日本重症心身障害学会誌
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シンポジウム3:人工呼吸管理のような高度医療ケア児の学校における看護ケアをどうするか?
人工呼吸管理のような高度医療ケア児の学校における看護ケアをどうするか?(座長まとめ)
田村 正徳船戸 正久
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2020 年 45 巻 1 号 p. 71-76

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抄録
Ⅰ.シンポジウム企画の背景 現在、新生児医療の著しい発展や高度化の進行により、従来救命できなかった児の多くが救命できるようになったと同時に、継続的に医療的ケアが必要な重症心身障害児の長期入院や在宅移行支援の問題が社会的にクローズアップされるようになってきた(図1)1)2)。さらに重症心身障害を伴った医療的ケア児だけでなく、動いて話せる医療的ケア児や人工呼吸管理などが必要な高度医療的ケア児の在宅移行が急速に進むようになった(図2)3)。そうした高度医療的ケア児がいまや学齢期に達して(図3)特別支援学校や普通学校で義務教育を受ける場合に、多くの教育機関では保護者の通学時の付き添いだけでなく、学校においても付き添いや別室で待機して医療的ケアが必要なときは保護者が行うことを求められるのが一般的である。一方では文科省は教育機関への看護師の配置を推進する方針を立て有識者の検討会も具体的な提言を出している。しかしながら人工呼吸管理のような高度医療ケア児の学校における看護ケアをはたして誰が行うのか? 看護師か? 教師か? 保護者か? さらに通学支援を誰が行うのか、校外学習・宿泊行事の付添いやケアをどのようにするのかなど、まだまだ解決しなければならない多くの教育現場の課題や制度上の問題が残っている。そうした中、第一線で活躍されている3人のシンポジストにお願いし、このシンポジウムを企画した。下記にそれぞれのシンポジストの発表内容を要約する。 Ⅱ.【前田浩利氏】「人工呼吸器管理のような高度医療ケア児の学校における看護ケアをどうするか?」 医療法人財団はるたか会の前田氏は、長年松戸市や東京都での在宅医療現場の豊富な経験から、総論として子どもの権利条約の批准、成育基本法が成立した現在において、子どもの「学ぶ権利」をどのように保障するか?ということに焦点を当てて報告していただいた。その解決のための具体的な問題点や厚生労働省研究班での方策について紹介をしていただいた。 文部科学省の調査によると、医療的ケアが必要な児童は約8000人にのぼっており、こうした児童に対する教育の提供は、教育現場で重要なテーマになっている。従来こうした児童の教育は訪問教育が主体であったが、学習時間においても不十分であると同時に、子ども同士の交流や、集団行動による社会的行動の体験や学び、親との分離による自立心の育成などの面や人権擁護の観点からも通学の保証が必要である。一方文部科学省においても様々な対応を行っているが、看護師の確保やその研修の問題、医療的ケア実施のためのシステムや医師の支援体制の整備の問題などのために、学校現場で十分な医療的ケアが受けられない状況にある。そのため保護者の付添いが必要になったり、学校へ通学できない子どもも多く存在する。 その有効な解決策の一つとして、将来的な制度設計に資する課題の整理と基礎資料を得ることを目的に、平成30年度厚生労働科学特別研究事業(主任研究者:田村正徳)において学校における訪問看護師の活用、特に人工呼吸器を装着した児童12名を対象に訪問看護師の介入研究を実施した。介入方法は、I型(訪問看護師の付添い)、Ⅱ型(訪問看護師の伝達)、Ⅲ型(訪問看護師によるケア+伝達)、Ⅳ型(訪問看護師が複数児のケア)である。 介入後のアンケート結果では、保護者と担任はおおむね、訪問看護師の介入(ケア)は有用であるという回答であった。学校看護師は、有用と有用でないがほぼ半数で意見が分かれ、養護教諭はどちらともいえないとの回答であった。有用でないという理由として、学校での医療的ケアの責任の所在が不明確という意見が多かった。一方有用の理由として、保護者の負担軽減、子どもの自主性や意欲が引き出されるなどが挙げられた。また学校での体制として、学校看護師と訪問看護師のコミュニケーションの問題が指摘され、学校での看護師間コミュニケーションを支援する仕組み作りも重要な課題であった。看護師が安心して医療的ケアを行うためには、責任を持つ医師が不可欠であり、主治医、指導医、学校医の連携と協議の場の仕組みが必要であり、その場が学校で統一した一人ひとりに対応する個別指示を出すとともに、責任を持つことのできるシステムが大切であると強調された。 Ⅲ.【高田哲氏】「人工呼吸器管理のような高度医療的ケア児の学校における管理」 神戸市総合療育センター高田氏は、こうした医療的ケアが必要な児童への支援の問題を神戸市・兵庫県の行政との関わりや日本小児神経学会や文部科学省の委員としての経験から、学校現場の現状と今後の方向性について報告していただいた。 特別支援学校に在籍する人工呼吸器を必要とする児童は、平成19年度の545人から平成29年度1418人に著明に増加した。一方通常学校に通学するこうした児童も50人に達していた。平成28年6月に児童福祉法が一部改正され、こうした障害児を、その心身状況に応じた適切な保健、医療、福祉その他の各関連分野の支援を受けられるよう体制整備を講ずるよう努めるとされた。こうした中、医療的ケアが必要な児童が増え、学校を取り巻く環境も大きく変化した。文部科学省では平成29年度に「学校における医療的ケアの実施に関する検討会議」を設置し、(1)医療的ケアに関する基本的考え方、(2)教育委員会における管理体制の在り方、の構築や(3)学校における実施体制の在り方を整理した。そして令和1年6月には、最終まとめが、全国の都道府県、政令指定都市の教育委員会に通達された。その中で特記すべきことは、対象を通常の小中学校を含む「すべての学校」、人工呼吸の管理を含む「すべての医療的ケア」としたことである。そして学校での医療的ケアの対応のために医師と連携した校内支援体制の構築やマニュアル作成が提言された。管理体制についても、学校医、指導医が教育委員会内の医療的ケア運営協議会に参画し、一人ひとりの特性に応じた「個別判断」をすることが必要とされ、医療の役割がますます大きくなっているとされた。 一方日本小児神経学会では、平成28年に社会活動・広報委員会内に「学校における人工呼吸器使用に関するワーキンググループ」を設置し、特別支援学校で人工呼吸器使用児を受け入れる際にチェックすべき項目、支援するための体制・組織作りまでを含んだガイドラインを作成した。その前提となる考え方は、「人工呼吸器を必要とする子どもも、家庭で安定した生活が行われていれば、できるかぎり家族が付き添うことなく通学できることを目指す」であるとしている。そして最終的な判断は、医療者も交えた協議会において個別ニードに対応して行うとしている。 最後に災害に対する対応であるが、こうした子どもたちの避難場所、電源、医療物質の確保が大きな問題になる。社会活動・広報委員会内に災害対策小員会では、日本小児科学会、重症心身障害児(者)・在宅医療委員会と協力して、医療関係者同士が連携できるネットワーク作りを呼びかけている。具体的にはメーリングリストやラインなどを用いた医療者間ネットワーク(災害時小児呼吸器地域ネットワーク)を作り、災害時小児周産期リエゾンと有機的に連携できることを目指していることを報告した。 Ⅳ.【植田陽子氏】「豊中市立小・中学校における医療的ケア実施体制についてーその成果と課題」 豊中市教育委員会事務局児童生徒課の植田氏は、病院勤務の看護師として豊中市の画期的な事業の推進のために非常に活発に活動をされている。植田氏の発表によると、「豊中市の小中学校では、教育課程に位置付けた時間帯には、豊中市教育委員会に所属する看護師が、地域の小中学校を巡回し、医療的ケアを実施する体制をとっており、日常的に医療的ケアを必要とする児童生徒は保護者の付き添いなく地域の小中学校の教育を受けている。これは、学校内学習だけでなく、校外学習や宿泊行事でも保護者の同行なく学習に参加できる体制をとっている」という驚くべき教育現場での活動を紹介している。 豊中市は大阪府北部にある人口約40万人の中核市で、豊中市教育委員会は小学校41校、中学校18校の計59校を所轄している(なお現在大阪府下の特別支援学校は、大阪府教育委員会の所轄である)。そして児童生徒の就学先の決定は、原則市町村教育委員会が行うが、本人・保護者の意向を最大限に尊重すると同時に、居住地校区の小・中学校への就学を基本としている。この原則については、人工呼吸器の管理や他の医療的ケアが必要な児童生徒についても同様であるとされている。たとえ人工呼吸器を使用する児童生徒であっても、看護師が巡回訪問することにより、保護者の同行なく宿泊行事にも参加し、地域の小・中学校で他の児童生徒と一緒に教育を受けている現状が写真を交え報告された。 豊中市は、障害の有無にかかわらず地域の学校で共に学び育つ方針で取り組んでおり、医療的ケア体制については、平成15年度に小学校への看護配置を開始した。しかし対象の児童生徒が増加するにもかかわらず、看護師の退職希望者が増加したため、平成20年度より看護師配置を「配置型」から「巡回型」へ変更し、看護師の安定的人材配置に努めている。しかし課題が多く安定しない状況は開始当初から継続している。その課題は、(1)学校への看護師の安定的な確保が非常に困難、(2)主治医や病院看護師、訪問看護師などの医療職同士の情報交換が非常に困難とのことである。 (以降はPDFを参照ください)
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