2015 年 10 巻 3 号 p. 209-216
【目的】ホスピス・緩和ケア病棟から退院した患者の遺族から,ご遺体へのケアにおける家族の体験と評価を明らかにする.【方法】103施設の遺族958人に質問紙調査を行い,回答した597人の中の自由記述の内容分析を行った.【結果】193人の自由記述から,162人を分析対象とした.162人から301のデータを抽出し,ご遺体へのケアでの満足や不満,行うことへの気がかりや不安などの体験を得た.最終的に3つのカテゴリに分類し,【良い体験としての評価】【つらい体験としての評価】【疑問や戸惑いの体験としての評価】とした.【結論】家族への配慮として,ご遺体は声をかけ丁寧にやさしく扱い,化粧は穏やかで安らかな表情にする.衣服や身に着ける物は早めに準備するように伝える必要がある.家族がケアを行うことは,思い出や死別を受け入れる体験になるが,内容を説明してできることを選択してもらうことや,行えそうかを見極めて勧める必要がある.
看護師が行う『ご遺体へのケア』とは,家族が最期の時間を過ごした後,ご遺体を清潔にし,生前の外観をできるだけ保ち,死によって起こる変化を目立たないようにするための処置をいう1, 2).
これまでに,看護師が行っているご遺体へのケアに関して,遺体の容姿.様相を保つことは終末期ケアの満足度と関連があること3)が明らかにされている.しかし,今まで看護師が行ったご遺体へのケアの研究4, 5, 6)や,家族が看護師と一緒に行ったご遺体へのケアに関して,家族にその体験や評価を聞いた研究7, 8, 9)は,一施設での小規模な調査はあるが,他施設にわたる全国規模の調査はない.ホスピス・緩和ケア病棟で行われているご遺体へのケアについて看護師が行ったご遺体へのケアや,ご遺体へのケアに参加した遺族の体験と評価を得ることは,看護師がご遺体へのケアを行う際の家族への配慮や,家族にご遺体へのケアへの参加を促す際にどんな根拠や視点で声を掛ければよいかを提示することができるなどの点で今後のケアの改善に有用であると考えられる.
本研究の主たる目的は,ホスピス・緩和ケア病棟から退院した患者の遺族に対して行った質問紙調査における自由記述から,質問紙の調査項目だけでは回答し切れない家族の意見や感情を抽出し,ご遺体へのケアにおける家族の体験と評価を明らかにすることである.
本研究では,遺族の体験とは,ご遺体へのケアを受けたり,ご遺体へのケアを行ったりした経験,感想,意見と定義し,評価とは,ご遺体へのケアがもたらす遺族への影響,効果,意味合いと定義する.
本研究はホスピス・緩和ケア病棟で実施された大規模な遺族調査「遺族によるホスピス・緩和ケアの質に関する研究2」(The Japan Hospice and Palliative Care Evaluation Study 2)の研究課題の一つである10).2010年3月の時点で,都道府県に認可されている195のホスピス・緩和ケア病棟のうち,103施設が参加した.各施設で死亡したがん患者の遺族を対象とした.
各施設において2008年1月1日から2009年12月31 日までに死亡したがん患者の遺族から,一施設100名以内を連続に後向きに同定し対象とした.対象の適格基準は,1)研究対象施設でがんのために死亡した患者の遺族(患者の記録物に記述されているキーパーソンまたは身元引受人),2)死亡時の患者の年齢が20歳以上,3)遺族の年齢が20歳以上,4)患者の入院から死亡までの期間が3日以上であった.除外基準は,1)遺族の同定ができない・いないもの,2)退院時の状況から,遺族が認知症,精神障害,視覚障害などのために調査用紙に記入できないと担当医が判断したもの,3)退院時および現在の状況から,精神的に著しく不安定なために研究の施行が望ましくないと担当医が判断したもの(例:入院中・退院後に躁うつ病などの精神疾患に罹患していることが判明している遺族など),および,4)家族にがんの告知がされていないものであった.
2010年7月に調査を行い,8月には返答していない遺族に対して質問紙を再送付した.958人の遺族を対象として調査を行った.
東北大学大学院医学部研究科倫理委員会および調査対象の全ての施設の倫理委員会または施設長の承認を得て調査を実施した.
本研究の調査項目は,同様の調査が過去に無いことから,先行研究4),少数名を対象としたインタビュー調査,研究者や協力者の議論を元に作成し,16人のパイロットテストを実施し,実施可能性と表面妥当性を確認した.
人口統計学的項目として,患者の平均年齢,性別,原疾患,平均入院日数,遺族の平均年齢,性別,患者との関係を調査した.
ご遺体へのケアに関する調査は,13項目を実施した.調査用紙の最後に,「ご遺体へのケアについて,看護師が注意することや,看護師に希望することなどありましたら,お教えください.今後のケアの改善に生かしていきたいと思います.」の教示文からA4用紙1/2ページ程の空欄を設け自由記述を求めた.この自由記述について内容分析を行った.
自由記述は,ご遺体のケアに関する体験と評価に関連する記述を分析対象とした.K.クリッペンドルフの内容分析11)を参考にして,記述内容をテキストデータ化し内容分析を行った.対象となった記述内容は,一つの意味内容を1単位として抽出した.一人の自由記述の中で異なる意味内容が含まれる場合は複数の単位として抽出した.抽出された意味内容は,類似性を基にして帰納的に分類及び抽象化しカテゴリー化した.分析は,2名の研究者がそれぞれ独立して内容分析を行い,緩和ケア領域の研究経験の豊富な緩和ケア専門家のスーパービジョンのもと,議論により一致させた.
958人の遺族に質問紙は発送され,639人の遺族からの返答を得た(返答率67%).639人の遺族のうち,42人が回答を拒否したため,最終的に597の質問紙を調査対象とした(有効返答率62%).
患者と遺族の背景については表1に示した.患者の平均年齢は73歳,平均入院期間は46日であった.また,遺族の平均年齢は61歳,患者との関係は配偶者が45%(N=267)であった.
看護師が注意することや,看護師に希望することなどに関する自由記述を記入した遺族は193人(32%)であった.このうち,ご遺体のケアに関する体験と評価に関連する記述は162人であった.有効記述率は27%であった.
162人の自由記述から意味内容を1単位ずつ抽出すると,301単位のデータとなった.これらのデータについて類似性を基にして帰納的に分類した結果,18の小カテゴリー分類され,それから7つの中カテゴリーに分類し,最終的に3つの大カテゴリーに分類された.3つの大カテゴリーの名称は【良い体験としての評価】【つらい体験としての評価】【疑問や戸惑いの体験としての評価】とした.大カテゴリーそれぞれを表にまとめ,代表的な回答としてデータを入れた.
【良い体験としての評価】を表2に示した.このカテゴリーには131単位のデータ(44%)が集まった.そのうち,「看護師のケアや配慮が良い体験として受け入れられたこと」は28%(N=85)であり,看護師が行ったご遺体へのケアで良かったと感じられたこと(N=57, 19%),本人らしさや家族の希望を聞き入れてくれた(N=23, 7.6%),退院までの配慮でうれしかったこと(N=5, 1.7%),が含まれている.「ご遺体へのケアを行ったことが良い体験として受け入れられたこと」は15%(N=46)であり,家族がご遺体へのケアを行って良かったと感じられたこと(N=32, 11%),家族にとっての思い出や死別を受け入れるための体験になったと感じられたこと(N=14, 4.7%)が含まれている.
次に,【つらい体験としての評価】を表3に示した.このカテゴリーには100単位のデータ(33%)が集まった.そのうち,「看護師が行ったご遺体へのケアで感じられた不満」は,18%(N=31)であり,ご遺体へのケアに対する不満(N=31, 18%),看護師の説明に対する不満(N=14, 4.7%),ご遺体の取り扱いに対する不満(N=8, 2.7%)が含まれている.「ご遺体へのケアに関する家族の希望」は11%(N=34)であり,ケアを行わなかったが行いたかった(N=16, 5.3%),ご遺体へのケアを行う上での家族の希望を確認する(N=10, 3.3%),患者と家族の気持ちを理解して接してほしい(N=8,2.7%)という内容が含まれている.「看取りにおいて家族がつらかった体験」は4.3%(N=13)であり,看取り直後のつらさや後悔(N=7, 2.3%),看護師の対応に対するつらさ(N=6, 2.0%)が含まれている.
最後に,【疑問や戸惑いの体験としての評価】を表4に示した.このカテゴリーには70単位のデータ(23%)が集まった.そのうち,「家族がご遺体へのケアを行うことへの否定的な感情」は18%(N=53)であり,ご遺体へのケアを行う必要性が感じられない(N=30, 10%),ご遺体へのケアを家族が行うことへの気がかりや不安(N=18, 6.0%),処置やケアのイメージがつきにくい(N=5, 1.7%)が含まれている.「退院後の遺体の変化や湯灌の必要性への疑問」は5.6%(N=17)であり,退院後の遺体の変化や変化に対する心配(N=11, 3.7%),湯灌の必要性に対する疑問(N=6, 2.0%)が含まれている.
本研究は,ホスピス・緩和ケア病棟において行われているご遺体へのケアに関する遺族の体験と評価を自由記述から調査した多施設研究である.
本研究で分かった最も重要なことは,看護師によるご遺体へのケアや看取りの前後の関わりによって,「看護師が行ったご遺体へのケアで良かったと感じられたこと」「家族がご遺体へのケアを行って良かったと感じられたこと」「本人らしさが感じられたり家族の希望を聞き入れてくれたりしたこと」「思い出や死別を受け入れるための体験になったと感じられたということ」「退院時の配慮でうれしかったこと」の具体的な内容が明らかになったことである.次に,看護師による「ご遺体へのケアを行った看護師への不満」「ご遺体へのケアが行えなかったこと」「看護師の説明に対する不満」「ご遺体へのケアを行う上での家族の希望が確認されなかったこと」が家族のつらい体験として具体的に明らかになったことである.そして,ご遺体へのケアを家族が行うことや退院のご遺体の変化に対する疑問や戸惑いの体験の具体的な内容が明らかになったことである.
さらに詳細に見ると,ご遺体へのケアで良かったと感じられた内容の中で,生前と同様に丁寧にやさしく扱ってくれた,穏やかな表情や安らかな表情,きれいな顔にしてくれた,本人らしさや家族の希望を聞き入れてくれたという回答がある.反対に,ご遺体へのケアを行った看護師への不満の中に,化粧の違和感や年齢に不適応,濃過ぎという意見や,ご遺体への取り扱いに対する不満,家族や故人の生前の希望を優先してほしいという回答があり,相反する回答が見られた.これは,遺体の容姿・様相を保つことは終末期ケアの満足度と関連があるという研究3)や,メイクや看護師の関わりは家族の悲嘆を和らげることができるという研究4)の結果と一致する.ご遺体へのケアにおける看護師の技術や家族への説明,故人への対応の差が満足感や不満感につながっているため,今後,ご遺体へのケアについて看護師がどのような視点で行うかを考える上での目標になると思われる.
看護師は,ご遺体へのケアが遺族にとって良い体験として受け入れられるために,化粧は,故人らしさや年齢を踏まえ濃過ぎないようにする.ご遺体の表情は,穏やかさや安らかさやきれいさを目指す.ご遺体の取り扱いは,生前と同様に声をかけ丁寧にやさしく扱うようにする.ケアにおける家族の希望について,目や口を閉じること,傷への処置,着せてあげたい服の準備,義歯をはめる希望,手を合わせる希望,など看護師が行えるケアの内容と家族の希望をあらかじめ相談しておき,準備が必要な物は早めに用意しておく,などの配慮が必要であることが示唆された.
家族がご遺体へのケアを看護師と一緒に行うことについては,行って良かったと感じられた,家族にとっての思い出や死別を受け入れるための体験になったと感じられた,といった肯定的な評価がある一方で,行う必要性が感じられない,行うことへの気がかりや不安,といった否定的な評価も得られた.これは,患者と家族が望んでいることを日ごろの関わりから共有することが大切という研究6)や家族の参加意識は,患者家族の年齢,性別,家族構成などによって,また処置項目で微妙に異なっているという研究8)の結果を裏付けるものと思われる.
ご遺体へのケアに関する遺族の希望の中で,「ケアを行わなかったが,行いたかった」という意見があった.ご遺体へのケアを行った家族の満足感や,看護師は可能な限りエンゼルケアに参加してもらえるように働きかけるという研究6),過半数以上の人が処置への参加を望んでいるという研究8)から,ご遺体へのケアに参加することで良い体験となる家族はあると思われるが,「ご遺体へのケアを行う必要性が感じられない」「ご遺体へのケアを家族が行うことへの気がかりや不安」「処置やケアのイメージがつきにくい」という意見もあるため,家族に促す場合は,慎重に検討する必要がある.なぜなら,家族の気持ちや患者と家族の関係性を見極めずにご遺体へのケアを勧められて行った結果,返ってつらい体験になってしまう可能性が考えられるからである.「ご遺体へのケアを行う上での家族の希望を確認する」という意見から,ご遺体へのケアを強制するのではなく,ケアの内容を説明してできることとできないことを家族に選択してもらうことや,一緒にケアができそうかできそうにないかを看護師が見極めて声をかける必要がある.
退院時のうれしかった体験として,「退院まで霊安室ではなく病室で待たせてくれた」「人のいない廊下を運んでくれた」「最期に見送ってくれた」という回答があり,看取り後のつらかった体験として,「故人の側にいられなかった」「悲しみを分かってもらえなかった」「点滴や酸素を外すことに対する配慮」「早く退院してほしいと感じられた」という回答があった.看取り後は,酸素や点滴を外す時は家族に伝えて反応を見てから外す.家族が故人の側にいられる時間を配慮する.退院までの間は,可能であれば霊安室ではなく病室で待つことができ,人通りの少ない廊下を通り,スタッフが見送りをする.これらのことも,家族の悲嘆へのケアとして必要であると思われる.これは,家族が十分にお別れの時間がとれるような配慮が必要であるという研究結果6)とも一致している.
退院後のご遺体の変化について,遺族はご遺体の変化や変化に対する不安や心配を持っているという回答があった.一方では,湯灌の死化粧に違和感を持ったり,湯灌の必要性が感じられなかったりしたという回答があった.看護師はご遺体へのケアにおいて,看取り前後の状態から,予測される死後変化を家族に説明した上でケアを行うことが,家族の不安や心配に対して有効であると思われる.これは,遺体のトラブルや死後変化のリスク,エンゼルケアの方法の検討などを調査した研究結果12)と一致する.
本研究は大規模調査である上,アンケート式調査では分からない自由記述を調査対象としたため,遺族の感情を反映していると思われるが,以下のような限界がある.まず,回収率が60%程度であり,自由記述の有効記述率は27%であるために無回答であった家族の評価は含まれていない.また,調査対象となった施設において,ご遺体へのケアについての説明や行っている内容を統一して調査していないため,施設におけるケアの違いが遺族の評価に影響していることが考えられる.また,調査対象がホスピス・緩和ケア病棟であるため,一般病棟とは日ごろ受けているケアや治療が異なる可能性がある.今回の調査結果は,そのまま一般病棟でのご遺体へのケアとして適応できないことが考えられる.
看護師は,ご遺体へのケアにおける家族への配慮として,ご遺体の扱いは生前と同様に声をかけ丁寧にやさしく扱う,化粧は故人らしさや年齢を踏まえ,穏やかさや安らかさやきれいさが感じられるように行う,本人らしさや家族の希望を取り入れるために,着せたい物や身に着ける物は,早めに準備するように伝える必要がある.
家族がご遺体へのケアを看護師と一緒に行うことは,良い経験や死別を受け入れられることにつながるが,ケアの内容を説明してできることとできないことを家族に選択してもらうことや,一緒にケアができそうかできそうにないかを看護師が見極めてから声をかけることが必要である.
本研究に当たり公益財団法人日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団から資金援助を受けた.本研究の実施に当たり特定非営利活動法人日本ホスピス緩和ケア協会から協力を受けた.
本研究の質問紙を作成するに当たり,ご協力いただきました以下の研究協力者の方々に感謝します.
長瀧恵(大阪府立成人病センター),大塚千秋(岡山済生会総合病院緩和ケア病棟),原田明子(要町病院),勝村恵美(岐阜中央病院緩和ケア病棟),小山富美子(近畿大学医学部附属病院),加藤美鈴(国立国際医療センター),大森有美(小松病院緩和ケア病棟),久山幸恵(静岡県立静岡がんセンター),新城拓也(しんじょう医院),高橋美賀子(聖路加国際病院),小野瀬俊子(筑波メディカルセンター病院),伊藤美智子(東北大学病院),三浦浅子(福島県医科大学看護学部応用看護部門),松田芳美(宮城県立がんセンター),松本めぐみ(山口宇部医療センター緩和ケア病棟),伊藤友美(淀川キリスト教病院ホスピス),樫山美佳(和歌山県立医科大学附属病院).