日本重症心身障害学会誌
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シンポジウム1:大地震・大雨など大災害時の支援のあり方
大地震・大雨など大災害時の支援のあり方
堀野 宏樹井上 美智子丸田 貴久上村 喜明
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2020 年 45 巻 1 号 p. 51-54

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抄録

Ⅰ.平成30年7月の西日本豪雨災害に学ぶ −重症心身障がい児者の生命を守り抜くために− 「平成で最悪の豪雨災害」と言われる平成30年7月豪雨は、歴史的に災害が少ないと言われていた岡山県においても甚大な水害・土砂災害をもたらした。倉敷市真備町の約3割が浸水し、豪雨後も多くの人が水没した家屋に取り残され、死者は50人を超えた。しかし豪雨災害は倉敷市真備町のみならず、岡山市、総社市、高梁市、新見市等、岡山県全域に被害が及び、死者は県全体で60名を超え、多くの住宅の全壊、半壊の他、断水、停電を含め様々な浸水被害が生じた。 旭川児童院のある地域も危機的状況に遭遇した。西日本豪雨時には施設傍を流れる一級河川「旭川」は越水・決壊寸前(図1)までいき、ダムの緊急放流次第で旭川荘周辺は倉敷市真備町と同じ状態になっていたと推察される。旭川荘では入所利用者は2階以上へ避難、一般避難所は近隣住民220人が一時避難、障がい者用の福祉避難所に2家族、高齢者用福祉避難所も9名を受け入れた。岡山県全体では、被災地域の重症心身障がい児・者の方々を、旭川児童院で3名(一般入院2 名とショートステイ1 名)と南岡山医療センターで5名受け入れた。また、児童院通園センター利用者のうち3名もショートステイとして一時避難利用した。両機関で受け入れた避難者は医療的ケアが必要な方が多く、人工呼吸器、胃瘻栄養、気管切開、膀胱瘻が中心であった。特に南岡山医療センター利用者は真備町およびその周辺在住で、自宅全壊の方が半数以上であったことから、短期入所利用はもとより、最長8か月という長期入所に切り替えざるを得ない状況で、南岡山と旭川荘を交互に併用利用のケースもあった。また、上記の中の人工呼吸器を装着した児童の一人は早期に自宅から災害拠点病院に避難したが、受け入れが困難とされたため、避難先に困窮した。その後、災害拠点病院の地域連携室を経由し南岡山医療センターでの対応に至った。このことから、医療的ケア、特に電源を必要とする機器を使用する重症心身障がい児・者の災害における一時避難先確保は喫緊の課題であることが浮き彫りとなった。 この他、今回の豪雨災害を受けて、次の課題が明らかとなった。まずは、浸水時においては電気の供給(非常用発電機の燃料供給も含めて)が停止し、空調コントロール、呼吸器管理、在宅障がい児者情報の管理(医療的ケア児のデータは必須)等の機能低下が生じる。このことは、重症心身障がい児・者の生命に関わる非常に大きな課題である。また、在宅対象者への緊急時避難方法についてのシミュレーションを含めた事前レクチャ―と連絡ネットワーク確立、被災復興長期戦に備えた二次避難先の確保は、事前の準備が重要な点であると痛感した。このためには、県下の医療機関との事前協議、近隣県の医療福祉施設との連携ネットワークの構築が必要であり、これにより、避難先の確保と備蓄品の提供や復興に向けた人材確保の一助となると考えられた。さらに、復興後の事業再開に向けた車両(公用車・通勤車両)を確保するために車両を避難させる必要性を感じたことは今回の経験から得た大きな教訓であった。 近年の度重なる災害により、重症心身障害児者の生命を自然災害から守るために、重症心身障害児者支援に対する災害対策へのニーズが一気に膨れ上がってきている。一方、旭川荘の近隣を見直すと、以前の水害を教訓に石垣や水路を配置した構造物を見かける(図2)。このように過去の歴史を紐解くことで施設・自宅の立地条件を再確認するとともに、これまでの豪雨災害を教訓にしつつ、新たな災害へ備えなければならない。 (旭川荘 堀野宏樹、南岡山医療センター 井上美智子) Ⅱ.震災時における重症心身障がい児・者の支援 −北海道胆振東部地震(ブラックアウト)に学ぶ− 北海道胆振東部地震(平成30年9月6日 朝3:08発生)では震源地である厚真町で震度7強となる地震が発生した。札幌市でも地盤沈下や道路、住宅の全壊・半壊などが多発し、全道域においてブラックアウトに見舞われた。すなわち、今回の地震において様々な地域で電力供給ができず、電力を当たり前のように使用して暮らしていた環境が一変した。私たちも実際に経験し、「身を守るためにはどうしたらよいか」を考えさせられた。 あいのさとアクティビティーセンターにおいても地震に係る対応の中で、電気の供給が止まっている状況での通所の受け入れは安全の確保ができないとの判断で急遽の通所の停止指示がでた。そのような状況の中、重症心身障がいのある児童生徒、成人の方の中には、医療的ケアが必要な方も少なくない。人工呼吸器以外にも、通常の食形態では食事をとることが難しいために再調理に必要なミキサーなどの電力を必要とする機器が不可欠な状態の方が多く、電力は“命”を守る大切なものである。今回の災害に起因したブラックアウトにより生活基盤は様々な所で数日間低下してしまった。震災直後のみならず、時間が経つに連れて利用者や家族からの不安が増していくことがうかがわれた。この教訓をもとに福祉施設としても課題や取り組むべきことは沢山あり現実から目を逸らすことなく、この一年取り組んできた。すなわち、非常用の電力確保(発電機)、備蓄品の調達・保管(水・非常食)、地域との連携・協力、マニュアルの見直し等々、自然災害に備え特に重度の障がいのある方たちを守る支援をより一層図る取り組みを行った中で下記に列挙した様々な課題やニーズが見えてきた。 (1)活動の提供を行う場合、特に夜間での対応についてはより綿密な訓練が必要と考えられる。 (2)重症心身障害児者の受け入れる立場から、設備(発電機・備蓄食料・医薬品)の管理にはさらに重きを持つ必要がある。 (3)地域における対応として、当該施設がそのような設備を整えることによって地域に居住する障害のある方々の緊急の手助けの場にも成り得る。 (4)改めて、地域における施設のあり方を考えさせられ、受動的な考えではなく能動的な考えが地域から求められていたと感じる。 また、NPO法人 札幌肢体不自由児者父母の会では、今回の地震による保護者の声(図3)を集約している。その中には、「近所の方が助けてくださったという意見もたくさん寄せられた。日頃からの近所付き合いや町内会活動への参加により顔見知りになっていた方は、安否確認や水汲み、充電、食料調達まで助けていただいた。」とまとめている。近年、疎遠になったと言われるご近所とのつながりだが、お互いに大変なときに助け合える環境を、日常の今からでも築くことが大切である。 北海道拓北養護学校では地震発生時、発電機で充電できることを保護者にメールで流し、数件の利用があった。このことから、人工呼吸器、気管カニューレ、ミキサーによる再調理等々、電力を必要とする医療機器等の使用を考え、現在、マニュアルの見直しや修正を行いつつ、課題として挙げた事柄について整理・調整等を行っている。限られた現状もありスムーズに進まないこともあるが、今できるかぎりの方策、体制等を考え、子どもたちを安心・安全に守れるように進めていくことが大切であると考えている(図4、図5)。 最後に、障がいを持った方々が住み慣れた地域や家庭で安心して豊かな生活を送る上で、災害時の支援体制の構築を欠くことはできない。今回の災害を経験し、障がいのある方々を支援する際の「自助」「公助」「共助」において、国および都道府県全体の広域における取り組みの必要性を改めて強く感じた。 天災(災害)は、いつ起こり得るかわからず、自然に逆らうことはできないかもしれないが、今回の経験を教訓として障がい者と健常者が共に寄り添い、一人ひとりが大切な「命」を守る行動の重要性を再認識した。 (あいのさとアクティビティーセンター 丸田 貴久、北海道拓北養護学校 上村 喜明)

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