2016 年 11 巻 1 号 p. 301-305
終末期についての話し合いは患者家族のquality of lifeを規定する重要な要因である.本研究はがん治療医を対象とした質問紙調査の自由記述の質的分析から,終末期の話し合いにおける課題に関するがん治療医の意見を収集した.質問紙は864名に送付し490名から回答を得た.自由記述から合計420意味単位を分析対象とした.がん治療医が終末期の話し合いを行う際の問題として(1)患者家族の課題(【患者家族の個別性に対応することの難しさ】【病状理解の難しさ】)(2)医療者に起因する課題(【患者家族・医療者双方への精神的サポートの不足】【医療者間の考え方の相違】など)(3)システムと体制に関する問題(【時間・人的リソースの不足】【教育・研究の不足】など)が抽出された.本研究の知見は,今後緩和ケア医とがん治療医が共同してがん患者との終末期の話し合いを行う際の相互理解に役立つと考えられる.
がん患者との終末期についての話し合い(end-of-life discussion)は患者が終末期を過ごす場所や受ける医学治療に影響を及ぼし,quality of lifeや遺族の精神的健康を左右する1〜4).諸外国においてend-of-life discussionの課題は患者家族,医療者,医療システムなど広範にわたることが示されているが5〜12),我が国において,がん治療医のend-of-life discussionについての意見は明確にされていない.
本研究の目的は,終末期についての話し合いにおける課題についてのがん治療医の意見を収集することである.
本研究は日本臨床腫瘍学会のがん薬物療法専門医を対象とした終末期の話し合いに関する質問紙調査の二次解析である5).2013年1月現在のがん薬物療法専門医全員に対して,2014年1月に郵送法による質問紙調査を行い,1カ月後に督促を行った.「がん患者との終末期についての話し合いに関して必要と感じること,不足していること,体制や臨床上の改善点につきまして記載ください」として自由記述を求めた結果について,内容分析を行った.
終末期についての話し合いについて必要なこと・改善が必要なことについて記入されているものを分析対象とした.自由記述より意味単位(ユニット)として抽出した.ユニットごとにコードをつけ,意味内容の類似性・相違性からサブカテゴリーを作成した.次に,サブカテゴリーの類似性・相違性からカテゴリーを作成した.以下,サブカテゴリーを【 】,データを「 」で示す.
分析は2名の心理士が独立して行いお互いのカテゴリーが一致するまで議論をした.その後緩和ケア専門の医師によるスーパービジョンのもと,カテゴリーの分類を確定した.サブカテゴリーに相当するユニット数を計算した.国立がん研究センター中央病院の倫理委員会の承認を得た.
質問紙は864名に送付し490名(57%)から回答を得た.自由記述の記載のあった195名の記載から合計420意味単位を分析対象とし,3つのカテゴリーと14のサブカテゴリーが抽出された.記述内容は,患者家族の課題,医療者に起因する課題,システムと体制に関する問題に分けられた(表1).表2に代表的な回答を示す.4件はいずれにも該当しなかった.
1 患者家族の課題患者家族の課題として,【患者家族の個別性に対応する難しさ】【病状理解の難しさ】が抽出された(表1).
1-1.患者家族の個別性に対応する難しさ
【患者家族の問題】では,話し合いには患者や家族の価値観,社会背景などが影響を与えるため,個別性に配慮することが必要であるが難しいことが示された.「患者さんそれぞれで終末期の対応は異なるのが普通である」との認識を医療者が持っており,患者の個別性に配慮することは話し合いに臨む際に必要であると述べられた.
1-2.病状理解の難しさ
【病状理解の難しさ】とは,病状が進行していることに対して患者や家族の否認が働き,話し合いによって理解を得ることが困難となることを示していた.ある対象者は「病状認識はいくら説明しても受け入れられないことがある」と語っていた.別の対象者は「BSC(抗がん治療を行わないこと)を納得してもらうのに非常に時間がかかる」と,対象者はこれを治療方針や意思決定にも関わってくる問題として捉えていた.
2 医療者に起因する課題医療者に起因する課題として,【患者家族・医療者双方への精神的サポートの不足】【医療者間での考え方の相違】【話し合いの方法・5W1Hの不明確さ】【緩和ケアチームの課題】が抽出された(表1).
2-1.患者家族・医療者双方への精神的サポートの不足
【患者家族・医療者双方への精神的サポートの不足】では,終末期の話し合いに関しては,患者家族のみならず,医療者に対する精神的サポートが不足していることが述べられていた.恒常的にまたは急な説明の時の精神的サポートが行われていないことや,医療者へのサポートのないことが語られた.
2-2.医療者間での考え方の相違
【医療者間での考え方の相違】とは,治療方針の選択や終末期の話し合いなどに関して医療者それぞれに考え方の相違があることを示している.「固形癌と血液癌,外科医と内科医では,考え方や治療方針も異なると思う」と,相違は診療科やがんの種類,施設間,さらには同じ診療科内でも医療者ごとといった,多岐に渡っていると述べられた.
2-3.話し合いの方法・5W1Hの不明確さ
【話し合いの方法・5W1Hの不明確さ】とは,対象者が終末期の話し合いは必要不可欠であると考えている一方,どのように実際に行うかの具体的な方法について難しさも感じていることを指している.「いつ,どのように伝えるのがいいのかいつも悩ましい」といったタイミング,「患者の希望をうばってしまわない配慮は必要」といった希望を支える方法の工夫,具体的に生命予後を伝えるかといった対象者の悩みを表していた.
2-4.緩和ケアチームの役割の不明確さ
【緩和ケアチームの役割の不明確さ】では,緩和ケアチームに治療の早い段階から関わってほしいが現実的には実現されていないとの意見が多くみられた.「いざというときにいろいろな制約がある」などend of life discussionにおける緩和ケアチームのかかわりの不明確さが述べられた.
3 システムと体制に関する問題システムと体制に関する問題として,【時間・人的リソースの不足】【教育・研究の不足】【診療報酬の問題】【連携・ネットワークの不足】【国民への啓発の不足】【緩和ケア病棟・後方病院の不足】【在宅の問題】【地域格差の問題】が抽出された(表1).
3-1.時間・人的リソースの不足
【時間・人的リソースの不足】では,終末期の話し合いを行うにあたって不足しているものとして,人員・時間,場所が挙げられた.その中でも,とくに時間的な余裕がないとした対象者は多く,「十分な時間.忙しくてなかなかゆっくりと話す余裕がありません」などの記述がみられた.
3-2.教育・研究の不足
【教育・研究の不足】では,医療者の知識とコミュニケーションスキルが不足しているといった記述がみられた.医療者に対する教育,ガイドライン,コンセンサス確立のための研究が不足していることが述べられた.教育についてはコミュニケーションスキルや終末期医療全般に関する教育が必要だと述べられ,学部教育から必要との意見もみられた.
3-3.診療報酬の問題
【診療報酬の問題】とは,終末期の話し合いには時間がとられるにもかかわらず,診療報酬として対応するものがない問題点を指している.「時間がかかるだけで収入に結びつかない」といった記述があった.
3-4.連携・ネットワークの不足
【連携・ネットワークの不足】とは,多職種間や診療科間だけでなく,施設間といった様々な連携やネットワークが不足していることを示している.「地域の在宅ホスピスとの連携が必要」という意見があり,連携やネットワークの存在が不可欠であることが語られた.
3-5.国民への啓発の不足
【国民への啓発の不足】では,患者の知る権利,人には必ず死が訪れること,終末期医療などに関して,広く啓発する必要があることが示された.ある対象者は「自分の最期はどうむかえたいか日頃から考えることを啓蒙すべきと考えます」と述べていた.
3-6.緩和ケア病棟・後方病院の不足
【緩和ケア病棟・後方病院の不足】とは,「緩和ケア病棟へ移動を希望されても,施設が少なく転院できない」のように,終末期を過ごす施設が不足していることである.緩和ケアが必要となった患者に対して,終末期の療養先を提供しようと思っても数が足りず,「最期まで診ざる得ない状況」も多く述べられた.
3-7.在宅の問題
【在宅の問題】とは,現在は一般的に在宅医療が充実しておらず,終末期を在宅で迎えるために必要なハード面が不足していることである.ある対象者は「自宅での療養を希望していても在宅でみられる開業医がほとんどいない」と記述していた.
3-8.地域格差の問題
【地域格差の問題】では,「地域の緩和ケア施設の充足も,院内の緩和ケアチームの充実も地域・施設間での隔差が大きい」とあるように地域によって差が大きいことが示された.
本研究ではがん治療医が終末期の話し合いについて持っている意見を収集した.最も重要な結果は,がん治療医が終末期の話し合いを行う際の問題として認識している,患者家族,医療者,システムと体制に起因する問題があげられたことである.課題は欧米における過去の研究とおおむね一致するものであった6〜12).報告によっては医療者やシステムのもないより,患者家族の問題が大きいとするものもあるが,本研究では比較を目的としていないため課題の相対的な重要性の比較は量的研究によって明らかにされるべきである.本研究は今後実施する量的研究の枠組みを与えるものである.
終末期の話し合いに関わる要因は多要因であるため,医師のみ,医療者のみ,患者のみといった個々の介入ではなく,社会全体でどのように終末期の話し合いをすすめていくかのグランドビジョンが必要なことが示唆される.研究においても多要因に同時に介入するmultifacet interventionがより有望である8).
本研究の限界として,医療者しかもがん薬物療法専門医にかぎった意見である,インタビュー調査ではなく質問紙調査の自由記述の分析であるため解釈は他の研究と合わせて行う必要がある.
本研究は,今後,緩和ケア医ががん治療医と共同して進行がん患者との終末期の話し合いをすすめる際に,相互の理解を深めるために役立つと考えられる.