抄録
ヒトの歯の大きさでは,従来より有意な左右差はほとんどないとされている。著者らは,1990年に行われた日中共同中国人小児歯科疾患学術調査より得られた歯列模型を計測するなかで,上顎永久前歯部歯冠近遠心幅径の左右対称性に着目して分析したところ,以下の結論を得た。
1)中切歯,側切歯,犬歯とも左右側それぞれの平均値間には,有意な差はみられなかったが,左右差絶対値の平均からは,左右差がゼロであるという仮説は棄却された(P<0.001)。
2)側切歯の左右差を横軸に,中切歯の左右差を縦軸に両者の散布図を描き,その相関を求めると,全178症例では1%の危険率で,側切歯に栓状や矮小の観察される8例を除いた170例では0.1%の危険率で,有意な負の相関が認められた。すなわち,中,側切歯間には,それぞれの歯冠近遠心幅径の大小を相互に補償しあう関係が存在すると思われた。
3)中切歯と犬歯,側切歯と犬歯の組み合わせの左右差散布図では,どちらも有意な相関は認められなかった。
4)中,側切歯散布図を男女別に検討すると,以上の補償関係は男児により明瞭に発現していた。
5) 左右の側切歯のどちらか又は双方に先天的欠如, 栓状, 矮小が観察される側切歯特異例, および側切歯の左右差が0.5mm以上ある症例を個別に検討すると, 側切歯が矮小の形態をとる場合にのみ,この補償関係は観察されず,小さいほうの側切歯と同側の中切歯は,対側と同じであるかやはり小さくなっていた。