2018 年 55 巻 2 号 p. 128-132
静脈血栓塞栓症(VTE)は,様々な先天的/後天的要因により発症する多因性疾患で,欧米人に多く日本人には少ないとされてきたが,食生活の欧米化,診断技術の向上などにより日本人にも決して少なくないことが判明している.遺伝性血栓性素因には,アンチトロンビン(AT)やプロテインC・Sの生理的凝固抑制因子や様々な凝固関連因子の遺伝子異常が同定されているが,いまだに原因不明なものもある.我々は長らく原因不明であった静脈血栓症家系において,凝固因子であるプロトロンビンの遺伝子にミスセンス変異(c.1787G>T,p.R596L:Yukuhashi変異)を同定,報告した.詳細な解析結果から,この変異型プロトロンビンは凝固活性がやや弱いものの,変異がトロンビンのAT結合部にあり,一旦トロンビンへと活性化されるとAT抵抗性となり,長時間活性が持続するため血栓症の原因となることが判明した.これは,通常では出血傾向を示す凝固因子の遺伝子変異が,逆に血栓症の原因となる詳細な分子病態を解明したもので,新しい遺伝性血栓性素因・ATレジスタンス(ATR)として世界に先駆けた報告となった.ATRは従来の凝血学検査では検出できないが,我々が血漿検体でのATR検出検査法を開発したところ,新たな日本人VTE患者に異なるATR遺伝子変異を同定した.本総説では,このATR血栓性素因について最近の知見も踏まえて概説する.