抄録
下顎前歯部の著しい動揺を主訴に来院した9歳の女児に全顎にわたる無根歯を認め,11年間に及ぶ経過観察を行った.歯冠の形態色調はほぼ正常であったが後方歯ほど小さく,X線写真では,永久前歯歯根は極端に短く丸味を帯びており,乳臼歯および第1大臼歯の歯根も短く単根円錐状であり,歯髄腔は上下に圧平されていた.嚢胞様X線透過像も齲蝕に罹患していない下顎前歯に観察され,初診時には,本症はShieldsらの分類する象牙質異形成症I型に相当すると思われた.
その後順次萌出してきた歯の歯根も同様に著しく短かったが,20歳時でも前歯歯髄腔は閉塞せず,臼歯部の歯髄腔も初診時と大きな変化は見られなかった.抜去歯の病理組織所見では,エナメル質ならびに歯冠象牙質は概ね正常であるのに対し,歯根象牙質に至ると,直ちにあるいはほぼ正常な象牙質を多少形成した後,突然象牙細管の走行に急激な乱れを生じるようになり,歯根は細く丸く終息した.また,臼歯部歯髄腔に象牙質粒は散見されたが,閉塞を示す所見はみられなかった.一方,軟X線写真,免疫組織化学所見などから,歯根象牙質の異常所見が観察された部位までは,歯の形態形成および石灰化は順調であったと考えられた.
最終観察時においても,明瞭な歯髄腔閉塞はどの歯にも観察されず,象牙質X線コントラストの減少も認められなかったことから,本症例は象牙質異形成症I型にはあたらず,新しい範疇の症例と考えられた.