抄録
はじめに
左大腿骨骨幹部遠位端骨折後、保存的治療のみで変形転位や脚短縮を残さず骨癒合した重症心身障害者(以下、重症者)の成人例を報告する。
症例
レノックス・ガストー症候群の36歳男性(大島分類1・横地分類A2)。気管切開なし。全介助でミキサー食を経口摂取。抗てんかん薬を4剤内服。身長165cm、体重40kg(BMI14.7)。全身低緊張で両下肢開排位。軽微な膝関節伸展の他動的生活介助動作で、左大腿骨骨幹部遠位端骨折を受傷した。X線写真では、骨折線より近位側で内方屈曲(約30度)・外側転位、遠位側で外方屈曲(約30度)・内側転位があった。安静保持が困難で、かつ骨接合手術に耐える骨量がなく、シーネ固定による保存的治療を開始した。受傷1か月目に仮骨が始まり、以降も凸側で骨吸収、凹側で骨形成が進み、14か月目に骨癒合を確認した。シーネ固定は骨癒合が始まった7か月目まで継続した。受傷前に比べ、股関節屈曲・外旋、膝関節屈曲に30〜50度の可動域制限を生じたが、X線写真で骨折部の屈曲変形は約0度に矯正され、脚短縮は生じなかった。
考察
変形した骨折の場合、健常成人では手術が不可避だが、本例は保存的治療のみで転位が自家矯正された。小児の骨折治癒過程であれば、成長軟骨板の特性から、変形転位があっても自家矯正が起こることはあるが、本例は成人にも関わらず、小児のような自家矯正能が働いたものと考えられた。重症者は長期臥床による廃用、ビタミンD不足、多剤抗てんかん薬内服など骨粗鬆症危険因子を複数有し、要介護度も高く、脆弱骨折を起こしやすいが、骨癒合は旺盛で、骨折は偽関節をきたすことなく治癒することが多い。本例のように、変形までが自家矯正された原因は不明であるが、近年、骨は代謝臓器として神経と臓器間相互作用を持つことが示されており、重症者の骨代謝調節機構には、何らかの特異的性質がある可能性がある。