日本重症心身障害学会誌
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教育講演3
重症心身障害児者の慢性呼吸障害に対する理学療法とその先にあるもの
榎勢 道彦
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2024 年 49 巻 1 号 p. 31-38

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抄録
Ⅰ.コロナ禍からみえてきたこと -呼吸リハビリテーションのめざすもの- コロナ禍という特異な状況において、感染症予防対策の強化によって気道感染症の発症および反復が減少した。慢性呼吸障害のある重症心身障害児者(以下、重症児者)においては、呼吸機能の障害が重いほど気道感染症を発症しやすく、また、感染症予防対策の効果として、呼吸機能の障害が重いほど気道感染症の発症および反復が減少した。一方で、重症児者とその家族の活動と参加は大きく制限された。 このことを振り返るとともに、重症児者の慢性呼吸障害に対する呼吸リハビリテーションのめざすものについてあらためて考えると、「慢性呼吸障害のある重症児者に対して、下気道感染や無気肺等の急性疾患および呼吸機能低下を可能な限り予防することを念頭において、呼吸機能の発達促進または維持、回復のための介入を通して、ご家族とのパートナーシップに基づいた個別化された呼吸リハビリテーションの計画と実施を生涯にわたり継続して支援し、家庭、施設、保育所、学校、通所事業所等における活動と参加の継続(自立)の達成を目的とする」と定義できるのではないだろうか。 Ⅱ.慢性呼吸障害の複雑性と個別性 1.重症児者のための生活機能評価表 Life Inventory to Functional Evaluation(以下、LIFE)1) LIFEは、国際生活機能分類(ICF)に基づいて重症児者の「生命」・「暮らし」・「生きがい」に重要と考えられた生活機能を包括的に評価しようとするものである。また、重症児者の生活機能を器具や身体的支援、心情的支援、医療的ケア、その他の環境支援の中で達成される機能を含めて評価しようとするものである。 「PartⅠ:生命維持機能」、「PartⅡ:姿勢と運動」、「PartⅢ:日常生活場面における機能的活動」、「PartⅣ:生産的活動場面への参加」の4領域、各領域16項目の評価で構成されている。例えば、「PartⅠ:生命維持機能」では呼吸器感染および発熱の既往、呼吸機能、摂食・嚥下機能、消化・排泄機能、睡眠・意識機能に関する16項目から構成されている。各項目において障害の程度で順序づけた0点~3点の4段階で示すことができ(表1)、各領域で得られた素点合計は%スコア(素点合計/満点×100)に要約される。 2.慢性呼吸障害の複雑性 重症児者の主な随伴症状と相互関係2)について、LIFEの感染回数、呼吸機能、摂食嚥下機能、姿勢保持機能の評価項目で得られた各スコアについて相関係数を用いて検証した(図1)。 重症児者の慢性呼吸障害は、摂食・嚥下機能障害、姿勢保持機能障害などと相互に複雑に関連しあうダイナミックシステムの中で現れ、下気道感染の予防においては、呼吸機能障害、摂食嚥下障害、そして姿勢保持機能障害の個々の病態およびその関連性を明確にし、機能の改善・維持に焦点をあてた呼吸リハビリテーションを行う必要があることが確認できた。 3.慢性呼吸障害の個別性 図2は、重症児9名のLIFEのPartⅠ:生命維持機能の経年的変化を%スコアで示したものである。グラフを俯瞰的にみると、個別性が高いことが確認できる。また、9名のLIFEの%スコアとそれぞれの実際の医療的ケアの内容を照らし合わせてみると、おおむね100点~85点が医療的ケアなし、85点~70点が吸引のみ、70点~60点が胃瘻のみ、60点~30点では胃瘻と気管切開を行っており、酸素吸入や人工呼吸器の必要性については個別差があった。そして、30点以下になると継続して外に出ること、通園に通うことが難しくなる実態があった。 事例Cの経過においては、2歳6か月から5歳7か月の3年間は、気管支炎が2回あったものの、普段の生活で喘鳴は認められず、腹臥位や吸引等の呼吸ケアは必要なかったが、6歳4か月時には毎日ではないが喘鳴が認められるようになってきた。7歳2か月時には喘鳴が毎日みられるようになり、腹臥位と吸引による呼吸ケアを実施するようになった。この経過の中で6歳8か月時にびまん性誤嚥性細気管支炎(DAB)と診断され、水分や唾液の慢性的な不顕性誤嚥が喘鳴の主な要因となっていた。 これに対し、生活全般における呼吸ケア(姿勢管理)の計画を母親と協働して立案した(図3)。24時間の時系列に沿って「活動」、「場所」、「姿勢」、「関わる人」について母親に生活時間表を作成してもらった。これにより睡眠、食事、水分摂取、通学バスなどの活動時に気道クリアランスが維持されにくい状況になることを母親と確認し、その活動に応じて、腹臥位や前傾姿勢を中心とした呼吸ケア(姿勢管理)を行う計画を協働で立案した。個別理学療法では食事姿勢、食物形態、介助方法の検討を行った。その結果、胸部CTで認められていた肺野のすりガラス状の淡い陰性が改善しているのが確認できた。さらに7歳9か月時に胃瘻造設を家族が意思決定し、8歳6か月になるまでに1回気管支炎になったものの、9歳4か月の現在まで、日常生活での呼吸ケアを継続し、夕飯だけは母親の介助で食べることができ、下気道感染を発症することなく元気に学校に通えている。 事例Fの経過においては、4歳2か月時には、下気道感染が4か月間で2回あり、普段の生活において日中のSpO2値が90%未満になることがしばしばあり、痰が貯留していても咳嗽反射はみられず吸引も頻回に行っていた。それでも気道クリアランスが十分保てず、努力性呼吸となりやすく、それに伴う全身的な筋緊張の亢進と胸郭発達の未成熟のために、介助による寝返り等の姿勢変換に対しても、全身的に筋緊張を亢進させ、呼吸運動をより制限していた。座位や腹臥位の姿勢でもなかなかリラクゼーションが得られにくい状況にあった。 これに対し、胸郭呼吸運動の発達促進を通して、頭頸部のアライメントを改善し、上部胸郭および下部胸郭の呼吸運動を促進し、換気改善に伴う気道クリアランスの改善、酸素化の改善を図った。換気が改善されてくるとともにリラクゼーションが得られやすくなり、腹臥位や座位への姿勢変換の適応も向上してきた。この過程を通して側臥位、腹臥位、座位のポジショニングが日常的に定着し、呼吸機能が安定してきた。その結果、下気道感染と発熱回数が減少し、日常的にSpO2が安定し、気道クリアランスも改善した。5歳0か月から6歳4か月にかけては、発熱と下気道感染が増加したが、特別支援学校への就学後は、家庭や学校でのポジショニングとMI-Eの使用の定着、母親と学校の先生との協働での呼吸ケアによって、発熱や下気道感染はなく、呼吸状態も安定して学校への参加の継続が達成されている。 Ⅲ.慢性呼吸障害に対する理学療法のいとぐち 1.発達学的視点3) 子どもの胸郭は大人の胸郭をただ小さくしたものではなく、新生児の胸郭は大人に比べて、三角形で前後径が厚く、上部胸郭は狭い、肋骨は水平位で、肋骨間の間隔は狭い、肋間筋は胸郭を運動させるために効率のよい筋の長さと張力になっていない、横隔膜は高位化し、扁平なため、呼吸は浅く速い特徴がある(図4)。子どもの胸郭呼吸運動が、成人の胸郭呼吸運動へと発達していく過程では、首がすわる、寝返る、這う、座るといった運動発達に伴って呼吸運動も発達し、大人の胸郭の構造と機能を備えるようになる(図5)。これらの知識は理学療法を行っていくためのいとぐちとなる。 2.生体力学的視点 1)“Soda pop can”モデル4)(図6) 呼吸と姿勢制御の相互作用をよく説明した“Soda pop can”モデルを理解しておくことは理学療法の実践に有用である。栓の空いていない炭酸飲料缶を握りつぶそうとしても、なかなかつぶれないが、栓が空いて中身が出てしまえば、缶は容易に握りつぶすことができる。胸郭の特徴も、これに共通した特徴があり、胸郭は構造的に弱いが、機能的に強い特徴がある。吸気筋と声帯の働きにより、胸腔内の陽圧を得ることで骨格を動的にサポートし、胸郭が維持される。横隔膜は胸腔と腹腔の2つのチャンバーの圧を調整して、呼吸と姿勢安定性の要求を同時に満たす役割を持つ。例えば、横隔膜が収縮し、胸腔内が陰圧となると肺に空気が入り、同時に、肋間筋の収縮が活性化されて、胸郭が内側に引き込まれるのを防ぐ(吸気の増加)、また同時に腹横筋の収縮が活性化され、腹腔内の陽圧を発生させる(姿勢安定性)。 重症心身障害においては、重度な運動発達障害による胸郭呼吸運動の未発達や、重力の影響による胸郭変形に加え、上気道狭窄や筋緊張の亢進、腹部臓器などの影響で、吸気が困難となり、陽圧サポートが減少することが“Soda pop can”システムの破綻を来す要因となる。また、気管切開により陽圧サポートが減少すると、発声困難、呼気流速の減少、便秘、そして上肢で体を支えたり、物を持ち上げたりする際の上部体幹-肩甲帯の安定化が困難になる。 (以降はPDFを参照ください)
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