抄録
重度心身障害と中枢神経の障害は密接な関係がある。重心施設で比較的遭遇する事の多い脳神経外科的病態について解説する。
シャント手術:髄液流通路が何らかの原因で阻害され、産生と吸収の間にアンバランスが生じた状態が水頭症である。このうち非交通性水頭症は、髄液の通路が腫瘍の圧迫や炎症性の癒着で閉塞した状態で、急性の頭蓋内圧上昇をきたして致命的な結果になる危険があるので早急な対処が必要である。もっとも根本的な解決は通路の閉塞を解除すべく腫瘍摘出や癒着の開放を行う事であるが、これが不可能な場合は代替策として別に脳室から脳槽への髄液通過路を新たに作成する内視鏡手術が行われる(第三脳室底開窓術)のが今日では一般的である。交通性水頭症とは、髄液流通路は正常だが、脳表の髄液吸収能が低下しているために髄液循環が滞り頭蓋内圧がわずかに高まることで何とか排水されているいわば排水機能の落ちた洗面台の様な状況である。頭蓋内圧の上昇程度は比較的軽微であり、致命的になる事は少ないが、大脳全般に微妙な圧上昇が起こることで、大脳全体の微小循環能が低下して機能低下をきたす。高齢者でおこる特発性正常圧水頭症と同じ病態である。小児の場合は、重症髄膜炎や、クモ膜下出血の後遺症として見られる。この場合内視鏡手術では効果が期待できず、余分な髄液を脳室以外へ排出して圧を下げるシャント手術が必要となる。
シャント手術は、この意味で問題の本質的解決では無く、異常に異常を作り足してバランスをとった不安定な状況である。このため、小児期にシャントを受けた患児は平均して数回、機器にまつわるトラブルを経験する。この期間に家庭環境も含め患児を取り巻く状況が大きく変化していることが多く、最初に治療を受けた施設に継続的に通院している例はそれほど多くない。このことから、シャントの入っている子を最初に受け持つことになった時には、将来のシャントトラブルに備えて手術記録の入手(特にシャント装置の機種と設定圧)、過去のトラブル歴、安定した状態にあるときの脳室の大きさがわかるCTないしMRI、チューブの走行が把握出来る頭部・胸部・腹部のレントゲン写真を揃えておく必要がある。シャント装置のトラブルで一番多いのは身長の伸びに伴い腹腔側のチューブの長さが足りなくなりシャント不全をおこす例だが、これはレントゲンを撮っておくことである程度予見・回避が可能である。次に多いのは、シャント装置そのものの破損によるシャント不全であるが、上述の通りシャントの入った状況そのものが異常な状態で有り、患児の脳が順応している脳内環境が、通常と大きくかけ離れてしまっている事も希ではない。従って、シャント依存状態にある患児の場合、治療の目標は、もはやいわゆる「正常」な状況に頭蓋内環境をもって行くことではなく、これまで馴れてきた状況に戻すことである。この様な微妙な治療判断には、安定期の画像所見や過去の治療歴が重要な役割を果たす。元は交通性水頭症でも、一旦シャントが入った状況に順応している場合、シャント不全の際に急な脳圧上昇をきたして生命に危険が及ぶ場合もあるので、シャント不全状態になってから搬入された場合には資料集めが間に合わないことも多い。
筋緊張亢進状態:筋緊張の異常な亢進には、痙縮と筋強剛の両方がある。脳性麻痺の場合には両方の要素が混在していることもある。また、これとは別に、ジストニアと呼ばれる病態も、しばしば異常な筋緊張の亢進状態になる。筋緊張の亢進が著しく、生活の大きな支障となる場合には、薬物療法のみならず、ボツリヌス毒素による筋緊張の緩和、バクロフェン髄腔内投与による痙縮の改善、淡蒼球内節に留置した頭蓋内電極に電気刺激を送り筋強剛やジストニアを改善させる DBS 治療などが存在する。何れも比較的近年に登場した治療法で、全体の治療戦略内で占める位置はまだ未確定だが、一部の症例では目覚ましいADL改善につながっているのは事実である。
略歴:1983年3月 東京大学医学部医学科卒、2003年 医学博士(術中生理学モニタリングの研究)
1997年 東京都立神経病院 脳神経外科 医長、2006年 同 部長
教職:2003年 東京大学 脳神経外科 非常勤講師、2006年 杏林大学 脳神経外科 非常勤講師
学会役職等:日本脳神経外科学会 専門医、関東地方会評議員、関東地方会理事(2013年〜) 日本脊髄外科学会 脊髄専門医、指導医、理事(2010年〜) 日本定位機能神経外科学会 理事(2008年〜) 日本脊椎脊髄外科手術手技学会(JPSTSS)理事(2007年〜) 日本運動器疼痛学会 代議員(2011年〜) 日本ニューロモデュレーション学会 理事(2013年〜)
座長略歴 福水 道郎
1986年東京医科歯科大学卒業 1990年国立精神神経センター小児神経科レジデント 1995年東京医科歯科大学小児科医員 1997年国立精神神経センター小児神経科スタッフ 2003年Maine大学心理学科Research Associate 2006年東部療育センター小児科医長 2009年医薬品医療機器総合機構新薬審査第三部審査専門員(臨床医学担当) 2010年から現在 府中療育センター小児科部長
座長学会等活動
日本小児神経学会評議員・専門医・薬事委員・脳と発達編集委員、日本てんかん学会評議員・臨床専門医・指導医、日本小児科学会専門医、日本睡眠学会睡眠医療認定医、日本臨床神経生理学会認定医、Maine大学心理学科客員研究準教授、国立精神神経医療研究センター精神保健研究所客員研究員、医薬品医療機器総合機構専門委員
座長学術関係受賞
1. 2000年日本臨床神経生理学会第2回奨励論文賞受賞「小児期における睡眠時の中枢性呼吸休止と深呼吸の関係」
2. ファイザーヘルスリサーチ振興財団第11回助成 平成14年度日本人研究者海外派遣採択「睡眠障害を持つ子どもと家族に対する健康管理と治療についての日米比較に関する国際共同研究」
3. 科学研究費助成事業(学術研究助成基金助成金)(基盤研究C)採択 平成25~27年度
研究課題名 「小児神経疾患における睡眠障害に対する新規治療法の開発」