日本重症心身障害学会誌
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ランチョンセミナー1
重症心身障害児者の摂食嚥下に関すること
田村 文誉
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2016 年 41 巻 1 号 p. 79-86

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抄録

Ⅰ.はじめに 摂食嚥下障害は、乳児から高齢者まですべての年代において起こり得る障害であるが、ライフステージや原疾患によって問題点や方針の立て方、訓練法など、その対応には違いがみられる。乳児期から学童期の大きな特徴は、機能が未熟(未獲得)である、そして発達期にある、ということである。つまり、リハビリテーションによって機能を再獲得させることはできず、未獲得な状態から獲得させていくこと、そして成長の道筋に載せていくこと、といった、発達療法の考え方が重要となる。 小児の摂食嚥下障害の原疾患は多岐にわたり、脳性麻痺、脳症、ダウン症候群、知的障害、などが多くみられる。また最近では、SBS (Shaken baby syndrome:揺さぶられ症候群)など、虐待による脳障害後遺症も増加している。さらには発達期の患者においても、成長とともに加齢の影響を被ることに対処していく必要がある。医療技術の高度化により高齢の障害者が増加している現状から、高齢者施設にも、脳性麻痺や知的障害の入所者が増えている現状にある。したがってより多くの人が、発達期障害の人の加齢の問題についても対応していかねばならない。 摂食嚥下障害の症状には、哺乳力が弱い、重度の誤嚥がある、むせる、口に溜めこむ、食べる意欲が乏しい、偏食がある、咀嚼が下手、などさまざまなものがある。また、嚥下機能に問題はないと思われるのに口から食べようとしない「経管依存症」や、食事恐怖症、反芻など、心理的要因によるケースも報告されている。そのような小児では、味覚や触圧覚に異常を呈する場合があり、機能の問題だけでは解決することができない。 摂食指導を含め、子どもたちへの食支援を行うにあたっては、その子どもが定型的な発達過程のどこにいるのか、あるいはどの程度どのように道筋を外れてしまっているかを評価し、定型的な発達過程にできるかぎり戻していくことが大切である。そのためには、われわれ支援者側が、摂食機能の定型的な発達過程を正しく理解しておくことが最も重要である。 Ⅱ.発達の原則 摂食嚥下機能の発達には、以下の6つの原則がある1)。子どもの障害や発達遅延の有無にかかわらずこの原則に従って伸びていくと考えられ、これが摂食指導を行ううえでの基本的考え方となる。 1.個体と環境の相互作用 摂食嚥下機能の発達には、「個体と環境の相互作用」が重要である。子ども本人の「発達する力」と、周りを取り巻く「環境」からの刺激がバランスよく働きかけ合うことで感覚運動の統合がなされ、発達が促進される。 2.発達には最適な時期がある 摂食嚥下機能の発達には適切な時期があり、年齢が低いほど内発的な力が旺盛である。特に、生後1歳半~2歳くらいまでの時期が、摂食嚥下機能の発達促進には最適であるとされる。 3.一定の順番がある 摂食嚥下機能は、ある一定の順番で発達していく。全身の粗大運動発達で例えると、はじめに頸定し、座位がとれ、つかまり立ちをし、一人歩きをする、といった順番がある。摂食嚥下機能も同様で、哺乳からいきなり咀嚼が獲得されるわけではなく、口唇を閉じたり、舌が前後から上下、左右へと動いたりすることができるようになってはじめて、咀嚼の動きを獲得していく。 4.予行性がある 予行性とはReadinessのことであり、ある動きが上手になると、次の段階の動きに進みやすくなるということである。つまり、あまり急いで先を進めるよりも、獲得されている現段階の動きを十分に行わせることが、その先の機能獲得を引き出すことになる。 5.直線的ではない 発達は、日々順調に進んでいくわけではなく、階段を上がったり下りたり、あるいは螺旋階段を上がるように伸びていく。今日食べられたものが明日には食べられなかったり、逆に次の日にはもっと難しいものが食べられるようになっていたり、を繰り返しながら上手になっていく。 6.個人差が大きい ヒトほど個人差の大きい動物はいないといわれる。それくらい、摂食嚥下機能の発達過程にも個人差がある。これは機能面のみならず、歯の萌出時期の違いや口腔形態の違い、個人の性格や家庭環境による違いなど、様々な要因が影響するためである。したがって、同じ月齢、年齢で比較することはあまり意味がないといえる。 以上のように、発達には原則がある。小児の摂食指導では、発達を理解したうえで、しかも「急ぎすぎない」ことが大切である。子どもが現在獲得している機能段階に合わせ、適切な刺激を与えながらしっかり機能を獲得させていくこと、これが結局は早道となる。 Ⅲ.外部観察評価の重要性 摂食嚥下機能の評価には、超音波画像診断装置、ビデオX線画像診断装置、嚥下内視鏡などの機器を用いて実際に食品を咀嚼させたときの運動を評価するなど、様々な精密検査がある。しかしいずれも何らかの機械、器具を必要とし、特別に設定された環境の中での評価となるため、必ずしも実際の摂食嚥下能力を反映しているとはかぎらない。 摂食嚥下機能の評価で重要なのは、食事場面における外部観察評価を行うことである。摂食嚥下機能の発達や障害は、口唇・舌・頬・顎の動きを注意深く観察することによってわかる。定型的な発達過程や動きを理解しなければ、何が問題かわからないのである。摂食嚥下機能障害の症状は、必ず定型的な発達過程のどこかに存在する。医療者は、子どものわずかな変化を見逃さない「観察眼」が必要である。 Ⅳ.発達に伴う口唇・舌・顎の動きのみかた 摂食嚥下機能の発達は、向井による「摂食機能発達の8段階」2)に添って考えると評価しやすい(表1)。ただし、障害児者は必ずしもこの順番に添って発達していくとはかぎらないことから、この順番に当てはめようとすると先に進めなくなることがある。あくまでも定型発達の道筋という理解をし、実際の臨床に応用することが望ましい。 1.生後5~6カ月頃(離乳初期) 離乳が開始されると、はじめに口唇を閉じて飲み込む(嚥下)機能が獲得される。この時期は、いわゆる離乳初期に相当する。乳児は哺乳のとき、「乳児嚥下」を行っていたが、離乳が始まると、顎を閉じて嚥下する「成人嚥下」を獲得する。また、成人嚥下の獲得とほぼ同時期に、口唇を閉鎖して食物を口腔の前方部に取り込む、「捕食」の動きも獲得されていく。口腔の前方部で食物を取り込むことを覚えるために、離乳初期は非常に大切な時期である。 2.生後7~8カ月頃(離乳中期) 離乳初期に口唇を閉じて食物を処理する機能が獲得されると、やがて舌は上下運動ができるようになり、舌と口蓋で食物を押しつぶす機能が獲得される。離乳初期に覚えた口の前方部に取り込む動きに伴って、少し形のある軟らかい食物を押しつぶし、舌でひと固まりにまとめて、喉の方へ送り込むことができるようになっていく。 3.生後9~11カ月頃(離乳後期) 離乳後期には、舌の側方運動ができるようになり、歯槽堤(歯ぐき)ですりつぶす(咀嚼)機能が獲得されていく。舌で歯槽堤に運ばれた食物は、すりつぶされるまで何度も舌で側方に運ぶことを繰り返され、また頬も食物が歯ぐきの外側に落ちないように支えている。そしてすりつぶされた食物は舌でまとめられ、喉の方へ送り込まれていく。 Ⅴ.発達期の摂食嚥下障害 発達期の摂食嚥下障害の原因3)は、器質的原因、神経学的原因、心理・行動的原因、発達的原因の4つに大別される(表2)。これらが単独で起こる場合もあるが、重複した原因となる場合が多い。 原因疾患が非進行性であっても、成長とともに摂食嚥下障害の症状は変化し、それまで上手に食べられていたのに、加齢とともに食べられなくなったりすることもある。その理由として、「口腔」「咽頭」「喉頭」の形態が成長変化していくにもかかわらず、神経学的な発達が追いつかないことや、「頭頸部」や「全身」の形態に変形や拘縮が起こることにより、摂食機能の獲得が困難になり、さらには獲得された機能も低下していくことが考えられる。またダウン症では老化が早く、乳幼児期には摂食嚥下機能獲得の遅れや舌突出などの習癖がみられながらも多くは経口から食事をとれるが、成人期以降は嚥下機能が悪化することが多い。知的障害では若年期には普通食を摂取できていても、高齢になると咽頭機能の衰えとともに、窒息の危険性が高まることも懸念される。さらに、機能改善の困難さには、加齢の影響を比較的早期から被ることや、発達療法的アプローチを行いたいにもかかわらず発達を期待しにくいことにより、代償的アプローチに頼らざるを得ないことが挙げられる。また、保護者自身も高齢になっていることから、あきらめや介護疲労も見受けられ、積極的に摂食嚥下障害の改善に向き合えないことが考えられる。このように、加齢とともに摂食嚥下障害の症状も対応法も変わってくるため、ライフステージに合わせた支援が必要である。 (以降はPDFを参照ください)

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