抄録
エナメル質齲蝕は,口腔内細菌が産生する様々な有機酸によって起こる.これら有機酸の中でも乳酸と酢酸は,産生量も多くエナメル質翻蝕を考える上で重要である.ことに実際の歯垢中では,これら有機酸が共存して歯質の脱灰を起こすものと考えられる.そこで本実験では合成アパタイト粉末及びヒトエナメル質を用いて乳酸と,酢酸との混合溶液による脱灰実験を行った.脱灰溶液は,乳酸単独溶液,乳酸と酢酸との混合比が3:1,1:1, 1:3の溶液,酢酸単独溶液とし,pHを4.0,4.5,5.0,5.5,6.0に調整し,酸の濃度はすべて500mMとした.そしてこれら酸の混合比とpHの違いによる脱灰量,脱灰様相の変化を検討した.アパタイト粉末を用いた脱灰実験の結果より,混合溶液では,乳酸と酢酸とを混合したものが単独の溶液よりも脱灰量を多く認め,単独溶液ではpHが低い場合には乳酸の脱灰量が多く,pHが高くなると酢酸の脱灰量が多く認められた.ヒトエナメル質を用いた脱灰実験では,乳酸の割合が多いほど,またpHが低いほど脱灰深度が大きく,エナメル質表面も深くまで脱灰消失を受けていた.高いpH域においては,酢酸溶液は,乳酸溶液と同程度の脱灰深度を示した.
以上の結果より,エナメル質脱灰には単にpHだけでなく,乳酸,酢酸の混合比の違いによっても脱灰量と脱灰様相が異なることが明かとなった.