抄録
Ⅰ.はじめに
島田療育センターはちおうじ
理学療法士 黒川洋明
「6F-words」とは、障害のある子どもたちの世界が「制限」だけでなく「可能性」に満ち溢れていると考えることができるように、Peter Rosenbaum氏らによって提唱され1)、ICF(International Classification of Functioning, Disability and Health:国際生活機能分類)の枠組みに小児期で重要視する要素を当てはめた「Fitness(健康)」「Function(機能)」「Friendship(友だち)」「Family(家族)」「Fun(楽しみ)」「Future(未来)」の6つの言葉(F-words)(図1)を誰にでも分かりやすく表現したものである2)。
重症心身障害児者(以下、重症児者)の歴史は、「この子は私である、あの子も私である、どんなに障害は重くともみんなその福祉を堅く守ってあげなければと深く心に誓う(小林提樹 氏)」、「重症な障害をもったこの子たちも立派な生産者であるということを、認め合える社会をつくろう(糸賀一雄 氏)」などの先達の歩みから始まった。
障害とは「障害者の中にではなく、社会と環境に存在する」3)、自立とは「社会の中に依存先を増やすこと」3)と言われている。
健康は生活機能全体が高い水準にある状態であり、人と環境との関わり合いの中で育まれ、興味・関心、社会との関わり、人生経験によって影響する4)。「6F-words」の「Fitness(健康)」においても「障害」を改善することに重点をおくのではなく、「健康」を増進することの重要性を訴えている。
重症児者の支援において「この子にはできない、難しい」と決めつけず、障害の有無に関係なく、誰もが同じことを当たり前に経験、挑戦する機会を提供することで、地域とのつながりが生まれ、重症児者を社会に知ってもらい、共に生活できる方法を考えるきっかけになるのではないか。どんなに障害が重くても、その人らしい生活を支援するためには、多職種の幅広い視点からの支援だけでなく、環境や社会も変えていく必要がある。
今回、重症児者への支援の可能性について、「6F-words」の視点を多職種と共有することが、先達の歩みや想いに応え、そして地域共生社会の実現につながるきっかけになると考え、本シンポジウムを企画した。
以下に、4名のシンポジストからの支援事例について紹介する。
この内容を糸口として、「6F-Words」の視点が社会全体に波紋のように広がることを期待する。
Ⅱ.余暇活動のサポートが地域共生社会の実現に向かう
スマイル訪問看護ステーション
理学療法士 直井寿徳
昔も今も目の前の子どもたちと楽しく過ごしたいという思いは変わらず、そのためにバリアだらけの環境をどう便利に、どう生かしていくかを、知識や経験や周りの人たちと相談、考え、協力してみんなが楽しく充実した時間を作ってきた。
そして障害の有無に関係なく、普通に出かけて普通に楽しむ(余暇活動)ことが自然であると確信したのが前職場での「雪ん子」である。
「雪ん子」は療育センターに長期に入所している子どもたちと雪で遊びたい有志が集まってできた会である(図2)。参加者も小児科医師、整形外科医師、病棟看護師、病棟支援員、理学療法士、作業療法士、相談員、センター事務員、給食調理師、外部からは支援学校の教師、製薬会社社員、消防士など、あらゆる職種が集まった。
そしてそれぞれが「役割を決めずとも」自然に子どもたちと関わって、一泊二日の活動を事故なく実施してきた。ただ、「役割を決めずとも」と言っても私で言えば理学療法士の経験や知識があるおじさんなわけで、それぞれそういった感覚で楽しんでいることが大事だと思われる。蛇足ですが消防士さんは「体力には自信がある」と早朝一人でゲレンデに向かい、スキー板を履いてみんなのために圧雪をしてくれていた。
次に、普通に出かけて普通に楽しむこと、普通に経験することを簡単にできることがわかったので「コモネーズ」(センターの所在地の小茂根から命名)という会を立ち上げた。これはスポーツを通して社会経験を積むための会であり、月一回の頻度で「プール」や「歩け歩け大会」、「キャンプ」などを開催し、外との関わりを強めていき、そしてホノルルマラソン、グアムでのスキューバライセンス取得旅までに至った(図3)。この時に「本気でやればなんでもできる」ことを学んだ。子どもたちと一緒に資金集めや旅行会社との交渉、ダイビングの勉強会、出国、中学生並みの英会話、肌で感じた文化の違い…。今年、メンバーの一人が亡くなり、ご両親からあの当時のコモネーズの活動を含めた彼女の軌跡をまとめたいとの封書が届き、今でも大事に思っていてくれることに感謝している。
子どもたちは学校を卒業すると極端に運動する機会が減少する。環境が変化したので、その環境にあった身体になっていくと考えれば気をもむ必要はないと感じる。ただ、有り余る時間の使い方についてはお手伝いが必要である。
このような状況の中、卒業後の子どもたちを対象に医療に依存せず、余暇活動を楽しむためのグループ「ばしゃばしゃクラブ」を立ち上げた。プール活動を主に月一回集まり楽しんでいたが、身体を動かすという大雑把なことから、重症児者でも可能である「パラアーティスティックスイミング」大会出場を具体的な目標にして、取り組んだ(図4)。
この大会は毎年京都で開催され、主な選手が知的障害の方となる中、気管切開、呼吸器使用を含め車いすの子どもたちが参加したことで、現在では車いすの選手が多く参加する大会になっている。このように「知ってもらうことが共生社会の第一歩」であり、今後も積極的にお手伝いしていきたい。
余暇活動の進め方としては、
①もちろん子どもがやりたいと思ったものを楽しむことを優先する。
②継続するには親の趣味・特技を共有した方が良い。
③室内、屋外の二種類を提案する。
こうした子どもたちとたくさん遊んできた話をする機会をいただくにつれて、“普通に楽しく遊ぶ”ではあるが、冒頭に述べた、理学療法士なら理学療法士の、医師なら医師の、看護師なら看護師の基本の上での関わりが当然であることを忘れてはいけないと、特に経験の少ない方には伝えたい。
Ⅲ.Funの選択肢を増やす取り組みの紹介
医療福祉センター聖ヨゼフ園
作業療法士 西島和秀
F-wordsのフレームワークで重症児者の生活をみると、各構成要素の多様性が少なく、特にFunは限定的であることが判明した。「新しい活動を経験し、Funの選択肢を広げること」を目的とした取り組みを実施したので報告する。また、本文への顔写真の掲載については本人とご家族に書面と口頭で承諾を得ている。
黎明期の重症心身障害児施設は入所基準が緩やかであったため、軽度の知的障害のある方が一定数入所していた。当園は50年の歴史があり、50代~60代の利用者の中に知的障害は軽度の方が複数名入所している。アテトーゼ型脳性麻痺(寝返り不可)があり、知的障害はない60代後半の女性の担当となった初回面談時、「何かしたいことはありますか?」と質問をしたところ、「何がしたいのか、何ができるのかがわからない。やってきたことが少ないから」という答えが返ってきた。そこで、「新しい活動を経験し、Funの選択肢を広げること」を目標に作業療法を開始した。重度の身体障害をお持ちのため、アクティブな活動に強い憧れを持っていた。活動は、立ち漕ぎブランコ、電動スケートボード(図5)、リフト走行、電動リフト走行、リフト社交ダンス(図6)を行った。電動スケートボードはジョギングしている人を追い越すほどのスピードで走行することができるようになり、安全に公園を一周することができた。またリフト社交ダンスは「踊りたい」というご自身の夢への挑戦であり、成功した時は感動と達成感を得られていた。新しい活動の経験は、Funの選択肢を広げただけでなく、生きがいの獲得にもつながった。活動の様子をYouTube5)で配信することで、「挑戦する姿に希望をもらった」などの反響を得ることができ、他者の役に立つことに誇りと喜びを感じている様子であった。コロナ禍で施設生活は厳密に社会と分断されたが、YouTubeの活用により社会とのつながりを新たに持つことができた。
Funを見つけていくためには幼少期からの経験が重要であるが、重い障害のために経験すること自体が非常に制約される。そこで、当園の幼少期の入所児たちに「経験する権利」を保障することを目的とした新たな取り組みとして、多職種連携の小児活動を展開した。さらに、地域生活を送る障害のある子どもたちを対象として「障害のある子どもたちとその家族に向けた遊びのイベント」を企画・開催した。今後はこのような取り組みを継続し、Funの選択肢を広げていき、F-wordsの各フレームワークに、どのような相互作用をもたらすのかについても検討していきたい。
※本文では取り組みの効果を示すため、ご本人の承諾を得て表情がわかる写真を掲載した。ご協力いただいたご本人に感謝します。
(以降はPDFを参照ください)