抄録
小児歯科の臨床現場において顎顔面口腔領域の外傷は珍しくない。特に学童期においては,幼若永久前歯の歯冠破折は少なくない。歯冠破折が露髄を伴う場合の治療法の一つとして部分的生活歯髄切断法(partial pulpotomy)が挙げられ,米国小児歯科学会の診療ガイドラインにもその適応と目的が記載されている。本症例報告は,12歳児の上顎左側中切歯に直径約1mmの露髄を伴う歯冠破折に対し,歯髄保存を最大限期待できる治療法として「部分的生活歯髄切断法」を施術し,5年間の経過を紹介するものである。受傷から受療まで2日経過していたものの,術前の臨床所見として自発痛,冷温水痛,歯の動揺,同歯の歯肉腫脹および歯肉発赤をすべて認めなかった。また,デンタルエックス線検査によると歯根膜腔の拡大はなく,わずかに髄角にかかる歯冠破折を認めた。施術後,5年間という長期にわたり臨床的歯髄症状およびエックス線学的に歯根膜腔の拡大等の所見を全く認めず,良好な結果を得た。
本治療法の対象歯が幼若永久歯であればなお良好な予後が得られやすいと言われている。本症例は歯根完成歯であったが,治療経過として望ましい結果が得られる程度の活性度を歯髄細胞が有していたと推察される。適応を見極めて早期に部分的生活歯髄切断法を施術できれば,歯髄保存の可能性を高め,さらにminimal interventionの観点から形態的・機能的に歯の構造を維持できるといえる。