日本重症心身障害学会誌
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シンポジウム4:障害者虐待の現状と対策について考える
病院における虐待防止の取り組み
加藤 雅江
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2016 年 41 巻 1 号 p. 65-69

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抄録
杏林大学付属病院(以下、当院)での虐待防止委員会の活動を振り返り、課題の検証を行い、医療機関のすべきことが何であるのかを考える。 Ⅰ.はじめに 虐待防止委員会の活動をはじめて16年が経つ。医療機関が虐待防止に関わる意味も、この間大きく変わってきたと思う。今、医療の場では何が起きているのか、そこから何を学び、何を考え、何をしていくことが必要なのかを社会に対して発信し続けていくことが私たちが果たすべき重要な役割なのではないかと考える。 当院の虐待防止委員会は平成11(1999)年に児童虐待防止委員会として設立された。私自身はその前年に救命救急センターで重篤な子ども虐待の事例を経験し、何が起きているのか、それすら理解できず、無力感に打ちのめされていた。同時期、法医学教室の佐藤嘉宣教授は、年間十数例の子どもの解剖を行う中で虐待を感知し、そこから得たことを臨床に生かすことのできる道はないかと模索されていた。そこで平成10(1998)年に院内の有志で子ども虐待について知識を得ようと勉強会を開始することとなった。委員会が設立された当初、虐待を見落とすことがないように、虐待防止マニュアル、フローを作成し、虐待防止に必要な知識を得ようと専門家を招き勉強会を重ねた。この流れから現在でも年6回、地域の専門職者・学生をまじえ勉強会を行っている。その後平成17(2005)年にはDV、高齢者、その他暴力を受けた人々すべてを対象に活動ができるように、委員会の名称を虐待防止委員会に変更し現在まで活動を行っている。 Ⅱ.虐待防止委員会の活動を通して考えたこと 今から20年近く前、虐待防止委員会の活動を始めたころに考えていたこと。 虐待を見落とさないようにするためにはどうしたらいいのか、身につけなければいけないスキルとはどんなものだろうか。児童相談所や関係機関と連携するうえで必要な知識とはどのようなものだろうか。 そんなことにばかり目が行き、できないことに苛立ちを感じ、戸惑い、目の当たりにする子ども虐待の悲惨さに胸がつぶれそうになっていた。救急外来で出会う虐待を受けた子どもたちに医療機関にいる自分たちに何ができるのだろうか。悲しい結果の確認をして、そこから学び、このようなことが二度とないように、「虐待の重症化・再発を防ぐ」。そこにとどまっていていいのだろうか、と悩む日々が続いた。 救命救急センターに運ばれた重症の赤ちゃんが、カルテを辿って行けば杏林で生まれていた! 助産師さんに確認すると「分娩時からちょっと気になっていたお母さんだったんですよ」という言葉が返ってくる。地域の関係機関に連絡すると「気にはなっていたんだけど、なかなか介入できず見守りをしていたお家です」との返答。それぞれの専門職者がそれぞれの立ち位置、専門性から関わりを持とうとし、支援を組み立てようとしているがなかなか支援がつながらずにいる。点と点を結び線にしていかなければ虐待を防ぐことはできない、そう強く思うようになった。  子どもに対して愛情が持てないから、事象として虐待が起きるわけではない。養育者から発せられるわずかな違和感をSOSのサインとして拾い上げること、親モデル獲得のプロセスを気長に支えていくことこそが周産期ですべき「虐待防止」がもつ意味である、と思う。つまり、養育支援の視点で関わることが虐待防止の第一歩となる、このことを医療機関にいる私たちが認識することが重要である。 たとえば、低出生体重児の支援を考える際、最優先しなければいけないことは、子どもの安全の保障と、子どもの発育、発達を適切に促すことにある。私たちは多くの経験や知識から、医療者として多くのリスクや、養育者が持つであろう不安を予測することができる。  しかし、この予測をするときに、私たちの目に偏りはないだろうか。思い込みはないだろうか。見落としていることがないだろうか、ということを、再度考える必要がある。 母親の体調はどうだろうか、子どもの養育に専念できる状況にあるだろうか。父親の協力は得られるのだろうか。実家や近所との関係はどうだろうか。 課題やSOSは見ようとしなければ見えてこないものである。そのために、それぞれの専門性から、多面的に対象者をとらえ、「見立てる」ことが大切である。何がリスクとなるのかスタッフ間で話し合いリスクアセスメントを行い、支援の必要性について検討していくことが重要である。「虐待」を防ぐためには、終始一貫して子どもの視点に立ち、子どもが子どもらしく育つ環境を用意しなければならない。また、先の予測ができるだけに、先回りして手を出しすぎてしまうきらいがないかを振り返らないといけない。  安全な育児を保証することをゴールとすることで視野狭窄に陥ることを避けたいと思う。 つまり、「虐待防止」の枠組みで支援をする中で、対象者の成長の機会や可能性を奪うようなことがあってはいけないと思う。私たちが行う支援は、対象者に「虐待」のラベルを貼って、家族関係形成のための大事な一歩を踏み出すことを妨げることが目的ではない。安全に育児が行えるよう課題の気づきを対象者に促し、そのサポート体制を地域の中に作り上げていくことがその目的である。乳幼児の命や、クオリティを守るといったリスクマネージメントの視点と、対象者の育児体験を通しての成長・アイデンティティの確立を支援する視点のバランスを、どうとっていくのかが重要となる。 このような視点を持てば、私たち専門職は、小さな躓きを見守り、サポートするという大きな役割を持つことができると思う。そしてこの役割の持つ意味はとても大きいと思う。 医療機関で私たちが目にする患者さんの様子からはごく限られた情報しか得られない。地域で生活する患者さんの情報はなかなか医療機関には届きにくい。しかし、その両方の情報が合わさることで意味のある支援が展開されるのだと思う。 地域連携が大事だ、ということが様々な分野で言われるようになってきた。情報を送ること、受け取ること、そのやり取りが連携なのだろうか。現場にいて、本当に意味のある連携がどれだけできているのだろうかと思う。 ある時期、救急外来にダイニングテーブルから転落し、頭部打撲や怪我をしたといって受診をする新生児が増え、気になったことがあった。これまでとは目先を変えて、事故防止の視点からも虐待防止に取り組もうと考え、救急外来のスタッフや虐待防止委員会のメンバーで、フォーマットや対応マニュアルを見直している矢先のことだった。事故の詳細を確認していくと、「ダイニングテーブルの上でおむつを替えているときにおしりふきを取りに行こうとしたら…」とか「ダイニングテーブルの上のお布団から少し目を離したすきに…」といったフレーズがお母さんの口から繰り返し聞かれた。ご飯を食べるテーブルの上で「おむつを替える」?「お布団」?と頭の中が混乱した。やっぱり自分の価値観だけで判断してはダメなんだ、と思いつつも、理解不能な状況に陥った。 そんなときに地域の助産師会の方々とお会いする機会があった。助産師会の方は赤ちゃん訪問を行っていた。救急外来でのもやもやを話してみたところ、「あるかもね~」という反応だった。「赤ちゃんをダイニングテーブルに乗せて授乳するとちょうどいい高さなのよ」と。目から鱗っていうのはこういうことなんだなと実感した(他の方にとっては当たり前、わかっていることかもしれませんが…)。 赤ちゃんを抱っこしないで授乳すると、手も空くのでスマホやリモコンも操作できる、ペットのいる家も多いからテーブルの上のほうが清潔だし安全なのだそうだ。でも、このような事故が起きていることは想定していなかったようだった。であれば、ダイニングテーブルの上での子育ても想定しながら事故防止をしないといけない、と思った。助産師会の方にもこのような事故が起きていることを伝え地域の中でも事故防止のための情報共有・啓発をしていただけるように依頼した。その一方で医療機関にいる私たちも地域の中で育児がどのように行われているのか、その実態がわかっていなければ効果的な介入もできないと思う。検診のときの親子の様子や、お母さんたちの声を間接的にではあれ聴かせてもらうことの大切さを改めて感じた。 このように双方向に情報が共有され効果的な活用がされることが地域連携であると思う。こんなことを日々考えながら、虐待防止委員会の活動、虐待防止の取り組みを行っている。 Ⅲ.虐待防止委員会の活動の有効性について考える なぜ、医療機関に虐待防止委員会の設置が必要なのか。 平成26(2014)年に児童虐待防止医療ネットワーク事業に関する検討会がまとめた「児童虐待防止医療ネットワーク事業推進の手引き」1)によれば関係機関における医療機関の位置づけを、「児童相談所における児童虐待相談対応件数を経路別にみると、医療機関からの虐待通告は4%程度ではあるが、医療機関は子どもが医学的な診断や加療を必要とするほどの重篤な事例に関わることから、虐待を発見しやすい立場にあり、その時点で虐待を見逃してしまうと、状況がさらに悪化する可能性もあることから、児童虐待の早期発見・早期対応において、重要な役割を担うことになる。また、医療機関は妊産婦や子ども、養育者の心身の問題に対応することにより、要保護児童や養育支援を必要とする家庭を把握しやすい立場にある」、としている。 (以降はPDFを参照ください)
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