抄録
Ⅰ.はじめに
当院は柏崎にあるが、良寛、日蓮、親鸞という自らの心をきわめた先人がすごした地域にあり、哲学者の梅原猛によれば日本の霊性の目覚めの場所である1)。この地で、神経難病、重症心身障害児(者)、遺伝性疾患の診療をする機会に恵まれたので、上記のテーマを中心に話をする。
Ⅱ.重症心身障害・難病における治療法開発における三つの問題
重症心身障害・難病における治療法開発における第一の問題は「神経系は自己複製能力のない一生涯同じ神経細胞により構成される(Giulio Bizzozero, 1846-1901)」、「神経細胞の軸索と樹状突起の成長と再生の泉は一旦、発達が終わると不可逆的に枯れてしまう(Ramon y Cajal, 1852-1934)」と考えられてきたことである。真面目に勉強した脳神経科学者はこの神経生物学のセントラルドグマにとらわれあきらめてきた。Ramon y Cajalは晩年、1928年「Degeneration & Regeneration of the Nervous System」で軸索の再生現象についての研究を紹介したが、ニューロン自体が傷つくと再生しないという考えを残した2)。今日は、そうではない新しい神経可塑性についての話をする。第二は1958年のFrancis Crickの分子生物学のセントラルドグマで、人の遺伝情報はDNAからRNAそして蛋白質に伝わるとするもので、蛋白からDNAに行くことはないというものである。遺伝性疾患治療はゲノム編集でのみ可能という意味にもなる。今日は、そうではない方法として、実用化されたアンチセンス核酸医薬などエピジェネティクスに基づく治療法の一つを紹介する。第三の問題は現代における健康・正常概念の問題点である。1948年世界保健機関憲章前文に「健康状態とは、身体的、精神的および社会的に完全に良好であること(complete well-being)であり、単に病気や病弱ではないことではない」ことから、重篤な障害を持つ治らない病気・不治の病の医療は無駄(medical futility)であり不要で、そのような人は生き続けるのは無駄、という論議の原因になっている考え方である。治らない患者は、病気に苦しむだけでなく、健康概念により棄てられる二重の苦しみを受け希望を失っている。そのような中で、当院は以下のような挑戦をしている。
Ⅲ.子どもとおとなのための医療センターの挑戦
私たちは、治らない病気の医療は無駄と考えず、人は生まれると100%の人が最終的に治らない病態になり、100%死ぬ運命にあるので、治る・治らないではなく、そのときに適切なケアで症状を安定させ、改善されれば良いと考えている。重篤な障害のある子(人)は、適切なケア・医療と教育により変化し成長発達し幸せになれると考えている。病気の重篤性と人の幸せは直接対応しない。年齢にかかわらず人は、適切なケアがあれば、変化し一生涯にわたって成長発達し、主体的に適応し、幸せになれると考えている。もちろん、高齢者もである。
Ⅳ.遺伝性疾患の自然歴はケア内容で変わる
本日はまず、事例としてデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)ケアの話をする。
1.DMDとは何か
ヒトの遺伝子DNAで最長のジストロフィン遺伝子はジストロフィンで、この遺伝子変異によって起きる病気である。Exon欠失65%、Exon重複9%、点変異26%といわれている。DMDは重症型で、10歳前後に歩行不能となる病気である。BMD(Becker型)は軽症型である。診断は家族歴、病歴、臨床症状、臨床検査(CK)、遺伝子検査(MLPA法)で行う。約3分の1はMLPA法で異常を検出できず、筋生検のジストロフィン染色で診断していた。最近では次世代シークエンサ(NGS)で全長のジストロフィンが読めるようになってきたので筋生検の前に試みている最中である。
2.DMDの自然歴を変える試み:エピジェネティクス
DMDの自然歴は20歳前後で呼吸不全や心不全で死亡するというものであった。国立病院機構では多専門職種によるチーム医療と特別支援教育(療育)を行い、呼吸ケア、心不全ケア、栄養管理、生活支援を行ってきたところ、生を肯定的にとらえた積極的な活動が可能になり、40歳代まで充実して生きられるDMD患者が増えてきた。多専門職種ケアとはmultidisciplinary careのことで、2018年のDMDの診断ケアのマネジメントpart2でも強調されている3)。このように、根本治療薬ではなく、症状コントロールによって自然歴がかわった。これはエピジェネティクスに基づく機序がはたらき、余命と生活の質を変えたと考えることができる。
Ⅴ.遺伝子を変えず蛋白発現を変える
1.DMDの例
DMDに対するアンチセンス核酸医薬も一つのエピジェネティクスに基づく治療法である。DMD発症のメカニズムの一つは、ジストロフィン遺伝子の欠失のエクソン塩基数が3の倍数でないとそれ以降のアミノ酸の読み枠のズレが起きることで起こる。3の倍数なら不完全ながらジストロフィン蛋白が産生され、Becker型になる。二つ目の機序は塩基配列が変わり、終始コドンになり、蛋白合成が早期に終了する異常である。前者に対してはアンチセンス核酸が、後者に対しては、終始コドンを読み飛ばすリードスルー(read through)誘導薬開発が進んだ。
2.アンチセンス核酸医薬の構造
RNAを基本としたオリゴマーは大変分解しやすいため、フラノース骨格の2位の水酸基(-OH)を2’Oメチル化(-OMe)したアンチセンス核酸(antisense oligomer, ASO)が臨床試験に多く使われてきた。これらはDMDの第三相臨床試験で、臨床的効果がほとんど得られず、一方でたんぱく尿や血小板減少症などの副作用が起きたため、全身投与では無理と考えられ臨床開発がすべて中止となった。現在、モルフォリーノ型またはペプチド付加モルフォリーノ型ASOが使われている。
3.アンチセンス核酸医薬やリードスルー誘導薬の効果と迅速承認制度
ASOやリードスルー誘導薬によりDMDのジストロフィン蛋白の発現は改善することが示されたが、筋力、歩行機能、日常生活レベルなどの改善を検証できていない。臨床試験(治験)でバイオマーカの改善が明らかならば、規制当局は迅速承認(accelerated approval)し、開発者は一定期間内に、Real worldでのデータであっても臨床評価指標において有効性を示せるなら良いとするやり方が始まった。
4.脊髄性筋萎縮症治療におけるヌシネルセン
脊髄性筋萎縮症(SMA)は下位運動ニューロン病でSurvival Motor Neuron 1(SMN1)遺伝子の変異または欠失により発症する。人には高い相同性のある遺伝子であるSMN2を持つが、exon 7の一塩基置換によりSMN2ではexon 7がskipされ、機能しないΔ7-SMN蛋白となっていることがわかった。SMAの病型は発症年齢と運動機能発達指標の最高到達点に基づき決定されるが、SMN2 遺伝子のcopy数とほぼ相関することがわかってきた。
ヌシネルセンは2’-O-2-methoxyethyl 型のアンチセンス核酸でSMN2のexon7がskipされないようにする作用がある。臨床試験として、ENDEAR試験4)、CHERISH試験5)が行われ、画期的な臨床効果から、米国、日本などで承認された。しかし、SMAⅠ型でも全員が人工呼吸器を免れたわけではなく、治療効果には課題がある。SMAⅡ型に対しても発症から投与までが遅れるほど、改善効果としては得られない問題がある。
Ⅵ.HAL®による神経可塑性の賦活と運動学習
本日は、医療機器HAL (Hybrid Assistive Limb)を例に、前述のアンチセンス核酸医薬やリードスルー治療薬の効果をさらに増強する神経可塑性の話をする。
1.HALとは何か
HALと外形は似ている装着型ロボットはいくつかあるが、機能はまったく異なる。これらはHALと違って、何回使っても機能回復訓練効果はなく、外して良くなることはないのである。HALは装着して運動療法を行い外して機能改善効果を得る医療機器である。
HALの重要な機能はCIC(サイバニックインピーダンス制御)で、HALを装着して動いたときに重さを感じないメカニズムである。たとえば、重いラケットを使って練習した人が、軽いラケットでプレイするとまったく違う運動現象になり練習効果はでないように慣性モーメンや質量中心のズレを補正するものである。次はCAC(サイバニック自律制御)で、現在は立ち上がりと歩行の理想的なパターンが入っている。本人が歩こうとしたときに、正しい歩行運動パターンから教師あり学習(supervised learning)ができるのである。次に、HALらしいのは、CVC(サイバニック随意制御)である。HALは運動意図を皮膚からの運動単位電位から得ている。1つの脚に9個の電極を貼り歩行の随意意図を検出し、随意調整されたトルクを発生させることができる。電位さえ計測できれば、HALは動く6)7)。
(以降はPDFを参照ください)