日本重症心身障害学会誌
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シンポジウム4:障害者虐待の現状と対策について考える
人権擁護としての虐待防止
宗澤 忠雄
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2015 年 40 巻 2 号 p. 208

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抄録

 2011年の「さいたま市誰もが共に暮らすための障害者の権利の擁護等に関する条例」施行以来、同市高齢・障害者権利擁護センターと地域自立支援協議会虐待防止部会において、養護者による虐待と施設従事者等による虐待への事例対応と事例検討を行ってきた。この中で、家族と支援現場に共通する虐待発生の土壌として、家族や支援現場の関係性が「力の優位性」によって規定されている問題を指摘しなければならない。権利条約第12条にいう人権を行使する主体としての対等平等性はまことに希薄であり、障害特性・能力・ニーズに対する無理解をテコに不適切な行為が発生して虐待者と被虐待者の悪循環が拡大し、重い虐待に至ることが確認されている。 「しつけ」や「自立のため」を口実に発生する虐待事案では、虐待者の暴力・脅迫行為に対する「閾値」が下がっているのではないかと考えている。「切れやすい子ども」や「いじめを日常のシーン」としてきた世代が、すでに壮年期になっている現実は看過できない。また、力関係がベースであることによって、親の加齢に伴う心身の低下が障害のある子どもとの力関係を逆転し、親が虐待にあう高齢者虐待に移行したり、施設等では職員と障害のある利用者とのパワーゲームに転じることもしばしばである。子どもが二十歳を過ぎてなお、子ども期の親子関係の延長での「しつけ」感覚が継続する問題は、年金資産等の親による処分・流用や、暴力を含む「しつけ」を施設職員に助長・容認する事態につながっている。 養育・養護の行われる家族と支援の実施される施設等のいずれもが、島状に独立している点は、自分たちの日常を点検し相対化する契機に乏しく、孤立が深まれば諦観を抱えていく場合も少なくない。自身の老いと向き合う親は「今さら質の高いサービスをわが子には望まない、今の施設に居続けてくれさえすればいい」という。  施設従事者等による虐待の発生する福祉の法人事業所は、経営・管理運営そのものに虐待の発生関係要因が認められる。1)支援の専門性やスーパーバイザーとしての資質が施設長などの幹部職員の要件ではないこと、2)障害者権利条約、障害者虐待防止法、障害者差別解消法等の新しい法制度を知らないまま、旧態依然とした組織運営であること、3)職員の雇用形態の多様化、非正規雇用職員の比率の増大によって、職場全体の意思疎通・課題認識の共有に困難が増していること、4)この間の一般雇用情勢の好転により、都市部では福祉職場を去る形での転出が増大していること、5)それぞれの法人・事業者が創設者の独立王国として経営され、外部からの点検が不十分であること、6)福祉領域の資格制度が虐待防止・人権擁護に十分な役割を果たしていないこと、である。  次に、成年期の虐待対応を所轄する行政機関の不備・不統一の問題がある。児童相談所のように一定の機関が虐待対応の経験値を積んでいるのではなく、人事異動が激しく、裁判所の令状なく私権領域に踏み込む虐待対応に違和感をもつ行政職はまことに多い。次のような問題がある。1)次の人事異動まで大過なく過ごすために、虐待対応の実務的な手立てを知ろうとせず「見ざる、言わざる、聞かざる」に徹しようとする傾きが生まれること、2)法人事業所が自治体職員の「天下り先」である場合は、虐待に関する監査に消極的であること、3)2000年の社会福祉法の施行以降、現業業務に経験と理解のない職員が増大したこと、である。  地域の虐待対応と虐待防止システムの改善には、相談支援・生活支援・一般行政の機関とは別に、虐待の事実確認・安否確認・分離保護等の権限を有する独立した行政機関として「未成年人権擁護センター」「成年人権擁護センター」を創設する必要があると考える。 略歴 1984年日本福祉大学大学院社会福祉学研究科修了、社会学修士。1989年より埼玉大学教育学部、現在は特別支援教育講座の准教授。1995年より埼玉県市部の障害者施策と相談支援システムの立案・構築に携わる。2003年以降、さいたま市において、障害者施策推進協議会会長(2011年まで)、ノーマライゼーション条例制定委員会委員長、障害者の権利の擁護等に関する委員会委員長、地域自立支援協議会会長として、障害のある人の権利擁護・虐待防止の実務と対応支援システムの構築に携わる。 主要著書:『医療福祉相談ガイド』(2005年、中央法規出版、編著者)、『地域に活かす私たちの障害福祉計画』(2008年、中央法規出版)、『現代の地域福祉と障害者の発達保障』(2010年、文理閣、共著)、『障害者虐待-その理解と防止のために』(2012年、中央法規出版、編著者)

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© 2015 日本重症心身障害学会
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