日本重症心身障害学会誌
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自主シンポジウム5
小児看護専門看護師と考える重症心身障害児(者)の「生きていく」を支える看護倫理
仁宮 真紀河俣 あゆみ市原 真穂
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2020 年 45 巻 1 号 p. 123-128

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抄録

Ⅰ.はじめに 昨今の医療のめざましい発展や法改正、そして社会の千変万化する価値観の多様性は、重症心身障害児(者)(以下、重症児)の「生きかた」に影響を与えている。たとえば、医療の発展は重症児の救命や延命に寄与し、多くの重症児の命が救われている。しかし、重症児を取り巻く問題のすべてが解決したわけではない。重症児はその人生において、気管切開や人工呼吸器の装着などの新たな医療的ケアの導入や、延命および救命処置の選択を求められる重要な局面が幾度となく訪れ、そのたびに代理意思決定が必要となる。また、NICUやICUからの在宅移行支援が積極的に推進され、重症児が生活する場は、施設や病院などの医療機関が主流ではなく、家庭や学校・幼稚園などの教育機関、そして通所や放課後等デイサービスなど、地域全体に広がっている。 このように重症児の生活の場は拡大しているため、様々な機関の看護師が重症児のケアに関わることが増えている。その一方で、看護師は重症児の看護に様々な困難感を抱いていることが先行研究などによって明らかにされている。重症児は言語的コミュニケーションをとることが難しく、意思や表現の表出も乏しい。また、重症児の意思確認の判断基準は看護師によって異なり、さらに曖昧である。そのため、看護師自身が「この子にとって良いケアをした」という確固たる確信を得られないことが、困難感を抱く背景にあるものと考える。これは、重症児看護には暗黙知という看護の技の継承文化があり、「なぜその看護を行うのか」という根拠が言語化されてこなかったことも影響しているのではないかと考える。看護師が「なぜ」と考えたとき、重症児看護ならではの倫理的思考を持つことが重要となる。 重症児に関わる看護師が看護倫理を考えるということは、重症児の意思や人生をどのように捉え、そこに看護師がどのように関わっていくかを考えることである。「障害」に対して個々が抱く価値観が多様化し、大きく流動している今だからこそ、重症児が主体的に「生きていく」ための看護倫理とは何かというテーマに真摯に向き合うことが必要であると考える。本稿では、重症児の看護に携わってきた3名の小児看護専門看護師がそれぞれの立場から、1.重症児の看護倫理に関する現任教育の実際(仁宮)、2.重症児の権利を擁護するための実践と看護管理(河俣)、3.看護学生・看護師に対する倫理教育と研究のあり方(市原)について述べていく。             Ⅱ.重症児の看護倫理に関する現任教育の実際 1.重症児看護に携わる看護師が抱く倫理的葛藤 重症児の身体的・社会的特徴として、病態生理が複雑であるため個別性が高いこと、重症児の意思決定が家族(家族や親族が不在の場合は、施設関係者)である場合が多いことがあげられる。そして、重症児は自らの意思を他者に伝えることが難しく、他者は重症児の意思やサインを読み取ることが難しいという事象は、日々のコミュニケーションや看護評価など、両者の相互作用を必要とする作業をより困難にさせている。 このような特徴から、重症児看護に携わる看護師の多くは、「重症児の本当のことが分からない」、「自分の看護は重症児のためになっているのだろうか」という倫理的葛藤を抱いており、それが重症児看護に対して難しさを感じる要因となっている。 重症児看護に携わる看護師が抱く主な倫理的葛藤には以下のようなものがある。 1)長期間にわたって、浣腸などのルーチンの指示が変わらないこと 2)長期間にわたって施設入所している重症児の人権尊重に関すること 3)重症児の苦痛や安楽の読み取り、希望や夢などをどのように見出していくべきか 4)医師やコメディカル、家族との意見の相違、価値の対立に関すること 5)看護師が行うケアの相違に関する葛藤 6)長期的に重症児に関わることによる「馴れ合い」に関すること これらの内容はあくまでも一例に過ぎない。しかし、病院や施設、そして在宅などの場所や重症児の疾患や年齢を問わず、重症児看護に携わっている看護師たちから共通して聞かれる倫理的葛藤の内容である。 2.倫理的葛藤を職員間で共有するための当院の取り組み−つぶやき会をとおして− 当院では、3年前より「つぶやき会」という会を不定期で開催している。つぶやき会は、日勤終了後の1時間程度、休憩室などに集まり、仕事をしている中で日頃思っていることや感じていることを自由に「つぶやき合う」会である。この会を始めるきっかけになったのは、ある看護師が筆者に、重症児との関わりのあり方に疑問を抱き、「私だけが勝手に思っているだけかもしれない」とつぶやいたことである。その看護師がつぶやいた内容は、筆者が新人看護師の頃に疑問に感じていたことと似たような内容であった。重症児看護におけるモヤモヤは、看護師の経験年数や時代、場所を問わず、ある程度の普遍性があるのではないかと考えた。 そこで、各部署の看護師を対象として、「参加したい人だけが自由に集まり、自由に語ることができる」場所と時間を作ることにした。第1回目は全部署合同で開催し、各部署のメンバーでグループを構成し、ファシリテータ―をおいて「仕事中に思うこと」をテーマに参加者同士でつぶやきあってもらった。研修や勉強会を目的とした会ではないので、正解や不正解を探ったり、善悪の評価をしないことを参加者に予め伝えた。 参加者からは、多岐にわたる種類の倫理的葛藤が込められた内容がつぶやかれ、「自分だけがこのように思っているわけではないことが気づけて良かった」、「みんなの考えていることが分かって、別の見方に気づくことができた」という意見があった。その一方で、経験の浅い看護師からは、「先輩と一緒のグループだと少し緊張した」、「他の人と意見が違うと、やっぱり自分が間違っているのではないかと思った」などの意見も聞かれた。そのため、2回目以降は、各部署別に開催し、気心が知れた2~3名の少人数のメンバー同士でつぶやき会を行うようにした。しかし、変則勤務のために会を設定することが難しい現状もあったため、筆者と同行する外部研修や出張先、研究・研修指導の合間にグループを作って、つぶやき会を開催するスタイルとなって継続している。 小西1)は臨床には非常に多くの「気づき」があり、その多くの気づきをどう行動に移せるかが、看護倫理の今後の発展に寄与すると述べている。看護師たちがつぶやくのは、そこに何かの「気づき」があるからである。そして、その気づきに対してモヤモヤし、倫理的葛藤を抱くと考えられる。今後も、つぶやき会をとおして、重症児に関わる看護師たちのちょっとした気づきにしっかりと耳を傾け、一緒に考え続け、重症児看護の質の向上を目指していきたいと考えている。 3.臨床において重症児に関わる職員の倫理的感受性を高めていくために 重症児の「本当のこと」を知ろうとするためには、経験年数を問わず看護師、医師、セラピスト、保育士や介護福祉士などのすべての専門職が、「何かおかしいと気づく力」を養うことが重要である。つまり、倫理的感受性を高めていく必要がある。「何かおかしい」と気づくことの具体的な事例としては、「毎日浣腸の指示が出ていて実施しているが、本当に必要な処置なのだろうか?」、「経験年数の長い職員が重症児に対してニックネームで呼んだり、馴れ馴れしい言葉遣いで話したり、時には威圧的に感じる言い方で話しているが、どうなのだろうか?」などが挙げられる。このように「何かおかしい」と気づいたとしても、それを言語化して他者に伝えたり相談したりするという行動に移すことに躊躇する人も少なからず存在する。それは、「自分だけがそう思っているのかもしれない」と自分の価値観と対峙するため、「みんなは違うかもしれない」と思い至って、他者への表出を躊躇するからではないだろうか。しかしそれでは、「何かおかしい」というモヤモヤした気持ちをずっと抱えたままの状態で重症児に関わっていくことになる。 前述したように、重症児には「自らの意思を他者に伝えることが難しく、他者は重症児の意思やサインを読み取ることが難しい」という特徴がある。そのため、ケアを行うわれわれ看護師をはじめ、重症児に関わる人々が、「本当にこれで良いのか」を常に考え続け、そして、それを仲間たちと共有することが重症児の権利を擁護することにつながっていく。つまり重症児のアドボケーターになるためには、個々の倫理的感受性を高めていき、重症児の声を代弁して周囲に伝えていくことが求められている。「何かおかしい」と気づく力を身に付けて声に出していくことは、昨今大きな問題となっている施設内虐待の抑止力になるのではないかと考える。 重症児に関わる看護師をはじめ職員の倫理的感受性を高めていくためには、「誰もが自由に語ることのできる」職場風土の醸成が何よりも重要である。職場の価値観や信念は、管理職や経験の長い職員の価値観が大きく影響すると考えられる。そのため、職員が重症児と関わっている仕事の中で、重症児の暮らしや成長・発達、生活環境に対して、さらに自己や他者の態度やあり方に対して、どのように感じているのかを自由に語り合うことができる「つぶやき会」の企画を行い、職員の倫理的感受性を養っていく取り組みを臨床現場で継続していくことが今後も必要であると考える。 (以降はPDFを参照ください)

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