日本重症心身障害学会誌
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自主シンポジウム4
医療的ケア児と家族へのインクルーシブな支援
−岡山県における保育園受入れの実際から−
三上 史哲松本 優作植田 嘉好子笹川 拓也村下 志保子江田 加代子
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2020 年 45 巻 1 号 p. 119-122

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抄録

Ⅰ.はじめに 医療的ケア児は全国に約1.8万人いると推計され1)、新生児医療の進歩等によりこの10年間で2倍に増加している。医療的ケア児に明確な定義はなく、医療的ケアをどの範囲までと捉えるかによって、推計値も若干異なってくる2)。厚生労働省による資料では、医療的ケア児とは喀痰吸引や人工呼吸器、経管栄養などの医療的ケアを常時必要とする児童3)と説明される。この定義では、重症心身障害児も、知的障害や肢体不自由を伴わない児童も含まれる。したがって、障害福祉サービスが利用できない医療的ケア児も存在し、このような児童は法の谷間に取り残され、家族の昼夜問わない介護の負担や社会的孤立が指摘されている。 ノーマリゼーション理念の浸透や障害者差別解消法の後押しもあり、障害の程度にかかわらず、医療的ケア児の一般の保育所や認定こども園への入園希望も高まっている。そこで本シンポジウムでは、医療的ケア児とその家族が社会から排除されることなく包摂(インクルージョン)されるよう、保育所における安心・安全な受け入れの人的・物理的な条件整備と制度のあり方を検討することを目的とした。特に岡山県内においては、ここ数年の間で「医療的ケア児」の保育園受け入れが進み始めたところであり、その現場実践と関連する制度の運用に焦点を当てた。 Ⅱ.方法 まず、岡山県保健福祉部による調査結果をもとに岡山県の医療的ケア児数の実態把握を行い、岡山県の医療的ケア児支援制度について整理した。 次に、医療的ケア児が保育施設を利用するための課題の参考とするため、医学中央雑誌を用いて、「医療的ケア」and 「保育所(園)」「保育所」「幼稚園」「こども園」のキーワードをタイトルに持つ国内文献を検索し、文献レビューを行った。 さらに、医療的ケア児の受け入れ実績のあるひらたえがお保育園における受け入れまでの準備内容や、受け入れ後に見えてきた課題を示した。 最後に、市立保育所を利用する医療的ケア児の母親から保育園受け入れまでのプロセスや、保育園利用の意義や課題等についての半構造化インタビューを行った。面接日時は2019年8月12日の2時間30分で、場所は調査対象者の自宅で行った。倫理的配慮として、調査対象者に調査の目的および方法を説明し、調査への協力は任意であること、個人情報保護やプライバシーへの配慮等について文書および口頭で伝え、同意を得た上で実施した。なお、本調査は川崎医療福祉大学倫理委員会より承認を得て実施した(承認番号18-108)。 Ⅲ.結果 1.岡山県における医療的ケア児の実態と課題の把握 平成30年の岡山県保健福祉部による調査では対象となる医療的ケア児が385名いることが分かった。これらの医療的ケア児に対して、岡山県では様々な支援事業を実施しており、医療的ケア児等と家族の安心生活サポート事業4)では、短期入所サービス拡大促進事業、短期入所事業所施設開設等支援事業、医療的ケア児等支援者養成事業等があった。岡山県における医療的ケア児の短期入所受け入れ施設は、短期入所事業所施設開設等支援事業の成果もあり、専門施設や総合病院にかぎらず、老人保健施設等でも受け入れ可能な施設があった。ただし、実施可能な医療的ケアには施設によって異なり、地域によっては短期入所の利用が限定的にならざるを得ない環境も存在した。 2.医療的ケア児の保育施設への受け入れに関する研究の動向5) 方法で示した手続きで国内文献を検索した結果、61件のヒットがみられた(2018年12月10日検索)。ここからさらに原著論文に限定し、16件を抽出した。最後に、これらの抄録の内容を確認し、研究目的に関連した内容の論文を抽出し、最終的に11件の文献レビューを行った結果、以下の課題がみられた。 1)医療的ケア児を受け入れるためには、看護師の配置が必要になるが、段階的課題(看護師の確保、看護師の対応力、看護師の専門性が発揮できる配置)が存在する。 2)保育施設だけで体制を整えるのではなく、施設間の連携強化が必要である。 3)医療的ケア児を受け入れるためには、医療専門職だけではなく、他の職員や設備など園全体での取り組みが必要である。 4)受け入れ体制を整えるためには保護者が積極的に動かなければならない。 3.保育施設における医療的ケア児受け入れの実際 旭川荘が運営するひらたえがお保育園は、一般の保育園や幼稚園および障害児保育拠点園(岡山市が独自の取り組みとして障害児保育を行っている保育園のことで、中・軽度の障害児を各園10名受け入れ、個別指導を行いながら、クラスで生活ができるようになるための保育を行っている。岡山市内に11園ある。)でも受け入れてもらえないような、医療的ケア児や重度な心身障害児等を多く受け入れられる保育園として平成31年に開園した。 医療的ケア児や身体障害児等重度な障害児を受け入れるための準備として、開園前より、園長自らが障害児の受け入れ実績のある県内外の2保育園、3施設、2支援学校を視察した。また、障害児を受け入れるための園舎内の設備の参考にするため、県内外、一般保育園5園、3拠点園を視察した。看護師の配置については、旭川荘療育・医療センターより、経験豊富な看護師を推薦してもらい配置した。 職員については、医療的ケア児を含む障害児の受け入れ準備に向けて、平成30年10月に2名、平成31年1月に2名の職員を採用し、障害についての理解、支援の方法を学ぶため、障害児(者)施設、障害児拠点園、市内保育園等、12施設で実習・視察を行い、知識、技術を深めた。また、開園2週間前より、全職員の障害児理解、保育内容等について、専門家による、事前研修を行った。 開園から5か月で見えてきた課題として、医療的ケア児専用の医療機器に他の児童が関心を示して触ろうとするなどして目が離せない状態があった。そのため、保育内容によっては、同じ部屋にパーティションや柵を取り付けて保育を行う場合もあるなど、インクルーシブな保育の限界もあった。一方で、医療的ケア児を含む障害児は、大人の中だけで生活していることが多いからか、最初は子どもの声を嫌がる様子が見られたが、今では子どもたちが「おはよう」と言って寄って来て、手や身体に触わっても嫌がらなくなってきたという、保育の効果とも考えられる状況も見られるようになった。 4.市立保育所を利用する医療的ケア児の母親へのインタビュー調査 対象の児童は5歳3か月の女児で、市立保育所を利用し始めて3年目であった。主な診断名として大頭症毛細血管奇形症候群、先天性中枢性低換気症候群(CCHS)があり、1歳時に気管切開手術を受けていた。また、軽度知的障害・自閉症もあった。医療的ケアの内容としては、痰の吸引(食事前、必要時)、就寝中の人工呼吸器による呼吸管理、日中は人工鼻で過ごす、などがあった。保育上の留意点として、転倒したり他児にぶつかったりして人工鼻が外れないようにする、水遊び等で人工鼻が濡れないようにするなどがあった。 保育園入所決定に至る経緯として、母親の積極的な市への働きかけに市および保育園が前向きに取り組み、入所が実現していた。また、母親が保育所利用を希望する経緯としてCCHSの家族会の保護者が保育所を活用して就労していることを聞いたことがきっかけとなっていた。 保育園利用による変化として、家では食事介助が必要にもかかわらず、保育園ではエジソン箸を使った食事を介助なしに自分で食べるなどができるようになっていた。また、友達のことは大好きで、全員の名前を覚えており、誰が何をしたとかを教えてくれるようになるなどのインクルーシブな保育による成果とも考えられる内容が聞き取れた。 今後の不安として、小学校への就学に向けての課題があった。小学校や放課後デイサービスにおける医療的ケアの課題(看護師配置)や保護者の就労時間の問題、保育園と小学校との接続(子どもの環境/市の担当組織)への不安が課題としてあげられた。 Ⅳ.考察 平成30年の調査の時点で、岡山県には385名の医療的ケア児が存在していた。これらの医療的ケア児に対して、様々な支援事業が実施されていた。中でも岡山県独自の取り組みとして医療的ケア児の短期入所受け入れ施設の開設に積極的に取り組んでいた。短期入所は、保護者のレスパイトや一時的な就労に重要な役割を果たすことに間違いない。しかし、保育所のように保護者の長期的な就労の支援には向いていないと考えられる。また、短期入所施設は安全な受け入れを重視し、保育所のような発達段階に適した活動を取り入れることは難しいため、保育所における医療的ケア児の受け入れの増加は今後ますます重要となると考えられる。 (以降はPDFを参照ください)

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