抄録
本研究はDown 症候群児の乳歯エナメル質表層の小柱に着目し,酸処理前後の生化学的分析と構造観察を併せて行い,定型発達児と比較した。対象はそれぞれ6 名から得た下顎乳犬歯とした。生化学的分析は小柱芯部のCa とP 濃度を測定し,構造観察は小柱の走向などの主観的な比較に加え,小柱芯部のエナメル質に占める割合(P/I 面積比)を算出した。これより,以下の結果を得た。Ca とP 濃度およびCa/P 比はDown 症候群児と定型発達児の比較において有意差はなかったが,Down 症候群児では酸処理前後でCa/P 比に違いを認めたためエナメル質アパタイトの構造に変化が生じた可能性がある。Down 症候群児において小柱の輪郭が様々であり,アーチ状のものが少なく,特徴的な形態として2 ヶ所の凸部を認める双峰性が挙げられた。構造が間質部と類似しているため全体的に平坦な像であり,配列に連続性がなく,凸弯方向に関してその走向性の判断が困難であった。さらに,小柱鞘に幅があり,有機質様の構造が確認された。P/I 面積比はDown 症候群児が定型発達児に比して有意に低い値であった。以上より,Down 症候群児は定型発達児に比してエナメル質の主成分に違いはないが,組織構造の相違から酸に対する反応性が異なると考えられ,小柱芯部の構造や密集度からもDown 症候群児はエナメル質形成時の有機質脱却が不十分であることが示唆された。