日本重症心身障害学会誌
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シンポジウム2:国際的視点からみた日本の重症児(者)支援の評価と課題 −教育的支援を中心にして−
コミュニケーションの学習評価と教育実践について
雲井 未歓
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2020 年 45 巻 1 号 p. 65-69

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抄録

Ⅰ.はじめに コミュニケーションの充実は重症心身障害児教育において最も重視されている指導内容の一つである。これまでに、子どものわずかな応答表出を手掛かりに働きかけを行ってきた経過で、コミュニケーションが安定した事例が数多く報告されてきた。運動機能や知的機能の著しい制約下で示されるこうした変化について、筆者らは、主に心拍反応の観察に基づく発達生理心理学的アプローチによって検討してきた。特に定位反応と期待反応は、コミュニケーションの初期発達に強く関わる応答表出機能として数々の検討がなされてきた。ここではそれらの代表的な知見を紹介し、人の働きかけとの相互作用の視点で整理した上で、教育実践に適用した取組みを報告する。 Ⅱ.重症児(者)の応答表出プロセスへの発達生理心理学的アプローチ 1.定位反応 定位反応は、刺激や刺激の位置ないし方向に注意を向ける反応である。最も早期に出現する選択的・能動的な反応であり、情報を取り入れ必要な組織的活動を起こすための高次な認知活動の基盤を形成する。一方、驚愕反応は、情報の入力を抑制する防御系の機能として、定位反応と明確に区別されている(Grahamら、1966)1)。定位反応と驚愕反応はそれぞれ、心拍の一過性減速反応と加速反応に反映されることが明らかにされている。 片桐(1995)2)は、健常乳児の事例を対象に、純音を含む非音声刺激と母親をはじめとする家族の音声とに対する一過性心拍反応を、半年間にわたって縦断的に検討した。その結果、実験的に呈示された純音に対しては、生後0.5か月時点で加速反応が多く生起するが、1から4か月にかけて減速反応の生起率が増加し、優勢となることを確かめた。一方、母親の音声、とりわけ対象児への名前の呼びかけ(呼名)に対しては、生後0.5か月時点で、すでに減速反応が活発に生起することが指摘された。この知見は、母親の音声に対する定位反応が、発達のかなり早い段階で獲得されることを示している。 重症心身障害児(者)(以下、重症児(者))については、定位反応の発達に関して、健常乳児と比べて長期間の生活経験が必要となるが、驚愕反応が活発な段階の後に定位反応が生起するようになるという基本的な発達経過は、健常乳児と類似することが報告されている(片桐、1995)2)。このことからは、重症児(者)の定位反応の特徴は、対象者の発達段階によって異なることが示唆される。また、より初期の発達段階にあり定位反応が獲得途上の重症児(者)においては、定位反応を促進する要因を明らかにすることが課題であろう。この点から雲井ら(1998)3)は、対象者の発達段階と働きかけの条件との関連で、呼名に対する定位反応の特徴を検討した(図1)。その結果、遠城寺式乳幼児分析的発達検査のコミュニケーション関連項目(対人関係・発語・言語理解)の平均発達年齢が4.5か月以上であった対象者7名(Ⅰ群)は、療育者が衝立の背後から音声のみを呈示する呼名条件で、定位反応が最も高頻度に生じたことを確認した。コミュニケーション項目の発達が3.5か月以上4.5か月未満であった10名(Ⅱ群)では、療育者が対象者の眼前に姿を見せた状態で呼名した場合に、定位反応の生起頻度が高かった。発達年齢が3.5か月未満の対象者12名(Ⅲ群)では、聴覚のみの呼名に対する定位反応の生起は難しいが、療育者が対象者の両手に触れた状態で眼前から呼名した場合に、定位反応の生起頻度が増加した。これらの結果から、重症児(者)においては、人の姿や接触といった複合的な刺激とともに呼名を受容することで、働きかけの意味的側面の受容が促進されることが考えられた。 2.期待反応 期待反応は、特定の刺激(S1)を手掛かりに後続の事象(S2)を予期し、S2の生起まで注意を維持する反応である。代表的な例としてイナイイナイバー遊びがあげられ、乳児は生後6~7か月頃から「イナイイナイ」(S1)と「バー」(S2)の間で大人への注意を持続するようになる。これは乳児が、S1の後にS2が続くことを理解し、S1をきっかけにS2を予期していることを示している。期待反応の生理的指標としては心拍の期待減速反応が、脳波の随伴性陰性変動(CNV)とともに知られている。心拍の期待減速反応は、S1に対する定位反応(一過性減速反応)の後、S2の時点まで継続する心拍値減少に特徴づけられる(Gatchelら、1973)4)。北島ら(1998)5)は健常乳児を対象に母親によるイナイイナイバー場面での心拍反応を9か月間にわたって縦断的に検討し、生後6か月と7か月時点で明瞭な期待減速反応が観察されたことを報告した。 重症児(者)においては、呼名(S1)と働きかけ(S2)との対を反復呈示することで期待反応の形成が検討されており、コミュニケーション関連項目の発達年齢が8か月以上の対象者において、S2に先立つ心拍の期待減速反応が安定して生起する傾向にあることが明らかにされた(北島ら、1994)6)。それより、発達年齢が8か月以上の重症児(者)では、S1とS2の関係性を認知し、呼名を手がかりとして働きかけを期待することが可能であると考えられている。また、期待反応の獲得途上では、援助者が対象児(者)とともに働きかけを受けながら対象児(者)に共感的な声かけを行ったり、S1とS2への注意を促したりする介入が、援助条件として有効なことが明らかにされている(北島ら、1998)7)。一方、雲井(2001)8)は、スイッチを押すことでチャイム音(S1)とビデオクリップ(S2)が対呈示される条件で検討を行った(図2)。その結果、援助者による介助を受けながら対象者自身がスイッチを操作し、S1-S2呈示を開始させた場合に、明瞭な期待反応の生起が確認された対象者を13名中7名認めた。スイッチを用いることの効果としては、S1-S2を開始する手段がスイッチという具体物によって視覚的に示された点が考えられた。 期待反応の生起に際し、S1はS2の予告として作用するが、このことはS1がS2を表す記号として認知されていることを意味する。このような記号-意味対象の関係性は、言語機能の内の能記-所期関係と強く関連することが考えられる。また、S2への期待はS2を肯定的に受容する意思を伴っていると考えることができるため、期待反応の生起はYesの意思表示との関連も有している(小池ら、2011)9)。そのため、期待反応の形成は重症児(者)のコミュニケーション支援においてきわめて重要な視点となる。 Ⅲ.コミュニケーションの初期発達における相互作用と注意機能 定型発達の乳児では、反射を含む自発的な動作が大人に作用し、大人が返す反応を乳児が受け止める。この相互作用経験の中で、乳児は大人への認識を高めるとともに、随意運動の発達と相俟ってより意図的に大人に働きかけるようになる。さらに10か月前後になると、共同注意の獲得を基盤に注視やリーチング、指差しなどで対象を示して意思伝達できるようになる。重症児(者)においては、運動障害と知的障害、および場合によって感覚障害が重なることで、こうした相互作用の機会が著しく制約を受ける。そのため、大人への認識や意図的働きかけといったコミュニケーションの初期発達がきわめて困難な条件にある。しかしながら、子どものわずかな応答表出を手掛かりに働きかけを行ってきた経過で、活発なコミュニケーションを獲得した事例も数多く報告されている。こうした事実を、健常乳児の発達モデルのみで説明することは難しく、障害による制約を考慮した重症児(者)の発達モデルについて検討する必要があることが指摘される。 上述の定位反応や期待反応に関する一連の知見からは、重症児(者)の明瞭な応答的行動が観察されにくい場合でも、働きかけの受容から応答表出に至るプロセスは個々に機能していることが確認できる。これらは発達の最初期に機能する点で基本的には生得的に準備された注意システムと考えられる。しかし乳児と重症児(者)ともに、種々の働きかけを受ける経験を通して定位反応が発達することや、大人による意図的なS1-S2呈示のもとで期待反応が促進されることから、これらの注意反応には大人との相互作用経験の中で獲得される側面もあることが指摘できる。これらを考慮すると、重症児(者)では発達初期の注意機能と働きかけとの相互作用において、コミュニケーション関連行動の学習が生じていることを指摘できる。したがって、相互作用場面における注意反応に注目して観察することで、コミュニケーションの獲得状況を個別に把握することができると考えられる。 (以降はPDFを参照ください)

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