日本重症心身障害学会誌
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自主シンポジウム2:重症心身障害児(者)に対する多面的理学療法アプローチの試み
ヒトの成り立ちから考える重症心身障害児(者)に対する理学療法援助の一提案
平井 孝明
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2020 年 45 巻 1 号 p. 107-109

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抄録

重症心身障害児(者)(以下、重症児(者))の示す閉塞性・拘束性の呼吸障害、誤嚥や感染に伴う気管支炎・肺炎等の呼吸器疾患、胃食道逆流症・便秘・下痢・腸閉塞等の消化器疾患、浮腫・褥瘡等の循環障害の多くは、特異的運動発達に伴う二次障害としての筋・骨格系の異常である脊柱側弯変形、股関節脱臼が主要原因となって引き起こされ、児の健康で快適な生活と社会参加を脅かしている。生物進化を移動様式の変化と捉えれば、系統発生においてヒトは四つ這いから直立二足歩行により垂直軸で重力を受けることで生理的均衡を維持するように分化した。個体発生においては、この変化の中で運動機能が発達し、呼吸機能・循環機能・消化吸収機能・排泄機能を含めた内臓機能が最も効率的に働く。これらは血流により連結され全体的に協調して機能しているが、その前提として直立姿勢の保持と二足歩行能力の獲得が大きく影響する。今回、運動機能の発達が呼吸機能、循環機能、摂食嚥下・消化吸収機能、免疫機能等に与える影響について述べ、重症児(者)の示す運動障害に対して、二次障害予防のためにわれわれ理学療法士はどう対応したら良いかについて、臨床経験の中から提案したい。 リハビリテーション業務に携わる専門職の中で、いわゆる療法士と呼ばれる職種の専門性と果たすべき役割について考えれば、命を守る理学療法、世界とつなげる作業療法、人をつなげる言語療法と広く位置付けられる。さらにわれわれ理学療法士の果たすべき役割について細かく述べれば、1自己実現の援助、2命を守る理学療法と言えるが、以下にその説明と、重症児(者)に対して具体的にどのような影響を与えることができるかの可能性を提示したい。 われわれは意識的、随意的には筋運動しか出力系を持たない。筋が働かなければ全く自分の考えや意見、感情を他人に伝えることができない。コミュニケーションと呼ばれるもの、これはすべて随意運動に依存する。われわれ理学療法士の仕事は、具体的・機能的な運動機能を獲得・達成するための一手段であるが、われわれが働きかける筋運動や動作の改善は、広く一人ひとり重症児(者)の自己表現、自己実現の援助そのものであると捉えることができる。つまり理学療法の最終目標は「自己実現の援助」であり、その認識で日々の取り組みを行う必要がある。 理学療法の「理」は現象・気の本性を言い、「理学」は人性と天理の学問であり、人としていかに自然に則って生きるかを探求する。理学療法士として、姿勢・運動とヒトの生理的機能との関連について考えたとき、健康を維持する身体の仕組みは?運動と身体の仕組みの関係は?について、ヒトの系統発生における体の成り立ちが取り組みの方向性を示唆してくれる。 系統発生的にヒトは直立二足歩行へと進化したが、重症児(者)において、その破綻が従重力姿勢を強いられることにより身体の不調を引き起こす原因となる。ヒトの身体機能は便宜的に植物機能と動物機能に大別できる。植物機能は内臓系の機能を意味し、消化器系、循環器系、呼吸器系、排泄器系、生殖器系を含み、血管系が連結を司る。動物機能は体壁系の機能を意味し、感覚器系、運動器系、伝達系を含み、神経系がその連絡を司る。両者は、植物機能が動物機能を養い、動物機能が植物機能を維持・活性化するよう相互に補完的に機能している。重症児(者)においては、たとえば広く障害を受けやすい呼吸機能を独立して考えず、循環機能、消化吸収機能、排泄機能を含めた植物機能全体の一部として捉える必要がある。またその植物機能が円滑に機能する前提として動物機能へアプローチするという視点が重要となる。 ヒトは水分と熱の反応系の中で生命活動を営む動物であり、生存に必要な体温を一定に保つための熱生産の6割を筋肉が担っている。また筋の収縮速度は体温に影響され、筋運動を賦活し、体温を維持することがヒトの生理機能維持の源になっている。また白血球の貪食作用は細胞レベルの消化力で温度依存性があるが、1.5度体温が下がると白血球は消化力を全く失ってしまい、1.5~3度上がると消化力が急増する。筋運動改善へのアプローチは全身的な免疫能の向上にも不可欠である。 直立位で移動するヒトは地球重力下の動的状態で構造安定を図る生物であり、骨は重力負荷の環境下でないと硬度を保つことができないが、さらにピエゾ効果により足部が接地―離床の繰り返しの中で硬度の改善を図る。骨折予防の観点だけでなく、骨の重要な機能に骨髄造血作用があり、赤血球・白血球造血のより全身への酸素供給と免疫の要となっている。歩行能力の獲得はヒトの健康維持に重要な役割を果たす。 その際、ヒトの骨盤における仙腸関節は対称的直立位保持を可能にする最も重要なバランスの要であるが、ヒトは重力下における仙腸関節での正しい体重支持を経験しないと全身的骨格構造、特に股関節の形成や脊柱の対称的伸展位保持、機能的運動性の獲得が阻害され、将来的な脊柱側弯変形や股関節脱臼発症の大きな要因になる。早期よりの対称的な骨への荷重により、運動発達の中で直立位、直立2足歩行が準備されるが、障害によりその実現が困難な障害児(者)に対しては、元来抗重力姿勢や歩行機能獲得に必要な運動構成要素を有する腹臥位での課題達成準備が推奨される。障害に応じて適切な運動課題を選択しながら、腹臥位、四つ這い位、膝立ち位、前傾座位、立位と、徐々に運動課題を上げ、多くの姿勢・運動を経験・達成する中で、股関節の形成、下肢-骨盤および骨盤-脊柱の連結と運動性獲得、脊柱側弯予防、咬合不全の予防、嚥下機能の向上、循環動態の改善、消化管機能の賦活、バランス能力向上等の効果が期待できる。 下顎骨は嚥下運動を司っているが、ヒトの重力下、直立位における左右対称性の第2の要でもある。嚥下機能に関して下顎骨は1つの骨で2つの関節を持ち、構造上円錐コロを形成し、三次元空間において軌道を修正しながらの運動を可能にする高度な運動性を有するが、一面顎関節はハサミのように頭蓋骨と下顎骨が同時に動く協調関節であり、頸椎のアライメントと運動性に強く影響を受ける。その結果、将来的な下顎の偏移に伴う咬合不全、嚥下運動障害を来しやすく、さらに鼻呼吸の獲得を阻害し、誤嚥を伴い重度な呼吸障害発症の重要な原因となる。頸椎の運動性は仙腸関節の動きに影響を受け、胸椎の動きに規定され、頸椎が過屈曲位でも過伸展位でも正常嚥下は不可能である。また頸椎が中間位でも肩甲帯が過緊張で肩甲骨が拳上していても嚥下は困難となる。呼吸運動の困難性に伴う換気不全により、最大吸気位・最大呼気位でも嚥下運動は困難である。 循環器系は、体中の水分を掻き回して酸素や栄養物の濃度を一定にし、老廃物を排泄するための攪拌装置である。循環器は狭義には心臓・動静脈であるが、循環作用には体中の筋肉、特に下腿三頭筋・横隔膜の関与が重要である。血管の総長は5万㎞以上あり、心臓の拍動だけでは循環できず、筋肉の収縮が重要な役割を担う。最も末梢で心臓より遠位の血管である足部の循環には下腿三頭筋の収縮が必要不可欠であり、腹部静脈の還流には、横隔膜による上下運動に伴うポンプ作用が強く影響する。十分な脊柱伸展が準備されないと心臓と横隔膜が接し、腹部循環も滞るため総循環量と換気量の低下を来す。 脳循環は密封容器中の拍動のない無波動循環であり、この実現には直立位でのサイフォン効果が有用である。心臓より上部に位置する脳循環は直立位の準備が重要となる。 起立台は日常的に良く使用される姿勢保持装置であるが、下肢の運動性を伴わない立位保持の状態では20分間で臍下に全血流量の2/3が貯留してしまう。全身、特に脳循環は著しく阻害され短時間でなければ学習効果は期待できないが、視線の高さ、発声機能、嚥下機能、呼吸機能、上肢機能には効果が得られやすく、目的や効果を考慮しながら立位場面を設定する必要がある。 横隔膜呼吸は肺循環動態に影響を与えるが、肺循環周期は4秒周期で、呼吸周期も4秒周期と一致しており、呼吸運動と循環動態は効率良く作用し合っている。また心拍数は1分60回前後で、歩行中の歩数もほぼ同数であり、心臓からの1回拍出量は約60~80ccで、歩行中に1側下腿から還流する静脈血も約60~80ccで一致している。歩行運動と循環動態も同様に効率良く関連している。 呼吸中は水分の損失が激しいので、いかに予防するかがヒトの呼吸運動の課題となる。閉口に伴う安静鼻呼吸の獲得により、吸気の加温・加湿、外的因子からのバリア機能、適度な気道抵抗による気道粘膜保護が得られ、呼吸機能の維持が図れる。逆に習慣的な口呼吸では、扁桃は病原菌に侵され容易に炎症を起こし、病巣感染の原因となる。呼吸運動は鼻呼吸で行われるのが通常で、全身状態を良好に保つ基盤であるが、鼻呼吸は横隔膜呼吸を可能にし、横隔膜の上下ポンプ運動が、腹部循環動態と消化吸収能力の改善に大きく影響する。逆に腹部の膨満や硬結に対し、適切な運動刺激の介入により、腹部膨満の軽減とともに横隔膜運動の賦活と換気量増大が認められ、同時に胸郭運動性の改善が得られることが多い。 以上示したように、身体運動機能と呼吸・消化吸収・循環機能は相互に関連し、補完的に影響し合うが、その前提に鼻呼吸の確立、腹部膨満の改善、腹臥位を基にした対称的な脊柱伸展活動と直立位の準備、できるかぎりの歩行機能獲得という機能的側面があり、その支援をわれわれ理学療法士は早期より一貫して援助する必要がある。

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