日本重症心身障害学会誌
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教育セミナー1
障害児者の睡眠について
福水 道郎
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2019 年 44 巻 1 号 p. 75-80

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抄録

Ⅰ.睡眠の効用 脳には老廃物を運び出すリンパ系がないと信じられてきたが、近年の研究で発見されたグリア細胞(アストロサイト)を介する「グリンパティック系(Glymphatic system)」1)という導管システムは睡眠中に最も活発に働くことがわかってきた。神経−内分泌−免疫系バランスの調整、脳と体の休息・健康保持・増進、成長ホルモンによる体の発育・成長・修復・新陳代謝の促進、アンチエイジングなどや、血糖値の上昇などによる血管障害の抑制、動脈硬化・発ガンの予防・修復のみならず脳(記憶・思考・情報処理システム)の発育・コンディショニングなどすべてに睡眠は関わっていると言われている2〜6)。 Ⅱ.障害とは 障害とは、大きくは身体障害、知的障害、精神障害(統合失調症、気分障害、てんかん、発達障害[自閉症スペクトラム障害、注意欠陥多動性障害、学習障害]、心的外傷後ストレス障害等)に分けられる。そのうち身体障害の内訳は、肢体不自由が最も多く、次いで内部障害(ペースメーカー装着、人工透析など)、聴覚障害、視覚障害と続く。上記の障害のある人が障害者手帳を取得することで、障害の種類や程度に応じて様々な福祉サービスを受けることができるが、基本的に睡眠障害単独では手帳を取得するのは難しい。 一方、障害の世界保健機構の分類(1980)では階層性を示し、Impairment(機能障害)がDisability(能力低下がある個人レベルの状態)に結びつき、それがさらにHandicap(社会的レベルの不利)となる。今回はその階層性には含まれていないが、上記の手帳を交付されるDisorder(正常な精神・身体機能が撹乱され変調をきたした状態)の睡眠について主に概説する(表1)。なお障害の世界保健機構の分類は2001年に社会の中でもお互いを認め共に暮らしていこうというノーマライゼーションの意識が高まった結果、一方向の矢印から相互作用モデルの国際生活機能分類に変わった。 Ⅲ.てんかんと睡眠障害7) てんかん患者の約50%に睡眠障害を合併すると言われ、てんかん発作は覚醒時にも睡眠時にも起きるので、てんかん発作と鑑別すべき睡眠障害もある。てんかん発作は日中の眠気、睡眠覚醒リズム、睡眠の構築に影響するが、概日リズムの周期はてんかん発作の起こりやすさを調節している可能性があり、睡眠覚醒リズムの乱れ・睡眠不足はてんかん発作の症状・頻度・抑制効果や脳波のてんかん源性波形に影響する。 1.抗てんかん薬の睡眠に対する影響7) 抗てんかん薬はNa、Caチャンネルの機能を変化させ、GABAやGlutamateの神経伝達を調節するため、入眠潜時や、睡眠の量、睡眠の持続、睡眠サイクルの各段階の量、睡眠と覚醒の構築に影響する。ほとんどの抗てんかん薬は鎮静作用があり、日中眠気によりうとうとする時間が長くなることがある。この眠気による傾眠状態により、けいれんの頻度が増加することがある一方、抗てんかん薬はより良い睡眠に寄与することがあり、これは睡眠中の発作を減らしたり、昼間の発作症状や眠気を改善させることにも関係している。迷走神経刺激療法やケトン食療法でも睡眠への影響の報告があり、迷走神経刺激療法では刺激後に加療の必要な閉塞性無呼吸のみられる例があるので、術前のチェックが必要である。 2.てんかんと鑑別すべき病態 1)ナルコレプシーの情動脱力発作8) Niemann-Pick Type病C、Coffin-Lowry症候群、Prader-Willi症候群、筋緊張性ジストロフィーや多発性硬化症、視床下部または上部脳幹を障害する占拠性病変などでもナルコレプシー様の病態を呈するが、知的障害のあるKlinefelter症候群で、てんかんと鑑別すべき情動脱力発作(強い情動に伴って突然に両側性に起こる姿勢筋緊張の喪失)のあるナルコレプシーの報告もある。 2)ノンレム関連睡眠時随伴症9) てんかんと鑑別すべきノンレム関連睡眠時随伴症には3病態がある。座る、起立、歩行、逃走など複雑な移動行動からなる夢遊病(睡眠時遊行) 、強い恐怖を示し、悲鳴や啼泣、交感神経系の興奮(頻脈、呼吸速迫、皮膚紅潮、発汗、散瞳、筋緊張亢進)が目立つ睡眠時驚愕症(夜驚症)、驚愕、徘徊や恐怖はないが、呻き、泣いたり、叫んだり、手足をばたばたさせるような精神的錯乱行動をする錯乱性覚醒である。ノンレム関連睡眠時随伴症(覚醒障害)は病態生理の詳細は不明だが、正常に認知覚醒が機能せず、視床帯状回経路の活性化と視床皮質の覚醒系の引き続く不活化など睡眠と覚醒の特徴が一緒に起こる一種の解離状態と考えられている。幼児期以降思春期頃までみられるが自然消失することが多い。ただし、知的障害を持つ例など幼児期からエピソードが引き続く例もあるのでその場合は少量のイミプラミンやベンゾジアゼピン系薬などで治療が必要になってくる場合がある。複数型のノンレム関連睡眠時随伴症、寝言が合併することが子どもでも少なくない。てんかんに合併することもよくあり、治療により脳波が改善し、随伴症症状も消失することがある。 3)レム関連睡眠時随伴症9) 悪夢障害(下記Ⅳ、Ⅴも参照)で認められる悪夢は子どもに多く、子どもの頃から始まり、6~10歳頃が悪夢を見やすいピーク年代である。子どもの10〜50%は親が心配になるほど強烈な悪夢をみるが、てんかん発作と違って記憶がある。悪夢は大脳辺縁系・傍辺縁系・前頭葉前部(扁桃体、内側前頭葉前部、海馬、帯状皮質前部など)の感情の変化やストレッサーへの反応の制御を行う部位のネットワークにおける一時的(毎日の心配事など)、あるいは長期間(トラウマなど)の特異的な機能不全と考えられている。悪夢では就寝前2〜3時間のテレビ等視聴、閉塞性無呼吸、むずむず脚症候群、抗うつ薬、降圧薬、ドパミン受容体作動薬、入眠補助薬(スボレキサント)などが誘因となるので、これらを避けたり、加療する。その上で薄暗い夜間照明をつけたり、毎晩寝る前に悪夢に楽しい結末をつけるようなお話を10〜15分したり、心が落ち着くような場面の絵を描いて、恐怖を軽減させるイメージリハーサル法も試みられることがある10)。特にてんかんと鑑別すべきレム睡眠行動障害は小児での報告もあり、自閉症や、SSRI、三環系抗うつ薬内服、またはバルビツール系薬・カフェイン等の離脱症状などでもみられる。 Ⅳ.注意欠陥多動性障害(ADHD)と睡眠障害11) 12) 覚醒・ADHDに関わるドーパミン・ノルアドレナリン・ヒスタミンなどの神経系は認知機能にも深く関係するが、眠気は多動や落ち着きの無さとして現れることがあり注意が必要である(図1)。そのため幼児期発症のナルコレプシーでは眠気の訴えがないことがあり、ADHDと診断される可能性があり注意が必要である。一方ADHDの約40%が日中の眠気を訴えるといわれる。眠気と特に不注意症状との関連性は強い。脳画像研究や脳波定量解析などからはADHDと過眠症は一部類似した所見が得られているが、睡眠検査では典型的な過眠症とは異なる結果となることも多い。またベッドに行きたがらず寝付きが悪く、中途覚醒、夜型・睡眠相後退パターンがあり、朝起床がうまくいかないことも多く、むずむず脚症候群や周期性四肢運動の合併が多い。衝動性や不安などが併存していることもあるが、睡眠障害が後に不安、うつ、反抗挑戦性障害が出てくる予測因子となることもある。いびき・無呼吸も合併しやすいとの報告はあるが、ADHDが睡眠時閉塞性無呼吸の合併症である可能性もある。マンハイム大学の研究では、ADHDの夢の頻度は健常者と変わらないが、恐怖や不安などネガティブな感情を帯びることが多く、不運や脅迫、失敗や破綻に終わる結末などの悪夢が多かった12)。ADHDの10〜15%に夜尿症の合併があり、ADHDの薬物治療にて夜尿症が改善する可能性がある。中枢神経刺激薬は特に睡眠起始の遅れ、睡眠持続の短縮、夜間覚醒を引き起こす。総睡眠時間の延長、睡眠相の変化の増加、レム睡眠の増加、レム活動指標の増加、レム期の分断化等も報告されており、刺激薬と関係しているといわれるが、ADHDの実行機能等の病態と関係している可能性もある。 1.ADHDの睡眠障害に対する治療9) 患者により中枢神経刺激薬の影響は異なるが、メチルフェニデートを使った場合は1〜2か月で睡眠の変化は落ち着くことに留意する。日中の眠気がある場合はメチルフェニデートを使用せざるを得ない。その後も睡眠相後退や不眠がみられる場合量を調節し、徐放性製剤を使っていない(本邦では速放性製剤の適応はないので使用しないと思われるが)場合は午後遅い時間以降の投与を減量する。さらに続く場合はアトモキセチン(非刺激薬、寝起きを良くする)に変え、それでも引き続く場合は抗ヒスタミン薬 、トラゾドン、ミルタザピンあるいはメラトニン等を追加し、さらに改善しなければクロニジンを使うともいわれる。グアンファシン(非刺激薬)は眠気が副作用で、夜間投与で中途覚醒を促す場合があるが、朝投与でうまくいく場合がある。 (以降はPDFを参照ください)

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