抄録
Ⅰ.はじめに
嚥下障害を有し、経口からの栄養摂取に制限のある重症心身障害児(者)(以下、重症児(者))は長期栄養管理を必要とする代表例で、慢性偽性腸閉塞や短腸症候群による腸管不全と相まって、栄養管理に様々な工夫を要する。
ここではまず小児の栄養管理の意義を述べた後に重症児(者)に起こる病態に合わせた栄養管理を概説する。
Ⅱ.栄養管理の意義
1.栄養障害のアウトカム
栄養障害は、その重症度によって筋肉量および内臓蛋白の減少、免疫系の破綻、創傷治癒の遅延そして、最終的には臓器不全をもたらし、筋肉量が健常時の70%以下となるとnitrogen death(窒素死)に至るとされている1)。
2.小児の栄養障害のアウトカム
小児の栄養障害について考える際、“小児は成長発達する”という成人との相違点を十分に理解し、そのアウトカム評価においても成長と発達を考慮する必要がある。WHOの報告によれば、低身長は小児の慢性栄養障害の指標として、低体重は急性栄養障害の指標として位置づけられている2)。低体重・体重減少(痩せ)だけでなく低身長の患児には栄養障害の可能性を考えて適切な栄養管理を考慮する必要がある。大阪母子医療センターの入院患者を対象とした検討では、痩せと低身長という発育障害のある児は非障害群よりも血清アルブミン値が有意に低く、身長発育障害のある児は身長発育障害のない児より有意にアルブミン値が低いことも分かった3)(図1)。また、発育障害のある児は発育障害のない児に比べ入院回数が多く、いったん入院したら入院日数が長いことも示された。この結果から、適切な栄養管理が患者のQOL向上の一助になることが示唆される。
3.栄養評価法
栄養管理の第一歩は栄養状態を正しく評価することである。包括的な栄養評価の指標としては、身体計測(身長、体重、BMI、成長曲線など)、管理栄養士による食事調査、血液検査データ(アルブミン、Rapid turnover proteins:RTP、BUN/クレアチニンなど)、窒素平衡、基礎代謝、消化器症状(便秘、下痢、嘔吐など)、ADLや主観的包括的アセスメント(SGA)、理学的所見(皮下脂肪や筋肉の損失状態、腹水、皮膚・毛髪・爪の状態)(図2)などが挙げられる。中でも身体計測、アルブミン、皮膚・毛髪・爪の状態は簡便で重要な指標であり、短期的な栄養障害の把握にはRapid turnover proteins(RTP)が有用である。
Ⅲ.重症心身障害児(者)の栄養管理
1.重症心身障害児(者)の定義
重症心身障害とは重度の肢体不自由と重度の知的障害が重複した状態と考えられており、重度の知的障害及び重度の肢体不自由が重複している児童を重症心身障害児としている(児童福祉法第7条の2、第43条の4)。重症心身障害は重度の肢体不自由と重度の知的障害とが重複した状態を重症心身障害といい、その状態にある子どもを重症心身障害児という。さらに成人した重症心身障害児を含めて重症心身障害児(者)と呼ぶことに定めている。(全国重症心身障害児(者)を守る会HPより)大島分類ではIQ35以下、座位のみまたは寝たきりの状態を重症心身障害児に分類する。
また医療的ケアの重症度スコアが設けられている。以下のA+Bのスコアの合計25点以上は超重症児、10点以上は準超重症児とされている。
A.運動機能は座位まで
B.介護スコア
呼吸管理
1.レスピレーター管理=10点
2.気管内挿管・気管切開=8点
3.鼻咽頭エアウェイ=5点
4.酸素吸入またはSpO290%以下が10%以上=3点
5.1回/時間以上の頻回の吸引=8点 または、6回/日以上の吸引=3点
6.ネブライザー継続使用または6回/日以上=3点
食事機能
1.IVH=10点
2.経口全介助=3点
経管(経鼻・胃瘻含む)=5点
腸瘻・腸管栄養=8点
持続注入ポンプ使用
他の項目
1.血液透析(腹膜灌流含む)=10点
2.定期導尿(3回/日以上)=5点、人工肛門=5点
3.体位交換(全介助)6回/日以上=3点
4.手術・服薬にても改善しない過緊張で、
発汗による更衣と姿勢修正を3回/日以上=3点
2.重症心身障害児(者)の様々な消化管機能障害
重症児(者)では栄養の消化吸収に直接関わる口から肛門までの消化管の様々な機能障害を伴うことから容易に栄養障害を来す。したがって栄養管理は様々な病態を理解して行う必要があり、患者と家族のQOLに直接影響する重要事項である。1)摂食機能の障害 2)嚥下機能の障害と誤嚥 3)消化管機能異常として繰り返す嘔吐があり、その原因には(1)胃食道逆流症 (2)周期性嘔吐症 (3)上腸間膜動脈症候群などを鑑別する必要がある。また4)空気嚥下症(特に気管切開後)や5)機能性便秘にも対応する必要がある。いくつかの病態を詳述する。
3)-(1)胃食道逆流現象(GER)と様々な病態(図3、4)
GERはもともと「げっぷ」として短時間の一過性の下部食道括約部(lower esophageal sphincter : LES) の弛緩(transient LES relaxation : TLESR)時に認められる4)。「げっぷ」は胃内のガスを排出するための生理的機構であり、迷走神経を介した自律神経反射である。この反射の刺激は咽頭刺激と胃内圧上昇である。この排出機構がなければ、嚥下のたびに飲み込まれた空気(一回の嚥下で約15ml)により、胃腸は拡張しきってしまう。またGERが何らかの症状や合併症を伴うものを胃食道逆流症GER disease : GERD)という5)。健康な人(児)でもGERは存在し、どの程度のGERをGERDとして治療の対象とするかについては明確でない。GERDの原因はTLESRが60%であり、食道裂孔ヘルニアなど逆流防止機構の障害や未熟性によるLES圧の低下は10%にすぎない。2つの刺激が増加する状態がGERを生じGERDの原因になる。
重症心身障害児(者)はGERの頻度はきわめて高く、またしばしば重症で、体重減少、誤嚥性肺炎、食道炎からの出血、食道狭窄、Barrett食道などを呈し6)、児の健康管理上大きな問題となる。GERの多い理由として、脊椎側弯による食道裂孔ヘルニアや腹壁筋の緊張による腹腔内圧の上昇、常に臥位であること、上気道の閉塞に伴い吸気時に食道が陰圧になるなどが推定される。咽頭嚥下障害から唾液や食物が咽頭にたまるとさらに誤嚥による呼吸障害がGERを誘発するため嚥下障害とGERはお互いに増悪因子となり卵と鶏の関係になる7)。また、なぜ嘔吐するかの鑑別も大切である。GERは牛乳蛋白アレルギーを合併していることが多い。牛乳蛋白アレルギーによるGERの特徴として、1)牛乳の胃排出不良による胃内圧上昇によりTLESRが誘発される。2)非IgE関連消化管アレルギー8,9)であることが多い。3)牛乳・乳製品を除去することでGERが軽快することなどがあげられる。既成の経腸栄養剤の多くの蛋白源は牛乳と大豆であることから、GERDの治療として排便処置などを試みた後、投与している栄養剤の変更も一考する。また、呼吸障害のあるGERDを有する重症児(者)は噴門形成術を行っても呼吸障害が残存する場合や、死亡の転帰を辿る場合があり、慎重な対応が求められる。貧血を伴うような吐血を繰り返す場合は上部内視鏡検査で食道炎あるいはBarrett食道を検索する必要がある。Sandifer症候群10)(図2)①食道裂孔ヘルニア ②胃食道逆流症 ③斜頸 ④姿勢の異常を伴う疾患であるが食道裂孔ヘルニアの合併については、必ずしも必要でないとされている。この姿勢の異常は、頭・頸が伸展し後弓張となる。頭は内側に曲げられ、頭を床に向けて子どもは上下逆さまになろうとしているようにみえる(図2)。ベッドに横たわり頭と頸をベッドの縁から床に向けて落とす姿勢もみられる。この姿勢で逆流に伴う痛みを緩和できるのではないかと考えられている。重症児(者)にもこの姿勢からGERDを疑うきっかけとなる。
3)-(3)上腸間膜動脈症候群(SMA)(図5)
上腸間膜動脈と大動脈の間を十二指腸が通過することから痩せ、側弯などの進行からこの2つの動脈の作る角度が狭くなることで起こる十二指腸の通過障害である。重症児(者)では側弯と痩せによりSMA様の十二指腸の通過障害を起こすことがありgastric outlet obstructionの原因となり頻回の嘔吐、胃食道逆流症によりさらに痩せが進行する悪循環が起きる。消化管の通過状況の精査を行い、栄養介入により体重増加を図ることがSMAを解除し悪循環を断ち切るのに有効である。
3.年齢とともに進行する栄養障害
重症児(者)の栄養障害は年齢とともに嚥下機能の低下や側弯が進行することで、頻回の嘔吐、胃食道逆流症、イレウスなどにつながり栄養管理に難渋するようになる。病態に応じた介入が不可欠となる。
(以降はPDFを参照ください)