強い場合には十分な効果の得られない場合がある。 3)外ステント術 脆弱な気道を外側に支え(ステント)をつけることにより補強し、虚脱を防ぐ治療法である。外ステントとしてはゴアテックス製リング付人工血管を用い、気管支ファーバースコープで気道内の状態を観察しながら、最もよく気道が開く位置で人工血管内を固定する。気管・気管支軟化症の範囲の広いものでも有効で、最も確実な方法であるが、手術の傷が大きかったり、異物を体内に残してくる欠点がある。 4)内ステント術 外ステントとは反対に内側からステントを入れて脆弱な部分を補強する方法である。開胸する必要がなく、手技そのものは容易である。簡単に施行したくなるが、異物を気道内に残すことから、肉芽形成などの気道粘膜の反応が著しく、術後の気道病変の管理に難渋する場合が多く、長期的な有効性は低い。他の治療法が選べない場合に選択する方法である。 4.気管・気管支狭窄 気道の変形の仕方によっては、軟化症ではなく、気管・気管支狭窄を来す場合がある(図13)。気管・気管支狭窄の積極的治療としてはバルーン拡張術がある。バルーン拡張術を施行する際には、拡張に適したバルーンカテーテルを選択するために、事前に狭窄部位の長さ、拡張したい径などを測定しておく必要がある。透視下に気管支ファイバースコープでガイドしながら狭窄部位にバルーンカテーテルを挿入し、狭窄部位にバルーンカテーテルが留置されたことを確認した後、ゆっくりとバルーンを膨らませていき、8気圧で30秒間拡張する。拡張中はパルスオキシメータなどで児の監視を行い、状態が悪化した場合には即座に中止する。拡張術終了後に再度、気管支ファイバースコープで観察を行い、拡張が不十分な場合には同様の処置を再度行う。 Ⅴ.おわりに 長期人工呼吸に伴う気道病変は、進行した後では治療が困難になる場合も多くみられる。 (以降はPDFを参照ください)

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